最終章 それでも、ここにいる
終わりは、出来事としては訪れなかった。
誰かが死んだわけでも、信仰を捨てたわけでもない。
教会が閉じられたわけでも、奇跡が否定されたわけでもなかった。
それでも、私は知っていた。
この物語が、すでに終わっていることを。
朝の祈りの時刻、私はいつも通りに膝をついた。
身体は迷わない。石の冷たさも、光の角度も、すべて覚えている。
言葉は浮かばなかった。
だが、それは異常ではなかった。
願いを持たない祈りは、長く続けると形だけが残る。
それを空虚と呼ぶこともできるし、成熟と呼ぶこともできる。
私は、どちらとも決めなかった。
扉の外で、足音が止まった。
久しぶりのことだった。
私は立ち上がらなかった。
呼ばれなければ、迎えに行かない。それが、この場所のやり方だ。
やがて、扉が開いた。
入ってきたのは、見知らぬ人だった。
若くもなく、老いてもいない。
表情に、切迫した色はなかった。
「ここで、祈れますか」
その問いは、かつて何度も聞いたものだった。
私はうなずいた。
その人は、椅子に座り、しばらく黙っていた。
沈黙は重くなかった。
「何も期待していません」
唐突に、そう言った。
私は何も答えなかった。
否定する理由がなかった。
「でも、ここに来ました」
その人は、自分でも不思議そうに笑った。
私は初めて、この場所の意味を、少しだけ理解した気がした。
奇跡を求めるためでも、答えを得るためでもない。
終わらせないために、来る場所。
私はその人の隣に座った。
肩には触れなかった。
時間が過ぎた。
どれくらいかは分からない。
何も起きなかった。
言葉も、徴も、感情の高まりも。
その人は立ち上がり、軽く頭を下げた。
「ありがとうございました」
私はうなずいた。
それ以上は、必要なかった。
扉が閉じる音が、静かに響いた。
私は一人になった。
その瞬間、理解がはっきりと形を取った。
私は、何も変えられなかった。
救いを与えたわけでも、奪ったわけでもない。
奇跡を肯定したわけでも、否定したわけでもない。
ただ、沈黙の前に立ち続けただけだ。
それでも、ここにいた。
物語としては、ここで終わる。
問いは回収されず、答えも示されない。
だが、祈りの時刻は続く。
誰も見ていなくても。
私は再び膝をついた。
言葉は持たなかった。
神が沈黙しているのかどうかは、もう重要ではなかった。
重要なのは、沈黙の中で立ち去らないことだった。
奇跡が起きなかったからではない。
起きないと知ってしまったからでもない。
それでも、終わらせない選択を、私は毎日している。
そして同時に、
この物語が、もう何も語らないことも、確かだった。
祈りは続く。
救いは、保証されない。
それが、ここに残ったすべてだった。
ありがとうございました。
感想をいただけるとありがたいです。




