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 学生時代において、自分のいる場所が自分のいるべき場所ではない、と思ってしまうようなことは、さほど珍しいことではないのかもしれない。それは、いわゆる若者特有の、自意識過剰さがもたらす錯覚なのかもしれないし、客観的な目で見れば、いるべき場所も何もなくて、そこにいるのが自分だろうが、他の誰であろうが、大して代わりはないのかもしれない。

 けれど確かにこのときの僕、つまり、16歳の高校一年生であるこの佐々木悟が、その場にどうしようもないほどの場違いさを感じていたのは事実だった。

 その場というのは、僕の目の前の、清鈴学園の生徒会室のことで。仮にもこの高校の生徒である僕が、生徒会室の扉の前にいること自体は特に場違いというほどでもないのかもしれない。別にスーツ姿のサラリーマンがいるわけではないのだから。だから僕が場違いだと感じていたのは、自分の立場も含めてのことだ。

 立場――つまり、清鈴学園高等部第46期生徒会会計として、高等部の生徒958人の自治を先導する生徒会執行部の一員として、自分がこの場所にいることへの違和感。

 いったいどうしてこんなことになってしまったのだろう。少し前まで僕は、クラスの中で最後までクラスメイトに名前を覚えてもらえないような、平凡で地味な生徒だったはずだ。成績は中の上、スポーツで目立つようなこともないし、部活動にも所属していない。容姿にも(おそらく)目立ったところはないし、クラスの中で僕の名前が話題になることなど一度としてない、そんな影の薄い生徒だった。

 それが、生徒会である。生徒会の執行部に立候補をするようなやつは、ものすごい優等生か、学校のカリスマ的な存在か、……あるいはその両方か。そういう人間ばかりだと思っていた。間違っても僕のようになんの取り柄もない、地味で影の薄い人間がなるようなものではない。そう思っていたはずなんだけど。

「佐々木、やっときたのか、遅いぞ。他のメンバーは、もう全員集まってる。ほら、さっさと生徒会室に入れ」

 部屋の前で、中に入ることをためらうように足を止めていた僕に、ぶっきらぼうな声がかけられる。やたらと伝法な口調だが、声自体は女性のものだ。高めの、どちらかといえば幼い声で、決してこういう口調は似合ってはいないのだが、しかし彼女は頑なに、そういうしゃべり方をし続ける。

 振り返ると声の主の、僕のクラスの担任であり、そして生徒会執行部の顧問役でもある、安倍静香のしかめ面がそこにあった。

 腰まで伸ばした真っ黒な髪に、これまた真っ黒なワンピース。おそろしいことに、口紅までも黒く、雪のように真っ白な肌をのぞけば、黒以外の色が見あたらないような、不吉な格好。だがそれはいつものことで、この学園の生徒ならとっくに見慣れてしまっている。

 いつものことといえば、しかめ面もいつもどおりだから、特に機嫌が悪いということもないのだろう。よく見れば、口の端がわずかに上がっていて、むしろ機嫌がいいのかもしれない。

「今日は生徒会執行部の初顔合わせだからな。みんな、お前のことを待ちわびているぞ」

 生徒会室の扉に手をかけて僕を促しながら、そんなことを言う。

 そう、平凡で地味な僕が、生徒会執行部に入ることになったのは、そもそもこの阿部先生が原因なのだ。生徒会の役員選挙が告示された当日、教室の生徒たちをぐるりと見渡して、おもむろに、僕のことを指さした。そして、こんなことを言い放ったのだ。

「あんた、佐々木悟。立候補しな。担任命令だ」

 その一言で、僕の人生の歯車は、音を立てて狂いはじめたのかもしれなかった。

 まぁ、現状を嘆いてもしょうがない。対立候補のいない信任投票とはいえ、生徒たちの投票を通して、僕は正式に、この清鈴学園高等部の第46期会計に就任してしまったのだ。今さらあとにはひけないだろう。

 僕は覚悟を決めた。阿部先生に促されるまま、その扉の向こうへと踏み出したのだ。

 その先に、どんな運命が待っているのかも知らずに――。


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