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夜散歩  作者: 野狐
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三毛猫と少女の人形 その一




 とてもとても星空のきれいな夜でした。数えることなどできないほどに多くの星々が空を埋め尽くし、月明かりは夜を青く染めています。

 この美しい夜空の下の、ある一軒の家に男の子がいました。いつもはもう寝る時間なのですが、この日はなかなか寝付けないでいます。それも昼間に太陽の明かりの下でたっぷりお昼寝をしたからなのですが、男の子は布団に入ったまま目を開けて頭を半分枕の中に埋めながら、窓から見える夜空をぼうっと眺めていました。お腹の辺りには黄色い月明かりが落ちています。

 すると突然部屋の明かりが灯り、部屋に男の子のお母さんが入ってきました。お母さんはまだ起きている男の子を見ると、「あらあら、まだ起きてたの?」と言いました。

「うん、全然眠れないんだ」男の子は言います。

 お母さんは男の子の横たわるベッドの端に腰を下ろすと、男の子の鳶色の髪をかき上げ、小さな額を優しくなでながら言いました。

「困ったわね。どうしたら眠れるかしら」お母さんは優しく微笑んでいます。

「お話をして頂戴、そうしたらきっと眠れるよ」

「いいわよ、じゃあお話をしましょう」お母さんはそう言うと、男の子の手を握りながら男の子を見つめます。「何のお話がいいかしら。・・・三毛猫の話はどう?」

 男の子は小さくうなづきました。その小さな黒い瞳はお母さんの方を一心に見つめています。小さな虫たちも寝静まっているようで鳴いていません。とても静かな夜でした。




 あるところに一匹のオス猫がいました。この猫の毛は金色と鳶色と白色の美しい三色をしていて、とても珍しいオスの三毛猫だったのです。三毛猫は自分の両親の顔を知りませんでした。物心ついたときには草原に一匹で捨てられていて、これまでもたった一匹で暮らしてきたのでした。

 お腹が空けば川へ魚を捕りに行ったり、鼠を捕らえたり、自分の力で食べ物を得てきました。他の野良猫のようにレストランや民家の裏手や路地で残飯を漁ったり、またはおべっかを使って人の残り物をねだるような真似は決してしません。三毛猫は自分には素晴らしい爪と目と足と髭があることを誇りに思っていたからです。

 体が汚れれば川へ行って水浴びをしました。そうして体についた泥や埃などの汚れを落とすのです。たまにいたずら好きな子供たちが三毛猫が体を洗うのをからかうこともありましたが、三毛猫は喉を鳴らして威嚇すると、子供たちは大抵驚いて逃げて行っていまいました。そうして体をゆっくりと洗うのです。ですから三毛猫の体はフサフサとしたいつも美しい三色の毛が風に揺れているのでした。三毛猫はブチや真っ黒やただ一色の猫の横を通るときは大変堂々としていました。三毛猫は自分の素晴らしい毛色を誇りに思っていたからです。

 彼には自由がありました。好きなときに寝られるし、散歩をできるし、好きな場所へ行けました。晴れた日の夜に街はずれの丘の上に立てば、一面の星空を独り占めにすることができるのです。そんな三毛猫の姿を見れば誰もが羨みました。

 三毛猫は誰からも助けられなくても一人でやっていけるのだ、と自分にいつも言い聞かせていました。いや、これが当たり前なのだ、と思っているのです。何せ生まれたときから一人きりなんですもの、もちろんその他の生き方など知りはしません。周りからは少々冷たい奴だ、と思われることもありましたが、それでも三毛猫は一人で強く生きてゆかなければならない、とそう自分に言い聞かせるのでした。

 そんな誇り高い三毛猫も恋をしています。その相手というのは、いつも散歩の途中に通る屋根の真っ赤な家に住む、小女の人形でした。少女の人形はいつも真っ赤な水玉模様のあるドレスに身を包んで金色の真っ直ぐな髪をしています。三毛猫も自分の髪には自信があったのですが、この少女の人形の髪は素晴らしい、と思いました。家からはいつも少女の可愛らしい笑い声が聞こえてきますが、少女の人形はこの少女のものなのです。「きっと彼女も少女みたいに可愛らしく笑うに違いないぞ」と三毛猫は思いました。

 少女の人形はいつも窓辺に部屋の方を向いて腰掛けています。一度だけ外を向いて座っていたのですが、そのとき丁度三毛猫が通りかかり、少女の人形に一目惚れしてしまいました。それ以来、晴れた日には必ずこの少女の人形の住む、赤い屋根の家を訪れるのでした。

 三毛猫は家の前を尻尾をピンと高く上げ、髭を真っ直ぐに伸ばし、顎を少し上げて堂々と歩くのが常でした。いつでも少女の人形に、自分の姿を見られても恥ずかしくないようにこうして歩くのです。しかし少女の人形は外に背を向けていつも部屋の中ばかりを見ています。三毛猫は「部屋の中ばかりだなんて、退屈にならないのだろうか」と思いました。それに「もしも話ができるのなら、森の話や丘の向こうの話や、色々な面白い話をなんだって聞かせてやれるのになぁ」とも思いました。しかし三毛猫は頭もよかったものですから知っているのです。人形は自分たちのようには自由には動き回れないことを。三毛猫は少女の人形が可哀想になり、人形のことをさらに恋い焦がれるようになりました。

 それから数日、三毛猫の住む街にはとても強い雨が降り続きました。さすがの三毛猫も、こうしちゃおれん、と公園のベンチの下に逃げ込み、雨が止むのをただゆっくりと待つのでした。

 ようやく雨が止み、昼過ぎに起きた三毛猫は「やぁ久しぶりだ」と太陽に軽い挨拶をした後、居ても立ってもいられずに、少女の人形に会いに行きました。しかしどうしたことか、家へと近づいてみるといつもと様子が違います。いつもは少女の笑い声が聞こえるこの家なのですが、この日は全く聞こえません。出かけているのかな、とそう三毛猫が家の中をのぞき込むと、なんと家の中はガランとして静まりかえっていました。

 そう、少女たちは引っ越しをしてしまったのです。あの美しい金色の髪をした少女の人形も一緒に。三毛猫は悲しみました。あの少女の人形にもう会えない、そう思うと心臓を冷たい鎖で締め付けたように苦しくなりました。三毛猫の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちます。顔を上げると少女の人形が座っていた窓辺のガラスに、誇り高い三毛猫の悲しむ姿が映っているのが見えました。

 ふと悲しむ三毛猫に話しかけるものがありました。家の庭の木々や草花たちです。

「三毛猫さん、三毛猫さん。そこの誇り高い三毛猫さん」イチイの木が言いました。

「何だ?俺に何か用かね?」

「お願いがあるのです」名のない雑草が言います。

「お願いだと?俺は一人で生きていく三毛猫だ。植物の願いなど聞くものかね」三毛猫は荒々しく言いました。

「お願いです。聞いてください」別の雑草が言いました。「実はあの少女の人形は私たちのお姫様だったのです。そのお姫様はこの小さな鈴を落としていってしまいました」

 三毛猫は雑草たちを見ました。雑草の緑色の布団の中に金色の小さな鈴が落ちています。それは確かに少女の人形がいつも右手にはめていたものでした。

「お願いです、三毛猫さん。この鈴をどうか、お姫様に、私たちのお姫様に届けてはもらえないでしょうか?」

 三毛猫は嬉しくなりました。何と言ってももしかしたらまたあの少女の人形に会えるかもしれないのです。「しょうがない奴らめ、届けてやろう」三毛猫は承知しました。

「ありがとう、ありがとう、なんとお礼を言っていいやら」庭の木々や草花たちは口々に三毛猫に感謝しました。

 イチイの木の枝から鈴を受け取り、三毛猫は鈴を首にくくりつけました。そうしている内に三毛猫は不思議な感覚を覚えました。自分は少女の人形に会いたいがばかりに承知したのですが、皆は心から感謝をしています。三毛猫は何だか恥ずかしくなり、それと同時にとても心が温かくなりました。







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