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夜散歩  作者: 野狐
10/11

夜散歩 その二




 女の子鼠にしても母親鼠にしても、こんなに高いところからの景色は初めてです。二人とも目をぱちぱちと瞬いて輝かせながら、女の子鼠ははしゃぎ、母親鼠はお辞儀をします。

 はしゃぐ女の子鼠を見て彼は嬉しくなりました。そして彼女を可愛く思いました。

「それにしても可愛らしいお子さんですね。きっと美人になる」

 彼は母親鼠を見て言いました。

「まぁどうしてですの?」

「どうしてって、両方の髭がこんなにピンと張ってるし、黒い目が綺麗だし、毛艶もいいから」

 彼は一拍おいて「きっと綺麗になる」そう付け加えました。

「うむ」そう言って老犬も首を縦に振りました。 

「お上手だ事、でもうちの子はきっと綺麗になりますわ」

 母親鼠は両の髭をぴくぴく動かして笑いました。彼も老犬も大きく声を上げて笑いました。女の子鼠は何の事やら分からずにキョロキョロしています。

「おじちゃん、おじちゃん、これあげる」

 女の子鼠は可愛らしく小さな声で言いました。両手でしっかりと抱えるようにして小さな実を差し出しました。それはあのノブマルクの実でした。

 反対側から母親鼠が声を掛けます。

「今夜のお礼です。貰ってやって下さい」

「しかし大事そうに持っていたし、簡単に貰うわけには」

 彼は戸惑いました。

「いえ、これは証ですよ。こうしてお知り合いになれた証。皆さんでこのような素敵な夜に笑えた証」

 彼が老犬に目をやると、老犬は微笑んでいてうなづきました。

 新しい散歩の仲間、二匹の親子鼠との出会いと皆で笑うこと。不思議な実のプレゼント。信じられないような出来事でしたが、夜がこんなに気持ちのいい夜だったものですから彼はにこりと微笑みました。

「はい」そう言って女の子鼠がノブマルクの実を可愛らしく差し出すのを、彼は丁寧にお辞儀をして受け取りました。そして胸のポケットへとしまいました。

 一人と一匹、それに一人の肩から伸びた二匹の影が月明かりに白んだアスファルトの上に長く伸びています。風が耳の所をひゅうと過ぎ去り、二匹の柔らかい毛をなびかせました。田んぼの向こうには林が連なり綺麗な夜の中、右へ左へとゆっくり音も立てず揺れています。彼らは歩きます。月は彼らに着いていくかのようにのんびりと夜空に浮かんでいます。

「どれ、えらい団体さんだね」 

 突然の声にみな一様に立ち止まりました。老犬の紳士がハットの鍔を持ちながら鼻をかぐわせます。鼠のお母さんは彼の髪の端を引っ張りました。彼は声の聞こえてきた方へ目を向けてじっとしています。

「あっ、あそこだよ。ほらあそこにいるよ」

 声を上げたのは女の子鼠でした。女の子鼠の指さす方、街灯のなく暗く青銅色に伸びる道、その端に立った社の上にその影はありました。ばさりと音を立てたその影はみなの前に降り立ち、とことこと近寄ってきました。

「気づくのが遅い連中だこと」カラスは言いました。「よっぽど私の色が黒かったと見えるね」

「その通りですよ。こんばんはカラスの婦人、いい夜ですね」

 彼は言いましたが、カラスは少し怪訝そうな顔で針のような視線を彼に送りました。

「いい夜だってね?おかしなことを言うよ、これも人間の性分というやつかね?私は夜が嫌いさ。夜のやつは自分が一番黒い色をしているんだって、そう主張してきてさ。一番黒い色を持っているのはこの私だよ。私の黒光りする綺麗な深黒は誰にも負けやしないのさ」

 カラスは自慢そうに片方の羽を広げて見せました。僅かに反射した月明かりに羽は黒光りして確かに綺麗だと、そうみなは思いました。

「あなたの黒に勝てるものなどいやしませんよ」そう始めたのは老犬の紳士です。「夜のは黒とは言い難い。夜は色々なものに彩られそうして綺麗になっていくものだ。何もないのと同じなのですよ。今晩だってほら、月の明かりや伸びる影、それに田に揺れる短い若苗、笑い声だって、そうしたもののおかげで美しく気持ちがよいものになっていくのだからね。お前さんは、それ、あなただけで何とも綺麗な色をしているじゃあないですか、ね」

「あら、本当にそう思います?」

 カラスの問いに彼も鼠の親子もうなずいて見せました。

「それならいいさね。私もこの夜を嫌いになる理由がなくなっちまったよ。ふふっ、ああ綺麗な夜だこと」

 この通りです。笑いが生まれました。

「カラスの婦人。あなたも一緒に行きますか?」

 彼はにこりと笑いました。

「えぇ、私も一緒に行くとしますよ。ところでどこへお出かけなの?」

「目的地などありませんよ。散歩ですから。ぶらりと回って空気を吸って、のんびり歩いたらそこが目的地になったり、そんな場所はなくて終わったり、もちろんその後はまた歩くのですけれどね」

「ふん、面白そうなことに代わりはないね。どれ、失礼するよ」

 カラスはひらりと飛び上がると老犬の紳士のハットの上へ降り立ちました。

「おやおや」と老犬の紳士は優しく笑います。

「私は歩くのが遅いからね。それに飛んじまったら、それこそ速すぎてね。これが一番よい方法だよ」

 この言葉には老犬の紳士は笑わざるを得ませんでした。彼も鼠の親子も笑いました。綺麗な夜の下、新しい一つの笑いが増えました。

「これを貰っておくれ」

 そう言うとカラスの婦人は羽の下から真鍮の玉のようにすべすべした実を取り出しました。ノブマルクの実でした。

「本当に貰っていいのですか?」

「貰い物にためらうものじゃあないよ。すぐに貰うのが礼儀さね」

 カラスはくちばしに実をくわえ、ひょいと投げてよこしました。彼は一礼して実を掲げた後、それを胸ポケットにしまい込みました。

 新しい散歩の仲間。笑いの仲間。三つめの美しい小さな実の贈り物。俄に優しい風の吹く夜。夢のような出来事でしたが夜がこんなに楽しい夜だったものですから彼は笑顔でみなを見ました。


 またしばらくの間夜散歩は続きました。







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