ネズミの国 その三
あくる日のこと、朝早く起きた私は頭陀袋に食べ物と航海図、コンパス、森で集めた火薬の材料、ピストルなどを詰めてブラヴァと共に城のある街に出かけました。ブラヴァは腰に私が船より持ち込んだサーベルを携えていきました(このサーベルは中々の上物でしたし、よく切れる名刀でしたが、ブラヴァがあまりにも気に入っているために、私は彼にあげたのです。ピストルも彼には見せましたが、一発撃ってみせると驚いて、首を振って受け取ろうとはしませんでした)。
原っぱの真ん中を走る道を抜けて大体三時間くらい歩いたと思います。太陽があと少しで一番上までのぼる頃でした。私たちは林の中で休憩しました。木陰を見つけると、切り株と岩に腰を降ろし、木をくり抜いて作った水筒の水を飲みました。
私は幾度となく航海をしています。それに冒険が大好きですから少しばかり長くたって歩くのは苦ではありません。しかし全くもって行き先が不透明なままでしたから、少しばかり不安でもありました。
しかし太陽が一番上を越えて間もなくすると、私の心配事は晴れ、目的の場所が見えてきました。
遠くにお城が見えてきたのです。石造りのお城は遠目から見てもたいそう立派で、旗が何本も立っているのが見えました。そこはどうやら都のようでした。私の三倍か四倍もある城壁に囲まれ、城壁の周りには畑があります。そこでは例のアモニとかいう動物とネズミが働いていました。
城壁には門があり、そこには鎧と槍を身につけた兵士ネズミが二匹、それに城壁の上にも何人かの兵士が見えます。彼らは私を見て警戒し、緊張の面持ちでしたがブラヴァが王様からの手紙を見せると門を開けました。こうして城壁の中へ入ったのです。
城壁の内側には街がありました。街には村の何倍もの数のネズミが大勢生活していました。最初は市場を通ります。果物や加工された肉など、何やら訳の分からない飾り物のような品、身につける服、武器も売られていました。アモニに引かれた車では魚などが運ばれていましたし、大量の麦が運ばれているのも見ました。とにかく活気がありました。それから住宅地を通ります。石や木を上手に使って出来ていて、開いた木の窓からネズミたちが覗き込んでいます。
やはりここでも私は珍しいのですから、私たちが進むと後ろにはもの凄い行列が出来てしまいました。参列者のように並んでいます。そのためお店は主人をなくしていましたし、買い物客もそれどころではなく、商品を手にしたまま私に着いてくるのですから大変です。
行列は宮殿の門に着く頃には波のようになっていましたから、何事かと思った衛兵は慌てて角笛を吹き、すると民衆はザワザワしながら去っていくのでした。
騒ぎをかぎつけた兵士たちは口に槍をくわえ、四足で走ってきて私たちを囲みました。もの凄い剣幕で怒鳴られましたが、ブラヴァの出した手紙を隊長のネズミが確認して、我々は宮殿内へ案内されました。
私たちは陛下と王女様の前へ通されました。王妃の姿はなく、後からもう亡くなったのだと聞かされました。王女は陛下の一匹の娘なのです。
陛下はこの国ではかなりの知恵もので、私のことを見ると最初は驚きましたが、すぐにさも珍しがって何かと質問をしたがりました。ですがその質問は難しすぎて理解が出来ませんでした。
宮殿に泊められた私はそれから宮殿内で暮らさなければならなくなりました。ブラヴァはどうやら知り合いがいるらしいのです。ブラヴァよりも大きく、額に傷と右の耳がないネズミがおりますが、これがそうで、またこのネズミはこの国の将軍らしいのです。ブラヴァはこの将軍と話しをした後、私に挨拶をして帰っていきました。
その後陛下は二匹の学者を呼んで、私にネズミたちの言葉を教え込みました。少しは分かり始めていましたし、どことなくスペイン語に似ていたものですから、教えられれば覚えることは簡単でした。二週間も掛からないうちに私は言葉がしゃべれるようになりました。
この宮殿での暮らしは豪華なものでした。食事は毎日三回豪華なものでしたし、昼過ぎには紅茶の時間もありました。木の実のクッキーも一緒に出されます。寝床もフカフカの綿のようでしたし、本も読みました。それに一匹の従者も付けていただきました。ネズミの従者は名をヴェスペーロといい、赤褐色の毛並みをした若いネズミの雄でした。
しかし私は出来ることならブラヴァたちの村へ戻りたいとも思っていました。それというのも陛下は私が外に出るのを許されませんでしたから。出来れば私はもっと外のことを見て歩き回りたいと思っていました。それに陛下は気さくな方でしたが、どうも質問が大好きなのです。知らないことを知りたいと、好奇心が止まらない様子で私へ質問するのです。
「どこから来たのだ?」と陛下。
「私はオランダという国から来ました」私は身振り手振り咥えて答えました。
「聞いたことのない国だ」と聞かれますと「私も陛下のこの御国を存じませんでした。我々の国では私のような人間が何百万と生活しているのです」と答えます。
「どうやって来たのだ?」この質問には「大型の帆船で参りましたが、嵐による事故のためで、偶然です」と言いました。
また陛下は私の持つ知識に大変興味を持った様子で、天文学、科学、数学など私の話を興味深く聞きました。私もつい高慢になって自慢げに話してしまったものですから、後々恥ずかしいと思いましたが、それでも陛下は真剣に話を聞いて、さも嬉しそうでした。そしてそれらの話を従者四人に全て記録させている様子でした。
また火薬を見せたときには驚きのあまりその場にいた大勢のネズミがひっくり返ってしまうほどでした。
「危険ですので下がってください」そう私は言いまして火薬を調合し、小さい威力のものでしたが破裂させて見せました。そのあまりにも大きな音は、破裂させた庭の机を吹き飛ばし、都全体に轟くようなものでした。
「これで相手を打ち倒す武器も作ることが出来ます」私はそう言ってピストルを持ち出しましたが、皆はこの武器を嫌った様子で近づこうとしませんでした。
「素晴らしい」そう言ったのは陛下でした。陛下はその火薬やピストルを大変褒めておりましたが「我々には使いこなすことは出来ない。それにそのような大きな力は我々には必要ない」と言って私にしまわせました。
陛下と国の偉い学者たちは私のことについて会議を開き、悪魔ではないか、突然変異ではないか、などと延々話しを続けましたが、私は魔法使いのような存在である、とそう落ち着いたようです。
火薬は魔法使いのみが使いこなせる魔法の粉。我々には危険すぎる、国が乱れる、と陛下は私以外の火薬の使用を禁じる法律もたてました。
この国の女王はとても綺麗なネズミでした。毛はとても白くどのネズミよりもフワフワしていて雲のようですし、指先や鼻先などは薄いピンク色をしています。体には巨大なタンポポのような植物の綿毛を使用したドレスを着ています。瞳もキラキラしていて、ブラヴァの妹のブロンダのようでした。しかも優しく器量よしでしたので家来たちに慕われておりましたし、また王妃がいない分堂々としています。ブラヴァはこの都へ来るときに、姫を守れるような優秀な兵士になる、姫を守るのが使命だ、と言っていましたが、なるほどその価値があるようなお姫様でした。
政治家や兵士たちは陛下にしっかりと付き従い従事していましたし、陛下や王女もまた彼らの働きに応えます。私は少し哀しくなりました。私たちの国では命を捧げられるようなものがあまりにも少なかったものですから。この場で働こうなどと思える会社が少なくなっているものですから。陛下は家族を国民たちを守るため、とよく言いましたし、そう言って王女を抱きしめたりしました。そんなことを見ていると私は妻子が恋しくもなりました。