第二章 正しさの重さ
青年は、その後も教会に来た。
毎日ではない。来る日もあれば、数日姿を見せないこともあった。私はそれを数えなかった。祈りは回数で測るものではないし、訪れない時間もまた祈りの一部だと考えている。
来るとき、青年は決まって後ろの席に座った。前に出ようとしないのは、謙遜ではなく恐れに近かった。神に近づくことで、何かを要求してしまうのが怖いのだろう。
彼は話したがらなかった。
それでも、沈黙に耐えきれなくなる瞬間がある。
「母が、目を覚ましません」
その声は落ち着いていた。すでに何度も医師から説明を受け、何度も同じ言葉を自分に言い聞かせてきた声だった。
「祈っています」と彼は言った。「ちゃんと」
私は「そうですか」と答えた。
それ以上の言葉は、彼の祈りに順位をつけてしまう。
病室には入ったことがないと言う。機械の音が怖いのだと。人の身体が、祈りよりも正確に管理されている場所に耐えられないのだろう。私はそれを弱さとは思わなかった。人は誰でも、自分が無力であることを突きつけられる場所からは逃げたくなる。
「神は、回復させることができますよね」
青年は私を見なかった。
問いかけではなく、確認だった。
「できます」
それは事実だった。
できるかどうかと、するかどうかは別だ。
青年はうなずいた。
それだけで、少し救われたような顔をした。
私は胸の奥で、何かが静かに沈むのを感じた。正しい言葉は、時に人を支えるが、同時に重くもする。希望は軽くなければならない。重くなった希望は、持ち主を押し潰す。
その日の夜、私は長く祈った。
母のためではない。青年のためでもない。
自分の言葉が、間違っていなかったかどうかを問うための祈りだった。
答えはなかった。
だが、それも想定内だった。
数日後、青年は来なかった。
一週間、二週間、教会の扉は開かれないままだった。
私は青年の家を訪ねることもできた。住所は聞いていたし、許されない行為ではない。だが、しなかった。踏み込むことで、彼の祈りの形を壊してしまう気がしたからだ。信仰は、他人が補助していいものではない。
三週目の終わり、彼は再び現れた。
顔色は悪く、目は以前よりも静かだった。
「亡くなりました」
それだけだった。
泣き声も、怒りもなかった。
私は黙って立ち上がり、隣に座った。肩に手を置くことはしなかった。触れることで、何かを与えたふりをしたくなかった。
「祈りが、足りなかったんでしょうか」
青年は初めて、こちらを見た。
責める目ではない。助けを求める目でもない。
ただ、判断を求めていた。
「いいえ」
私は即座に言った。
迷いはなかった。
「あなたは、できることをすべてしました」
それは慰めではなく、事実だった。
祈りの量も、質も、彼には十分すぎるほどだった。
青年は小さく笑った。
「それなら、神は正しいんですね」
私は答えなかった。
正しさは、誰かが失われたあとに語るには重すぎる。
青年は立ち上がり、祭壇のほうを見た。しばらく、そこに何かを探すように視線を向けていたが、やがて首を振った。
「信仰を、やめるつもりはありません」
それは宣言だった。
自分自身に向けられた。
「でも、期待はしないことにします」
その言葉を聞いたとき、私は初めて、自分が何も救えていないことを理解した。信仰を失わせなかった。それだけだ。だが、希望を守ることはできなかった。
青年は去った。
その背中は、以前よりもまっすぐだった。
それが成長なのか、断念なのか、私には分からなかった。
夜、教会に一人残り、私は再び蝋燭に火をつけた。
炎は静かだった。揺れもせず、音もない。
奇跡を期待する気持ちは、もうなかった。
それでも、祈りの姿勢は自然に身体に戻った。
正しくあることは、救いではない。
だが、間違わないためには必要だ。
私はその夜、長く膝をついた。
神は沈黙していた。
そして私は、その沈黙を破る言葉を、持っていなかった。
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