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024話『その掌に光を、頭上に草の冠を』(4)


 ノイシュリーベ・シドラ・エデルギウスは七歳の誕生日を切っ掛けに、父であるベルナルドの領内視察の旅に同行することを強く願った。



 将来、自分達が治めていくことになる土地や領民達の姿を視てみたかった。


 英雄ベルナルドが領民達を導いている姿を目に焼き付けておきたかった。


 尊敬する父と、なるべく多くの時間を一緒に過ごしたいと心より思っていた。



 当時のノイシュリーベは、サダューインやダュアンジーヌとともにエデルギウス子爵領の館で暮らしていた。

 ベルナルドだけは城塞都市ヴィートボルグに移り住み、大領主として慣れない政治の場での戦いに挑んでいる最中であったのだ。館には月に一度、戻るか戻らないかといった具合である。


 故にノイシュリーベは、館で開かれた誕生日パーティに参席した父ベルナルドに対して思い切って願い出たのである。

 視察とはいえ秋から冬に掛けての馬車旅はそれなりに過酷だ。当初は渋っていたベルナルドであったが娘の熱意に押しきられる形で同行を認めたのである。


 斯くして三ヶ月弱という時間を父の傍で過ごせることになったノイシュリーベは有頂天で馬車に乗り込むこととなる。



 しかし、彼女の歓喜に満ちた幼い表情は数日も経つころには崩れ始めていた。


 未だに戦の傷痕が深く刻まれた各地の都市や村の惨状を目の当たりとし、その周辺で屯する手足を欠落させた戦場帰りの兵士や傭兵の成れの果てに(おのの)いた。


 また亜人種に対する憎悪や恐怖心。純人種に対する警戒心や確執を肌で感じた。ハーフエルフとはいえエルフとしての身体的特徴を強く宿しているノイシュリーベは、取り分け『人の民』からの悪意に満ちた視線に晒され続けた。


 大領主であるベルナルドが常に傍に居たがために直接的に何か危害を加えられたり、暴言を吐かれるようなことはなかったが、それでも幼いなりに自分が歓迎されていないということは強く察したのである。



 馬車での長旅も随分と堪えた。上等な車体を採用しているとはいえ、館で何不自由なく暮らしてきた少女にとっては過酷。加えて溌剌(はつらつ)と思い思いに動き回る性格のノイシュリーベにとって狭い馬車内でじっとしているのは性に合わなかった。


 しかし自分から言い出した以上は、父に不満を零すような真似は控えた。

 それに各地の為政者達や領民達と接する際に真摯に、一歩ずつ、誠実に協議を重ねていく父の姿は心より誇らしく感じ、彼女にとって得難い経験となっていった。




 そんな旅路の最中に、ノイシュリーベは己の裡に眠る才能を本格的に開花させていたのである。


 母譲りの両目の『妖精眼』……惑星の息吹である魔力の流れを正確に見極め、魔力が収斂されて意思を宿す『精霊』を視認する手法に習熟していったのである。

 グレミィル半島の各地を巡るうちに、それぞれの土地が帯びる魔力に触れたことで、その差異を知覚した。人々の傍らで過ごす精霊の在り方を理解した。


 いつしかノイシュリーベは、父ベルナルドの雄姿を間近で見守ることと同じくらいにグレミィル半島に宿る数多の精霊達を視ることに深く傾倒していった。



 精霊は、常理の裡に意外と数多く存在している。

 

 常人では認識することすら出来ず、一部の魔法使い(ドルイド)としての素質を秘めた者だけが辛うじて"声"を聞くことが適うという。

 故に人々は、周囲の至る箇所でひっそりと過ごしている精霊に気付かないのだ。だがノイシュリーベの両目には明確に、その存在を捉えることが出来た。



 各地で領民達や精霊達を眺めている間に、ノイシュリーベはある一つの共通点を見出した。それは精霊が傍に居付いているヒトというのは、本質的に誠実で善良な人物であるという点。


 一見するとガラの悪そうな者だとしても、精霊に好かれているということは裡に善なる素養を秘めている。逆に精霊が寄り付かない人物というのは、どんなに上品で教養が高そうな者だとしても裡側はドス黒い想いを抱えていたり、虚偽で塗り固められているものなのである。



 ベルナルドと協議する為政者達を眺めている時にも、ノイシュリーベは自身の打ち立てた仮説に絶対の確信を懐いていくこととなる。

 信用できる者。自分達を裏切りそうな者。それは精霊に好かれているかどうかで判別が適った。


 後でベルナルドと彼等の印象を相談し合ったところ、ノイシュリーベと見解が全く一致していたのである。

 英雄ベルナルドと呼ばれ、多くの民を率いていたその眼力は正確無比。故に父と見解が合致したということは、自身の仮説の証明にも成り得るのだ。


 同時に、精霊を視るどころか"声"を聞く素養すら持ち合わせていないのに、これだけ正確にヒトを見極められる父の凄さを益々実感することにも繋がっていた。




 領内視察の旅に同行する中で、ノイシュリーベは精霊に好かれたヒトを見つけることに夢中になっていった。


 善なる者は必ずどこかしらに尊敬できる部分を抱えており、見ていてとても楽しい気分になれる。それに将来的にエデルギウス家にとって有益な存在となるのだ。



 なお好かれている精霊の位階が高ければ高いほどに、そのヒトの善性も強くある傾向を感じていた。


 精霊は光の塊のような姿をしており、稀に大精霊と呼ばれる一部の特殊な存在は動物に似た外観を象りながら特定の場所に居座っていた。

 都市内で暮らすヒトに寄り添う精霊は基本的には前者であり、光の塊が大きければ大きいほどに、輝きが強ければ強いほどに高い位階に在るようであった。




 ヴェルムス地方の首府ビュトーシュを訪れたノイシュリーべは、ベルナルドに連れられて中心街の各施設を巡っていた。


 既に季節は真冬に差し掛かり、厳しい寒波に備えるべく父より買い与えられた上質な防寒具で確りと身を包んでいた。

 真っ白な毛皮がふんだんに使われたポンチョ、寒さを一切感じさせない暖かな手袋とブーツ、そして薄地ながらも断熱性に優れた脚袋(タイツ)など万全の備えである。



 氏族長や『上級戦牙』達が詰める行政区や、商業組合の建物、都市内最大の公園である『青銅広場』などなど……活気を取り戻しつつある都市ならでは、獣人種をはじめとした多くの亜人種達がごった返していた。


 "獣人の氏族"は実力のある武人を尊ぶ。故に純人種ながら『大戦期』の英雄ベルナルドには一廉の敬意を表しているようであった。……表向きは、だが。


 ノイシュリーベは、その双眸に映る精霊の在り方を頼りに現地の為政者を検めていた。真に精霊に愛された者はそこまで多くはなかったが、中には目を見張るほどの人物も稀には居る。そういった者を密かに見出せる己に自信を付けた。



 中心街の次は都市の各地を馬車に乗って視て回った。一見すると賑やかな街だがやはり日の当たらない場所には、拭い切れぬ戦の傷痕が見え隠れする。

 そんな目を逸らしたくなるような現実をも、幼いノイシュリーベは確りと双眸に焼き付けようとしていた……だからだろうか? その光を目の当たりにしたのは。



「(うわ……なによ、あの光の強さ!)」


 三重輪の光輪を灯す双眸にて垣間見た、眩き精霊が移ろう光景――


 通常の精霊と比べて途方もなく大きく感じる光の塊だ。その輝きの強さだけで判ずるならば大精霊と呼ばれる個体達にも比肩し得るだろう。


 馬車の窓に張り付きながら、ノイシュリーベは夢中になって目で追い掛けた。

 その巨大な精霊は、どうやら一つ処に居座る型ではなくヒトに寄り添って都市内をうろついているようであった。



 次の日からノイシュリーベは、都市内の視察に同行する傍らで巨大な精霊を常に気に掛けていた。隙あらば周囲を見渡し、付近をうろついていないかどうかを執拗に探していたのである。




 そして……遂に、見つけた。


 巨大な精霊に愛された者が、彼女の視線の先を横切っていったのだ。

 人込みが両者の間を遮っていたので直ぐに追い駆けることは出来なかったが、確かに発見したのである。



 一瞬だけ迷ったものの、此処で見逃したら三度目は無いような気がしたノイシュリーベは、父の静止を振り切ってその場から駆け出してしまった。



 あの巨大な精霊は何処に行ったのだろう?


 あんな精霊に慕われているなんて、いったいどんなヒトなのだろう?


 未知の人物への好奇心。無二の出会いの予感に胸を弾ませながら、小さな身体を懸命に動かして、必死に走ったのだ。




 慣れない都市を駆け回り、精霊の痕跡を辿るうちに裏路地へと入っていった。



「……えっ、これ何? それに酷い臭い」


 幼いノイシュリーベは困惑した。賑やかで煌びやかな中心街とはまるで異なる汚らしい世界。凄まじい異臭に、触れただけで崩れそうな荒屋(あばらや)が建ち並ぶ。

 無論、それなりに確りとした造りの家屋も存在したが、どうやら放棄されて久しいらしく浮浪者や孤児達が勝手に住み着いているようであった。


 現地民達が訝し気な視線を傾けてくる。当然だろう、この場に於いて上質な防寒具を着込んだハーフエルフの少女など全てが場違いなのだから。

 中には早くもノイシュリーベに敵意を向ける者も存在した。彼等からは精霊の気配を一切感じなかった。




「……本当にこんなところにいるの?」


 不安になりつつも、裏路地を突き進んだ。頭上より降り注ぐ二つの月光だけが頼りだった。

 幾つかの角を曲がり、荒屋(あばらや)を掻い潜った先にて……居た。



 何かの物体の周囲を、巨大な光の塊が浮遊している。よくよく目を凝らしてみるとその物体は微かに蠢いていた。息をしていた……しかし、酷く弱々しい。

 また臭気も凄まじく、冬場だというのに鼻が曲がるほどであった。



 それでも幼いノイシュリーベは勇気を振り絞り、その物体に近付いた。


 まるで枯れ枝のような細い手足、ボロボロの布を幾重にも着込んだ身体。頭頂部には獣のような耳が突き出ており、その物体が何某かの獣人であることが伺えた。

 


 一歩踏み出し、臭気を堪えながら大きく息を吸い込み、己を奮い立たせながら声を発した。父ベルナルドのように堂々と、正面からそのヒトと接していくために。





「いた! やっと見つけたわ!

 あんたでしょ、そのキラキラした精霊を引き連れてるの!」



 其は月輝が溶ける、ある冬の終わり。


 私はこの日、たしかな一筋の光を 見つけたのだ――


・第24話の4節目をお読みくださり、ありがとうございました!

・『大戦期』以前のエデルギウス家は男爵位でしたが、戦後にラナリア皇国に正式に組み込まれてから子爵位に昇爵しています。また領地も僅かに広くなっています。

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