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始まりを告げる朝

目を開けると、白い景色が広がっていた。


にじんだ天井。輪郭のぼやけた光。

音のない静寂が、世界をやわらかく包み込んでいる。


……天国か。


そう思った。

あの眩しい光の中に飲み込まれて、全部終わったはずだったから。


けれど次の瞬間、鼻の奥を刺すにおいが届いた。


消毒液のにおい。


「……は……?」


喉の奥でひっかかった声が、掠れて外に漏れる。

天国に、こんな現実の匂いがあるわけがない。


重さが戻ってくる。

腕がだるい。胸が詰まる。指先が冷たい。

呼吸をするたびに、体のどこかが確かに「ここにいる」と主張してくる。


遠くで鳴る、規則正しい電子音。

誰かの足音。カーテンの揺れる気配。


「……病院……?」


理解した瞬間、胸の奥がすっと冷えた。


終わったんじゃなかった。

続いてしまっている。


「……なんでだよ……」


望んだ形じゃない。

あの光の中で、全部手放したはずだったのに。


なのにまた、息をしている。

またこの世界に引き戻されている。


「……なんで今ここにいるんだよ」


言葉にならない声が、喉の奥からこぼれ落ちた。


天井を見つめても、答えは落ちてこない。

ただ、現実だけが重くのしかかってくる。


「……どうしてだよ……」


あの夜、確かにすべてが終わるはずだった。


濡れた路面に滲んでいた光。

冷たい風。

境界線を越えた、あの感覚。


それなのに、また朝が来てしまうのか。

また息をして、また時間が進んでいくのか。


いつになれば、終わりは来るんだろう。


終わらせることすら許されないまま、

この世界に縛りつけられ続けるのか。


そこまで思い出したところで、胸の奥がざわついた。


横を見ると、窓越しに青い空が広がっていた。

雲はゆっくり流れていて、世界は何事もない顔で続いている。


なのに、僕の中だけが止まったままだった。


「……あれ」


そのまま視線を戻す。

本当なら、視界の端に誰かがいるはずだった。


ベッドのすぐ横。

くだらないことを言って、勝手に空気をかき回すやつが。


けれど、そこには何もない。


やけに静かだった。

機械の音だけが、部屋の中に規則正しく響いている。


さっきまで、あんなに近くにいたはずなのに。

あんなに偉そうなこと言って、

そばにいるとか、見捨てないとか言って。


「……ほらな」


力の抜けた笑いが、喉の奥でひっかかった。


優しい顔して、きれいな言葉並べて、

苦しんでる僕の隣に立って、

それで満足してただけなんだろ。


そんなのに縋った僕が、馬鹿だった。


そう思った瞬間、頭の奥で何かが強く軋んだ。


夜風。

遠くの光。

耳鳴りみたいに響いていた音。


そのとき、頭の奥で何かが弾けた。


記憶の底に沈んでいたあの夜が、ゆっくりと浮かび上がってくる。


光。

眩しさ。

その直前――


誰かの声がした気がする。


『……っくな、湊……!』


風にちぎれたみたいな、かすれた声。

はっきり思い出せないのに、胸の奥だけが強くざわつく。


何かに強く押された感覚。

すぐ近くで、息が詰まる気配。

体が横にぶれた感覚。


「……」


呼吸が浅くなる。

胸の奥がざわつく。


ただの記憶の混線じゃない。


あの瞬間、誰かがいた。


「……あいつ……?」


そんなわけない。

誰が他人のために命なんて賭けるんだ。


喉の奥がひりつく。

否定しないと、胸の奥が崩れそうだった。


理由も分からないのに、じっとしていられなかった。


体は重いはずなのに。

指先は冷たいはずなのに。

胸は苦しいはずなのに。


それなのに、頭の中はそのことだけで埋め尽くされていく。


いない理由を確かめなきゃいけない。

いない理由を、知らなきゃいけない。


ベッドの柵に手をかける。

足が床に触れた瞬間、強いふらつきが襲う。


視界が揺れる。

心臓がうるさいくらい鳴っている。


胸の奥で、嫌な予感が形を持ち始めていた。


それでも、止まれなかった。


僕は体の痛みも何もかも忘れて、ただ走り出していた。


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