灯理①-②
3
さて、結の質問から場所は跳んで校門前。あれから俺たちは気まずい雰囲気にならず、寧ろほんわかな空気で校門前に来れた。これは後腐れの無い結のお陰である。俺たちは喧嘩はしたことあれど、仲直りをしないことなど無かった。それも、昔のことを持ち出してくるわけでもないので、安心(?)して喧嘩することができるのだ。その辺は妙に男らしいというかなんというか。まあ、とはいえそのお陰でこちらは助かっているのだから文句の付けようが無い。
校門で立って挨拶をしている生徒会長に挨拶をしてから校門を抜けると、それに従って結も同じように挨拶をして校門を抜けた。正門から校舎に入り、下駄箱を目指す。下駄箱は全学年共通なので結と一緒に歩いている……のだが、如何せん目立つも目立つ。男子と女子の視線は全て我が妹へと集中していた。そのせいで俺が見られている視線は、大半嫉妬、あとは羨望(これについてはよく分からない)の感情が入り交じっていた。まだ入学したてなのに、ファンクラブみたいな存在まで出来ているのだ。
確かに、それは納得出来る。我が妹は器量良し、成績良し、両親良し(一般人の知名度が高いため)、顔やスタイル良し、性格良し……ほら、出来ない理由がないだろう。妹は正直やめて欲しいそうだが、もうこればっかりはしょうがない。自重しないからな、ここの生徒。だが、あまり行き過ぎる行為をしないのが良いところでもある。ちなみに妹は、男子よりも女子に好かれている。そして、この短い期間でお淑やかに接していたら、彼ら彼女らのイメージは、白雪のような純粋で綺麗、付いた二つ名が『白天の雪姫』。なんという中二病。これを結はファンの人間から聞いた時、これでもかというぐらい顔を真っ赤にしていたのを覚えている。ものすごく可愛かった。
玄関口で結と別れ、俺は二年二組(出席番号二十九)の下駄箱で自分の上履きを取り出し地面に置いてローファーから履き替える。ローファーを自分の下駄箱の中に突っ込み、近くにあるいつも結を待つときに使う柱に身体を預け、結が来るのを待つ。と、一分の時間も掛からないうちに結は……いや、もう一人の女の子と一緒に俺のもとへと小走りで駆けて来た。それも何故か顔を紅潮させて。結の友人であろう彼女は、それをニヤニヤとした表情で見るだけで、他に何かあった様子はない。下駄箱で何かあったのか。それを不思議に思いながらも、壁に預けていた身体を離し、結に声を掛ける。
「結!」
「に、兄さん……」
俺がここに居るなんていつもだろうに。何故そんなにも歯切れが悪い。まるで、俺がここに居るなんて気が付かなかった、と言われている気分になるじゃないか……大丈夫だよな。そんなことないよな。俺はちゃんと認識されているよな。
「えっと、結のお兄さんですよね……?」
「そうだけど、君は……?」
と、一人で自問自答を繰り返していると、いつの間にか俺の隣に来ていた結の友人。俺の目を見ながら、ぺこりと軽くお辞儀をした。
「自己紹介が遅れました。初めまして、あたしの名前は『加賀 結羽』です。結のゆいに、はねって書いて『ゆう』です。いつも結にはお世話になっています。結とは漢字が一緒だったのを切っ掛けに話すようになりました」
加賀結羽なる人物は、黒髪ショーットカットの爽やか美少女で、見た目は活発的なイメージがあるが、その中に静かなイメージもあるという結構不思議な容姿をしている。個人的にあんまり出会ったことのないタイプでどう接していいのか若干分かりかねているところだ。結の友人であるから、あんまり結がマイナスになるようなことはしたくない。ここはフランクに年上として自己紹介すればいいのか、それとも堅苦しく年下に敬語で挨拶をした方がいいのか。どうしよう。このまま、俺が自己紹介しないというのはそれこそ結のマイナスになり、相手に失礼だ。だから早めに言った方がいいのだが……いいか、ここは年上のフランクであんまり失礼にならない程度にフランクでいこう。
「態々ご丁寧にどうも。結の兄で、名前は――」
「はい、どーーーーーーーーーーーーーーん!」
「グフォ!?」
いきなり背中に衝撃が来た。痛みはそこまでないが、そのまま堪えきれず吹き飛ばされてしまった。ゴロゴロと地面を転がり、壁に激突してからやっとのこと止まった。まさに衝突事故である。激痛である。痛いである。嘘である。さっき自分で痛くないとか言ってたである。とか、そんなバカなことを思っている場合じゃねえ。さっさと俺は立ち上がり、後ろから衝突してきたアホを睨み付ける。
「やあ、おはよう。今日も良い天気だねっ!」
蹴り飛ばした挙げ句、無駄に爽やかな挨拶するアホに、脳天へとチョップをプレゼントしてやった。
「ふざけんなっ!! 何が良い天気だね、だよ! お前な、人が結の友達に自己紹介してる時に後ろから跳び蹴りはないだろ! いくら俺でも完全に油断している時にやられたら反応できねーよっ!」
全力で蹴りに関しての抗議をしていたのだが、アホの反応は鈍い。俺にチョップされた場所を手のひらで押さえ、怨みがましい眼で俺を可愛く睨み付けていた。
「いたたたたあ~……というか、それは僕のせいじゃなく、油断してる君が悪い。さらに言えば、女の子をナンパしている君が悪い」
「空気読めよ!! というかそれ以前の問題に、跳び蹴りすんなってことだよ! 俺だけが被害にあったからいいものの、これで加賀さんを巻き込んだらどうする気だよ! というか、分かれよ! 会話の流れからしてさ!! あと、ナンパなんてしてねーよ!!」
このアホの名前は『羽々斬 静香』。女だ。認めたくないけれど。羽々斬家は“三家”である日向家の派生で、古くから存在する退魔の家系としてその世界では有名らしい(本当かどうかは兎も角として)。もっとも、その“三家”である日向家は昔に起きた事故が原因で本家分家親戚含めて殆ど死んでしまったらしい。生き残りは二人のみ(静香談)。
そして、こいつにはどういうことか何故か俺に付きまとう。嫌ではないが、俺としては疑問の気持ちの方が大きい。……それは兎も角、この学校に入学したときからの知り合いで、いや寧ろ友人ともいえる、が、去年今年と同じクラスが続いていて、学校に居る間殆ど行動を共にしている。勿論外でも結構なぐらい遊んでいるけれど、静香と二人っきりで遊んだことは殆どない。もう三人いる友人達と、合わせて五人で行動している。その三人は隣のクラスだが。
「もう、本当に我が儘だね君は」
「誰のせいだよ!?」
やれやれと両手を少しだけ広げながら首を振る静香に殺意が沸くが、そんなことは無視をして、こいつのせいで空気になりかけている二人に身体を向ける。結は苦笑して、加賀さんは少し笑いながら見ていた。これ以上変な事になる前に、先程のことを謝ることにした。
「加賀さん、さっきはごめんな。ちゃんと自己紹介しないといけなかったのに」
「いえ、全然平気です。それより、先程の怪我は大丈夫ですか?」
ポケットから花柄のハンカチを出すと、いつの間にか額から出ていた血を優しく拭い取ってくれた。あんまり先輩と思われない俺にとって、礼儀正しい子は貴重なのである。なんだこの子は。めちゃくちゃ優しいぞ。そこの隣で膨れている誰かさんとは大違いだ。
「む、何か君に対して怒らなければならない気がしてきたぞ」
静香が俺に対して何か言っていたが、普通にスルーして加賀さんにお礼を言う。
「あ、ありがとう。なんか悪いね。そうだ、そのハンカチ俺に貸してくれないか? そのままっていうのも悪いし、俺が洗って返すよ」
「いえ、大丈夫ですよ。先輩は気にする事ではありませんし、あたしが勝手にやったことですから」
「そうだよ兄さん。兄さんがそういうことをやると、必ず血の部分が広がるんだから。大人しくしてた方がいいよ? ただでさえ兄さん家事が出来ないんだから」
「うぐっ……」
事実だから一切反論することが出来ない。しかし、俺の血でハンカチを汚してしまった以上なにかしなければ罪悪感というか良心に反する気がする。俺に出来る事は加賀さんに何かしてあげることぐらいだ。それぐらいしか思いつかなかった、というのも原因の一つでもあるけれど。
「分かった、加賀さんの言葉に甘える事にするよ。今度なにかあれば協力させて欲しい」
「ええ、その時はよろしくお願いします。ところでお兄さん、『加賀さん』なんていう他人行儀はやめてください。結のお兄さんなのですから、あたしの事を気軽に『結羽』って呼んでください」
にっこりと笑う加賀さん――いや、結羽に少しだけ見惚れてしまった。屈託の無い笑顔と健康感のある紅い唇が、その笑みを人が惹き付けられるような笑みに昇華させていた。他の女子ではこの笑顔は到底不可能だろう。そんな魅力を持つ彼女は、俺の方に向けていた身体を結の方に向かせ、下駄箱と廊下を挟んだ先にある時計を人差し指でさした。
「結、早く教室に行きましょ。遅刻するわよ」
俺も結も言われて気が付く。そこまで遠くはないが、若干見にくい位置にある時計を眼を凝らして見ると、時刻は八時二十分。本鈴が鳴るまであと十分。いつの間にかそんな時間になっていた。学校に着いた時は遅くても八時前だった筈だ。それだけおしゃべりに夢中になっていたらしい。
とりあえず、遅刻したくはないので、ここで結達と分かれることにする。
「結と加賀さ……じゃない、結羽じゃあな。あ、結。昼はいつもの場所で」
「うん、じゃあね兄さん。また後で」
「はい、失礼します。結、行こう」
結は俺に手を振り、結羽はお辞儀をして一年生の教室がある四階へ、西階段を使い、上にあがって行った。二人の姿が見えなくなったので、俺も自分の教室に向かうことにした。俺たち二年生の教室は、東階段を使い三階にある。上がった先にあるのが俺たちのクラスで、全部で五つ。横一列で並んでいて、特に迷うようなことはない。それだけここの校舎は単純な構造をしているのだ。まあ、たまに覚えられない奴がいるが、それは特例だろう。
俺と静香は東階段を使い、三階へ。二階へ上がると三年生が教室で授業を受けていた。ここには教室の他に、科学室や家庭科室など実技や実験などの色々な教科で使うような部屋が幾つもある。勿論準備室もある。当然俺たちはここには用が無いので、三階へと足を向けた。
「そういえば、今日転校生が来るのを知っているかい? なんでも美少女らしいよ」
不意に、静香は俺に聞いた。
「一応知ってるさ。でも確か隣のクラスだよな? 正直、俺にはあんまり関係なさそうだったから言われるまで忘れてた」
「だろうね。君ならそう言うと思っていたよ」
肩をくすねてニヒルに笑う静香。それで興味を失ったのか、止めていた足を再び動かさせ、俺たちは自分の教室へと向かった。……あ、結に下駄箱で何があったのか聞くの忘れてた。まあ、いいか。お昼に聞けばいい話しだしな。
自分の教室に着き、クラスメイト達に挨拶をしながら席へと座る。俺の席は窓側の後ろから二番目という特等席。寝はしないけど、ボーっとするには丁度良い席でもある。
静香も同様に、クラスメイトたちと挨拶を交わしてから俺の隣の席へと座った。
俺はスクールバックの中から今日使う教科書達(数学ⅡA、現国、英語、世界史、選択で取った情報二時間)とノート、それに筆記用具を机の中に入れ一息つく。ふと、時間を見る――八時二十七分だった。あと少し、気が付くのを遅れていたら遅刻していただろう。結羽には感謝してもしきれない。
何故、俺がここまで遅刻をするのが嫌なのかというと、それには理由がある。一年から遅刻をしていないから皆勤賞を取りたいという思いも少なからず有るが、それは二の次だ。原因はここの担任がいけないのだ。そう、担任だ。
普通の担任で、それも体罰程度(何処かの委員会に知られればどうなるかは分からないが)なら文句も言わないだろう。それはこちらが遅刻したのだから罰を受けるのは当然のことで、嫌ならしなければいいという話しだ。だが、ここの担任は普通じゃない。――いや、見た目(顔だけではなく精神的な意味も含めて)は普通にイケメンなのだ。誰も彼もウチの担任に初めて会えば大体の人は格好いいと答えるだろう……それが実に厄介なのだが。
では、いったい何が普通ではないのか。それは――
「ほら、みんな席に座って。出席を取るぞー。呼ばれた者は返事をするように。
相坂、荒川、宇良之、丘、蒲田、粉川――ああ、もう全員いるよな? メンドイから以下略。全員出席ということで、な。
ああそうそう、出席なんてどうでもいいから先生の話を聞いてくれよ! 今日さ、通勤途中……ああ、言い忘れたけど、先生の通勤手段は電車ではなくて、歩きな。――で、この学校の近くに公園あるだろ? そこの公園にたまたま眼をやったんだ。そしたら、なんと良い男を発見しちゃってさ。ベンチに腰を掛けていたもんで、思わずその男に声かけていたよ。ホントに無意識の行動ってやつ? いや~参った参った。その男、近くで見ると更にいい男で、思わず固唾を飲み込んだ程だ。
一応僕も鍛えてはいるけど、その男の物は僕のと比べると、勝負にはならなかったね。服の上からでも分かる、鍛え上げられた美しく堅い筋肉。そしてそれを惜しげもなくつなぎからはだけさせ晒している、完成された胸襟。無駄や隙の無い上腕二頭筋と上腕三頭筋。圧縮されてすら――いる。
それは下半身にも言えることだけど。いや、それよりも先に注目することがあった。確かに筋肉は素晴らしかった。僕では一生手に入らないようなものだ。では、何を先に注目するか――それは、オーラだ。そう、オーラ。最早纏っているオーラが常人のそれとは違っていたよ。筋肉だけを増やしているのであればボディービルダーに沢山いるだろう。
だが、先程も言ったが、まさにオーラが違っていたのだ。あれはまさしく……男の中の男! ――ああ、そうだ。僕はああいう人を望んでいたんだ。これは完璧に惚れた。一目惚れだ。ああ、ああ。――嗚呼、この出会いをいったい誰に感謝すればいい? 神様? 仏様? イエス様? 違う。そういうものではない。――そうだ、出会わせてくれたあの公園に感謝しよう。あのベンチに感謝しよう。そして、教師という仕事に就かせてくれた学園長にも、生徒である君達にも感謝しよう! 教師職に就いていなかったら彼に会うことは出来なかったはず。ああ、なんて素晴らしいことなんだ――」
そう、この担任は男スキーである。こうなるとキャラが崩壊し、精神的に安定しなくなる。理解してくれていると思うが、担任は男であり、普通であれば筋肉とかがどうのという話しではなくて、顔が綺麗とか仕草が可愛いとかそういった異性のことを話題にする筈なのだ。それなら俺たち生徒も大歓迎なのだが。ホモなだけに。……こほん、しかし、この担任が持ってくる話しはいつもやれ筋肉やれオーラだの基本的に同姓のことしか持ってこない。いや、まあこれだけなら万歩譲って良いとしよう。
だが、問題はその先である。彼の性癖だ。男色家の彼は、外見は整っていて美男子と言っても過言ではない程の容姿、普通の思考(男に関すること以外)とは裏腹に、大胆にその性癖を満足させてくるのだ。俺たち男が遅刻しようものなら、体罰より酷いことをされる。
――色々な意味で食われる。そう語ったのはいったい何処の誰で、ナニをされたのでしょうか。未だに年齢=彼女無しの俺には何のことだか分かりません。分かりたくありません。
だから、その話しを聞いた瞬間、絶対に遅刻をしないと心に誓い、おしりを隠した。他のクラスメイトたちも同様だ(女子は別)。それ以外は生徒想いの優しい先生だから尚惜しい。ちなみに、その生徒は何かに目覚めてしまったみたいで、我が担任の事を崇拝しているらしい。……蛇足である。
チャイムが鳴る。
何処の高校でも流れそうな普通の鐘のチャイムだ。これは本令のチャイムで、これ以降に校門に入ると、学園長と校長の三者面談というそれはそれはもう有り難い指導が待っているのだ。とはいえ、ウチのクラスの担任ほどではないからまだマシと言える。
その担任の先生といえば、チャイムが鳴った途端、お話を中断し明らかに不満な顔をしてこの教室から消えた。全員ほっという安堵のため息をついてから、授業の予習する者、教科の先生が来るまで寝ている者、後ろや隣の席と喋っている者 と分かれた。ちなみに、俺は後ろや隣の者と喋るというグループに属する。
「そういえば、静香今日の宿題やってきたか?」
横にいる静香に問う。鞄から出した教科書を机に入れ、静香は俺の方に身体を向けた。
「うん、一応。先生には怒られたくないんでね……やってきたよ」
「そりゃそうだ。俺も怒られたくないからやってきたさ」
なら何故聞いた、とでも言いたそうな顔をしているが、それをスルー。少しでも日常会話を増やそうと思ったが見事に失敗。やはり、俺にはそういった気の利いた会話など不可能だと改めて思い知った。
それ以降、俺と静香の間に会話は無く、担当の教師が来るまで俺は教科書を見ることにした。




