晴れ渡る空
張り詰めていた空気が、わずかに揺れた。
僕は息を止めたまま、その手を見つめる。
「……今……動いた……?」
願望じゃないかと、自分に問いかけるみたいな声。
指先が、もう一度わずかに震える。
確信に変わった瞬間、胸の奥が一気に熱くなる。
「なあ……聞こえてんだろ……?」
ベッドに身を乗り出す。
「僕ここにいるからな……!」
声が震える。
「逃げないから……もう疑わないから……!」
涙が落ちる。
「僕さ……お前のこと疑ったことあった」
喉が詰まりながらも、言葉を止めない。
「どうせ人は裏切るって思ってた
約束守るやつなんていねぇって
優しくしてんのも気まぐれだって」
指先が白くなるほど、シーツを握る。
「だから線引いてた……傷つかないように」
呼吸がぐちゃぐちゃになる。
「でも違った」
顔を上げる。
「お前、馬鹿みたいに本気じゃんか」
涙で視界が歪む。
「……ごめん」
声が壊れる。
「疑ってごめん」
肩が震える。
「これからはさ
僕、ちゃんとお前のこと信じるから」
言葉が途切れそうになる。
それでも、絞り出す。
「だからさ……戻ってきてくれよ……!」
もう抑えきれない。
「生きててくれよ……!!」
叫びが、静まり返った病室を震わせる。
――返事はない。
機械の電子音だけが、やけに大きく響く。
僕の呼吸だけが、乱れている。
時間が止まったみたいな数秒。
その直後。
閉じられていたまぶたが、わずかに動いた。
ゆっくりと、光を取り込むように目が開く。
焦点の合わない視線が、天井をさまよう。
やがて、隣の存在に気づいたみたいに、ゆっくりと動く。
かすれた声が落ちる。
「……なんて顔してんだよ」
僕の呼吸が止まる。
涙でぐしゃぐしゃのまま固まる。
そいつはぼんやりした目で僕を見て、少しだけ眉を寄せた。
「別に泣いてねぇよ」
弱々しいのに、いつもの調子だった。
喉がひくりと鳴る。
「……っ……」
声にならない。
「無理すんな……声、震えてんぞ」
かすれた笑い混じりの声。
それだけで、張り詰めていた何かが一気に崩れた。
僕はベッドに額を押しつける。
肩が大きく震える。
「ばか……」
絞り出す声。
「心配……したに決まってんだろ……!」
涙がシーツに落ちる。
「死ぬかと思ったんだぞ……
いなくなるかと思ったんだぞ……!」
呼吸がぐちゃぐちゃになる。
一輝は小さく息を吐いて、ゆっくり言った。
「……そっちだろ、心配すんの」
そして、かすれた声で続ける。
「怪我……ねぇのかよ」
僕は一瞬きょとんとして、それから泣き笑いみたいな顔になる。
「あるわけないだろ……ばか……」
一輝はうっすら笑う。
「そっか……よかった」
少し間が空く。
僕は袖で涙をぐしゃぐしゃに拭う。
「……もうどこにも行くなよ」
震えた声で、それだけ言う。
一輝の目が少しだけ細くなる。
「なに、湊。デレた?」
「デレてねぇよ気持ち悪い」
即答だった。
一輝は喉の奥で小さく笑う。
そのとき、扉がノックもなく開いた。
白衣の医者と看護師が入ってくる。
現実が急に割り込んできたみたいで、僕は少しだけ息苦しくなる。
さっきまでここにあった空気が、薄い膜で隔てられたみたいだった。
僕と一輝の間に、“世界”が入り込んできた感じがして、少しだけ嫌だった。
医者が状態を確認しながら話しかける。
一輝は面倒そうにしながらも頷いて、それからふと僕を見る。
「あー、すいません」
医者が顔を上げる。
「ちょっとだけ、二人で話したいことあるんで……いいですか」
医者は一瞬驚いて、それから苦笑して頷いた。
「すぐ戻りますからね」
そう言って、二人は出ていった。
扉が閉まる。
静けさが戻る。
僕は一輝を見る。
「話って、なに」
一輝は少しだけ間を置いて、にやっと笑った。
「なんかさ」
声はまだ弱いのに、目だけはいつも通りだった。
「離れたくないってアピールしてくる親友がいてな」
僕の顔が一気に熱くなる。
「アピールなんかしてねぇし
勝手に親友にしてんじゃねぇよ」
一輝は満足そうに目を細めた。
「はいはい」
小さな病室に、静かな笑いが落ちる。
止まっていた時間が、やっとまた動き出したみたいだった。




