運命
一郎は妻と子供の三人暮らし。町外れの中規模の工場に勤めていた。
この日もいつものように仕事を終え、同僚と立ち飲み屋で一杯ひっかけていた。
「今日はちょっと飲みすぎちゃったなぁ。終電間に合うかなぁ・・・」
町外れの駅で終電は早い。一郎は駆け足で駅へと向かった。急いで階段を駆け上がりホームへ。ホームには誰一人いない。田舎の駅の終電なので別に不思議なことではない。一郎は時計を見る。終電の時間を少し過ぎている。
「あちゃぁーもう行っちゃったかなぁ。」
ホームの両端をきょろきょろ見ていると遠くの方に電車らしき明かりが見えた。
「よかった。どうやらちょっと遅れてたみたいだ。」
一郎は迷わず乗り込み椅子に座った。車内は彼一人だけ。これも大して不思議なことではない。一郎の家は三駅先だ。まもなく電車はトンネルに入った。一郎はほろ酔い加減で窓を見ている。そしてしばらくして異変に気付いた。電車が止まらない。四、五分で一駅目に着くはずだが、もう十五分は止まっていない。
「乗り間違えた?いやそんなはずはない。」
一郎は立ち上がって車両内を歩き始めた。二両編成の車内はやはり彼一人。車内アナウンスもなく、依然止まる気配はない。一郎は運転席の後ろのガラス窓から中を覗き込む。初老の運転手だ。
「こいつ駅に止まるの忘れてんじゃないのかな?」
一郎はガラス窓をコンコンとたたいた。初老の運転手は一郎に気付き出てきた。
「どうなさいました?」
「どうなさいましたじゃないよ。なんで止まらないの?どこ走ってんだよ。」
「この電車は終着駅まで止まりませんよ。おそらくお客様はご自分がどうなったかわかってらっしゃらないようだ。」
「どうなったか?終着駅って?」
「この電車は《あの世行き》でございます。お客様は先ほどホームで酔った勢いで足を滑らせ、終電にはねられたのです。残念ながら即死でした。」
「はぁ、冗談じゃないよ!俺は家に帰るんだよ!妻も子供もいるんだよ!おい!からかってんじゃねーぞ!」
一郎は気が動転していた。きっと何かの間違いだ。酔って寝ていて夢を見てるんだ。
「突然のことですから取り乱されるお気持ちもわかります。ですがこれは事実です。」
「何てことだ。俺はまだ死ぬわけにはいかないんだよ。妻と子供が待ってるんだ。なんとかしてくれよ。たのむよぉ・・・」
「お気持ちはよくわかりますが、私はただの運転手ですので・・・一つだけ方法がないこともないのですが・・・」
「なんだ?なんでもいい。教えてくれ!」
「実は私、神様に昇格するための研修中でして、時間を操る術を覚えたばかりなのです。うまくいくかどうかわかりませんが、成功すればお亡くなりになる前に戻せるかもしれません。」
「頼む、どうなってもいい。どうせ死んでるんだ。やってみてくれ!」
一郎は立ち飲み屋の前にいた。同僚と別れたすぐ後の時間だ。
「やった!戻ったぞ!急いで帰ろう。」
一郎は終電をあきらめタクシーで帰ることにした。車内に乗り込み行く先を告げる。
振り向いた運転手が言う。
「お客様、残念ながらそちらには行けません。この車は《あの世行き》でございます。」
「またか!からかうのもいい加減にしろ!さっきの電車でも似たようなことを言われて戻ってきたばかりだぞ。」
「お客様はまだご自分の状況をわかってらっしゃらないようです。お客様は先ほど酔ってタクシーの前に飛び出され、はねられたのです。残念ながら即死でした。」
「何てことだ。せっかく戻ってきたのに・・・そうだ、あんたも時間を操れるんじゃないか?なあ、もう一度時間を戻してくれ!頼むよ。」
「ははっ時間を戻すことぐらい容易いことでございます。ただ本業のノルマと成績の関係がございまして、そのご要望にお応えすることはできません。」
一郎は助手席の後のチラシを見ていた。
《安心・確実あの世まで!死神交通株式会社》