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第六章 確定した沈黙

 何も起きない日々は、静かに積み重なった。

 悪いことも、良いことも、目立った変化もない。ただ、同じ祈りの時刻が、同じ順番で訪れる。


 私はその規則性に、少しずつ慣れていった。

 慣れは救いではない。痛みが薄れたわけでも、理解が進んだわけでもない。ただ、期待が形を失っていった。


 教会に来る人は、さらに減った。

 奇跡の噂が消えたからではない。

 希望を提示しなくなったからだ。


 私はもう、「起こりうる」とも言わなかった。

 「起こらない」とも言わない。


 起きたことだけを語り、

 起きなかったことも、そのままにした。


 それは誠実だったが、魅力的ではなかった。


 青年は、最後に一度だけ来た。

 夏の終わりだった。


「引っ越します」


 彼はそう言った。

 理由は説明しなかった。説明は、ここでは不要だった。


「信仰は、続けます」


 それも、確認ではなかった。

 報告だった。


 私はうなずいた。

 見送る資格が、自分にあるかどうかは分からなかったが。


「ここで過ごした時間は、無駄ではありませんでした」


 彼はそう言って、少しだけ間を置いた。


「でも、答えは出ませんでした」


 私は「はい」と答えた。

 否定しなかった。


 彼は微笑んだ。

 それは諦めではなく、決着に近かった。


 青年が去ったあと、私は長い時間、扉の前に立っていた。

 開けるでもなく、閉めるでもなく。


 人は去る。

 問いもまた、去っていく。


 残るのは、答えではない。

 答えがなかったという事実だけだ。


 季節が一巡した。

 春が来ても、同じように光は差し込み、同じように床は冷たい。


 私は数を数えなくなっていた。

 祈りの回数も、沈黙の長さも。


 ある夜、私はふと思った。

 これ以上、何も起きないのではないかと。


 奇跡も、裏切りも、失望すらも。

 すべてはすでに起き終わっていて、残っているのは継続だけなのではないか。


 その考えは、不思議と恐ろしくなかった。

 むしろ、落ち着いていた。


 引き受け続けた結果、

 世界は変わらなかった。


 神は語らず、

 人は救われたり、救われなかったりし、

 理由は示されない。


 私はそれを、ようやく「確定した状態」として受け取った。


 祈りの姿勢をとる。

 言葉は出ない。


 出ないのではない。

 出す必要がないのだ。


 沈黙は、もはや問いではなかった。

 答えの欠如でもなかった。


 それは、この世界の前提だった。


 私は膝をついたまま、長く動かなかった。

 奇跡を待っていない自分に、初めて気づいた。


 待たないことは、諦めではない。

 期待しないことは、否定ではない。


 ただ、そういう世界だと知っただけだ。


 夜が明ける前、私は立ち上がり、窓を開けた。

 風が入り、埃が舞った。


 何も変わらない。

 それが、変わらないということだ。


 私は次の祈りの時刻を、静かに待った。

 神が沈黙しているからではない。


 沈黙が、すでに答えになっていたからだ。

ありがとうございました。

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