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夜散歩  作者: 野狐
8/11

ネズミの国 その五




 さて、私たち一行は悪魔退治に出かけました。悪魔の住む場所は「春風の国」と「秋空の国」を分かつ山脈の中腹にあります。ですから「秋空の国」へ出かけるときは、海沿いに出かけなければならないのでした。あちらからも同じです。

 ヴェスペーロは私たちの荷物をアニモに乗せて運ぶ役目でしたが、火薬だけは危険ですので私が持ちました。また私はピストルを腰に、ブラヴァはサーベルを腰にさして行きました。

 山へ着いた頃にはもう一週間ほど経ちました。食料は申し分なかったし体力も大丈夫でしたが、まだ見ぬ悪魔の姿に不安でなりませんでした。しかも途中、襲われた村を見たものですから、特にヴェスペーロの心配事は止みませんでした。

 山の麓へアニモを繋ぎ、私たちは山へ入りました。もう長いこと誰も入っていない山でしたので、その静けさに私はぞっとしました。そして日が出ている内は奥へと進み、夜はじっとして休みました。これは夜に目が不自由な私のためです。そして日が昇るとまた進みました。

 四日ほど進みますと、悪魔の住むといわれる場所がありました。そこは切り立った崖と崖の間の岩場で、太陽の光が僅かに届いているだけです。そこに悪魔はいました。

 岩場から覗くとその悪魔は私たちが見るところの猫だったのです。黒と灰色の毛をした大きな猫です。大きさは象くらいです。なるほどネズミが怖がるわけです。やつの足下に犠牲となったネズミの骨がゴロゴロと転がっているのを見て体が震えましたが、私たちは悪魔が眠っているのを確認すると、そっと近づきました。しかし後一歩の所でヴェスペーロが音を立て見つかってしまいました。口にサーベルをくわえたブラヴァは四つの足で猫に突進していきます。

 猫の家来でもある、おかしくなったネズミたちも起きあがりました。猫に一直線のブラヴァに飛びかかろうとします。ブラヴァは器用にひらりひらりとかわしました。そのネズミたちも私が火薬を破裂させると驚いて気絶してしまいました。

 猫が目を覚ましました。ゆっくりと大きな体躯を起こし、前足を振り上げます。ブラヴァは紙一重でそれを避けましたが、次が来ます。私は猫にピストルを向けてその前足を打ち抜きました。猫がよろめきます。その隙をついてブラヴァが猫の首筋を切り裂きました。猫は最後の抵抗でブラヴァの右手を斬りつけましたが、次第に弱るとライオンのような悲鳴を上げて倒れ、そのまま動かなくなりました。

 気絶していたネズミたちは全員「秋空の国」のネズミたちでした。猫に不思議な魔法を掛けられて洗脳されていたようです。彼らは私を見てたいそう驚きましたが、命の恩人にピンと尻尾をあげてお礼をすると、国へ帰っていきました。

 ブラヴァは猫の尻尾を切り落とし、それを用意しておいた革の袋へつめました。傷は私が治療してやりました。こうして私たちは宮殿へ帰っていきました。

 都では私たちの活躍にパレードが行われました。助けた兵士たちのいる「秋空の国」の国王夫妻や「夏海の国」の国王と大臣も呼ばれました。兵士たちは真っ赤な服に着替えて木の実のラッパを鳴らしました。大通りには大勢のネズミたちが集まって尻尾を高く上げてパレードを見物しました。

 ブラヴァはその功績と勇気から将軍に次ぐ副将軍の地位を与えられましたし、ヴェスペーロはそのお抱えの従者となりました。私にしても偉大な魔法使いの称号を得ましたし、そのことに反対するものは誰もいませんでした。

 お祭りはそこから三日三晩続きました。



 この国へ流れ着いてからもう長い日にちが経ちました。私は次第に故郷が恋しいと思うようになりました。眠ると妻子の姿が浮かびます。普通の人とも話したいと思います。

 私はふと思い立ち陛下へ進言しました。

「私はもう長い間この国にお世話になりました。そろそろ私の母国へ帰りたいと思います。その許可を与えてください」

 陛下は悩みました。もっと私たち人間の話を聞きたいと仰っていました。それにまだまだ感謝をしたらない様子でしたので。ですが国の英雄の頼みとなってはそう簡単には断れません。陛下は渋々許可したのでした。

 私の乗ってきた船はちゃんと入り江に繋がれていました。ネズミたちは珍しい作りの船をしっかりと調べていて、国の大工や学者たちはその技術や構造などを研究していました。

 帆が破れていましたがアニモの革を紡いで大工たちが直してくれました。

 ここで初めて船長のことについて聞きました。船長は私が浜へ打ち上げられたとき、すでに死んでいたそうです。私も死ぬ寸前でしたが手厚く介抱されて私は助かったのでした。私はもう一度彼らに感謝しました。

 出発の日が近づき私とブラヴァは話し合いました。

「ずっとこの国にいたらいいのに」ブラヴァは言いました。

「いや私にも母国に家族がいるんだ」私は答えました。

 私たちは握手を交わしました。そして抱き合いました。彼の毛がチクチクと肌に刺さってむずかゆく思いました。

「ジョナサンも俺の家族だ」そうブラヴァが言うと私は今にも泣き出しそうになりました。目に涙が溜まって悲しく思いました。

 船には樽二つ分の水と果物の酒を一樽、アニモの肉を調理したもの、果物を積み込みました。他にはこの国で着られている服、綿毛のドレス、それに宝石などを頂いたのです。

 出発の日、悲しみを堪えて私は船着き場に来ました。国王にも将軍にも挨拶をしました。女王もブロンダも母親も港へ見送りにやってきました。その他の国民たちも大勢が集まっています。そして昼が過ぎ風の具合がよくなるのを待ちました。潮もいい状態です。私は姫の手に軽いキスをして、それからブロンダの小さな手にもキスをしました。私は船に乗り込みました。兵隊たちが海辺にずらりと並んで槍と尻尾を掲げています。その一番端にはブラヴァが立っていて、立派に号令を掛けていました。

 私は手を振って別れを告げました。そして船は岸を離れていったのです。

 ダーキン

 ダーキン

 アディア

 アディア

 岸からみなが声を張り上げます。アディアは「さようなら」の意味です。私は「アディア!ダーキン!」そう叫びました。国中のクレマージは私の船が見えなくなるまで港を離れませんでした。長い間彼らの声は聞こえ続けていました。

 こうして私はネズミの国を離れました。

 しばらく海を進むと小さな孤島がありました。私は錨を降ろし島へ着きましたが、人がいる気配はしません。私は食事をしました。そのころには日が落ちかけていたので、その日私はこの島で過ごすことに決めました。火を炊いて眠りました。次の日は風の様子も良かったのでコンパスに従って東北東へと進みました。私の考えではこのネズミの国は大西洋のどこかでしたので、ヨーロッパのどこかの島へとたどり着けたらと思ったのです。

 太陽の様子から十時くらいだと思いますが、北の方角に大きな雷雲があって、どうやらこちらへ向かってきています。私は嵐が来ないかと不安でしたが、それから二時間もすると嵐がやってきました。波に揺られどうなったか分かりません。私は頭を打って意識を失い、気がつくと嵐は去っていました。

 私はここでも助かったのです。



 三日ほどそのまま進みました。船頭に立って長い間望遠鏡を覗きました。もしかしたら今度こそ助からないのではないかと悲しみが溢れてきました。家族の所に戻れたら、もうずっと大切にして一緒にいようと思いました。そうさせたのはネズミたちです。彼らのことを考えました。彼らの素晴らしい文化は忘れてはならない。そう思い文章に残しました。

 それから二日後、遠くに一船の帆船を見つけました。私の船よりも一回り大きな船です。どうやらイギリス船で、軍隊の船のようです。紋章が見えます。私は大声で呼びましたが、火薬やピストルは使いませんでした。もし海賊か何かと思われて攻撃でもされたらたまりませんから。

 しばらくすると彼らは私の船に気がついたようでした。私が近づくのを待って、そして私を向かい入れました。

 船はロープで繋がれ軍船の後ろを着いていきました。軍船には三十人ほどの兵隊と大工、コック、船医が乗っていました。この船の目的はアフリカ大陸西岸の商船の警護だそうで、これから国へ帰るのだそうです。船長は私を親切にもてなしてくれ、私は疲れ果てて船長室のベッドで眠ってしまいました。

 翌日、私は船員たちに私が経験したことを色々と話しました。しかし当然その話を信じてはもらえません。私は彼らにもらった衣類や飾りを見せ、また私が描き続けた島の動物の絵なども見せましたが、よくできた話だ、と馬鹿にして笑うのでした。私はもういいと思ってそれ以上話をしませんでした。

 しかし船長と船医だけは分別のある人たちで、この二人だけは話があながち嘘ではないかも知れない、と話を聞いてくれたのです。私たちは夜になると船長室へ集まり、私の「ネズミの国」についてあれこれと議論しました。

 船は一七一八年の五月十日イギリスの港に着きました。家へ帰ると妻が驚いた顔で泣きながら出迎えてくれました。娘は飛びついてきて、私は強く抱きしめました。久しぶりの家族の暖かさは不思議でした。私はもうしばらくの間航海はしないと心に決めました。家族ともっと長い時間を過ごそう、とそう思いました。







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