03
「さて、悟、まずは生徒会のメンバーを紹介させてもらってもいい?」
龍崎先輩の口調が、突然親しげな――というか、馴れ馴れしいものに変わる。……年下とはいえ、いきなり下の名前で呼び捨てか。
「あら、気を悪くしたならごめんなさい。でもわたしは、『仲間』に対しては距離を取らないことを心がけているの。そうでないと命を預けられないでしょう? あなたがどうしても嫌だというなら、今後は『佐々木悟くん』、と呼ぶことにするけれど?」
挑むような視線で、僕の瞳をのぞき込む龍崎先輩。学園全体のアイドルである先輩に見つめられて、まさか、僕に拒否などできるはずもない。
「い、いえ、とんでもないです。呼び捨てで、構いません」
「結構、結構。素直な子は嫌いじゃないわ。ご褒美に、あなたもわたしのことを、下の名前で呼んでくれていいわよ。わかった、悟?」
「は、はい……み、美佳……先輩」
グイッ、とそのきれいな顔を近づけられて、僕は押し切られるようにコクコクとうなずくしかない。
しかし、たった一歳しか違わないというのに、この迫力はすごい。これがお嬢様の貫禄というものなのだろうか。僕のような庶民にはさっぱりわからないが……。
「さて、呼び方も決まってわたしたちの距離もぐぐっと近づいたところで、自己紹介といきましょうか。まずはわたし、龍崎美佳のことは、あなたも知っているわね?」
龍崎、じゃない、美佳先輩の問いかけに、僕はうなずいた。
「次に書記の聖良……も、すでに自己紹介が済んでいたわね。聖良ったら、あなたがここにくるまでそわそわしちゃってぜんぜん落ち着かなかったのよ」
「やーん、会長だめー! さ、佐々木君、そ、そんなことないからね! あたしは、佐々木君になんて、これっぽっちも興味なんてないんだからね!」
慌てたようにぶんぶんと首を振る聖良。うーん、そこまで言わなくてもいいじゃないか……。なぜだか知らないけど、僕は聖良に嫌われているようだった。ちょっとショック。美佳先輩はといえば、そんな聖良の様子を、笑みを浮かべながら見つめている。どうやらふたりの仲は、悪くないようだ。
「次はたまきね。自己紹介をお願い」
「えー、めんどくせぇ」
美佳先輩の言葉に、だるそうな声を上げたのは、生徒会室のいちばん奥の席に座っていた背の高い女子生徒だ。ほどよく日焼けした長い脚を、お行儀悪くも机の上に投げ出して座っている。もう少しで短いスカートの中身が見えてしまいそうなところだが、当の本人は全く気にしていないようだった。
「俺は、運天たまき。二年、副会長。以上だ」
ちらりと僕の方に顔を向け、よく通る明瞭な発声でそれだけ言って、またそっぽを向いてしまう。機嫌が悪いわけではなく、自分で言っているとおり、単にめんどくさいのだろう。
しかし、自分のことを「俺」と呼ぶ女子高生か……。確かに、耳を出したベリーショートの髪型と、化粧っ気のまったくない、中性的な顔立ちは一見、イケメンの男子のように見えるけど……。
「たまきはあいかわらずね。さてと、最後に残るのは葛葉だけど……」
そう言って、美佳先輩は生徒会室の中央あたりに座る少女に目をやる。そこには、小さな女の子がいた。
小さな女の子。それは文字通りの意味だ。身長が180近くありそうなたまき先輩や、モデル体型の美佳先輩はともかく、同い年の平均的な身長より頭ひとつ分くらいは低い聖良と比べても、さらに頭ひとつ分は小さい。ここにいて、同じ制服を着ているのだから、高校生なのだろうとは思うけど、その幼い顔立ちとあわせて、中学生、いや、小学生にも見えそうだ。
それからその、控えめな体型も……。
じろっ。
にらまれた。
そう、その小さな女の子は、僕が部屋に入ってきたときから今までずっと、僕のことを見つめて……否、僕のことをにらんでいるのであった。それも、かなりきつい、まるで親の敵でも見るような視線で。
「まぁ、葛葉は見ての通り無口な娘だから、代わりにわたしが紹介するわね。彼女は、玉藻葛葉。一年生で、役職は書記。あとは……葛葉、なにか言っておきたいことはある?」
美佳先輩の言葉に、葛葉と呼ばれた女の子は僕をにらむ視線を少しも動かさないまま、しかし小さくうなずいた。
「…………あたしは」
気を抜くと聞き逃してしまいそうなかすかな声。見た目通り幼い、けれど、どこか押し殺したような、震えた声。
「あたしは認めないから。こんなやつ」
そう言って、不機嫌そうに立ち上がった葛葉は、美佳先輩が止める間もなく、飛び出すように部屋を出ていってしまった。立ち上がってから駆け出すまで、目にも留まらない速さ。まるで野生の獣のような動きだ。
「……まったく、前途多難だな」
あきれたような声で呟いたのは、今まで黙って立っていた安倍先生だ。
「まぁ、何はともあれ、今日からお前は正式な生徒会執行部の一員だ。まぁ、その、なんだ。大変だと思うが、ま、ほどほどにがんばれ」
こうして、やる気があるのかないのかわからない顧問の言葉で、僕の波乱万丈な生徒会執行部の活動が、はじまったのだった。