02
……もう帰りたい。
覚悟を決めた数秒後には、すでにその覚悟を撤回したくなってきた。思い切って足を踏み入れた生徒会室の、居心地の悪さったらない。
部屋の中で僕を待ちかまえていたのは、4人。すべてがうちの学校の生徒で、そして――全員が女子。しかもその全員が、たった今扉を開けて入ってきたばかりの男子生徒――つまり僕に、注目しているのだ。その視線が、決して好意的なものばかりではない、という事実も、僕を激しく動揺させていた。
別に女性恐怖症なわけではないが、この年頃の女子が集まったときのおそろしさは、身にしみている。まして、その場に一人だけの男子に対する厳しさときたら……。
とはいえ、ここにいる4人は、集まってうわさ話に興じるような雰囲気はみじんもなく、それぞれがとくに視線を合わせるでもなく、それぞれの表情で僕のことを見つめている。もしかして、仲が悪いのかな……。だとしたら大問題だ。これから自分が所属することになる生徒会執行部の内部で、女子同士の陰湿な対立とかあったりしたらと思うとぞっとする。
「ようこそ、佐々木くん!……佐々木くん、だよね?」
人懐っこい様子で話しかけてきたのは、4人のうち、いちばん扉側……つまり、僕の近くに立っていた女子だ。
黒い髪を腰のあたりまで伸ばした、日本人形のような整った顔立ちの女の子。くりくりとよく動く黒瞳がちの目が印象的だ。美人というよりはかわいらしいといった感じで、おそらくクラスでは男女からマスコット的な人気を博しているに違いない。
「あ、ごめん、こちらから先に名乗るべきだよね。失礼しました。わたし、第46期生徒会書記の、八神聖良といいます。聖良、って呼んでくれるとうれしいな。一年生だから、佐々木くんとは同い年だね。わたしはA組で、佐々木くんはD組だから、話したりするのは初めてだと思うけど、これからよろしくね」
よどみなく一気にまくしたてて、八神聖良と名乗った彼女は、にっこりと笑った。どこか、小動物を思わせる人懐っこい笑み。
か、かわいい。リスみたいだ……。
僕の顔をのぞき込むようにして笑顔を見せた聖良に、どぎまぎしてしまったことを悟られないように、僕は思わず目をそらした。それを、拒絶の姿勢ととらえたのか、彼女の屈託のない笑みが、みるみる曇る。
「あ、ごめんなさい。わたしったら、1人で舞い上がっちゃって、迷惑だったよね。ごめんね、佐々木くん」
「……い、いや、そんなことない」
あわてて僕は、首を横に振った。急上昇したあとに急降下。聖良は、随分と感情の起伏が激しいようだ。
「そのへんにしておきなさい、聖良。佐々木くんが戸惑ってるわ」
落ち着いたよく通る声でそう言ったのは、生徒会室のいちばん奥で、椅子に深く腰掛けてこちらの様子をうかがっていた人物だった。
座っていてもわかるほど、とにかく姿勢がいい。背中に一本柱が通っているようなその様子は、彼女の自信に満ちた性格を表しているのだろう。
学園内の噂には疎い僕でも、彼女のことは知っていた。容姿端麗、学業優秀で有名な、学園のカリスマ的存在。生まれながらの生徒会長にして、学園の主席でもある彼女――龍崎美佳のことを知らない生徒は、学園には1人もいないだろう。
それほどまでに彼女は並外れた存在で、雲の上の人物だった。
「自己紹介が遅れたわね。知っていると思うけど、私は龍崎美佳。二年生で、生徒会長を務めさせてもらっているわ。佐々木悟くん、ようこそ、生徒会執行部へ。歓迎するわ」
そう言って龍崎先輩は、微笑んだ。