第五章 引き受けるということ
責任という言葉を、私は長い間使わずにきた。
信仰の前では、人はあまりに小さい。結果に責任を負えない以上、言葉だけが肥大するのを恐れていた。
だが、希望は言葉よりも先に人を動かす。
だからこそ、誰かに手渡した時点で、無関係ではいられない。
女性の手紙を、私は引き出しにしまったままにしていた。
読み返せば、彼女の救いは確かにそこにあった。だが、それを救いと呼ぶことで、他のすべてを置き去りにしてしまう気がした。
青年は、その後も時折訪れた。
以前のように祈りを求めることはなかった。ただ、座り、沈黙を共有し、帰っていく。
ある日、彼はこう言った。
「母のことを、あまり考えなくなりました」
それは前向きな変化のように聞こえた。
だが、声に喜びはなかった。
「思い出すと、比べてしまうんです」
私はうなずいた。
希望が生んだ比較は、時間が経っても消えない。
「歩いた人のことを」
彼は言った。
「羨ましいわけじゃない。ただ……」
言葉が途切れる。
「自分が、見られなかった側だったんだって思うと、少し疲れます」
その瞬間、私は理解した。
希望は、人を救ったあとも、別の人に問いを残す。
私は初めて、あの出来事を「語ってしまった」自分の立場を考えた。
奇跡だと言わなかった。
断言もしなかった。
それでも、沈黙の中で、私は何かを肯定していた。
希望が「起こりうる」と。
青年が帰ったあと、私は祭壇の前に立った。
祈るためではない。
自分が何を引き受けてしまったのかを、確認するためだった。
私は、神の代弁者ではない。
奇跡の管理者でもない。
だが、人が希望を持つ瞬間に、立ち会ってしまった。
それだけで、責任は生じる。
その夜、私は初めて、祈りの内容を変えた。
何かを願わなかった。
何かを説明もしなかった。
ただ、こう言った。
「もし、あれが希望だったのなら、その重さを、私にも与えてください」
答えはなかった。
だが、拒絶されたとも感じなかった。
翌日から、私は話し方を変えた。
可能性という言葉を使わなくなった。
沈黙を、美化しないようにした。
「分からない」という言葉のあとに、必ず続けた。
「それでも、あなたが苦しんだことは事実です」
救いを提示しない代わりに、苦しみを否定しない。
それが、私にできる最小限の責任だった。
人は少し減った。
教会は、以前よりも空になった。
だが、残った人々は、奇跡を探していなかった。
探していたのは、逃げない相手だった。
それでも夜になると、私は考えた。
もし、再び同じような出来事が起きたら。
回復。
数歩。
説明のつかない変化。
私はそれを、どう扱うのだろう。
希望として受け取らないことは、できない。
完全に否定することも、できない。
引き受けるしかない。
その人が、後で傷つくかもしれないとしても。
信仰とは、安全な場所ではない。
私はようやく、それを自分の言葉で理解した。
その理解は、私を強くしなかった。
ただ、逃げられなくした。
夜、蝋燭に火をつけた。
炎は安定していた。
私はもう、揺れをしるしだとは思わなかった。
消えなかったからといって、意味があるとも思わなかった。
それでも、見つめた。
目を逸らさなかった。
与えてしまった希望の分だけ、
私は、沈黙の前に立ち続けるつもりだった。
それが救いでないことを、知りながら。
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