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2 秘密のクローゼット





 チャイムが鳴って、胸がドキーンとした。


 ここは少しだけ古い小さなマンション。1DKで、オートロックじゃないけど見通しが良くて明るくて、住人も女性が多くて安心だった。両隣も下の部屋も女の人が住んでる。古い建物のせいなのか、造りが重厚で隣の音もほとんど聞こえないし、それほど家賃も高くなくて、地味に人気がある物件。これでペット可だったら最高なんだけどな。


 インターホンに彼の顔が映っていた。

 あ、き、きたー! 

「は、はい」

彰一しょういちです」

「今、今開けます!」


 玄関へ駆け寄ろうとした時、もう一人の自分が頭の隅で話しかけてくる。待って優菜ゆうな、余裕よ、余裕のある女よ。大人の女は、そんなに急いではあはあしちゃダメ。

「そ、そっか」

 ゆっくり深呼吸して、鍵を開けてガチャリとノブを回し扉を開ける。

「こんにちは」

 あ、ああ彰一さん。目の前に彰一さんがいて笑ってる。ハーフコート似合いすぎ。ああパンツもカッコイイ。そのマフラー見たことない。新しいのかな、今日の為に? 全部シンプルでオシャレなのに、ちょっとハズした感じの眼鏡がまた素敵……! た、倒れそう。


「こんにちは。……どうぞ」

「お邪魔します」

「あの、寒くなかったですか?」

「全然。雨も途中で止んだし。はいこれ、お土産」

「あ、ありがとうございます」

「ご飯の後、一緒に食べよ」

 靴、その革靴も定番で素敵! あ……いつもの彰一さんの香りだ。私の好きな香水。そこでハッとする。今私、全然余裕なかった。ものすっごい嬉しい顔でまだにやにやしてる。目もハートだったよね? いけない、いけない。


「へえ、綺麗にしてるね」

 部屋に入った彼はキョロキョロしてコートを脱いだ。

「え、全然綺麗じゃないんですよー」

 午前中必死で片付けたもんね。

「優菜ちゃん」

「?」

 彰一さんは、急に私に向き直った。

「二人の時は、敬語は駄目だよ」

「あ、はい。じゃなくて、うん」

「そうそう、その調子」

 彰一さんは優しく微笑んで私の頭を撫でた。たったそれだけのことなのにドキドキしてくすぐったい。顔、赤くなってない? 私。


「コートどこに掛ければいい?」

「えっ、あ、はい」

 彼からコートを預かり、はっとする。……ハンガー全部、クローゼットの中だ。

「あの、彰一さん」

「ん?」

「そこ座って、あの……後ろ向いてて?」

「え、何で?」

「ちょっとその、見られたくないの」

「いいよ、わかった」

 優しい彼は私に言われた通り、座って後ろを向いてくれた。その隙にすごい勢いでクローゼットを開けて、速攻ハンガーを取りすぐに閉める。

「もういいよ。ごめんなさい」

「優菜ちゃんっておもしろいね」

 おでこから汗出そう。一応作り笑いしながら、大丈夫バレてないって自分に言い聞かせてコートをカーテンレールに掛けた。


「お茶淹れるね」

 取りあえず落ち着こう。キッチンに行って、小さな電気ポットのお湯を確かめる。

「優菜ちゃん、ごめんトイレ借りていい?」

 彰一さんがキッチンに顔を出して言った。

「はい、もちろん。こっちです」

 トイレの電気を点けて、ドアを開けてあげる。

「どうぞ……待って!」

「え、うん」

 中に入ろうとした彼のセーターの背中を掴み、慌てて自分が中に入りドアを閉める。

 ど、ど、どうしよう。掃除は、きっちりやった。でも。タンクの下に蓋の無いカゴに入れて置きっぱなしだったアレがある。さっき掃除の後に片付けようと思ってすっかり忘れてた。

 使いかけのナプキン、しかもお徳用だよ。お店の紙袋に入れておけばよかったのに、紙袋から出してそのままカゴの中のトイレットペーパーの横に置いておいたから、図も商品名もバッチリだよ。夜用安心とか字が大きいし。冷や汗が出てきた。こんなのあったらいやだよねやっぱり。嫌われちゃうかも……だらしないって。

 そのまま持って出るわけにもいかないし。……そうだ背中に入れよう。で、背中を見せないように出ればいい。私は商品名がデカデカ書かれている大きな四角い袋に入ったナプキンたちを、無理やりニットの背中に入れた。もうこれしかないよ。


 彼に見られないよう、壁伝いに背中をつけ、笑顔でドアを開けた。

「あの、ちょっと埃が気になって、ごめんなさい」

 すごく不自然なくらい前だけ彼に向けて、そろそろと出る。

「そんなのいいのに」

「う、ううん。お待たせ」

 彼が中に入ってドアを閉めた途端、部屋に猛ダッシュして、速攻またクローゼットを開けて、背中からナプキンたちを取り出し投げ入れた。ニット伸びなかった?


 ……ふう。寿命が縮んだ。早く気付いて良かった。もちろんこれもバレてないよね? クローゼットを閉めて、キッチンへ戻る。


 白いタイルの天板付きのキッチンワゴンに置いた彼からのお土産を見ると、見覚えのある文字が。

 私の好きなお店のケーキだ。好きって、一回言っただけなのに。お店に寄ってからきてくれたんだ。近くじゃないのに。

 胸がじーんとしてくる。幸せ……幸せ! 好き! もう、大好き!! 彼に、絶対嫌われないようにしないと。いい女でいなくちゃね。


 ケーキを冷蔵庫にしまって、おばあちゃんから送ってもらったお茶の葉を出して、丁寧に淹れた。







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