その7
彩子が先導して、近くの公園に来た。
休日の昼間だというのに人がいない。
吾平と彩子の二人だけ。
二人はベンチに腰掛けた。
吾平は、歩いている間に結構冷静さを取り戻した様だった。
「あっくんどう?少しは落ちついた?」
「・・・ん・・思いっ切り泣いたいたら落ち着いた」
男と女の立場が何か逆である。
「・・・彩子、ごめん。君を大変な事に巻き込んでしまった。まさかこんな事にまでなるとは思わなくてさ」
「別にいいわよ。何かさー、登流薄教団ってトコの裏の一面を体験出来たしねー。前から美辞麗句を並べるの多くて、何処かうさん臭いと思ってたし」
「『別にいい』って・・あのさ、アイツらに命奪われる所だったのに。それを!」
「あらぁ。何をいっているの?あっくんのあの時の対応とか早かったし、イイとは思ったんだよ?」
「!?」
「あの人たちが襲いかかって来るの分って真剣になってるあっくんはカッコよかったよ?」
「え?」
「それに、あっくんの前にしてくれた話の通りで助かったわよ。あたしに襲いかかってきたの、運良くモヤシ男みたいなヤツだったし」
「そうは言っても」
吾平がまだ言い訳じみた事を言いそうだと思った彩子は少し強い口調で言った。
「もうっ!くよくよしないで!こうなったのは仕方ないんでしょ?二人でちゃんと先の事考えよ?そうしなきゃ、いつまでも進まないよ!」
「・・そうだ、ね」
「でしょう?」
彩子は、吾平を少しでも勇気付けるつもりで言った。
ただ、吾平に対しての不満も少しあったから。
それは、さっきの発言や泣き崩れるのをみて、どれだけ好きでいてくれて居るのか、見えた気がした。
しかし彩子は次の行動をとってもらう為に、吾平の手を握る。
吾平は、こうでもしないと気づいてくれない事がまま、あるのだ。
「ねぇ。行こうよ。ここから出よう!」
「あ・・・」
手をとってもらったにも関わらず、行動の鈍い吾平。
その時だった。
ピッシャーーーン!
彩子が吾平に、両手で頬を叩いた。
吾平の顔が「あっちょんぷりけ!」と言わんばかりの顔に歪む。
吾平はこれに目が醒めたようだ。
少し首をふり、シャキッとした感じになる。
「すまなかった。じゃあ、警察暑にでもいこうか。事情を知ってるかも知んないし」
吾平はそう言って、前を歩き始める。
彩子は、高鍋がこう言うスキンシップにより次のアクションを起す事を肌で知っていた。
二人は木皿津市潮見にある警察署に向う。
あの超災害によって一度崩壊したものの、AFV登場と災害の経験からそれを期に木皿津署独自の部署があったりする。
吾平たちは署員に事情を話した。
すると、吾平たちの家が燃えた事は既に「事件」として扱われており、警察のほうが吾平たちの消息を探していたのだった。
吾平たちは、今までの事を余す事なく話したのだった。
そしてその日は泊まる所が無いので、二人とも空いている会議室に泊めてもらったのだった。
毛布をもらい、椅子に座り机に突っ伏する格好で二人とも眠りについた。
警察署を出たその日、吾平たちはそのまま会社へ向った。
自転車で直接であった。
会社につくなり吾平、彩子ともそれぞれの部署で事情を上司に説明。
その後は取りあえず普通に仕事になった。
・・・終業し、吾平は悩んだ。泊まる先が無い。
それというのも朝に事情を説明した吾平だったが、上司からは直ぐに使える単身寮が無いと言われて、そして泊まっても良いと言う同僚が現れ無かったからだ。
この事をみた上司は、こう提案した。
「寮が手配できるまで、倉庫の一画に泊まれ」と。
この会社には、事務所の上の階に二つの小さな倉庫スペースがあって、その内のひとつがまだ、空きがあるのでそこに泊まる様に言われたのだ。
まあ、ただ泊まれるだけでも雨風を凌げるからいいのだが、上司は気を使ってくれて、倉庫に大きめのパーテイションを運び、その仕切りの一画を部屋とした。
一方彩子は、同僚の立原友理香が名乗りを上げて、しばらくお世話になる事が決まったのだ。
吾平が倉庫スペースを利用したのは2週間程だったのだが、この倉庫スペースはいつの間にやら「高鍋部屋」という、
愛称がついていた。
この2週間、吾平は割りと近くにあるスーパー銭湯を利用したり、食事はもっぱらコンビニ弁当かカップめんだった。
最初の内は、冷やかしなどもあったが、皆が事情を知ると、冷やかしはピタリと止まった。
そんなこんなで2週間が経ち、高鍋たちは会社が借り上げた、清見町にあるアパートに引っ越した。
ここは、会社には遠くなったが、AFVには近くなったのだ。
近くなった事でまた、事態が動き出す。
高鍋たちは引っ越してから早々また、朝夕の勤行を始める様になった。
それというのも、住民登録手続きの際に、役所から新たに勤行の為の機械とカードを渡されるからである。
これにより、足がつく事になるが、吾平は登流薄教団がこれ以上襲って来る事はないと、そう思っていた。
それと言うのも、登流薄教団は教義の中のひとつに「清浄」である事を掲げていて、吾平や他の人が巻き込まれた事件について、登流薄教団側は
「他に存在する密教教団の仕業」と片付けたためである。この事により、しばらくの間はおとなしくさえしていれば被害に会う事はないという、吾平の判断だった。
それに、世間に広がる情報の多さから、何かあれば直ぐに話題になるので、手を出せないだろうとも思っていた。
それから、約一か月がたち、ある日登流薄教団は、ひとつの国営テレビ局を立ち上げたのだ。
登流薄教団がテレビ局を立ち上げた。
一応は「広宣流布」し仏国に大和の国はなったのだから、登流薄教団のこれは「国営」なので、国民から放送料まで徴収する様になった。
国民はこれに猛反発状態なのである。
しかし、議会はこれを決定。
今に至る。
放映内容はと言うと、登流薄教団の地方会館のレポートやその活動。
地方のニュース。
日蓮関係のアニメ
教団代表の豊富丸太郎による説法など。
後、良く訳の解らないクイズ番組とか。
この時代より200年は前の、UHF局の発展途上期に勝るとも劣らない。
そんな内容ばかりだったからである。
そしてこの時代。
登流薄教団は他の民放局には政府としての制限は何故か かけておらず、ジャーナリズムについては民放局のほうが優れていた。
批判の相次いだと流薄教団は、テレビ局を立ち上げたものの、登流薄教団独自の放送局となり、その基地局をAFVに移した。
そしてまだ、国民からは料金の徴収は続いている。
「何だか、全然ためになる番組などやってないよな。
みんな、愛想をつかしてるのによくやるよ。」
吾平は、ほんのちょっと登流薄教団のTVをみた後に、直ぐに他のチャンネルに回す。
そうしてる中、雑用を終えた彩子が吾平の隣りに座り、いっしょにTVを見る。
そして吾平は彩子に話しかけた。
「あのさ、この登流薄教団はさ、今よりずっと前の時で、もっと違う教団名の時に、そこのトップが『広宣流布の暁にはホニャララ会は解散する。』とか言っていたそうなんだ。
でも、登流薄教団は解散してないんだよな。結果として人を欺いたんだ。登流薄教団は。」
彩子は、吾平の突然の話に戸惑ったが、ここは大人しく聞く事にしたのだった。
そして、吾平が話を続ける。
「あの時、俺が彩子にぶつかっていなかったら、今頃の俺はどうなってたのかなあ」
「うーん?それは、熱心な信者のままで、今頃はAFVの何処かにいて活動してたんじゃない?」
|(ここより、吾平の回想)
俺は、一応は話を聴いてくれたものの、幸せになる方法をやる事を拒否されて立ち去ってしまった人を追いかけていた。
「何故ですか!唱題を唱えるだけで、力が湧いて来るんですよ!こんないいモノがあるのに、もったいないです!」
俺は必至だった。
俺は、先輩から教わった「唱題を唱えると、小さな気がつかなかった事さえ気が付くようようになり幸せになる。」
と教えられて、みんなにも知って欲しいからこそ、救いたいがために追いかけていた。
「しつこいんだよ!ついてくるな!僕は今のままで充分幸せだ。ついてくるな!」
「それだったら『その先の幸せ』も得ましょうよ!唱題の南妙法蓮華経を唱えると力が湧きます。万能なんです!」「はぁ?あのな、言っただろさっきもよ。僕は爺さんの墓が浄土真宗でそこの法事に出て住職をみてんだよ。だいたい、住職のいないあんたらのほうがどうかしてるぜ。特別な人がいないでなにが『清浄な団体』だよ。」
「その特別というなら俺たちには豊富先生がいますよ。ですから・・・」
俺は、相手を早歩きで追いかけていた。
俺はまだ、逆縁になってしまうかも知れない対象者を周りの通行人にも目もくれず追いかける。
「おいっ!僕にとってはな、浄土真宗のお経こそが初めてであり『オリジナル』なんだよ。南無妙法蓮華経とやらは心にくるもの何かないぜ。
ここまでハッキリ言ったんだ。もういいだろ?逆縁とやらで。ここから立ち退けよー!」
半分呆れ顔の対象者。
俺は逆に、ここまで呆れてくれてるならば、折れてくれるのもあと少し。
そう思っていた。
「いいえ!あなたのその『オリジナル』さえも凌駕するのが法華経ですって!」
俺は対象者に追い付いて、肩に手をかけたその時。
相手は振り向き、グーパンチでもって吾平は突き飛ばれた。
その時に、俺は女性にぶつかって転倒した。
「きゃっ!」
「いてて・・・・おわ!」
女性の股間がみえて俺の顔も赤くなる。
「いっ・・・!きゃああぁぁ!」
ドガァァァ!!
「へぶっ!」
俺は、倒れた状態から、女性の黒ブーツの底でかかと落としの様なものを頭に喰らった。
余りの痛さに少し動けずにいたが、なんとか立ち上がり
「ごめんなさい!」
と、これだけ言って対象者を追いかけようとした。
「ちょっと!待ちなさいよ!」
相当な声で女性から呼び止められた。
「は、はぁ」
これが、俺と彩子との出会いだったのだ。