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鉄棺の少女  作者: 井口亮
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第2章

本当は章分けされてない小説なので、読みづらいかと。


携帯用への台詞前改行は、本作は行っておりません。


 日本という国は最早、存在しない。

 この地上に国家という形骸を残している場所すらもう存在しないだろう。

 正確な年代を図る基準もなくなり、急遽作り上げた新しい暦でもって年を数えるようになって五十年。

 人はまだ、滅びずにいることができた。

 いつ、発祥したのかは正確な記録は残ってはいない。

 世界の各所で発生したそれは容赦なく人類を駆逐し続けた。

 人が存在するところに現れ、圧倒的な力、若しくは物量でもって人を殺める。

 時の終末思想を持つ宗教家達が一様にして神々の怒りが罪深き人類に裁きを下したと囃し立てた。

 救いようのない事態であったのは確かで、かつての国家、都市と呼べるものは全てが焼き払われ、人類という種は絶滅の危機に瀕することとなる。

 人々は信仰を捨て、自らが生き残る為に文明の灰をかき集める。

 以来、神という概念は人々の中に畏敬から、畏怖の対象として銃弾を撃ち込むものとして認知された。

 神々の力は時として地図を塗り変える程、強力だった。

 文字通り、山を砕き、海を裂く程の物量を彼らは持つ。

 国という機構が機能しなくなり、僅かに生き残った人類が地下に逃げた。

 それでも変わらず四季はめぐり、秋が来る。

 穿たれたコンクリの滑走路を囲った破れたフェンスが鉄格子の作る僅かな隙間の向こうに見える。

 誠二はもさもさとしたパンを食べながら自分のこれからの身を振り方を考えていた。

 対神戦術兵器の機密事項を知ったとして拘禁され、三日が過ぎた。

 何の沙汰もなく、倉庫を改築しただけの拘禁所にぶち込まれたまま無為に時間を過ごす。

 看守も居なければ、ドアだって蹴破れば出て行ける。

 だが、逃げるようなことはしない。

 逃げたところで、人間には安息の地は無いからだ。それならまだ、幾分、ここの方が安全ではある。

 とはいえ、銃殺だけは勘弁願いたい。

 以前の領土奪還作戦が何らかの形で神に漏れていたとされる事件があった。

 どういう情報伝達経路を神々が有しているのかは定かでは無いが、その時、情報を神側に漏らしたとされる共生派の人間が公開処刑されたのは覚えている。

 誰もがこぞって思想統一だと噂を立てたが、もともと軍とはそういうものだと誠二は知っている。

 「……六九番、高遠誠二、出場!」

 ついに呼ばれた。

 拘禁番号六九に縁起の悪さと、少しの卑猥さを感じながら誠二は残りのパンを口に押し込んだ。


 使い古されたエレベーターは油の匂いがした。

 金網と鉄骨だけで組まれた簡素な昇降機はケイヴができた当初に作られたものだろう。

 地表のほぼ全域を神に制圧された人間はその生活の場を地下に移した。

 ケイヴと名付けられたそれは直径六キロ、深さ三十キロの中にプレートと呼ばれるいくつもの仕切りを造り、生活空間を作ったものだ。

 『洞穴に住む人類が竪穴式住居に住むことができた』とどこかの誰かが上手なことを言って以来、誠二の居るケイヴはワラブキヤネと呼ばれるようになったらしい。

 もっぱら、皆はワラブキと呼ぶ。

 それが正式な呼称になるのにそう時間はかからなかった。

 深く深く下層に降りてゆくエレベーターの中で手錠をいじくり遊ぶ。

 腰に巻かれた綱を持つ看守も当直明けなのだろうか疲れて眠っている。

 エレベーターの金網越しに見える風景は表層付近の軍区から産業区、商業区ときて居住区と景色を変えていく。

 それ以降はシャフトに完全に入りきり見えなくなってしまった。

 切れかけの蛍光灯がちりちりと頼りない光を放つ中でぼうっとしながら待つ。

 エレベーターが目的地に到着したのは二時間も待った後だった。


 ワラブキの最下層付近の枢密区を歩き回り、ようやくたどり着いたのは会議室だった。

 飾り気の無い部屋ではあったが、内装は新品のように綺麗にされている。

 蛍光灯すら明滅しない静けさが逆にその場を物語っていた。

 長テーブルには軍の制服を着た年配の軍人がずらりと座っている。

 誠二が普段なかなか見ることの無い、金の意匠がこらされた制服だらけだった。

 「野分三こと高遠誠二二等兵、間違いないな?」

 「はい」

 華美な装飾の制服と、静謐さが作る重圧感に押しつぶされそうになる。

 「曙五二年七月三日、野分三はヨミド標的殲滅作戦に神田彰一曹以下十四名で第三次防衛線ひ-二三地区にて作戦中、産屋の内部を見た状況を報告せよ」

 「報告します。殲滅作戦従事中の陸戦二〇九、通称野分小隊は敵物量の前に崩壊し第四次防衛戦までの後退を開始しました。私はその途中、敵に包囲され部隊からはぐれ、一人で抵抗を続けておりました。その際、私の付近にかんお――産屋が着床し、無線にて起動の命を受けました」

 「……記録には返信がなかったとあるが理由について述べよ」

 「九尾型標的と交戦中であり、かつ、携帯していた無線機のマイク部が損傷していたことから返信できませんでした」

 「産屋の起動に際しての訓練は受けていたのか述べよ」

 「は、陸戦教習課程の必修科目として受けております」

 皆が資料をぺらぺらとめくり、沈黙が周囲を支配する。

 誠二は落ち着こうと靴の中で足の指を閉じたり開いたりする。

 長い沈黙のあと、誰かが言った。

 「……最後に、産屋を起動させた状況について報告せよ」


 太陽の光が眩しい。

 一通りの事情聴取の後、解放された誠二は熱されて蜃気楼を作るコンクリの上を歩きながら小気味いい風を感じていた。

 空は清々しいまでに青く晴れ渡り、視界の全てを青く染める。

 乾いた空気に砂の混じった風が吹き、口の中がざりざりとする。

 「しっかしまあ、お前が生き残ってたっての知ってびっくりしたぜ」

 背中を叩かれた。

 「本当に死ぬかと思いましたよ小隊長」

 「死ねばよかったのに!」

 誠二の隣を歩く神田彰は誠二の頭を分厚い手のひらで力一杯撫でる。

 神田彰は歩兵小隊である野分小隊――ワラブキの軍は部隊呼称を小隊単位で俗称をつけ、それを無線等のコールサインとしていた――の第一分隊長を任されており、誠二は第一分隊の隊員なのだ。

 「……大西と平坂はどうなったんですか?」

 「ダイセイとパンチは病院でくたばった。ハマとチビノリとベスケは戦死確認取れたけど、コウダイとゲロリーは戦闘行方不明者扱いだ。もう間もなく死亡認定だ」

 「そうっすか」

 「他のみんなも使い物になんなくなっちまったよ。五体満足なのは俺とお前だけ。まぁ良かったや。お前の無事が確認できて。あと、お前昇任したぞ。これ任命書な」

 ポケットから乱暴に畳まれた厚紙を手渡される誠二。

 「鼻紙じゃないんですから綺麗に……単なる繰り上がり人事じゃ……うわ!きったなっ!本当に鼻紙にしてる!」

 「それで鼻かむと痛ぇのな。きっしし」

 生態年齢二十代半ばの大人のやることとは思えず、誠二はため息をつく。

 「で?どうだったや、棺桶の中は?」

 「は?」

 「見たんだろ?」

 棺桶の中。

 それは軍人の中では一つの怪談話となっている。

 「やっぱり中には化け物が詰まってたンか?」

 「いえ、起爆用の炸薬しか見ませんでしたよ」

 「なぁんだ!つまんねえの!美人が入ってるとか、化け物が詰まってるとか色んな話あっけどどれが本当のコトかわかると思ったんだがな!」

 「……どっちにしろ軍事機密じゃねッスか」

 誠二は苦笑いを浮かべる。

 「まあ、いいや」

 彰は大きく背伸びをしながら話を打ち切った。

 「それよっか、今日一七○○に隊舎に集合な。戻って早々仕事だってや」

 「げぇ、休暇くれるんじゃないの?」

 「ゆっくりできただろう。拘禁所で」

 「ちょ、それは酷いすよ」

 うろたえる誠二を彰は豪快に笑い飛ばした。

 「祭りの警備だと。どのみち、野分は再編かけないと使い物になんねえから人事の沙汰があるまで外面雑用だよ」

 外面雑用とは浮いている部隊を体裁よく何かに従事させている状態のことで、欠員が補充されるまでの部隊は主に雑事にかり出されることからそう言われるようになった。

 「それで野郎二人で祭りですか……」

 誠二は疲れた顔で空を見上げる。

 コンクリが切れた先は荒れた大地が熱気の中で揺れていた。

「いんでねえの?たまにゃ」

 そう呟く神田彰の顔がどこか寂しそうに見えた。


 昔、人間は神を祀る意味で祭事を執り行ったという。

 だが、今としては生きる活力を得るために祭りを行う。

 日々の糧を得る為に労働に勤しみ、いつ、襲われるともわからぬ神に怯えて暮らす生活の中、一時の潤いを求めるため、夜店に繰り出す。

 ワラブキの中の投影式天球が夜を演出する中、人が連なり群衆となり騒音を奏でる。

 ここぞとばかりに夜店を出す露店には、小動物を売るものや、しばらくすればがらくたと化す玩具、普段なら見向きもしないような粗末な糧食を色鮮やかに並べる。

 いつ、死ぬかもしれないから楽しめるときに楽しむ。

 それはワラブキの地上部――屋上ともいう――で戦線を維持する誠二ら軍部の人間にとっては自分達が生きていることを実感するために必要なことだった。

 「よぅ!楽しんでるかや?」

 「仕事中ッスよ!」

 ザラメを熱しただけの綿菓子にゴムくれに水を詰めただけの水風船でこれだけはしゃげるものかと誠二は苦笑する。

 軍服にそれらのものをぶら下げれば、不謹慎であると見えるが誰も責めはしない。

 少なくとも、責めるべき人が生きながらえているのは彰や誠二といった前線で命を張る兵士がいるからだ。

 それを皆が理解できる程には神々が出現してから時間は流れていた。

 誠二は焼き鳥を頬張りながら、彰についてゆく。

 「お?浴衣美人」

 「……浴衣って凄いすよね。割と不細工でも綺麗に見える」

 「和服マジックって奴だな」

 通りすぎる女性の品評をしながら下品に笑う。

 「……もてない軍人のひがみ!」

 「仕事中なんだ。大目にみろよ!」

 「相手してやんない!」

 つい、と顔を背けて女性は立ち去る。

 「口説けばものにできたかもしんねえっすよ?」

 「趣味じゃねえよあんなケバいの」

 下品ともとれるやりとり。

 だが、それすらもできなくなる人間も毎日のように増えていくのだ。

 「よし、誠二、こっからは別行動だ」

 「別行動っすか?」

 「任務は帰隊時刻までに美女標的を捕獲、調査すること。なお、捕獲した際はそのまま帰還せず調査に一日費やしてもいい」

 「それまずくねっすか?」

 「いいんだよ。大型迎撃作戦の後だ。司令も大目に見てくれるさ。でなけりゃ、こんな任務に就かせるかよ」

 彰は誠二の肩を強く叩いた。

 「……楽しめるうちに、楽しんでおけよ?」

 ふと寂しそうな目をしたのがわかった。

 「うぃっす。先に隊舎に戻った方が負けで明日の昼おごるってのはどうすか?」

 「俺がお前に負けるわけねーだろ。忘れンなよ?」

 お互い苦笑して人混みの中に入る。

 誠二は振り返り、ゆらゆらと揺れる彰の背中を見送った。

 そして、小さくため息をつくと人混みの中を楽しむことにした。

 ワラブキのどこでも感じられる鈍い鉄の匂いが、露店の放つ香ばしさに今日だけは薄らいで感じる。

 誠二は隊舎で当番に従事する他の隊員の分の土産を買うことに決めた。

 「すみません!豚串ぃ二十ほどもらえますかねっ!」

 「ちょっと待っててくれや、すぐ用意すっから」

 気っ風のいい親父が慣れた手つきで串を炙るのを待つ。

 香ばしい匂いの中に一抹の寂しさを感じるのは、何故だろうか――

 露店を巡りながら、活気を十分に楽しんだら、帰ろう。

 彰とは賭けの約束こそしたものの、自分にはどうにも性にあわないと誠二は常に思う。

 だが、それで鬱屈がまぎれるなら言うだけでも悪くはない。

 頬張る綿菓子の甘さを感じながらふらふらと人混みの中を歩いているときだ。

 「――きゃう!」

 「痛ぇ!」

 後ろから何かが力一杯衝突し、誠二は膝の裏に鈍痛を覚える。

 背後で金属が地面を叩く盛大な音がした。

 ――振り向けば車椅子がひっくり返っていた。

 「いったぁ……」

 「痛ぇのはこっちだよ……大丈夫か?」

 車椅子から転げ落ちた少女を助け起こす。

 その横顔をのぞき込み、誠二は息を飲んだ。

 「あ……」

 隻眼の少女。

 少女ははじめこそ不思議そうに誠二の顔を見つめていたが、やがてその顔色が驚愕に染まる。

 「えと……」

 周囲が怪訝そうに二人を見つめる。

 その人混みをかき分けて何かを探すように歩く人物達を見て少女が誠二の肩を掴む。

 「お願いです!助けて下さい」

 「はぁ?」

 「私をさらって逃げて下さいっ!」

 事態が飲み込めず困惑する誠二。

 人混みの中、少女を見つけて走り出す人が居た。

 それを認めるや、誠二は車椅子のハンドルを掴み走り出していた。

 「そいつを捕まえてくれっ!」

 叫ばれる。

 「はやくっ!」

 少女に急かされ人混みを走る。

 誠二は何故自分が追われねばならないのか疑問に思いながらも走った。


 「ここまで来れば大丈夫ですね」

 ワラブキには区画ごとに電力送信用の超短波発信施設が点在する。

 超短波施設は人体への影響から高度のある箇所に設けられることが多い。

 そのため、ワラブキの区画を一望することができる。

 「綺麗です……」

 人の手によって作られた天球と、縦横無尽に走る排気筒に彩られた景色を少女は綺麗と言う。

 本物の空を見たことのある誠二にはそれがおかしかった。

 「本物の空はもっと綺麗だぞ」

 「そうですね。でも、ここは人が生きています」

 車椅子の上で少女が寂しそうに目を細めた。

 誠二は土産用に買った豚串を頬張りながら訪ねる。

 「……いきなりさらってくれってどういうこと?」

 労働施設からの逃亡者だとしたら誠二にも理解はできる。

 過酷な労働に耐えられず、逃亡しようとする人間も少なくはない。

 一切が管理されたワラブキで、その管理を離れ、地上へ通じる通気孔で生活する人間も若干ながら存在することは知っていた。

 だが、目の前の少女は――

 「自由になって、みたかったんです」

 少女はそう呟いた。

 「私、第六期の人間だからどうしても管理者が必要なんですよ」

 第六期。

 激減した人口を補うために、人はかつての倫理観を捨てた。

 生殖機能を用いた繁殖より、神により淘汰される数の方が圧倒的に多く、結果、人は工場で自らの子孫を作ることを余儀なくされた。

 期とは大量生産が行われた際のロット番号の最初の番号の呼び名だ。

 かくいう誠二も第六期世代の人間である。

 「俺と同じ世代じゃないか」

 誠二は軍役に服することで管理の管轄が変わっただけだ。

 この少女も社会の部品のいずれかになるまでは必要な教育を受けさせられ、管理されなければならない。

 「そうなんですか。何だか、安心します」

 本来ならば安心できる状態ではない。

 「……それより、大丈夫なのか?矯正措置を執られるんじゃないか?」

 管理を逸脱した要管理者は矯正措置を受けることがある。

 人的な資源が枯渇している今、社会に対して無駄な人材など居ない状態でなくてはならないからだ。

 薬物で自我を剥奪し、強制的に社会意識を植え付けることもある。

 「大丈夫ですよ。私、矯正措置は第二段階以上は適性上受けられないことになっていますから」

 だとしたら、どこぞの高官の娘かとも誠二は思った。

 高官特権で繁殖生産した親族に対しての矯正措置の免除があるという話は公然の非公然の話だった。

 管理上、繁殖生産された個人にも生産番号は付与され期を持つ。

 過ぎた時間は横暴な神に対抗するシステムも産んだが、そのシステムに腐敗を加えるには十分な時間でもあったのだ。

 「そか、なら、いいんだけどさ」

 誠二はその可能性を頭の中から払拭する。

 何故なら――

 「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私、神崎のぞみと申します」

 「神崎のぞみ?」

 「はい……あの」

 考え込む誠二。

 『神』の文字のつく名字は、今は風潮上あまり使われない。

 それが使われるのは何故だったか考え込んでいたのだが。

 「……あの」

 おずおずと覗き込むようにのぞみが誠二の顔を見ていた。

 「ん?……ああ、誠二、高藤誠二です」

 「誠二さんですか。はじめまして、ですね」

 「ああと……うん、はじめまして」

 お互いぎこちなく笑う。

 誠二はまとまりのつかない思考を無理矢理押し込めると、まずはどうするかを考えようと決めた。

 「……迷惑、でしたでしょうか?」

 おずおずと訪ねるが、やがて、沈んだ面持ちになる。

 「いえ、バカな質問ですよね。迷惑に決まってます」

 自虐的に笑う彼女に誠二は苦笑を返すしかなかった。

ふたりの間に気まずい沈黙が落ちる。

 捨てられた子犬のような瞳で少女が誠二を見つめる。

 同情してやりたいのはやまやまなのだが、隊舎に連れて帰った後を考えた方が怖い。

 ただでさえ、機密事項を見たということで自分の立場が危ういのだから。

 ましてや、この少女は――

 「ありがとうございました。もう少ししたら、帰ります」

 少し寂しそうに微笑む少女に誠二は手を伸ばし――

 「……気をつけて」

 その手を下げる。

 誠二は背中を向けようとした。

 「あの……あのっ!」

 のぞみの大きな声に誠二は足を止める。

 肩を震わせ、見上げるように誠二を見つめるのぞみの声は震えていた。

 「……できれば、もう少しだけ、一緒に居てもらえませんか?」


 時間は少し、さかのぼる。

 祭りの中、神田彰は遠巻きに誠二と少女が逃げていくのを目で追っていた。

 その背後から追いすがるスーツの女が、適当に二人を追った後、無線機でどこかに連絡を取り合うのを見てから近づく。

 「……第二次接触は完了だな?坂本」

 スーツの女は一度、驚いたように彰を見たがすぐに落ち着いた表情で口を開く。

 「神田か。ヨミド標的迎撃作戦で死んだものと思っていた」

 「生きてるよ。しっかり、生きてる……でなけりゃ救われねーだろ」

 彰の視線が下がる。つま先が蹴飛ばした地面が乾いた音を立てる。

 「……救われない、か」

 坂本と呼ばれた女はポケットからタバコを手に取る。

 「……嫌な役回りだ」

 「だが、それも必要なことなんだろう?隆子」

 彰は彼女――隆子のポケットからタバコを引っこ抜くと自分の口に銜える。

 「……生きていくにゃ俺たちは必死にならざるを得ない。その中で、個人にどれほどの価値がある」

 「……辛いな。昔、自分が言った言葉をそのまま返されるのは」

 「……銃を振り回す時間は思い出を風化させるには十分な時間をくれるんだ……お前、タバコ変わってねえのな。娘の前でも吸ってんのか?」

 「娘の前では吸わんよ……くぁーっと苦い顔をされる」

 坂本隆子は顔を歪めてみせる。

 「子煩悩」

 紫煙をくゆらせながら彰が続ける。

 「……御輿はまだ実用段階にならないのか?」

 「機構自体は完成している。だが、未だ管制に問題が山積みだ」

 「……随感管制の候補はあるのか?」

 「適性試験は行っているが……未だに適性素材が無いのが現状だ」

 彰は落胆したようにため息をつく。

 苛々としながら紫煙をはき出す。

 「急げよ。もう、俺たちには時間が残されていない。人類が生き残れるかどうかの瀬戸際はもう来てるんだ」

 隆子は苦々しげに呟いた。

「いつだって瀬戸際さ。我々は生きていくのになりふりは構っていられない」


 雑音の混じるスピーカーから軽妙な音楽が流れ、鉄筋で組まれた櫓の周りを橙色の照明がやわらかく照らす。

 櫓の上で汗を散らし、太鼓を叩く男が音頭を取る。

 その音頭にあわせ、人が輪を作り、踊る。

 色あでやかな浴衣や作業服、ジャージのような私服など様々な人が等しく輪をつくり手拍子を叩く。

 何も生み出さない無為な行為だが、それでも人はそこに一時の安寧を得る。

 その輪の外に誠二とのぞみは居た。

 「……盆踊りは、昔、死者の魂を送り返すのに踊ったって知ってました?」

 「いや……」

 「……死んだ後も、みんな、寂しく感じるんでしょうね」

 のぞみは瞳に柔らかな光を映し、踊りの輪を見ていた。

 「ちゃんかちゃちゃんかちゃちゃんかちゃん、手拍子そろえてちゃちゃんかちゃん……」

 小さく、呟くように口ずさむ。

 「……踊ったこと、あるのかい?」

 「……昔、姉たちと一緒に踊りました」

 姉とは製造番号の若い者のことだ。

 施設で一緒に育てば情が繋がり、姉妹兄弟と呼称することも珍しくは無い。

 「……誠二さんは踊ったことないんですか?」

 「戦員適性者は物心ついた頃から、陸戦部隊訓練していたからね。そんな余裕は無かったよ」

 「あ……」

 「……ただ、戦没者追悼の後で、騒ぐことはあったかな」

 お互い、黙ってしまう。

 言ってしまってから失敗だと思った。

 「……踊ろうか?」

 「え?でも……私……」

 誠二は少女の車椅子を押す。

 彰のようにスマートではないが、それでも輪の中にのぞみを連れていくことができた。

 輪の中に混じり、音頭にあわせくるくると回す。

 進み、止まり、進み、回る。

 オレンジ色の照明に照らされる中で、雑多な人の輪に混ざり、のぞみはうろたえる。

 誠二がその後ろで手拍子をとると、のぞみもおずおずとその手拍子にあわせる。

 「ちゃんかちゃんかちゃちゃんかちゃん、手拍子そろえてちゃちゃんかちゃん」

 呟くように口ずさみ、それが次第に歌となる。

 響き渡る太鼓の音が腹の底に響き、振る腕にあわせ袖が揺れる。

 アスファルトの上を回る車椅子の隊やがきりきりと声をあげ、のぞみの髪がふわり揺れた。

 あわせるように誠二の軍靴のつま先がアスファルトの上を叩く。

 お互い、小さく歌を口ずさみ、時間が来るまで踊り続けた。


 ワラブキにとって重要な施設であれば重要な施設程、地下に建設される。

 本当に大事な施設であればこそなのだが、人は時として自らの命を優先と考える。

 ワラブキを管理運営する管理者もまたその例に漏れず、運営府を最下層にと建築した。

 「逃げるだけ逃げてもまだ、人は太陽の光を望みます、か」

 集光孔から照射される太陽光を見上げ、石岡大輝総戦幕僚長は皮肉を交えてそう呟いた。

 僅か十畳ほどの広さに敷設された天然芝の上、壁面に投影されたかつて人が見ることができた美しい山渓の映像を見る。

 「……我々は何も自らの贅沢の為にこんな物を作ったのではない。忘れてはならないためだ。我々が本来居るべき場所を。でなければ、戦えまい」

 山之内哲夫大幕僚長官は石岡総戦幕僚長にそう返した。

 今では珍しい木製のテーブルに添えられた湯飲みの中で茶が揺れた。

 「昨日、あ―九八ケイヴ『ラウンド』……古くはイギリスと呼ばれていた地区にあったケイヴが消滅した。悲しいな、金髪の美女が眺められなくなるというのは」

 諧謔を唱える口調とは裏腹にその表情は沈痛だ。

 「……我々ももう、後が無い。先のヨミド標的殲滅作戦にて総戦力の四十パーセントが消失し、資源採掘路も断たれ、食料プラントも壊滅的な打撃を受けた。大切な我々の子供達が多く死に、これからも死んでいくだろう」

 重すぎるため息。石岡は自分の発言の軽率さを呪った。

 「建設的な話し合いをしましょう」

 「そうだな。我々にはもう感傷に浸る時間も残されていない。報告せよ」

 「……陸戦部隊は本作戦においてお手元の資料のとおり、五割六分が機能しません。現在、再編成を行っております。地上施設については第四次防衛線までの主要施設が半壊、第一次線までの復旧に三ヶ月は要します」

 資料をめくる。

 「……空戦部隊は稼働可能機に推移はさほどありませんが弾薬類の消耗が激しく前線で実働できる実質戦力は四割へ低下、現在、陸戦と合議の上、第四区工場の生産ラインを一時的に空戦で保有し補給に充当し間もなく戦力が復旧します」

「……どちらにせよ、現状ではまともに戦えまい」

 大幕僚長は切って捨てた。

 石岡はそうして、今、本当に何をすべきかを理解した。

 「……我々は人間を相手に銃を振り回していたころはその数を大事としてきたが今はそうではない。敵は神なのだ。八百万とはよくもまあ言ってくれたものだ。圧倒的な物量で、かつ、人より優れ――そのような『化け物』を相手に戦わねばならない」

 「……候補は現在、ワラブキで保有している人員は八名、うち五名は未だ実用段階への育成が終了しておりません」

 「危ういな。薬物による強制調整はできないのか」

 「はい。理由については定かではありませんが、薬物を使用し精神状態を操作した状態での禊ぎにおける封神現象は見られません」

 「……第五へ号作戦の進捗はどうなっている」

 「候補者の内、一名が第二次接触中。積載用の産屋の管制に未だ問題点を残しております。試作機の稼働試験は実施しておりますが未だ実用段階に至りません。現在、兵器廠の神林伸行技術局長とヘンドリック・ヴォルパー技術吏員を中心にハイロゥの技術を転用し調整を急いでおり――」

 サイレンが響き渡る。

 石岡は言葉を無くす。

 「私だ――」

 山之内が電話機に手を伸ばす。

 短く返答をし、すぐに受話器を置いた。

 「……来たぞ、敵が。我々は戦わねばならんよ。最後の一人が死に絶えるまでな」


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