第一章 沈黙の作法
朝の祈りは、いつも同じ時刻に始まる。
鐘は鳴らない。ここでは鳴らさないことになっている。音は人を安心させるからだ、と前任の司祭が言っていた。安心は信仰の代用品になる、と。
私は窓を開け、東から入る薄い光の中で膝をついた。冷たい床の感触を確かめるように、指先を石に触れさせる。これも習慣だった。祈りは、心だけで行うものではない。身体が覚えていなければ、すぐに言葉だけになる。
祈りの言葉は短い。
長くすればするほど、自分の声が大きくなる。
私は神に何かを説明しない。願いを列挙しない。ただ、今日もここにいることを告げるだけだ。昨日もそうしたし、明日もそうするだろう。神が聞いているかどうかは、重要ではない。祈りは、届くかどうかで価値が決まるものではないと、私は信じている。
祈りを終えると、外で誰かが咳をした。
この時間に教会を訪ねてくる者は少ない。用があるとすれば、だいたい決まっている。祈りを求める者か、赦しを求める者か、その両方だ。
扉を開けると、青年が立っていた。痩せていて、目の下に濃い影がある。夜を越えてきた顔だった。寒さのせいだけではない。
「入ってください」
私はそれ以上、何も言わなかった。理由を尋ねないのも決まりだ。理由は、たいてい本人にも分からない。
青年は椅子に腰を下ろし、しばらく黙っていた。沈黙に耐えられなくなったのは、彼のほうだった。
「祈っても、何も起きません」
それは告白というより、報告だった。私はうなずいた。否定も肯定もしない。祈りが叶わなかったという事実は、ここでは特別なことではない。
「正しく祈っていますか」と彼は続けた。「間違っているんでしょうか」
私は答えなかった。
正しく祈れば結果が出るのだとしたら、神は取引になる。
青年は拳を握りしめていた。爪が掌に食い込んでいる。痛みを確かめるように、何度も力を込めては緩める。
「神は、沈黙することがあるんですか」
問いは静かだった。責める調子はなかった。ただ、逃げ場のない問いだった。
「あります」と私は言った。
それ以上は言えなかった。
沈黙がある、と言うことと、その理由を語ることは違う。
青年は目を閉じた。涙は出なかった。そのことが、かえって深刻に見えた。泣けるうちは、まだ希望がある。涙は、神に向けられた言葉だからだ。
しばらくして、青年は立ち上がった。
「ありがとうございました」
礼を言われるほどのことは、何もしていない。だが、私はそれを否定しなかった。否定は、彼の祈りまで否定することになる。
青年が去ったあと、教会は再び静かになった。
私は一人になり、祭壇の前に立った。
自分が正しかったのかどうか、確信はなかった。だが、間違っていたとも思えなかった。信仰とは、正解を選び続けることではない。選んだあとに、それでも立ち続けることだ。
昼前、掃除をしていると、古い蝋燭の箱が見つかった。前任者のものだろう。半分ほど残っている。私は一本を取り出し、火をつけた。炎はまっすぐ立ち上がり、揺れなかった。
そのとき、外で風が鳴った。
窓が震え、光の入り方が変わる。雲が流れ、教会の中が一瞬、明るくなった。
炎が、わずかに大きくなった気がした。
私は思わず、祈りの姿勢をとった。
理由は分からない。ただ、そうすべきだと思った。
沈黙の中で、何かが起こる気配があった。
言葉になる前の、手触りだけの予感。
私は息を止めた。
炎を見つめた。
蝋燭は、静かに燃え続けていた。
揺れもせず、形も変えず、ただ、燃えていた。
光はそれ以上、増えなかった。
風も、もう鳴らなかった。
私はゆっくりと息を吐いた。
そして、何も起きなかったことを、祈りの中に戻した。
奇跡が起こらなかったことは、失敗ではない。
少なくとも、この場所では。
蝋燭を消し、私は次の祈りの時刻を待った。
神は、今日も沈黙していた。
それでも、祈りの作法だけは、何一つ変わらなかった。
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