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022話『今は遠き熱月の風』(7)


 目標地点に到着したノイシュリーベは、肩と腰の(ガルドブレイス)草摺り(とタセット)部分の噴射口(スラスターノズル)を真下に傾け、噴出させ続けている風量を微妙に調節しながら徐々に高度を下げていく。

 そうして丘上の城館を囲む内側の白亜の壁の上へと両脚より着陸を果たした。



「ハンマルグレン卿は居るかしら?」



「はっ、此処に!」


 大盾を構える魔法騎士の一団を率いていた大柄な男性が野太い声を挙げて返答し、副官と思しき者に現場の指揮を預けてノイシュリーベの傍へ歩み出た。


 身長は一メッテと八十トルメッテほど。しかし横幅があり、小山のように鍛え上げられた筋力を更に分厚い全身甲冑で包み込んでいるため身長以上の威圧感を周囲に与える重装の武人である。


 

 主君であるノイシュリーベの前で、第四部隊長ハンマルグレン卿は右掌を己の胸に当てて略式ながら騎士の敬礼を行った。


 彼は齢にして五十に届く歴戦の古強者。ジェーモスやエゼキエル達と同じく『大戦期』を駆け抜けた人物の一人であり、先代の大領主であるベルナルドの時代からヴィートボルグに務める忠臣でもあるのだ。




「申し訳ございません、城館のほうに数羽 通してしまいました」



「構わないわ。こちらで片付けておいたから。

 あれは私が甲冑を身に付けるために城に戻った代償といったところね」


 もしノイシュリーベが、そのまま壁上に登って大魔法を放っていたのなら三羽とはいえ魔鳥を城館の間近にまで接近させることはなかったことだろう。

 



「それで残りは……十五羽ほどか」



「はい、『果樹園』に降りた賊はペルガメントの小僧が上手く狩り獲るでしょう。

 そうでなければ部隊長を務める資格はございません」



「相変わらず、手厳しい言い方ね」


 話しながら白亜の壁の直上を飛ぶ魔鳥の様子を検めた。今こうしている間にも壁上に配置された常備兵による矢撃や、魔法使い(ドルイド)達が放つ『我が意思が(ジール・)貫く、雷槍降雨(ゲヴィッター)』などの遠距離狙撃魔法の集中砲火に晒されて数を減らし続けている。


 自慢の旋回能力で懸命に飛び回ってはいるが、無意味な延命に他ならない。

 無論、ここまで順当に効果的な迎撃を実施できたのは『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』の主力が揃っていたからである。


 防戦に適した第四部隊が盾となってくれているからこそ、魔鳥の急降下攻撃の脅威を無力化しつつ後方より万全の状態で弓矢や魔法を撃ち込めるのだ。

 また高度な魔法を扱える魔法使い(ドルイド)だけで構成された支援部隊が早期に動いてくれていたことも大きい。




「市街地の住民は勿論、何より皇太子殿下に危害が及べば我らの面目は立たない。

 皆、普段以上に張り切って戦っておりますぞ」



「素晴らしい心掛けね。ただ魔鳥を討った後も暫くは防衛体制を維持しなさい」



「……それは、貴方の懐刀の献策ですかな?」



「そうよ」



「かしこまりました。……確かにあの狸人(ラクート)は鼻が利きますからな」


 溜息を吐きつつも指示には従ってくれた。年代的にもハンマルグレン卿はあまり『森の民』に対して良い印象を懐いていない。巌のような見た目通り、頑固で融通が利かない性質なのだ。しかし理に適った命令には従うだけの分別はある。



「私は残敵の掃討に入る。貴卿には引き続き、この場の指揮を任せます」



「ははっ! どうかご存分に貴方様の武威を示して下され。

 防人(さきもり)の理と誉は、我々 第四部隊が担い続けましょう」


 第四部隊の魔法騎士達の下へ帰るハンマルグレン卿を見送りつつ、ノイシュリーベは支援部隊の魔法使い達が布陣する区画へと近付いていった。





大魔法(スペリオルエピック)を放つ! 貴方達はそのまま雷撃で獲物を追い立ててなさい」 



「あら、シドラ様? 貴方にしては少し遅めのご到着ですね」


 魔法使い達を率いる支援部隊長のバリエンダール女史に声を掛けられた。

 彼女は"魔女の氏族"出身の妖魔(ガノクシアン)であり、闇夜の如き漆黒の長い髪と白磁の肌が特徴的な、正に魔女といった風采をしていた。



「エバンスから事情を聞いているでしょう? 入念に備えることにしたの」



「ほほほ、戦いの場とはいえ淑女たるもの お色直しは大事ですからね。

 それでは我々は貴方様の補佐に入りますので、ご存分に唄ってくださいな」


 『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』の支援部隊はその名の通り、他の部隊を魔法によって多角的に補佐する役目を担っている。

 伝令、索敵、解析、治療、戦闘補助といった仕事を主に熟しているが、時として攻撃魔法による火力支援や牽制射撃などを受け持つ機会も多かった。



 バリエンダール女史が流麗な所作で左掌を掲げると、彼女の意思を汲み取った魔法使い達が二つの横隊を整えて、ノイシュリーベの左右に少し離れて布陣した。





「グレミィルの空を巡る、大いなる原初の風の精霊達に希う。

 白き凶風(マガツカゼ)の翼、百災刻む彗星の如く在れ、史蹟を躙る翠聖の如く成れ」




 魔法使い達に囲まれながら、ノイシュリーベは斧槍を掲げて朗々と詠唱句を唄い挙げる。サダューインとの儀式(ゲネラル・プローベ)の際にも行使した大軍攻撃魔法である。

 ただし今回は展界式(モデュラツィオン)までは用いない、通常運用となる。


 ノイシュリーベに合わせて周囲の魔法使い達も次々に詠唱句を口にして遠距離狙撃魔法を構築し、先に魔鳥の群れへと雷撃を撃ち込んでいく。そうすることで魔鳥を牽制して一箇所に搔き集めるように誘導してみせたのである。


 其は恰も、複数人で唄い挙げる歌劇の一幕の如し。

 雷撃の前奏が、主演の暴風を際立たせるのであった。




「『――亡郷より集え、(クレイヴソリ)白輝の剣(ッシュ)』!」



 ノイシュリーベの周囲に、暴風を収斂して象った超高密度収束魔力刃が三十本ほど産み出された。一本につき常備兵を三十人以上は吹き飛ばす威力を秘めており、三十本ならば千に近い標的を一度に殲滅可能となるのだ。



「愚かな魔鳥達よ、此処は『尊重すべき境界線(ヴィートボルグ)』と呼ばれし地。

 ……魂が巡った先で、次は我らの同胞として産まれてくることを切に願うわ」


 掲げた斧槍をその場で振り降ろし、それを合図として三十本の『白輝の剣』を解き放つ。さすらば一挙に空中へと飛翔し魔鳥の総体を追尾しながら貫くのだ。

 貫いた瞬間には術式が解かれ、圧縮された暴風が破裂して粉微塵に砕き尽くす。


 中には『白輝の剣』の投射を逃れた個体もあったが、構わず空中で超高密度収束魔力刃を破裂させることによる余波を浴びせて問答無用で撃墜してみせたのだ。



 正に一瞬の出来事であった。


 これが本来の、ノイシュリーベが放つ対軍攻撃魔法の効果なのである。

 流石に城館付近では建物に被害が及ぶので撃てなかったが、壁よりも高い位置に飛んでいる標的であれば遠慮なく放つことが適うだ。



「墜落した魔鳥を確実に仕留めて回りなさい!」



「はい!」

「お任せ下さい!!」


 常備兵が放つ矢や、魔法使いの遠距離狙撃魔法が暫くの間は飛び交い続けた。

 やがて完全に襲来者の脅威が払拭されたことを確認すると、壁の下に配備された兵士達が速やかに魔鳥の死骸を片付けていくのであった。




「お見事です、シドラ様。相変わらず惚れ惚れとする魔力ですね。

 貴方の御力と才能は"魔女の氏族"の氏族長達も高く評価していますわ」



「……氏族単位で支持を得られていることは、嬉しく思っているわ」


 額面通りには喜べないことではあったが、建前上はそう返答しておく。


 その後の処理は第四部隊に任せて、ノイシュリーベは甲冑を纏ったまま壁上にて遥か北北東の方角を見上げ続けていた。




 魔鳥ギィルフルバは狡猾な生き物である。勝てないと察した相手との戦いは、速やかに切り上げて一羽でも群れの数を減らさないように逃げ去るのが常の筈。

 にも関わらず、先刻の群れは最後の一羽に至るまでヴィートボルグを襲い続けようとする意思のようなものを感じたのだ。


 つまり何としても新たな棲み処……安住の地を得なければならない逼迫した状況に陥っていたのだろう。まるで、何者かの脅威から逃れたいと欲したかのように。




「……風が、少し強く吹き始めてきたわね」


 上空に浮かぶ雲の流れが速さを増し、強風が吹き荒れる予兆を感じ始めているとエバンスが慌てた様子で駆け寄って来た。何かを察知したのだろう。



「侯爵様! おそらく、来ます」


 ノイシュリーベの眼前で片膝を突いて跪きながら、簡潔な言葉で用件を告げた。彼の第六感が、明確な脅威が新たに迫っていることを察したのだろう。

 周囲の魔法使いや常備兵、そして魔法騎士達の表情も険しくなっていく。




「方角は?」



「同じかと」



「相分かった、後は此方で対処する。退がっていなさい」



「ははーっ! 侯爵様と、前線を担われるお歴々のご武運をお祈りいたします」


 必要最小限の報告を終えたエバンスは素早く立ち上がり、最も近い側防塔へと退がっていった。彼もまた一廉(ひとかど)の戦闘能力を有してはいるのだが、『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』の顔を立てるために敢えて端役に徹してくれているのだ。



「…………」


 ノイシュリーベは北北東の方角の空を検めた。


 現在の時刻は、東角の刻を少し過ぎた頃合い。夕暮れ時はまだまだ先であり、夏の陽光は充分に高い位置から照り付けている。



  キィィィィィィン……――――


 空に一条の影が奔り。音速を越えて、其れは去来した。

 

 魔鳥などよりも遥かに大きく、そして凄まじく速い。絶対的な捕食者であることを誰もが一目で察するほどの威容とともに、城塞都市の上空に現れたのだ。




「……成程、エアドラゴンか」


 ノイシュリーベの額より冷たい汗が滴る。ハンマルグレン卿達の面貌にも緊迫が走り、背後に控える常備兵達に至っては明らかな動揺が広がっていた。


 一部の飛竜種はヒトによって飼育されていく過程で飼い竜となった個体もいるが、頭上に現れた個体は明らかに野生である。

 飼い竜と野生の竜とでは、もはや天と地ほどにも脅威の度合いが様変わりする。




「確か、キーリメルベス大山脈に棲息する飛竜種は魔鳥を喰らうそうですな。

 大山脈颪で同時に降った後、魔鳥は飛竜種から必死で逃げていたのでしょう」



「充分に考えられることね。我々が討伐したギィルフルバは六十羽ほどだけど

 本来はもっと大規模な群れだったのかもしれない」


 エアドラゴンから逃れるために城塞都市ヴィートボルグの地形に目を付けたのだろう。この丘陵地帯は、小回りの利く中型の魔鳥にとっては捕食者に抗うことのできる安全な棲み処に成り得る可能性を秘めていたのかもしれない。



「来てしまったものは仕方がない。急いで対竜戦闘の陣形を整えて……」



「……お待ち下さい、シドラ様!」


 ノイシュリーベが号令を発しようとした矢先、『遠見』を試みていたバリエンダール女史が緊迫した面持ちで遮ってきた。



「今し方、確認したところ……あの竜は、"五本角"です」



「な、なんですって!?」


 更なる動揺が、壁上に陣取っている者達の間で広がっていく。




「"五本角"だと? 間違いないのか?

 ……『竜弾郷(ドラゴンバレット)』のエアドラゴンが降りて来たというのか!」



「はい。その可能性が高いと思われます、ハンマルグレン卿」  



「キーリメルベス大山脈のエアドラゴンは、都市一つを滅ぼす力を有しているが

 その中でも"五本角"を持つ竜種達は、更に一回り凶悪だと伝え聞いている。

 (それがし)も長年、守将を務めて参ったが、実際に目にするのは初めてだな」


 部隊長同士での確認が済むと彼等は主君であるノイシュリーベに指示を求めた。

 エアドラゴンは上空で旋回を繰り返し、徐々に速度を落とし始めている。即ち、これから地上へと降立つ準備を進めているということであり、この城塞都市を襲撃しようとしているのだ。




「魔鳥を追って飛んで来たのだとしたら、おそらくは空腹からの捕食衝動ね。

 流石に今からでは領民達を避難させるような時間はない、迎え撃つわ。

 相手が"五本角"であろうと、我々が培ってきた対竜戦闘の術は変わらない!」



「かしこまりました。それでこそベルナルド様の御子ですな。

 どうぞ我等を、誉ある盾としてご利用下され」



「なら支援部隊は防護圏の構築による援護に専念いたしますわ。

 "五本角"の竜鱗には攻撃魔法などは一切、通らないでしょうしねぇ」



「貴卿達の勇壮ぶりを心強く思う! 

 では往きましょう、奴が降りて来る前に私から仕掛けるわ」


 震えそうになる両足を、大領主の立場と騎士の矜持によって無理やり抑え付け、上空を舞う明確な脅威を睨み据えながら肩と腰の(ガルドブレイス)草摺り(とタセット)部分より豪風を噴射。



「(……エシャルトロッテが居れば多少は楽に戦えたのでしょうけどね)

 (本当に今日は、とことん厄日かもしれないわ!)」


 光の奔流を迸らせながら、降下を始めるエアドラゴンと対峙すべく飛翔した。


・第22話の7節目をお読み下さり、ありがとうございました!

・少々、迷いましたが後々の展開のために今話で竜弾郷(ドラゴンバレット)のエアドラゴンを前倒して登場させていただきました。

 この物語での竜種の扱いと竜弾郷(ドラゴンバレット)については次回冒頭にて描写させていただきますので、ご期待いただければ幸いでございます。


・さて次回投稿日は、申し訳ございませんが1日空けて、7/21(月)とさせていただきます。

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