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鉄棺の少女  作者: 井口亮
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第4章

次に見たのは緑色の天幕だった。

 むせ返るような消毒液の匂いと糞尿の匂いの混じった死臭。

 がらくたをバケツに閉じこめて振り続けたような喧噪がやかましく響き渡る。

 戦闘の終結した戦場での負傷者の救護に皆が奔走している。

 誠二は自分が救護される側の人間であることであることに僅かながらの安心感を覚えた。

 少なくとも他者を生きながらえさせる為の生体部品に回されることはないようだ。

 体を動かしてみる。

 激痛は走るが四肢に感覚は残っている。

 僅かに動かし、目でもって確認も行う。幻肢であることもないようだった。

 そこでようやく自分の掌を握っている少女に気がついた。

 ――神崎のぞみ。

 戦場で会った隻眼の少女が自分の手を握って眠っている状況に誠二は戸惑う。

 そして、違和感を覚える。

 その違和感はすぐにわかった。

 ――左腕が無いのだ。

 「感謝しなさいよ!あんたがうなされている間じゅうずっと見ていてくれてたんだから!」

 天幕を開いた看護兵が忙しそうに余った包帯を運び出しながら告げる。

 「それよっかきちんと喋れる?検査受けるまでには喋れるようになっときなさいよ!精神汚染者認定されたらバラされるんだから!」

 バラされるとは生体部品として分解されるという意味だ。

 減少した人口を維持するためには最早、人の尊厳に拘っている余裕など無い。

 生き残れる見込みのある人間に、生き残れる見込みのない、もしくは、生き残っても貢献のできない者の一部を宛がう。

 「……大丈夫、ですか?」

 気がつけば、のぞみが顔を覗いていた。

 「……いや」

 「……すみません、私の、せいです」

 のぞみは小さくそう呟いた。

 「……私、行きますね」

 のぞみは小さく頭を下げ、松葉杖を突く。

 この場には似つかわしくない帯留めが揺れて、天幕から去った。


 人間は機械ではない。

 その最大の利点は何かと尋ねられればどのような状況においても自ら思考しその場に即した行動を取れるということだ。

 時として銃を取る兵士ともなり、それが終われば負傷者を介護する看護兵ともなれる。

 くみは手の足りない看護兵として負傷兵の介護に走り回っていた。

 真っ白いエプロンを軍服の前から下げて、運ばれてきた兵士の間を走り回る。

 「……痛ぁ……あぁ……」

 年端もいかない少女が呻いている。

 「この人は無理!他!」

 外傷は無いが精神汚染が酷い。

 開ききった瞳孔が痙攣し、ありもしない像に焦点を合わせている。

 「その人もその人も!」

 若い新兵を引き連れ、まだ、助かりそうな人間を捜し回る。

 硝煙と血の匂いが充満し、舞い上がった埃が目に入る。

 「うあぁああああ!」

 一人が咆哮をあげて銃を手に取る。

 くみは反射的に銃を向けて引き金を引いていた。

 「どこの馬鹿!銃を汚染者に見せるな!汚染者は戦場で味方に銃を向けられるんだぞ!」

 精神的障害を負った人間は時として、銃を持つ人間に対し攻撃を加える。

 エプロンはそういった人間に味方だと識別させる為に着用しているのだが、狂気の前には完全に信用できるものではない。

 撃ち殺したのが先ほど救助不能と判断した兵士の一人だと知ると、くみは銃をホルスターに戻した。

 「次、行くよ!」

 自分でも冷たいと思う。

 だけど、ここで一秒を無駄にしたらその一秒で助かる命がなくなるのだ。

 だから、くみの視界の中で何もせずにぼさっとして何もできないでいる奴がいると苛々する。

 「そこ!ぼさっとしてんじゃない!死なせるな!次に死ぬのはお前だぞ!」

 怒鳴りつけて、それがこの場に居て『兵士』じゃないことに気がつく。

 「……あんた」

 戦闘が終わったとき、誠二の側に居た少女だ。

 「す、すみません……」

 神崎のぞみ、と言っただろうか。

 「あんた誠二のところにいたんじゃないの!?」

 「……いえ」

 「なんで出てきた!精神汚染が進んだらどうすんの!語りかけをやめるな!」

 兵士でなくても、戦場に立てば何かをしなくてはならない。

 はじめての時は何をすればいいのかわからずに、突っ立ってることしかできなかった。

 そんなくみに、既に死んだ先人が怒鳴ったようにくみは怒鳴りつける。

 「やれることをやれ!お前に知識があるとか!技術が無いとかそんなのは関係無いっ!目の前で人が死んでるんだぞ!お前のかわりに死んだ奴が沢山いるんだ!」


 神田彰はジープのボンネットに腰掛けて空を眺めていた。

 救助者を介護する看護兵の喧噪を聞きながら煙草に火をつける。

 テントを出てきた誠二をみつけて手を振る。

 「……よぅ、お互い、生きてるな」

 「死ねばよかったのに」

 「それ、俺の台詞」

 お互いに苦笑する。悪くは無い。

 だが、沢山死んだ同胞の前で大きな声で笑える程、不謹慎では居られなかった。

 「……いつまで、続くんかなぁ」

 彰は太陽を見上げて目を細めた。

 「ずっと……続くんじゃないですか?」

 「……それでも、生きてくんだろうなぁ」

 吐き出した煙が風の中で消える。

 「辛ぇわな」


 「事後処理……か」

 混迷とした野戦キャンプに足を運んだ山之内大幕僚長は小さく呟いた。

 「神襲の間隔が短いな。総量共振の予兆か」

 「……そう見るのが、現実的かと」

 「全民避難の準備も運営府に打診する必要があるな」

 「……我々の、負けですか」

 石岡総幕僚長はそう答えざるを得なかった。

 山之内大幕僚長は横たわる軍服を着た少女をじっと見下ろし、呟いた。

 「神田彰は……生きているか?」

 石岡総幕は唾を飲んだ。

 「現在、確認中です」

 「最早、手段は選んでられん。巫女を人に落とす」

 「第五へ号作戦ですか……賭けになります」

 「どのみち負けたところで取られるものなど何も残りはせんよ……無論、神崎ゆかりのことも忘れてはいない」

 石岡は最後に山之内が呟いた名前を聞いて、黙ってしまう。

 「……彼女はまだ、生きています」

 「だろうな……本当に、可哀想な子だ」

 山之内はため息をついた。

 「……戦って、戦って、そして、死ね。誰もが、戦い、死んでいるのだ」


 戦闘が終了し、三日後、神田彰と高藤誠二は陸戦総司令部に出頭指示を受ける。

 「神田彰一曹、並びに高藤誠二一等兵に昇進の辞令を通達する。まずはおめでとう」

 岡部陸戦幕僚長が直々に辞令を二人に渡す。

 「簡素ですまない。だが、本来、これを渡す人間も死んでいてな。それに、今更階級が上がったところで何ができるものでもない。だが、覚えておいて欲しい。ただの紙切れでしかない辞令すら今の我々には惜しい資材だ。次に生まれる人の為に武器を取る君らの功績にそれでも賞賛を贈る気持ちだ」

 彰と誠二は敬礼で返した。

 「……生き残る、算段をしようか」

 山之内が溜息混じりに呟き、彰が冷たく答えた。

 「もう……後がないんだな」

 「君は上官に対する口の利き方を覚えた方がいいな?神田一曹、いや、三尉か」

 「その台詞も二度目です」

 山之内と神田は僅かに視線を交わした。

 「……神田三尉、並びに高藤三曹は現時刻をもって総幕兵器廠へ転属だ」

 「第三へ号ですか?」

 「第五へ号作戦に従事してもらう。作戦内容は兵器廠で示達を受けよ」

 山之内は誠二を見て付け足した。

 「……神田の方が詳しいか」


 兵器廠に向かうエレベーターの中で誠二は神田をちらりと見る。

 不機嫌を通り越して、無表情となっている。

 「……『第五へ号』作戦って何ですか?」

 「お前も産屋については知ってるだろう?」

 彰は淡々と説明する。

 「神様……神性標的はある一点を中心に出現し、そこから人間の生体反応を察知し、移動を開始する。その出現地点を神源地と呼称する。ここまでは教練で習ったな?」

 「はい……神源地から発せられる波形振動を大気中に存在する神性物質に共振させ、周囲の物質を取り込み高速で神性標的を構築し、操作する。その神源地を破砕することでその地域全域に展開した神性標的を消滅させることができる、ですよね?」

 「その神源地に形成される大型標的のことを形態獲得性大母像――どっかのケイヴじゃアニムゲシュタルトともいうらしい。どちらにせよ小規模迎撃作戦では面制圧砲撃で一掃することも可能だが、敵の物量が圧倒的に多くなった場合、神源地まで砲撃が届かない。現に、今まで行われた作戦の六割は神源地を通常兵器での攻撃で破壊できていない。そこで使用するのが産屋――棺桶だ」

 エレベーターは静かに、ワラブキの最下層へと降下を続ける。

 「圧倒的な物量を誇る神に対してワラブキが唯一、効果を上げることのできる戦略兵器――いや、戦争ですらないから戦術兵器か――どちらにせよ、『産屋』はワラブキが持っている神に対する切り札だ。それ故に、その内部構造や起動システムは秘匿されている」

 彰は煙草をくわえて火をつける。

 「秘密にしなければならないのは何故か。特殊部隊はその秘密性にて規模を知られ対策を取られないようにすることを第一義とし、また、秘密にすることでその規模や効果を強大なものと誤認させ、相手に対し心理的圧迫をかけることを第二義とする。だが、それは相対する敵が論理的思考をする人間相手にのみ有効な手段だ。何故なら、秘密にすることの最大の目的は情報を秘匿し、論理的思考に錯誤を与えることだからだ」

 誠二に煙草を放る。受け取った誠二も同じように火をつける。

 「じゃあ、何故、棺桶の構造や起動システムを秘密にする必要がある?敵は神だ。神は論理的思考を持たない。圧倒的物量で攻めるだけだ。なら、その秘密の対象は論理的思考を持つ対象に向けられなければならない」

 彰は大きく紫煙を吐いた。

 「……秘密は俺たち、人間に向けてのものなんだよ」

 エレベーターのゲートが開いた。

 「よぅ、のぞみ。久しぶりだな?覚えてるか?」

 「……お久しぶりです」

 誠二の口から煙草が落ちた。

 「『産屋』には起動システムもなければ、複雑な内部構造と呼べるものも無い。幾重にも装甲を重ねた弾丸だ。中に居る――『神崎』を運ぶためのな?」

 兵器廠で待っていたのは神崎のぞみだった。

 作業服を来た初老の老人に従えられ、のぞみは小さく頭を下げる。

 彰は最後の説明を誠二に始める。

 「理屈は解明できていない。だが、神崎のぞみのような源置換性保有者――俗に『巫女』や『禰宜』と呼ばれる一部の人間は神源地を自らの体に置換できる。置換した部位を破壊することにより出現した神性標的を巻き込み自壊させる――神源地を置換できるかどうかは巫女の精神状況に左右される。産屋が不発する原因の大半がその精神状況によるものだ――自分たちが生きるか生きないか、『神崎』の気持ち一つで左右されるなんて事実は何も知らないで生きている連中に耐えられるかよ」

 全てを聞き終え、誠二は言葉を失った。

 「……神田君、高藤君、兵器廠は禁煙だ。慎みたまえ」

 「お久しぶりですね。神林局長」

 「喫煙は体に毒だ。寿命も縮む。もっとも、人間の平均寿命を生きられない君らにとっては全く無駄な忠告だがね」

 「いやいや、肺活量が減るのは走れなくなりますからね。寿命が縮むってのはあながち間違いじゃない」

 神林と呼ばれた初老の男は小さく笑った。

 「冗談はいいものだな。笑えば、生きていける気力になる」

 神田は笑わなかった。

 「……君が高藤誠二君かね」

 「はい」

 「……うちの娘を、よろしく、頼む」

 「はい?」

 のぞみが深く頭を下げて叫んでいた。

 「ふつつかものですが!よろしくお願いいたします!」


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