プロローグ1(過去)
それは突然だった。
公園のベンチでこの間拾ったノート(途中で無くした)を探していると、母親がなにやら必死の形相で俺の事を探していた。遠巻きで何事かと思いながら母親に近づき、詳細を聞くことにした。詳細を聞く前に母親に抱きしめられ、
――■ちゃんが病院に運ばれたの。
涙を流しながら幼なじみが病院に搬送されたと報告された時は、頭を鈍器か何かで強く殴られたような衝撃が走ったのを覚えている。この状況で何かの冗談だ――なんて思えるような余裕なんて当時の俺には無く、案の定、幼なじみの家まで母親を置いて全力で疾走した。すぐに病院まで行けば良かったのだが、それよりも先ずは幼なじみの両親に直接会って話しを聞きたかったのだ。
信号なんて気にしている場合でもないので完全に無視して渡り、幾つか車やトラックに轢かれそうになりながらも、息を絶え絶えにしながらやっとこさ幼なじみの家に着いた。
まず視界に入ったのは、自分のよく知る幼なじみの母親だ。顔を俯かせスカートの裾を握り、佇んでいた。幼なじみの祖母が母親の背中を無言で摩り落ち着かせていた。今がどういう状況なのか理解していない幼なじみの弟と双子の妹達は、母親に必死で姉のことを聞こうと袖を引っ張っていた。それが酷く痛々しく感じられ、俺は顔を伏せた。
「あの……おばさん、あいつは……?」
自分の声ははたしてどれぐらいの大きさだっただろうか。自分では大きく答えたつもりだ。だが、返って来たのは沈黙。声が小さかったのか、と、もう一度声を出そうとすると、俯いたおばさんの顔から一滴の雫が地面に落ち、染み込んだ。
――泣いていた。
笑顔がトレードマークな人が泣いている。この人が泣いている所を見るなんて初めてで、だからこそ、強い衝撃を受けた。おばさんは深くあいつを愛していたし、大切にもしていた。正直、なんて声を掛けて良いのか分からなく、声を押し殺し沈黙していることしか出来なかった。どれくらいの時間が経ったのか分からないが、沈黙した空気を裂くかのように、一台の車がブレーキ音を小さく発て、止まる。タクシーだ。
「これに乗って」
俺の母親が何処かで拾ったタクシーから下りておばさんに言う。おばさんは一度だけ顔を袖で拭うと、顔を上げ、何か決意したような顔でタクシーの中に乗り込んだ。慌てて俺も乗り込む。と、タクシーのドアは閉まり、いつでも行ける状態になった。だが、その前に、おばさんは窓を開け、自分の母親に子供のことをお願いするを忘れない。
――そして、タクシーは幼なじみが搬送されているという病院へと向かった。
病院につくと、既に待機していた幼なじみの父親が手術室の前で医者に向かって怒鳴っていた。それが、今のおじさんが出来る“理不尽に対する怒り”の当て方だった。
「どうしてなんですか!?」
「…………」
「なんとか答えてください!」
「…………」
医者は黙ったまま喋らない。この時俺は悟った。心の何処かでもしかしたら――と思っていたが、現実はそう甘くない。だから、はっきりと理解するしかなかったんだ。
――あいつは死んだんだ、と。
理解した途端、急に身体の力がガクンと抜け落ちた。膝が笑う。立とうとしても立ち上がれない。力が入らない。急に怖くなったのだ。身体が震え、尋常じゃない汗も出てきた。ちかちかと視界が点滅し、母親の心配する声も遠くなる。全ての感覚が無くなりつつある。そんな状況で、誰が言ったのか分からないが、ただの一言だけが、耳に、鼓膜に、脳髄に、小脳に、大脳に、そして全てに響き渡った。
「黒い服を着た人物が――」
視界は暗転。黒々とした世界に意識は墜ちていった。




