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022話『今は遠き熱月の風』(12)


 大山脈颪を降って襲来した脅威を退けてから一夜が明けた。


 負傷した者達の治療や一時的に欠けた戦力の充当、魔鳥が荒らした『果樹園』の修繕など諸々の措置を済ませた上で、ノイシュリーベはバラクードが滞在するエルシャーナ宮へと再び足を運んでいた。


 先日、自ら申した通り定刻には様子を伺いに参上するためである。





 [ 城塞都市ヴィートボルグ エルシャーナ宮 ~ バラクードの部屋 ]



「いやぁ、昨日はとんだ災難だったみたいだね。

 展望台から観戦していたけど、あんな奴がやって来るなんて凄い都市だよ」



「殿下が御座(おわ)します日に、不埒者どもの襲来を招いてしまい忸怩たる思いです。

 御身を危険に晒すことになってしまったことを、心よりお詫び申し上げます」


 椅子に腰掛けながら喜々として話すバラクードとは対照的に、畏まった面持ちのノイシュリーベは深々と(こうべ)を垂れて、大領主として謝罪の言葉を口にした。



「いやいや、お邪魔しているのは僕のほうだしね。君達を責めるのは筋違い。

 むしろ君の雄姿をじっくりと堪能できて大満足なのさ。

 "五本角"の竜を退けた武功。我、バラクードがしかと見届けた! (おもて)を上げよ」



「はっ! 寛大なる御心に感謝いたします。

 深手を負った臣下達も、殿下の御言葉を拝聴したならば報われるでしょう」



「ふふ、君もどうか自分の身体を労わってくれたまえ……。

 ラナリア皇国領から遠く離れたこの地に、嘗ての英雄の志を継ぐ者達が

 新たな時代の武勇を研いでくれていることを皇族の一員として頼もしく思うよ」



「はい、父から受け継いだこの領土を護り続けるためにも

 一日でも早く戦線に復帰できるように務める所存です」



「……そういうことじゃなくてね。いや、今は良いか」



「……?」


 婚約者候補として印章(シグネット)まで渡したのだから、一人の女性として身を案じたいところであったが、それでは騎士としての彼女の矜持を蔑ろにすることとなってしまうので、気紛れなバラクードにしては珍しく言葉を控えた。



「殿下。今回 退けた竜に関してなのですが、奴は全くといって良いほど

 戦意を失って失っていませんでした。恐らくは再度の襲撃が予測されます」



「ふむ」



「次は手段を選ばずヴィートボルグに脅威を振り撒くことでしょう。

 無論、然るべき防備を整えていく方針ですが、御身への危険は跳ね上がります。

 つきましては殿下達には、この都市より移っていただきたく……」



「成程ね。確かに大領主としては、そう申し出ざるを得ないわけか」



「心苦しい限りですが……此処より南西に位置するエデルギウス子爵領の館を

 急いで空けさせますので、殿下達にはそこで寛いでいただけないでしょうか」


 エデルギウス家の領地は、彼等が船を停めたというティグメアの町とも比較的近しい場所に在る。いざとなればグレミィル半島からの退避も容易に行えるのだ。




「そうかぁ……そうなるか。どう思う?」


 傍に控える青髪のコングリゲガードへ視線を傾け、意見を求めた。

 同時にそれは、彼が皇太子の行動を左右させるに足る影響力と発言権を有しているということでもあった。



「グレミィル侯爵殿の配慮を甘んじてお受けするのがよろしいかと。

 殿下が滞在されていては、彼女達も防衛の際に要らぬ気を回さねばなりませぬ。

 それが要因となり、この都市が堕ちるようなことがあれば大惨事でしょう」



「……御尤もな意見だな」


 頷き、暫し沈黙した後に再び口を開いた。



「分かったよ。三日以内には発つようにしよう。

 また君の顔を見れなくなるのは残念だけど、其方の立場も尊重したいからね。

 それに、君の生家を夏の間に見て回るのも楽しそうだ」



「ご了承いただき、痛み入ります。

 政務がありますので、私自身は丘陵の麓までお見送りさせていただきますが

 『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』副団長のジェーモス・グレイスミルド・ベルダ伯爵および

 第一部隊が該当地までの案内を兼ねて御一行に随伴させていただきます」



「いいねぇ! 音に聞こえた『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』にエスコートして貰えるなら

 皇都リズウェンシアに帰った際に良い土産話になりそうだ」


 そうして伝えるべき用件を伝え終えると暫しの間、部屋内にてバラクードと談笑を嗜んだ。皇都の詮無い社交界の話から、昨晩の晩餐会で提供されていた料理の調理法まで幅広く、それでいてあまり重要ではない他愛ない話が交わされていった。






 バラクードの部屋を後にして、己の愛馬を停めてある馬舎へと足を運ぶ。例によって白馬フロッティの傍にはエバンスが佇みながら待ってくれていた。



「おかえり……っていうのも変かな。

 その様子だと、殿下達は承諾してくれたみたいだね」



「ええ、どうにか上手く話が纏まって良かったわ。エデルギウスの館の家宰達には

 これから暫くの間は頑張ってもらわないといけないけど……」



「あはは、ヘルマンさん達も大変な一夏になりそうだ……」


 ヘルマンとは上記の館を取り仕切る家宰長であり、エバンス達も幼少のころには大いに彼の世話になっていた。




「じゃあ、おいらは引き続きラキリエルに市街地を案内していれば良いのかな?」



「ええ、二~三日もすれば事後処理が済んで平穏を取り戻すでしょうしね」



「うぃうぃ~! ……でも、君もそろそろ休暇を入れなよ?

 ここの所、戦いの連続だったし今回に至っては制霊薬(エリクシール)まで使ったんでしょ?」


 いつもの陽気な態度で了承した矢先に、急に真顔になってノイシュリーベを見詰めてきたのである。




「うっ……まあ、ね。正直なところ、かなり身体が重く感じてきているわ」



「前も言ったけど働き過ぎだよ! いっそのこと一週間くらい休んだら?

 でないと次にあのドラゴンがやって来た時にまともに戦えなくなる。

 それに……」



「……そうね。こういう時に、自分の性別を悔やむしかないわ」


 もしも己が男の騎士であったのなら、多少は消耗していたとしても若さを武器に無理矢理に稼働し続けることも出来たことだろう。

 遺憾ともし難い性別の壁を実感することなど、これまでに何度も経験してきた。それでも尚、"偉大なる騎士"のようになりたいと願い、突き進んでいるのである。



「頑張り過ぎてノイシュが潰れちゃったら、おいらは首を吊るしかなくなるねぇ。

 ベルナルド様とダュアンジーヌ様に申し訳が立たないよ……」



「うぅっ……」



「サダューインが隠者衆を連れてくるまで、まだ日数は掛かるだろうし

 今のうちに休んで、身体を万全な状態にしなよ!」



「……分かったわ。

 大領主が無様な姿を晒して、皆に見捨てられたら笑い話にもならないわよね」



「そうそう、ノイシュが元気な姿を見せ続けるだけで皆 安心するからね♪」


 愛馬に跨り、馬舎を出て城館へと続く丘陵の路を歩んで行く。その僅かな時間の中でノイシュリーベは何の(しがらみ)もなく話せる一時を堪能したのであった。






 その二日後には皇太子一行が城塞都市を発つことになり、見送りに馳せ参じたノイシュリーベ達は肩の荷が降りたような境地へと至る。



「遥か北方の大山脈から降りて来る害敵に、半島北部に棲息する亜人種達。

 そして古い権力者との確執に、ボルトディクス提督の撒いた呪詛……か。

 彼女の行く末は本当に前途多難だね」


 皇族専用の馬車の中にてバラクードは、丘陵の麓に参列したノイシュリーベ達に手を振って別れの挨拶を演出しつつ密かに所感を零した。



「『大戦期』以前より連綿と続く因縁などが、彼女の代で表層化したのでしょう。

 ……確かにグレミィル侯爵殿は素晴らしい女傑のようでしたが、

 本当に貴方の伴侶として迎える気なのですか?」


 馬車と兵歩する騎馬に跨る青髪のコングリゲガードが、バラクードにのみ聞こえる声量で語り掛けてきた。



「今のところは僕の意思は変わらないさ。

 勿論、彼女が現状の課題を順当に解決していった先の話になるだろうけどね」


 逆に云えば、ノイシュリーベが……或いはグレミィル半島が抱えている諸問題が解決できなければ、この縁談は破談となる可能性も秘めていたのである。



「そうですか。まあ貴方も他人事を気に掛けている余裕はないでしょうからね。

 ボルトディクス提督の件では互いに協力し合うとして

 その先は、彼女達の手腕次第といったところでしょうか」



「そういうことだ。それに弟のサダューインとの対立もあるだろうしね。

 本当に目が離せなくなりそうだよ……この領土はさ」


 恰も夏に吹く気紛れな風の如く、南海の潮の香りが過ぎ去っていった――

 

・第22話の12節目をお読み下さり、ありがとうございました!

 長かった第22話もこれにて一段落でございます。いかがでしたでしょうか?

・当初の予定では第2章の終わりまでバラクード殿下には城塞都市に滞在していただくことになっていたのですが、そうするとどうしても御話的に不自然が生じる場面が出てきそうでしたので、思い切って第22話内に登場するゲスト出演のような役処とさせていただきました。

・彼が成そうとしていることなどは、このグレミィル半島の物語が完結した先でいつか綴らせていただくことができれば幸いに思います。


・さて、次話ではエバンスとラキリエルを中心に城塞都市の街中を紹介させていただきたいと思いますので、こうご期待下さい!

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