表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄棺の少女  作者: 井口亮
7/11

第7話

 「神田小隊長って……出動入ると人変わるんだよなぁ」

 疾風小隊に混成編入されていた佐藤くみは装甲車の中で突撃銃をもてあそんでいた。

 野分と同じく、新兵は初の実戦に緊張しきっている。

 人が沢山死ぬ戦場を見てきたくみにとってはこんな戦場はどこか場違いで何かの訓練ではないかとも思えた。

 女性隊員であるくみが余裕を見せることで、新兵の中にも緊張をほぐそうとする動きが生まれ、多少なりとも疾風小隊は動ける状態にはなっていた。

 「……しっかし、自壊ねぇ。今時、流行らないわよねえ」

 ワラブキで生活するための糧のほとんどが地上にあった。

 食肉にしろ、穀物にしろ生命を生み出す源の全ては水と土にあり、それらは陽の光がなければ育成できない。

 ワラブキはケイヴバンカーと同様の手法で自立プラントを周辺に設立し、地上ではなく地下の搬送路を経由して各プレートに搬送する。

 搬送された物資は各プレートで加工され、一度、集積した後に運営府でもって配分量を決めて配分する。

 目標生産指針以上の生産品は生産者が自由に配分し、生産者の意欲向上に努め、目標生産指針を下回れば、厳しい罰則が生産者に課せられる。

 旧世代の社会主義を彷彿とさせる体制だが、これが現状、最も効率良くワラブキを運営していくのに適した制度だった。

 社会とはそもそも人が生活する基盤を盤石とするために存在し、社会の制度とはより効率よく社会を運用するために存在する。

 人の生きる環境が変われば、また、社会も、制度も変わらなければならない。

 逆を返せば、環境が社会や制度を変えていくはずなのだ。

 だが、一度、盤石な制度を作れば、そのぬるま湯に浸かった人間は環境が変化してもなかなか変革をもたらす勇気を持たない。

 時代には常に痛みと共に社会を変え、その痛みを引き起こす革命者や事件が存在する。

 自壊行為――テロリズムとはそういった革命者としての側面からも見ることができる。

 「とはいえ、普通に生活している人間にとっちゃどっちでもいい話よね」

 社会の制度だろうが、時代だろうが、所詮、その日を生きることで精一杯の人間にとってはどこか遠い世界の話であるのはいつの時代も変わらない。

 自らが生き延びる為に、そのようなことに思考を割いている時間が無いからだ。

 「……また、渡しそびれたよ。あーも」

 佐藤くみにとっては自壊による主張より、今日、明日を生きるか死ぬかの毎日を送る誠二と少しでも長く居るという事の方が重要なのだ。

 佐藤くみは結局、渡しそびれた小包を背嚢に詰めて出動していた。

 佐藤くみの素体自体は本来、生産活動従事体として生産されており、陸戦適性の高い数値ではなかった。

 だが、本人の強い志願により陸戦部隊の支援要員に採用されたという経歴があった。

 自由が尊ばれた時代から比べ、個ではなく種での生存競争をしなければならない現状において、適性を培養槽の中の段階からある程度数値化、判断し社会貢献させる。

 適性値はあくまで適正値であり、低い適性であっても本人の意志が高ければ、結果として、社会に貢献できる。

 そう判断されれば、適性のある部署より、本人の望む部署に配属されることもある。

 それが見込めない場合は矯正措置を執られるが、幸い佐藤くみは自分の望んだ陸戦部隊に配属された。

 「……誠二、怪我しなきゃいいんだけど」

 神襲が終わった後に、誠二を探すのがとても嫌だった。

 死亡した兵士の顔や、重度に精神汚染の進んだ兵士を誠二の顔ではないかと見て回るたびに胸がすく。

 蠅のたかり出した人間の一人が、誠二であったことを考えるといてもたってもいられなくなるのだ。

 そのときばかりは、忙しさにかまけ心を殺すことを覚えたが、誠二の姿を見つける度に胸が張り裂けそうになる。

 虚ろな瞳で天井を見上げ、煤だらけの体のあちこちに傷を作っている誠二はどうして死ねなかったのだろうかと悔やんでいるように見えるからだ。

 実際、そうなのだろう。

 だが、培養槽から出され、施設で幼体教育を受ける中で常に隣に居た人間が居なくなるのはとても、寂しい。

 「……佐藤、突入準備だ。何やってる」

 「はい?あ、はいっ!」

 物思いにふける暇もない。

 陸戦適性が低かったとはいえ、陸戦部隊の現状、まともな訓練を受けている人間の多くは戦場で消費している。

 戦場では一人の兵士が前線に立つのに最低、十人の支援が必要であるとよく言われる。

 だが、その兵士が激しく損耗していけば、基本訓練を受けた支援要員とて前に立たねばならない。

 「終わったら……ちゃんと、言おう。言わなきゃあいつわかんないし」

 人間相手の戦闘であれば、死傷率は低い。

 兵士の損耗を防ぐために過度に発達した医療技術は体の一部が欠損した程度の負傷なら一週間もかからず次の戦場に送りだすことができるくらい高かった。

 死ぬことは無い。

 本当に厳しい戦場に立った経験のないくみは心のどこかでそう思っていた。

 本人すら気がつかないような些細な気持ちの引っかかり。

 この場に彰が居たのであればそれを諫めたのかもしれない。

 常に厳しい環境に身をおく者はたいてい、そういう心持ちを何と表現しているか知っている。

 佐藤くみは油断していたのだ。

 「……え?」


 「――疾風一から、現本、正面から迫撃砲による銃撃を受けた。疾風三、四が負傷。支援砲撃求む」

 「……現本了解。陸鮫、効力射」

 地面が揺れる激しい衝撃の中で、誠二は突撃銃の発砲音で掻き消される無線を聞いた。

 疾風に佐藤くみが混成されていたはずだと一瞬だけ、気をとられるがそれすらも瞬きする間に掻き消される。

 建物の内部での銃撃戦経験は初めてだった。

 訓練では何度か実施したことがある。だが、人間相手のそれは非常に厄介であり、余計なことを考えている暇は無い。

 一歩進む度に神経を使う。

 時間を与え、要塞と化してしまった管制棟をくまなく調べるのに負傷者が続出していた。

 ドアをあければトラップが作動し、角を曲がろうとすれば銃撃を浴びる。

 身を隠す隠蔽物が沢山存在する人間相手の市街戦は一歩を踏み出すのにあらゆる可能性を考えなければいけない。

 「ふぐあああっ!」

 考えることを怠った新兵が横で足の防護板の隙間を銃弾で抉り抜かれる。

 弾けた血肉がべっとりと壁に付着したが、誠二にはその程度で悲鳴をあげるのもどうかと思ってしまう。

 訓練された体が弾き出した答えに従い、誠二は通路の奥を斉射するがすぐさま敵は引っ込む。

 「高藤三曹!あ、足が、足がぁぁ!」

 「頭じゃなくてよかったな」

 混沌とした戦場を見てきた誠二にはその程度の負傷は向精神剤と痛み止めを服用すれば十分、一人で帰還できる負傷であることがわかり、心配に値するものではなかった。

 だが、初の実戦の負傷で、新兵は興奮してしまっている。

 悲鳴は思考をかき乱し興奮を伝播させる。一人の兵士が突撃をしてしまえば、それに追従するものも出てくる。

 分隊長としての確実に任務を遂行するため、誠二は冷たく命じる。

 「うるさいから連れて行け」

 新兵二人が抱えて負傷者を連れて行く。

 銃創だけの兵士を運ぶだけで震えている。誠二は神襲を新兵が生き残れるかどうか考えると、胸の奥が妙に冷たくなる感覚を覚えた。

 「妙だな」

 廊下の影に身を潜める彰が呟く。

 「……訓練されていますね」

 統率が取れている。

 訓練すれば素人でも統率をとることはできる。

 だが、問題は銃器の扱いに手慣れていることだった。

 射撃のタイミング、適切なトラップの設置はその機材がなければ訓練できない。

 そして、引き際の読み方。

 これ以上は危険だという線を踏み出さない臆病さは戦場を経験しなければわからない。

 相手は、新兵ばかりの自分たちより明らかに手練れなのだ。

 何も考えず圧倒的な物量と、力量で単純に殺戮を繰り返す神と違い、人相手だと勝手が違う。

「……再利用の廃棄先、か」

 「どういうことです?」

 「再利用目的で消えた負傷者の帳尻が合わないんで気になってはいたんだ。まさかとは思ったよ」

 「……つまり、自壊実行犯に送られていたってことですか?」

 「考えても仕方あるめえよ」

 誠二はなるほど、と小さく感心する。

 考えたところで現状は変わらない。であれば、その現状をそのまま受け止めその上で生き残り、目的を達成するにはそれ以外のことを考えるより、目の前の出来事を的確に処理することに重点を置かねばならない。

 普段の戦闘とくらべ、幾分、余裕のある戦闘だから、彰の哲学を理解する余裕もある。

 彰は機銃の下部にしつらえた榴弾砲に弾丸を装填し、通路の奥に発射する。

 激しい閃光が弾けるのと同時に誠二は銃を撃ちながら走り出す。

 通路の奥にしつらえられたバリケードの影には既に人影が無い。

 奥の扉のドアが半開きであり、おそらく敵はそこに逃げ込んだのだろう。

 後続の彰が追いつくのを待つ間に誠二は弾倉を交換する。

 気がつけば二人になっていた。

 「……野分一から現本。管制室前に到着、確認できた敵影は四。野分三、四、五は負傷の為戦線離脱」

 「現本了解、嵐、竜巻ともに激しい抵抗にあっている。合流は遅れるものと思料」

彰は僅かに考え込む。

 「……了解、野分一、二にて管制室制圧を実施する」

 現状で時間をおかない合流は難しい。

 時間をおけば管制室まで後退した窮状を知った敵が引き返す恐れがある。

 「……挟み撃ちよっかなんぼかマシだろう」

 「分が悪いですけどね」

 「……今まで分のいい戦いなんざあったかよ。閃光弾は残ってるか?」

 「比べれば、天国ですか……お互い、そんなもんはとっくに使い切ってますよ」

 互いに笑ってみせる。

 「じゃあ、対殻でも使おうかい」

 「対殻?――了解」

 誠二はそれだけで彰が何をやりたいか理解した。

 彰は誠二の胸を叩いて左を指さす、そして自分の胸を叩き右を指さす。

 突入後、どちらを制圧するかの分担だ。

 突入した瞬間、室内左側を誠二、右側を彰というサイン。

 お互いが拳を突き出し、ぶつけ、自分の胸を軽く叩く。

 誠二が前に立ち、彰が後ろから誠二の肩に手をかけた。

 誠二は膝を曲げてリズムを刻み、彰に伝えると部屋の扉を蹴破る。

 激しい銃撃音が響いた。

 生きる残る為に研ぎ澄まされた思考は、管制室内で突入を待ち構えていた自壊実行犯達の意表をつくことを自然に選ぶ。

 地面すれすれを這うように身を低くして突入し、突入と同時の射撃を行わない。

 もし、敵が自分たちと同じ訓練通りセオリーに従うとしたら、障害物を盾に銃撃の応酬をしながら、手榴弾等での無力化を図る。

 それは敵が誠二達のセオリーを知っているから立てられるセオリーである。

 だが、神襲戦の乱戦では圧倒的物量の前にセオリーは無く、生き延びる為にはその場に合わせ、最も生還する確率の高い戦術を取り続ければならず、彰は八年の歳月をその戦場で過ごしてきた。

 そして、誠二は最も近くその戦い方を見てきた。

 ――対甲殻標的用徹甲弾。

 弾丸先端部を硬化処理し炸薬の量を増やした弾丸で、甲殻標的の甲殻内部での跳弾により内部を徹底的に破壊することを目的に作られた弾丸。

 時代が進むにつれ対人戦というケースが著しく少なくなり、神襲に対する想定戦術、兵器技術を発展させ続けた結果、対人戦術と対神戦術相互の戦術立案の認識にズレが生じる。

 誠二と彰はこれまでの戦闘から、敵がそのズレを修正していないことを察し、そこを突いたのだ。

 生き残ろうと必死になる人間は、どんな状況でも考え、些細なことでも見逃さない。

 考えることを放棄したときが、死ぬ時だということを知っているからだ。

 誠二と彰は互いに伏せ撃ちの体勢で障害物にめがけ掃射を繰り返す。

 戦車の装甲に匹敵する強度を持つ甲殻標的を撃ち抜くために作られた弾丸は生活強度しか持たない障害物を文字通り粉砕し、背後の壁ごと撃ち抜く。

 突入時に確認できた人影のあった箇所を重点的に掃射し、携行していた手榴弾を残らず障害物越しに放る。

 容赦の無い衝撃が部屋中を席捲し、瓦礫を飛散させ壁に肉片と血を叩きつける。

 まき散らされた暴力が機能ある物を瓦礫と粉塵に変え、選考と爆音をまき散らし悲鳴をかき消した。

 地面に伏せ、口を半開きにし――そうしなければ、衝撃が脳を揺らすのだ――爆風の衝撃が去った後に、警戒しながら立ち上がる。

 「自壊首謀者に告ぐ。武器を捨て、両手を挙げてその場に股を開いて座れ。少しでも不振な挙動をしたら即座に射殺する」

 瓦礫の下で圧死した死体を数え、もう、敵が居ないことを確認すると誠二は無線で現地本部に報告する。

 「野分二から現本。管制室の制圧を終了した」

 「了解、嵐、疾風は残敵の掃討に移る」

 短い応答を終え、銃を構え直す。

 終わったと思った瞬間が、最も油断しやすく、死に易い瞬間なのだ。

 案の定、瓦礫が崩れ、まだ、生きていた敵が二人を見た。

 「……相変わらずね。神田彰」

 場違いな声を出す。

 少女の声だ。

 「……神崎か」

 彰がそう呟いた。

 ぶちぬかれた管制台の下、腹から綿をはみ出させながら苦しげに少女は笑う。

 赤く広がる血が粉塵を吸って乾いてゆく。

 煤けた顔にどこか寂しげな笑みを浮かべて少女は名乗った。

 「神崎よ。あなたが殺したね」


 神崎ゆかり。

 のぞみとそう変わらない年の少女がこの自壊の首謀者だった。

 「……第五へ号作戦が始まったと聞いたわ。のぞみが巫女に選ばれたそうね」

 護送車の中、両手両足を拘束され、目隠しをされた少女は語る。

 その腹部は修繕措置が取られた後にみられる赤黒い皮膚の変色があった。

 部分的に代謝を促進させ傷口を強引に塞いだ痕跡だ。

 「答える義務は無い」

 彰は短く告げた。

 彰は引き続き、自壊実行者主犯である神崎ゆかりの身柄を護送任務を志願した。

 結果、誠二も同じ部隊員として同行することとなった。

 「補佐役にあなた?同調者はそこの彼かしら。坂本の犬もうろついているのかしら」

 鼻で笑うように挑発する。

 「どうやってここまでの組織を作り上げた」

 「黙秘権を行使するわ。ワラブキの人間には人権が存在するのでしょう?」

 「自壊実行者にそれが同じく適用されると思うなよ」

 「薬物にでも浸す?そうでしょうね。どのみち、私たちに与えられた権利など、形だけのものなのだから」

 怨嗟に満ちた声だった。

 「三年、かかったわ」

 誠二は黙って聞き流す。

 「構成員はほとんどがリサイクル待ちだった従軍経験者。へ号作戦がどんなものか、自分たちがどういうものかを理解して、快く賛同してくれた人達ばかりだった。誰もが夢見ていたのよ?人が、人らしく生きれる社会を」

 「……生き残れなければ、意味が無い」

 「生き残れなければ、意味がない。惰性に流されて毎日を送って自分が消費される番を待つのは果たして、生きていると言えるの?冗談じゃないわ」

 ゆかりは吐き捨てるように言った。

 「……高藤君って言ったかしら。あなた、へ号作戦がどういうものか知ってる?」

 「黙れ」

 「いいじゃない。あなたも経験者なんでしょう?教えてあげなさいよ」

 つり上げられた唇が歪んだ。

 「……神はね、人が生きようとする心を喰らうの」

 誠二は銃を持ち直す。

 「恐怖はもっとも原始的で、強い生きることへの執着。だから、神はあなたたちのような兵士を喰らう……だけど、それより神が好む感情があるの」

 彰の眉が僅かにひそめられる。

 「……愛よ。誰かの為に自分の命を捧げ、そして、犠牲となって生きようとする心。巫女は生け贄。のぞみも神に食い殺される」

 ゆかりは憎しみで濁った双眸を向けて吐き捨てた。

 「大槻彰、あんたがあかりを殺したの」


 「高藤三曹、遺体の確認をお願いします」

 佐藤くみの遺体の損傷は酷い有様だった。

 上半身の右半分が吹き飛び、原型をとどめていない。

 吹き飛んだ顔面から覗く眼孔からこぼれ落ちた眼球の残骸はかつて、誠二を上目遣いに見た眼球なのだろうか?

 まだ、歯が数本ついている歯茎が見える裂けた口は誠二をたしなめた口なのだろうか。

 こびりついた血痕の中の酷く白くなった肌が見えて、現実感を覚えない。

 だけど、誠二は胸の奥を削る寂しさの感覚がまた、やってきたとだけ感じて流そうとした。

 「……遺品の引き取りを願います」

 その兵士は血だらけになった背嚢から、ぼろぼろになった小包を誠二に渡す。

 「自分は、佐藤先任にはお世話になりました。度々、高藤三曹の話も伺っております。自分にも、空戦に施設の兄弟がおります!どうか、佐藤先任を忘れないで下さい!」

 その兵士は泣いていた。

 「ひ……ぅっ……うぁぁぁっ」

 堪える嗚咽が慟哭になる。

 送別に来ていた新兵の多くが声を殺して泣いていた。

 佐藤くみという人間がどういう人間だったのかが伺える。

 渡された遺品は出動前にくみが渡そうとしていた物だった。

 開いてみると、施設を出た時に撮影して貰った写真が入ってる写真立てがあった。

 マッキ、ナツオ、ベスケ、ミチル、セージ、サックミ、ノリユキ。

 陸戦に配置になった連中が首を抱え合い、笑っていた。

 そういえば、くみはさっくみさっくみと呼ばれてたっけ。

 今の自分からは想像できない笑顔で笑う幼い自分が居た。

 煤けたメッセージが添えられている。

 『死んだら、私、一杯泣くから、死なないで下さい。好きです セージ』

 何度も消しては、書き直したのだろう。

 鉛筆の跡で汚れたメッセージカードは煤に負けないくらい、汚れていた。

 写真の中のくみは、ベスケに背中を押されて戸惑いながらも笑顔を作り、自分に頬を寄せている。

 誠二はそんなくみに、本当に気がつかないで、何かを叫んでいた。

 鬱屈とした幼体、成体教育を受けさせられる施設を出れることだけを純粋に喜んでいれた。

 誠二は、泣いてみようと思う。

 みんな死んでしまった今日くらいは泣いてもいいんじゃないかと思った。

 「……あぁ」

 新兵達の慟哭の中、意味の無い嗚咽が零れた。

 俯いてみるが、涙が零れそうに無い。

 どうにも、泣き方を忘れすぎていたようだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ