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1話 剣士は届かない(序章)

本編に先立ち、過去の話をお送りします

一人の剣士の手のひらの中で包帯がたなびいていた。

血のにじんだ包帯は、やがて風にさらわれ、手のひらから旅立っていった。

高台に陣取った剣士たちは、腕や足に巻いた包帯と添え木を投げ捨て、静かに剣を抜いた。

腰の曲がった老魔法使いが、古い杖を掲げ、空に魔法陣を描いた。

呟くような詠唱に合わせて、風向きが変わる。

剣士たちは坂を駆け下りた。


その姿を、敵はただ遠くから見ていた。


同じ制服、同じ姿勢のまま、兵たちは魔導具を肩に揃えた。

細い閃光が一斉に走った。


最初に倒れたのは、詠唱を続けていた老人だった。

剣士たちも、坂を下りきる前に倒れた。



兜だけが一つ、坂を転がり落ちてきた。


風だけが、変わらず吹いていた。







1話 剣士は届かない(序章)




広い草原の中、山を背に高い位置に築き上げられた城塞は、これまで落ちたことがなかった。

だが、城塞の周りには一つ、また一つと松明が灯り、その光は地平線まで届いている。

空はいつもよりも早く雲が流れていた。

共和国兵は、その光の下で、自分の武器の手入れをしながら亀裂の入った王国の城壁と雲を見上げていた。


城塞の中では髪が散らかった王が玉座にもたれ掛かり、ひどく肩を下げたまま、ぽつりとつぶやいた。

「もう七日目か…」

王の御前に、大きく磨き上げられた皿が運ばれた。蓋を開けると、小指ほどの腸詰が少し揺れて顔を出した。

そんな中、一人の白髪の将軍が机をたたきながら叫んだ。

「断固打って出るべきだ!」


彼は他の将軍に比べ少しばかり年齢が高かったが、鼻息は荒かった。

白髪の将軍が強く握りしめた手の中で、白い手袋が音を立てていた。

その傍らで長髪の将軍が皮肉をこぼす。

「跳ね橋を下げた瞬間攻め込まれるのがオチだ…」

「このまま飢えるよりましだ! たまには何か言ったらどうだ、剣士!?」

彼は最初からそこにいたが、誰も彼を見ていなかった。

彼は、膝に自分の剣を置き、手入れを続けていたところだった。

「…困ったな」

「確かに難しい局面ではあるが」

「うむ。やはり剣先がブレる」

「は?」

「目釘がへたっている。あとで替えたい」

「何の話をしている!」

王は、腸詰をフォークで転がしながら小さい声で語った。

「近衛剣士ハモン殿は、戦況をどう思うか」

ハモンは剣を鞘にしまい、立ち上がった。将軍たちの礼装とも、理術兵の制服とも違う。

古い近衛剣士の装いだった。

将軍たちに並べば若く、新兵たちに混じれば古参にも見える年頃だった。

「雨季は近い。山の向こうの雲なら、まだやれるかもしれん」

長髪の将軍が皮肉っぽくつぶやいた。

「敵が砂糖で出来ていればな…」

「…慣れない土地の雨は、意外と応える」

そう言い残すと、ハモンは部屋から出て行った。



長髪の将軍が、また皮肉を言おうと口を開いたが、白髪の将軍に睨みつけられ、言葉を呑み込んだ。

「剣の時代ならば、あれ一人で戦場の向きも変えられただろう。だが、相手はもう剣では来んのだ……」

王は腸詰をフォークで刺し、口に運んだ。

「雨が…降るか…」




背中越しに、少しだけ立ち止まった。部屋中で何かを言っているのが聞こえたが、はっきりとは聞こえなかった。

だが、少なくとも歓迎されていないことは理解した。

いつからだろうか。味方にも足音を悟られないように歩くようになったのは。

廊下で、数人の理術兵とすれ違った。

すれ違う味方は、理術兵の制服に身を包んでいる。足音すらも、違う。

ハモンは無意識に、真横に帯びていた剣をソードベルトごとやや後ろへずらした。

鞘が鳴らないよう、柄元を強く押さえながら歩いた。


彼の音は、この城壁の中で一人だけ違っていた。


廊下の突き当たりの窓をあけた。湿った風が頬を撫でる。

山の向こうは雨だ。あの雨がここまでくれば、状況も変わるだろう。

敵もあの雨を嫌っている。雨が先か、敵が先か…いや…飢えるのが先か…?

いや、考えても今は仕方がない。必要な時に必要なだけ力を出せるように整えておかねば。


ハモンは武器工房を訪ねていた。

壁には剣を飾る飾り棚が並んでいたが、剣はなかった。

剣が掲げられなくなって久しい。日焼け跡がそこに剣が長い歳月掲げられていたことを証明している。

今はただそこだけが白く、空白になっている。その下の床には黒光りする筒のような道具…魔導具が無造作に山積みになっていた。


「目釘はないか?少し剣がぐらつく」

作業を止めて若い男が立ち上がった。

「残念ながら」

若い男は空っぽの箱を差し出した。

「それは残念だな」

「魔導具も部品が足りなくて、壊れたやつから部品取りしているところです」

小さい部品を取り出すと、焦げた魔導具を脇の空き箱にしまった。

部品を取られ、元の形も分からなくなった魔導具の山に、こちらの陣営の武器でないものがあった。

「これは…敵の物も使えるのか?」

「合うんですよ。癪ですが。元々、人の手に合わせて作ってありますからね」

ハモンの指先が少し汚れた。ついたのは油か、あるいは拭いきれなかった血か。

「無駄のない道具だな」

「心配なのは魔力の方です」

「腹が減っては魔力も出んか」

組みあがった魔導具を肩に当て、砂袋に狙いを定める。

先端がかすかに光った。だが、何も飛び出さなかった。

若い男は小さく息を吐き、頭を掻いた。

「動くには動くんですがね…」


武器工房を出ると、廊下の先から聞き慣れた、ひどく懐かしい音が聞こえた。

剣を抜いた音。風を切る刃先。

今は誰も来なくなった修練場に誰かが、いた。




制服に身を包む男が剣を振るっている。研ぎ澄まされた剣に空の月が反射して、剣を輝かせていた。

上半身の動きは申し分ない。だが、足元がおぼつかない。

「どうした、理術兵?その服では、動きづらいだろう」

「…ハモン様?」

ハモンはあえて相手を理術兵と呼んだ。

「久しぶりだな。ここに来るなんて珍しいじゃないか」

「理術兵になっても…こうしていると落ち着くんです。一つご指南いただけませんか」

「そうだな…こい」

ハモンは壁にかかっていた訓練用の木剣を取り出すと場の中央で剣を構えた。相手と同じ構え、同じ呼吸。

幾度となく教えた基本の型。

「木剣でよろしいので?」

「その身なりでいいのか?」

「ふふ…いざっ」

上段に構え、振り下ろす一太刀。ハモンは木剣の刃先で刃の腹を叩き、軌道だけをそらす。

理術兵は流れるように次の動きに入る。

かつて教えた型通りの動き。だが、踏み込みが半歩足りない。

一度合わせただけで、ハモンには分かった。

それでも、一歩も動かなかった。

打ち込みは角度を変え、速度を変え、何度も迫ってきた。

そのたびに木剣が小さく鳴り、刃はハモンのすぐ横を逸れていった。

打ち込むたびに、二人の顔から少しずつ籠城の影が薄れていった。


やがて理術兵は剣を収め、息を切らしながら首元の留め具を外した。


「まいり…ました…せめて一歩くらいは動かしたかった…」

手を差し出されハモンは握手で答えた。

「鈍っていないな」

「いやいや、木剣に傷一つないのに褒められても」


二人は修練場の端にあるテーブルに腰かけ、先ほどの立ち合いの話をした。

一通り話し終わると、理術兵は腰のベルトをまき、テーブルの魔導具を見つめた。

「久しぶりに楽しかったです」

「こちらもだ」

「次はいつにしますか」

「そうだな、明日はどうだ?」

「せめて体力を戻してからに…」



突如としてハモンは木剣を抜いた。そして部屋の隅の影を見つめた。

暗闇の中から三人の敵が現れた。

「敵の斥候隊…城壁を登ってきたか」

黒い装甲服に身を包み、短く切り詰めた魔導具を構える敵。

敵が魔導具を構えるが、隊長がそれを下げさせた。

「音を立てるな」

「了解」

斥候たちは、魔導具を持ち替え短剣を取り出した。


ハモンが木剣を構えなおすと、横で理術兵が剣を構えた。

「申し訳ありません。咄嗟にこちらの方を…」

「…しょうがないやつだな」

二人は背中合わせでお互いの死角を支えあう。

「やれるか、剣士」

「お供します!」



敵は二人に襲い掛かった。

理術兵――いや、剣士の剣は鋭く、そして無駄ない動き。踏み込みの浅さを除けば、かつてのままだった。

「気をつけろ、こいつらできるぞ」

短剣を構えた斥候たちは、すぐに押し返された。

音を立てまいとした判断が、彼らの距離を奪っていた。


一人が、木剣を構えたハモンへ向かった。


ハモンの木剣が走り、相手の手首を守る装甲を砕いた。

もう一人が魔導具へ手を伸ばすが、鳩尾を突かれ、膝から崩れ落ちる。


「くそ…!剣士どもがっ」

最後に残った隊長が短剣を捨て、魔導具に手を伸ばした。

魔導具が光るよりも早く、理術兵は踏み込んだ。

斜めに走った刃が、隊長の装甲服を切り裂く。


その傷は、勝負の決着を告げていた。


だが、踏み込みは浅い。


倒れこみながら敵の隊長は最後の力を振り絞り、魔導具を放った。

静かな修練場に、発砲音が反響を繰り返していた。


魔導具からの光は、剣士の胸を貫いていた。

剣士の手から剣が零れ、小さく音を立てた。


崩れ落ちそうな剣士を、ハモンは木剣を手放して抱きかかえた。



「…終わったか」

「…はい…なんとか…明日は…何時にします…か…?」

「……体力を戻してからでいい」


剣士は答えなかった。

ハモンは小さく、呟いた。

「…見事だった」



ハモンは王の前に戻った。

将軍たちは状況を把握しようと、通信機に叫び確認を急いだ。

王は変わらず肩を落としている。かすれた声でハモンに問いかけた。

「負傷したのか?」

「いや、俺の血ではない。修練場に敵の斥候が入ってきた」

兵士たちは魔導具を片手に窓の外の様子をうかがう。

白髪の将軍は通信機を切ると、そのまま机に投げつけた。

「修練場だけではない! かなりの数が入り込んでいる…」

遠くから敵と味方の魔導具の発砲音が聞こえるが、それも時間が経つにつれ少なくなっていった。

「撤退だ。負傷者と戦えない者を集めろ」

バリケードを作ろうと家具を積み上げる長髪の将軍が叫んだ。

「どこに逃げ道があるというのだ!」

「これから敵が作る。戦える者は王の護衛だ」

ひときわ大きな破裂音が響き、天井から埃が落ちてきた。天井につるされているシャンデリアが頼りなく揺れていた。

「今、道が出来たな。王よ、決断を」

「よかろう…」

王は肩に積もった埃を振り払いながら立ち上がった。

「しんがりは頼めるか…我が剣よ」

「元よりそのつもりです。我が王よ」

「いつもすまんな」

「今更です」

王は散らかっていた髪をまとめ、胸を張り姿勢を正した。そして獅子をあしらった杖を掲げた。

「これより城を捨て撤退する。急げ」



城塞内の大聖堂に人々は集められた。

大聖堂の中央で祈りを上げる司祭を横目にハモンと将軍や側近、そして王は廊下の隅で撤退の準備を進めていた。

「敵はどこの城壁を壊した」

「ここと…ここだ」

「………どちらが手薄か。剣よ、道はどちらだ」

「こちらから出て、丘を登る方がよろしいかと」

長髪の将軍が割って入った。

「剣士殿、なぜ丘に?こちらの穴から下っていく方が安全だろう」

「敵もそう考える。登る道は手薄なはずだ。それに、負傷者を抱えては無理だ。滑る。」

「王だけでも別の道を行くべきでは?」

「よい。我々は丘を登る準備を急げ」

「御意」

一礼すると、長髪の将軍は離れていった。王は一つ息を吐いたあと、また肩が下がった。

「撤退はいつ始めればよいか」

「早い方がいい。俺は敵に向かうつもりだ」

「とんだしんがりだな」

二人は数日ぶりに少しだけ口角を上げた。

「ハモン殿」

呼び声に振り向くと一人の白髪の将軍が礼装で立っていた。

「敵は最上階を目指すだろう。そこで籠城して時間を稼ぎたい。王よ、許しをいただきたい」


王は少し目を細めたが、何も言わなかった。ただ、少しばかりうなずいた。


ハモンは礼装に着替え直した将軍を見つめ、小さく答えた。

「そうか……助かる」

「ご武運を」

「そちらこそ」


白い手袋が差し出された。ハモンはその手を取って硬く握手を交わした。

そして白髪の将軍は、数名を携えその場を去っていった。

ハモンはそれを見送ると周りの理術兵に語り掛けた。

「負傷者は荷物を置いていけ。逃げ切ることだけ考えろ」

城の者たちは脱出の支度を進めていった。



40人ほどの一団は、大聖堂の裏手にある隠し扉から移動を始める。

湿った隠し通路を移動中、壁越しに戦闘の音が漏れ聞こえていた。

「次を右へ」

白髪の将軍が時間を稼ぐ間に、隠し通路を使い何度か複雑な曲がり角をまがる。そして一団は一つのドアの前にたどり着いた。

隠し扉を少しあけ、辺りをうかがう。

「穴の護衛も王の間に向かったようだな…今ならだれもいない。よし、行け!」

ハモンは扉を開けると、敵の開けた進入路を指さした。

敵もよもや自分のあけた進入口が脱出に使われるとは想定していない。

王は走ってハモンの横をすれ違う際に、ハモンの目を見つめた。

ハモンは小さく頷くと、一団を見送った。



ハモンも穴から身を乗り出すと、眼下に敵の本陣が見えた。

いつの間にか雨が降り始めていたようだ。

松明の火を消さぬようにテントを広げるためか、敵が走り回っているのが見える。

腰に帯びた剣をゆっくりと鞘から抜いた。

「最後まで…持ってくれればいいが」

ハモンの剣はこの数日の戦闘で痛んでいた。扱いを間違えれば折れるかもしれない。

だが、物心ついた時から振るこの剣こそ、もっとも信頼できる武器だった。



意を決してハモンは穴から飛び出した。

坂の中腹に陣取った城塞から飛び出し、地を這うように前傾姿勢の一足飛びで進む。

その進む先には、敵の本陣が見えていた。


最初にハモンに気づいたのは物見櫓の上で双眼鏡を構える敵兵だった。

その敵兵が叫ぶよりも早く、物見櫓の支柱を縛る縄を走り抜けざまに絶つ。

支えを失った櫓は大きな音を立てて倒れていった。

櫓が倒れる音と同時に、敵陣の混乱が始まった。

「て、敵襲!!!!」

進行方向にあるものは全て切り捨てていった。

テントも、松明も。ハモンの正面に立つ者を斬る。

例え致命傷でなくてもいい。切り込む反動さえも前進の力に変え、斜面を落ちるようにハモンは走った。


混乱の最中、四方から魔導具の攻撃が飛び交う。

雨で視界が悪い。同士討ちも起きているようだ。


「近衛兵、前に!」

重装甲に身を包んだ敵たちが一斉に魔導具を構えた。

だがハモンは止まらない。

閃光が走る。

胴を狙うものだけを剣で弾き、外れた光は肩や脇をかすめた。

それでも足は止まらなかった。


敵の攻撃を弾くたびに、剣に嫌な感触が残る。剣先もブレる。

いかに屈強な剣とて、無傷では済まない。

「(もう少しだけ持ってくれ…!)」

弾くたびに剣からは悲鳴のような金属音を響かせていた。

「ここは通さぬ!」

影から先ほどの敵よりも一回り大きな大柄な近衛兵が現れ、これもまた一回り大きな盾を振り回した。

数度かわすと、構えられた盾と、その身体に自分自身をぶつけるように切り付ける。手ごたえは浅い。

大柄な男は盾を掴んだまま崩れたが、ハモンの勢いは泥濘に足を取られ止まらず、二人は絡みあいながら泥濘を滑り落ちる。

魔導具の弾き方も、走りながら切り付けることも、本来のハモンの剣ではない。それだけ剣の負担が大きい。あと何回振れるかどうかも分からない。

ただ、最後の一振りまで持てば、それで足りる。


泥の中で立ち上がろうとすると、敵の戦列が魔導具を構えたのが見えた。

「……味方ごとか」

一歩踏み出そうとした。だが、背後から布が引かれ、足が半歩遅れた。

見下ろすと、泥だらけの手が服の裾を掴んでいる。

その手の主は、斬られたはずの大柄な男だった。

「ここは…通さぬ…と言ったはずだ」

裾を掴む手に、最後の力がこもる。

いったん避けるべきか…。

いや、敵将は、その戦列の後ろにいる。


今はただ、走る。


ハモンは掴まれた裾を引き裂き、走り出した。

同時に戦列から号令と共に閃光が走った。目の前に輝く閃光にひるむことなく、最低限の攻撃を剣で弾く。

そのままの勢いで戦列に肉薄すると、足元の泥を蹴り上げた。

跳ね上がった泥が視界を奪い、戦列に隙間が開いた。

その隙間をハモンは駆け抜けた。戦列は振り返りハモンを再び撃とうとするが、全員が魔導具を下げた。

ハモンの先、そこには敵将の詰め所がある。

その一瞬、その迷いが、最後の時間を作った。

詰め所を囲む天蓋を切り裂くと、玉座じみた大きな椅子に腰かける敵将の姿が見えた。


間合いにさえ入れば……!


ハモンは剣を上段に構え、全力で地面を蹴った。

敵将を囲む兵士が振り返るよりも早く、剣の届くはずの距離へ飛び込んだ。




だが、ハモンが剣を振り下ろすよりも早く、敵将の細く白い指がマントから伸びていた。

指先から放たれた魔力が光となり、鎖のようにハモンの四肢を地面に固定していた。

「まさか…魔法を使うとはな…」

敵将は手元にあった白いカップを取ると、一口だけすすった。

「なに、将官の嗜みという物だよ」

敵将は立ち上がり、金の装飾の入った魔導具を取り出しハモンに近づいてくる。

「単身でここまでよく来たものだ。一応、名を聞いておこうか」

「…ハモン…剣士ハモンだ」

「剣士か。まだ生き残りがいるとはな。最後にいい戦利品になった」

「首が欲しければ…取りに来い…」

光の鎖が引き延ばされるような音を立てた。

「首など要らぬ。剣士を撃つ機会など、もうそうあるまい」

構えられた魔導具が光を帯び始めた。光がいっそう強くなる頃に、地を割るような音が、遠くから聞こえてきた。それはだんだんと強くなり、揺れも伴った。


音がする方向を皆が振り返ると、そこには山から押し寄せる濁流が迫ってきていた。

点々と続くかがり火の列が、一つずつ消えていく。

消えた場所は横へ広がり、闇の帯になって近づいてきていた。

持ち場を捨てた兵士たちが、口々に叫んだ。

「水だ!鉄砲水だ!山から来るぞ!!!」

「み、見張りは…!?見張りの櫓はどうした!?」

「落ちています!」

「いつだ!」

「敵襲の最初に――」

足元に少しばかりの水が流れ込む。その正体を理解した頃には、もう逃げることは不可能になっていた。

すべてを呑み込む濁流は、たくさんの瓦礫を懐にしまいながら迫ってきていた。

従者たちが、当てもなく走り出す頃に、大柄な近衛兵が飛び出し、敵将を抱え後退した。


拘束魔法で身動きのできないハモンは、一人取り残され、濁流を見つめた。

そして小さくつぶやく。

「半歩……届かなかったな」


次の瞬間、濁流は天蓋も、玉座じみた大きな椅子も、ハモンすらも呑み込み、辺りを暗くしていった。




この濁流により、城塞を包囲していた共和国軍は甚大な損害を受けた。

王国は城塞を失ったが、王とわずかな者たちは丘へ逃れた。

こうして戦は一時止まり、近衛の剣士ハモンは、帰らぬ者として記録された。




この一話は、ハモン本人が自分から多くは語らない

剣士としての最後の戦場をお見せする序章になりました。


少し苦い話になりましたが、

ここではハモンが剣士としての時代が終わっていくところ

そこを、本編に先立ち書かせてもらいました。


次回以降は、戦場の外へ出たハモンの旅が始まります。




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