その6
そして、マサキこと身延マサキの家までは約45キロ程の距離があるのだ。
そこへ吾平たちはフル加速をして向う。
吾平は相当、乗り馴れて居るから平気だが、彩子は普段にはないスピードに手こずっていた。
およそ距離にして10キロ。自転車の説明に有った10キロに差し掛かった所で、後ろを振り返る。
もう、奴らの姿は見えない。
どうやら巻いた様だ。
それを確認して、吾平はその場でモードを切り換えて減速する。
「おーい。彩子ォ。この辺でスイッチきりかえて・・・あ。」
「もう一寸早く言ってよぉぉ!」
彩子は、吾平の前を凄い勢いで通り過ぎると、十数メートル先で止まった。
「大丈夫?」
「・・・」
「痛っ!」
吾平は彩子に肩の辺りをグーで小突かれたのだった。
改めてバッテリーの残量インジケーターを確認する。
見ると、4分の1位は何とか 残っていた。
バッテリーは4分の1は残っている。
後どの位まで行けるのか。吾平は見当がつかなかった。
でも、奴等を引き離して巻くには走るしかない。
だから、行ける所まで走る事にする。
しばらくは走れた。
しかし、バッテリーの補助は、鴨川につくよりかなり手前で切れたのである。
そうなるとただの自転車と成り、上り坂がとにかく辛い。
結構辛いものがあるけど、前に進まなければならない。
「彩子の言う通りになっちゃったな。ごめんよ」
吾平は謝った。しかし、彩子には「平謝り」に写った様で、怒っていた。
「もうっ!だから言ったじゃない!」
「しっ、仕方ないじゃないか!命を奪われるよりはましだろ。解ってくれって!」
この後彩子は無言のまま、自転車を漕ぐ。
高鍋は気まずいまま、喋れなかった。
どのくらいの距離と時間が経ったのだろう。
吾平は腕時計を傾ける。
すると、時計のELバックライトが光る。
時計をみるともう後5分ほどで、21時を回りそうであった。
吾平は、後ろを振り返る。
彩子は結構後方にいた。
良く見ると格好が少し違う。暑くなったのだろうか。
上着を脱ぎ、チューブトップの、肩が露になる、夏のいつもの格好になっていた。
吾平は止まって彩子を待ち、彩子が追い付いた所で平行して歩いた。
しばらく歩くと、対向車線から、ライトをハイビームにして走るトラックらしいのが来た。
「眩しっ・・・」
吾平がそう思うと、トラックは減速して、ハザードをたき車が路肩に止まる。
一人の男が降りて来て、こっちに向って来た。
「!?」
吾平は何かと思った。すると、
「吾平じゃないか!どうしたんだ?この時間にこんな所で?」
「マサキか!実は、登流薄教団の連中に襲われて逃げてんだ。」
「・・そりゃ大変だ。俺の車に乗れよ。」
マサキは直ぐに乗る様に促したが、吾平が言う。
「あのさ。足がつくといけないんで、自転車もトラックに乗せてくれないか?2台とも。」
「ああ。良いぜ。でも、自転車を支えるために、お前は荷台に乗れよな」
「分った」
吾平とマサキの二人で、コンテナ型の荷台に自転車を載せる。
「そういや、なんで俺だって気付いたんだ?」
「・・・お前の彼女の大胆な姿が目に止まってな?」
「なるほど」
彩子様さまである。
自転車をトラックに載せる。そして、彩子は助手席に。
吾平は荷台に乗った。
荷台には、数個の折りコンと、バスケットが積んであった。
荷台の壁越しに、話声がする。
しばらくするとトラックは走りだした。
吾平は、荷台の中で自転車が壁にぶつかったりしない様に揺れの中で少しばかり格闘していた。
そして十何分か走っただろうか?
トラックのエンジンが止まる。
どうやら目的地に着いたようだ。
荷台の扉が開く。
するとマサキと彩子も側にいて、自転車を下ろすのを手伝ってくれた。
マサキの家に上る。
今、マサキの家は小料理屋を営んでいるのだ。
部屋に三人で座わり、会話になる。
「なあ、マサキ。さっきはありがとう。凄く助かったよ。あのさ、本当は何処に向う予定だったんだ?」
「館山だよ。海苔の養殖やっている問屋のダチと、飲むつもりだったんだ」
「何故にトラックで?乗用車もあるじゃん」
「ついでに、明日にも使う海苔を仕入れてしまおうと思ってな」
「そうか」
吾平は出されたコーヒーを飲む。
「あのぅ。マサキさん。ありがとうございました。さっきは楽しかったですよ」
「いいえぇ。どういたしまして。」
彩子とマサキとでトラックの中でいろいろ話をしていたようだ。
「疲れたでしょ?彩子さん。お茶でも飲みなよ」
そう言われて、彩子もお茶を飲んだ。
吾平はと言うと、疲れが出始めてたまらなくなっていた。そして
「マサキ悪いけど俺はこのまま寝かせてもらうよ」
そう言うと吾平はその場で雑魚寝してしまった。
彩子のほうもあくびをしたが、まだこの時起きてはいた。
吾平の目がさめる。
ゆっくり起きると、彩子の姿が無い。
「あれっ彩子は?」
吾平がマサキに訪ねる。すると、
「あっちの部屋に布団を敷いて寝てもらってる」
と、マサキはこう答えた。
マサキの顔をうかがうと、ほころんでしかもニヤけている。何かある!
「おい。マサキ。何をニヤけている!」
そう言うと吾平は、彩子のいる部屋に行く。
部屋の仕切りの襖を開ける。
すると彩子はワイシャツにタイトスカートの姿。
そして、軽い寝息を立てて寝ていた。
それを見て吾平はホッとする。
そしてそのまま吾平はマサキに
「ちょっと水もらうよ」
と言って台所に行く。
すると台所のシンクの脇に、目薬が置いてあった。
「!?」
吾平は台所のシンクにあった目薬を持ち出し、マサキの前につきつけた。
「マサキ。これを俺と彩子に盛ったな?どうだ?」
この問いに少し躊躇したマサキだったが
「おお。盛ったぞ。ゴヘーにだけ。」
あっさりと答える。
これに少しコケた吾平だったが、次に空きを見てマサキにヘッドロックをかます。
「このっ!彩子にナニした?白状しろ!」
「イテテ!ギ、ギブ!」
吾平は技を解いた。
「ナニしたんだ?言ってみ?」
「ゴヘーが寝てる間な、彼女が汗でベトベトなの言ってきたんで、シャワーをすすめたんだよ。そしたらな?」
「・・・で、そのシャワーを覗いたと?」
「そうさ。良かったなあー。でるとこでてて、引っ込む所は引っ込む。こう・・うへへ」
マサキが両手を広げ、天を仰ぐ。
「あのなぁ!正直に答えてくれてありがとうよ!」
吾平は今度はマサキの胸にエルボーを食らわした。
この時、自分が見るのはいいが、他人には見せたくないと言う心理が働いた。
「痛って!目薬の事教えてくれたのゴヘーじゃんかよ!」
「う…。そうだっけ?」
「たッ、確かに目薬の事は言った事あるな。正確にはお酒の中に数滴入れると何かの反応で睡眠薬みたいになると」
「だろ?」
「でも、酒でなくて眠くなるとは。疲れもあるけどな」
吾平は困惑した。
「なあ、ゴヘーはなんでこれを知ったんだ?」
「ちょっとまて!さっきから俺の事『ゴヘー、ゴヘー』言いやがって!」
「今頃気付いたかよ(笑)」
「止めろっての!」
「じゃあ吾平。答えてくれよ。」
吾平は仕方がなくなったので、落ち着いて話す。
「この事な。俺が高校の時、他のクラスの担任の先生と集会の会議があって。その後、プライベートでこの先生の結婚話になってさ。
それで、女性を口説いてアルコールが入ってきたら、悪酔いさせる為に、目薬をコッソリいれるってな。まっ、当時はジンクスだと思ったけどなー。」
「お前の場合は眠気に追い討ちかけたか」
マサキがげらげらと笑う。
「それで、俺が寝ている間に彩子の裸をみた、と。」
「話を蒸返すなよ!いいだろ?あれだけ見事な身体の娘って中々居ないんだし、見れねーし」
「いやぁ」
「お前が照れるな!」
マサキがツッコミを入れる。
「なあ、マサキ。さっき、彩子を見たらタイトスカート履いてたけどアレはどうしたんだ?ズボンだけだったハズだ。」
「あぁ、アレか?ミニ○カポリスの衣装のな」
「でっ!なんでそんなのあるんだよ?」
「いーだろが。別によ?」
この後に吾平はマサキに、登流薄教団にいた時の事を話したのたが。
そして翌朝。
吾平たちはマサキの家から向う。会社に事情を伝え、休みを取った。
帰りは、休みやすみ二人で帰って、約45キロの道のりは、約3時間半を要したのだった。
電動アシスト付き自転車とはいえ、これだけの時間と距離を走り、二人は疲れていた。そして、アパートの近くまで来た時に高鍋が、馴れない匂いをかいだ。
「うん?何だ、この匂いは?」
続いて、アパート3階のベランダ側を見上げた彩子がはっとして目を見開いた。
「あっくん!あれ!」
彩子が斜め上を見る。
その視線の方を吾平もみてみた。
するとあるハズの部屋の所には、デカいブルーシートが掛かっていた。
「この匂いは、これか!?」
吾平は、急いで階段のある裏側へ自転車を漕ぐ。
「あっくん!待ってよ!」
彩子も慌てて吾平に続いた。
部屋の玄関の前に着く。
みれば、部屋は焼け焦げた後だった。
「くうっ!きっとあいつらだな!ここまで、やりやがったのか!」
吾平にこの時、修羅のごとく怒りがこみあげた。
吾平は、登流薄教団に対する憎悪が出たあと、膝と手を地べたにつき泣き崩れた。
「ちきしょー!なんでこんな事になるんだ!登流薄教団に属して何かいなければ!俺は!俺は・・・!」
住む家を失い、また全てのものを失った吾平は悔しさと、特に彩子に迷惑をかけたなどの思いがいりまじり、錯乱してしまう。
彩子にも、この家に大切にしていたものは沢山あったし、かなりのショックではあったが、吾平の姿を目の当りにして返って冷静になっていた。
正直に、吾平の姿を見て情ないとは思ったが、それ以上に何とかしてあげなきゃとも、思ったのだ。
「あっくん。今は…取りあえず下に行こう?」
彩子は、吾平の事をなだめて下に連れ出した。