その2
「やるしかない」勤行を終わらせる。
この状態は、いつまで続くのだろう。
二人ともまだ、慣れてはいない。
登流薄教団は「大和の国の一同が、幸せになるために必要である事」としているが、吾平たちには実感が無かったのだ。
・・・朝を迎える。朝早めに起きて、勤行を終えて二人は、仕事に出る支度をする。
自転車に乗り、バスターミナルに向かう。
そこから、会社のバスで仕事場に向かう。
仕事場は、第2次工業開発地域にある製薬工場。
二人とも部署は違うが、ここに勤務している。
勤務先の製薬会社は加藤製薬工業といって、近畿地方に本社を置く会社。
吾平たちはここの社員で、それぞれ営業と事務員をやって居たりする。
吾平たちは、こっちに転勤してきた形だ。
会社に着いて吾平は訪問先への商品サンプルに関する書類作成等を行なう。
彩子は、書類の集計や電話対応などだ。
あれこれして居る内に、残業を含めた6時間の仕事が終わって、帰宅になる。
帰る支度をしていると、同僚が吾平に訪ねてきた。
「なぁ、高鍋。明日の訪問先はどの辺りだ?」
「大原から回って、鴨川で終わりですが」
「大原からか?距離稼ぐなー」
「いや、朝早く出なきゃいけないから、そう言われても困るんですが。やっぱりここからじゃ遠いし」
「何言ってんだよ。俺らは県内だけじゃ無いか。他の業者なんか、アクアラインを通ってわざわざ来るんだろ?
まだ近いほうなんだから恵まれてるよ俺らは」
「そういえば、そうか」
吾平は少し納得した。
再び帰る支度を整えて、帰路に着く。
会社のバスを降りて何気無く回りを見ていた吾平は、ここ最近の変化にようやく気が付いたのだ。
その光景とは?
吾平が見たその光景とは、登流薄教団の「黒服」をやたらと見る様になった事。
そして黒服の手には、スーツケースをひとつか二つ持って居る姿が目立つ。
そしてまた、普通の格好でいてスーツケースを持っている人の姿も見掛けた。
「?」
吾平は登流薄教団を辞めた身ゆえ、黒服のこの行動がまだ分からなかった。
と言うよりは、この光景がマスコミがノーマークでもあった為、一部のAFVの近い所の住人か
AFVの関係者しかまだ、知らなかった。
登流薄教団の引っ越しが始まった事に。
吾平が、登流薄教団の変化を何気無くなく見た日から数日がたった。
そして、吾平がテレビで予告を見た「超災害」の特番をやる日になった。
吾平と彩子はテレビの前でくつろぐ。
そして、番組は始まった。
時は2139年。突如として、超巨大津波が大和の国の関東地方を襲った。
1都3県の死者、行方不明者はのべ5万人以上にも上った。
その時の状況を、CGでの再現ドラマやインタビューを交えて放送したものだ。
始めのほうは、東京に於いて生き残った人の再現ドラマだ。
この番組は、東京の被害を告げるナレーションから始まった。
「西暦2139年、東京を60メートルの津波が襲った。
その津波は新宿を始めとして、埼玉県南部まで達し、多くの物を飲み込んでいった・・・」
映像では、新宿が再現されてビルが津波に呑まれる様子などが再現された。
そしてこの時に天皇さまがどう避難したかなんて事も放送された。
何故なら2145年現在、天皇さまは京都に戻っているからなのだ。
そして、埼玉県と神奈川県での被害や助かった人のインタビューのあと
千葉県の事になった。
今、東京と神奈川が壊滅的なダメージを受けた事により機能が回復していないため、暫定政府が千葉県にあるのだ。
政府は、新しい首都を京都府にするのか山形県にするのか審議している段階だ。
食事も終わり、テレビを見終わってそして、夜の勤行の時間になる。
また、掛け軸を西に向けて設置し、機械を設置して、勤行を二人で始める。
・・・この掛け軸は、一家にひとつある。
広宣流布がなされ、登流薄教団が政権を握ってから、議会により決定され、普通なら勤行をするために国が税金を使い配布される・・・
と思いきや、手数料と称し2千円ほどで国民は買っている。
掛け軸の配布は膨大で、登流薄教団の教祖である豊富丸太郎は当時、掛け軸がコピーのもので有る事を自ら公言し
批判を買ったが
「これを目標とし、唱題を上げる事で仏界が涌源し、幸福感が得られる。確かにこの掛け軸は『ただ、書いてあるだけ』のものであるが、
それを見て、時には掛け軸の文字を読む事によって国民の皆さん個人が持っている潜在的な
能力の向上を引き出さんが為に配布したものだ」
とか言っていた事が有る。
信憑性なんてほとんど無い。
要するに「形だけ」なのだ。とてもじゃないが、福運やら功徳が出るようには思え無い。
だが、国が決めてしまった事。
唱えるしか無いのだ。
翌日、仕事も終わりTVを見ていると
千葉県鴨川市の鯛の浦周辺の画面に切替わった。
鯛の浦とは、日蓮の生きていた時代より、世界でも珍しい、餌付けされた鯛の居る場所だったが、先の超災害により
いま街は壊れ、鯛もほとんどは行方不明になっていると言う。
そして、この地域はいわゆる「漁師まち」だったけど、湾が決壊したままで、未だに復旧のめどがたっておらず、閑散としているそうだ。
テレビでは、そう言っていた。
けれど、ここでテレビを見ていた彩子がテレビにツッコミをいれた。
「アレ?誕生寺はどうなったのかしら?何故映ないの?」
吾平がこの地域にはあまり詳しくないので彩子に聞き返す。
「誕生寺ってー?お寺?誰の?」
「ヤダ。日蓮だよ。あっくん、調べて無かったの?」
「え!日蓮!日蓮と関係あったの!?」
「そうだよ。日蓮の生まれた所に建てられたから『小湊山誕生寺』って。あっくんさぁ、外房に営業に行く時にあの辺りを通らないの?」
「ああ、それなら。いまは、内陸にバイパスが通ってるからね。そっちばかりで海の方は行かずに素通りなんだ」
「そうだったの?一回位、海岸の方へ回るルートを使ってみたら?」
いや、それはダメだろう。会社が経費に五月蠅いのは彩子も知っているだろう?遠回りして、走行距離に誤差があるのが知れたらどうなるか?」
「月ごとの報告でさ、ほぼ固定ルートで回るし、同じルートで10キロも違うの判れば部長にすぐに
問いただされるんだよ。
月に5回は同じルートなんだし。
毎月決まった日に車のオドメーターの写真を貼り付けて送んなきゃいけないしさ。
違ってたら、それで直ぐに問題に成るし。厳しいもんさ」
「んー。今ってそんなに厳しかったのかー」
「そういう事。だから、迂回は出来ないんだよ」
吾平がこう言うと彩子は残念そうな顔をした。
それを察した吾平が彩子に質問した。
「彩子ってさ、どうしてその辺りにこだわるんだ?」
「そうね。アタシが八つの時にこの木皿津に住んで居てね。
父さんが誕生寺に連れていってくれた事があるのよ。
それで、まだ少しだけ覚えてたんだー」
彩子は何だかしみじみと語った。
「・・・彩子って俺と同じ京都出身だったよね。でもなんで、千葉県に詳しいの!?」
「2年ほど、千葉県に居たのよ。親の転勤で、社宅に。
前の社宅があった所は、ここからそんなに離れて無いわ。
それと父さんは良くTDLにも連れて行ってくれたわ」
「そういうことかー。2年いたから、千葉県に詳しい訳か」
「・・・でもその、誕生寺の映像はやっぱり出ないね」
「あーん。残念」
彩子は本当に残念そうだ。
そんな彩子の表情を見て吾平は、ちょっと慰めて見ようかと声をかけるつもりだったが
TVの画面が切替わり、そっちのほうが気になってしまった。
切り変わった画面には、かなり古いと思われる画像が流れた。
それは、カラーの色あせた映像を直した、日蓮宗の清澄寺とか言う所の映像だった。
ナレーションでは
「ここ、鴨川市にある清澄山は標高313メートル。その中腹には千光山清澄寺というお寺があります。
あの超災害の際、この山のお陰で津波災害からは逃れる事ができた場所です。
あの津波の時に本堂を始め、一部の建物はカワラが飛んだり、老朽化で一部崩壊をしたそうです。
そして、ここに逃げて助かった人は沢山いると言われています。
そこで私たちは、当時助かった人たちを訪ねる事にしました」
と流れて、映像は本堂の屋根が飛んでいたり、蔵の崩壊した映像が写っていた。
暫定政府が千葉に設けられたのは、幾つかの理由があった。
超災害の際、始めは対策本部や暫定政府は被害の少ない埼玉県にあったのだけど、登流薄教団の会員が政府の議員を
やる様になってから、日蓮との関係性を高めるため千葉県に移ってきたのだ。
それは、ここ一年位の事だ。
千葉に移ってきたのは、また、どうやらAFVと関係があるらしい。
ちなみに今、国会が開かれているのがかずさアカデミックパークの会議施設等があった所で、あの津波によって壊されたので、その跡地にまた
新しい会議施設を「つくり直した」格好になっているのだ。
そして、吾平と彩子の勤務先である加藤製薬は、この会議施設からわずか1キロ程しか離れていない。
・・・テレビの画面が切替わりCGで合成されたAFVの事になった。
ナレーションではこう言っていた。
「突如起きたた巨大津波は、AFVには届かなかった。
しかし、巨大津波はその力でもってAFVを海面に『墜落』させたほどだったのだと。
それから、画面は鯛の浦周辺の映像に切替わる。