10月15日
今日は朝の散歩に出かけると早々に二人組の警察官に止められた。
「皆様には屋内での待機をお願いしております」と一人が言う。
「不要不急の外出は控えてください」 もう一人も口調は丁寧だが、明らかに疑わしそうな目つきで俺の顔を見てくる。
「体調は大丈夫ですか?」といいながら肩をつかもうとしてくるので、思わずプウの真似をして噛みついてやろうかと思った。
「大丈夫です、二人とも」プウを抱き上げて警官を見ると「ギャルルル」と威嚇してくれた。
帰ってきてからニュースを見ると、報告された事件は一日で六千件にも上っていると言っていた。政府も緊急事態宣言を出して、国民に外出を控えるように要請していた。
学校は休校になり、企業は業務を停止した。 自衛隊の国内出動の準備もようやく議論されはじめた。
少し前まで、襲撃事件は東京周辺に集中していた。 だが今は全ての都道府県に広がっている。なぜそうなったのかは、相変わらず誰にも説明できなかった。
各国政府はパンデミックの可能性から日本への渡航を禁止し、街からは人が消えた。
いや、全員消えたわけではなかった。そう、噛みつく人々は外にいたのである。彼らは人を見ると追いかけ、襲うようになっていた。そのため、閉じこもる家が無い人たち、ホームレスなどが真っ先に犠牲になっていた。そして、その襲われた人たちもまた同じようになっていったのである。
ネット上ではもう、これは完全にゾンビ化した、という結論が大半だった。原因は未だに判らない、しかしゾンビになったのは間違いないと。
そして、ここでさらに問題になったのは、そのゾンビのような人々の扱い方だった。
当たり前のように『殺すべき』といった意見が最初は多かったが、そのうち殺す根拠についての議論が巻き起こった。テレビでもこういった意見を取り上げるために、全国同時特別番組が放映された。
『司会・ こんばんは。今夜は政府も答えようとしない疑問について議論します。今回の襲撃事件を起こしている彼らは、一体何者なのでしょうか? 患者? 犯罪者? それとも全く別の何か? 今夜のゲストは、神経科学の専門家である間宮教授、生命倫理学者の森教授、そして元検察官の湯谷氏です。皆様、ありがとうございます。
司会・ではさっそくですが、間宮さんから…どういう見方をされてますでしょうか。
間宮・あ、まあ僕が世間一般を代弁させてもらえば、彼らのことはゾンビと認定してもいいんじゃないかと思いますけどねえ。
司会・それはどういった根拠で?
間宮・まず加害者の医学的所見では、彼らは心臓が止まってると言うんですね。脳波も非常に弱いと。体温も外気温と同じというんですから、これはもうほぼ死んでいる状態なわけです。それが人を襲って肉を食おうとするってんだから、これをゾンビと呼ばずして何と言うんですか?
森 ・でもですねえ、映画やゲームではすぐに死者扱いして簡単に殺しますけど、現実に彼らを見たときに、ま、心臓は止まってるようですが、弱いながらも脳波はあるわけでしょう?これを単純に生ける死者扱いするのは早急じゃないですかねえ?
間宮・しかし今までの常識から言えばですよ、心臓が止まれば完全な死であるということになってたでしょう?脳死の次が心臓死で最終だったんだから。
湯谷・確かに。普通は心臓が止まれば体は維持できなくなって、最終的には腐っていくんですからな。
森 ・それは普通の状態の話であって。でも現実にまだ動いていて意識もある人を前にして、お前はもう死んでいるから人権は無い、なんて通用しますか?
湯谷・意識があるっていってもそれで人に噛みついてるんじゃねえ。
司会・ではAさん、もし目の前に彼らが現れたらどうなさいますか?
間宮・そうですねえ、ここはアメリカじゃないからショットガンぶっ放すってわけにもいきませんしねぇ。どうしましょう。脳天に斧でも喰らわしますか(笑)
湯谷・ 斧で頭に一撃ですか(笑)でも素人がそう簡単にいきますか?
司会・映画なんかではそれでも殺せないってパターンもありますが。
間宮・ あ、そんなのある?
湯谷・ありますね。死んでるものを殺すことはできないって(笑)
間宮・それもそうだ。困ったね(笑)
森 ・あのねえ、みなさんもっと真面目に。彼らをゾンビだと決めつけるのは簡単ですけど、じゃあ実際ゾンビと認定したとして、それを殺す権利が我々にあるんですか?彼らは確かに一見死者のような特徴がある。そして人を襲って噛み付く。だとしてもですよ、彼らに意識が無いわけではなくて、犯罪の程度もそこまで悪質じゃない、というか精神が錯乱している場合大概罪に問われないですよ。そんな彼らをいきなり一般人が殺すなんていうことができるんですか?
間宮・それは……まあ難しいでしょうが…
湯谷・でもやらなきゃこっちがやられるんですよ?
森 ・だから、正当防衛だとしても殺すほどの理由になるかってことですよ。夜中に自宅で凶器持った強盗に襲われるとかなら仕方ないかもしれませんが。最近は殺すつもりでやってきますからね、奴ら。でも今回のケースのように丸腰の相手に屋外で襲われる場合は…』
ここまで見て俺も初めて考えてみた。今まで俺は、映画やゲームの中で表現されていたゾンビ像を思い描いていた。だからもし奴らに襲われたらどうやって逃げればいいかだけを漠然と想像していた。
しかしこの討論番組で問題になっているように、一般市民が彼らをどうこうできるかというと、難しいことが色々ある。
彼らだって誰かの親だった。誰かの夫や妻だった。または誰かの子供、同僚、近所の人…。
そういった事情を全部無視してゾンビっぽいから殺していいっていうのはあまりにも現実離れした理屈だと俺も思った。
『……ところでこれ原因は分かってないんですか?
司会・えー、今のところ、未知のウイルス説、狂犬病の変異株説や何らかの放射線説など様々言われてるようでございますが、これといった決定的な証拠はまだ無いみたいです。
間宮・しかし原因が分かんないんじゃあ対策の仕様が無いですよ。家にいてなるべく外出しないようにって言われても限度があるしねぇ。
森 ・買い物だって通販で全部ってわけにもおかないし、だいたい配達の人たちは危険にさらされてもいいのかっていうこともあるしね。
間宮・そうそう。
湯谷・こういう時って自衛隊ってのは使えないもんなんですかね?
司会・え、まあ今のところ自衛隊による市街地の警備も検討はされているみたいなんですが、一部の人たちによる反対運動がありまして…。あと実際彼らと対峙した時にどういった対応をとるのかがまだ決められておりませんので…。
森 ・確かに。今我々が議論していることに応えられない限り、国はうかつに動けんでしょうな。
間宮・でももし私が、家族を守るか、家族を食べようとしている何かの「法的権利」を守るかとなったら私は家族を選んで、そいつを倒しますよ。大体ね……………』
俺はテレビを切ってまた考えた。親父と母さんはリビングの隣の部屋に寝ているが、今の話を聞いたらどう思うだろう。そんなことを考えながらプウを見ると、散歩に行く気満々で玄関で待っていた。
お前は思い切り走れるから、少々危なくても大丈夫。俺たちなら逃げ切れるよな、プウ。




