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021話『巡り往く季節の中で』(6)


「だぁ~~~~!! クソがっ、逃げられちまったぜ」


 間者(スパイ)達を仕留め損なったことに憤怒したバランガロンは、その場で大戦斧を叩き付けて八つ当たりをした。盛大に地面が陥没し、辺りに轟音が響き渡る。



「あのチビに魔法を封じられていなけりゃ、私の魔法で撃ち落とせたんだけど。

 こりゃ一本取られちまったと認めざるを得ないねぇ……」


 背の低い男……正確には『幻換(チェンジリング)』で姿を換えていたラスフィシアなのだが、彼女はベルガロベリア号の甲板で伝達された依頼内容を最初から最後まで傾聴している。


 即ち、これから『ベルガンクス』がやろうとしていることが筒抜けとなってしまうのだから、憤るなというほうが無理がある話である。



「しかも相手はエデルギウス家の息が掛かった奴だっていうんだろ?」



「ええ、間違いないわ。アタシが保証してあげる。

 覇王鷲を保有しているのはエデルギウス家のサダューインくらいのものだし、

 なによりもあの端正なお顔……英雄ベルナルドにそっくりだったわぁ」


 昔の記憶を手繰り寄せながら返答するクロッカスは、どこか陶酔めいていた表情をしていた。どうやら『大戦期』の英雄と深い関わりがあるらしい。



「はぁ……いきなり出鼻を挫かれちまったねぇ。いくら効率が良いからって、

 甲板に雑兵を集めてミーティングするのはもう止めたほうがいいよ。

 あの後、船長達は酒盛りまでやってたんだろう?」



「デカい仕事の前には手下共と盛大に前祝いするってぇのが俺様達のやり方だ!

 あのクソガキめ、絶対に許さんぞおお!!

 大領主のノイシュリーベとかいう奴 諸共に俺様が直々に粉砕してやる!」



「意気込みは結構だけど実際問題どうするのさ、船長?

 これからの進軍計画が露呈しちまったからには、向こうも対策するだろうね」



「……ふん、一度 グプタの奴に相談して計画を練り直したほうが良いかもな!

 セオドラの代理で派遣されて来たっていう、あのメガネ野郎は信用できねぇぜ」


 激昂しながらもギルド長の立場で一団を束ねる者としての判断力は損なわない。

 ショウジョウヒからの問いに対し、一先ずは『ベルガンクス』の頭脳にして副ギルド長であるグプタを交えて再検討する方策を考慮するが、それもあまり時間を費やすわけにはいかないだろう。今日中には手を打っておくべきだ。



「だったらぁ、アタシが先に敵の本拠地に潜っちゃおうかしら♪

 場合によっては破壊工作でもやってみて、エデルギウス家の邪魔をしちゃうわ」



「ほーぅ? 気紛れな お前にしちゃ今回は積極的じゃねーかよ!」



「うふ♥ ヴィートボルグには昔、ちょっとだけ居座っていた時期があってぇ。

 今どうなっているのか、実はずぅーっと気になってはいたのよね」

 

 エーデルダリアから見て北北西の方角に佇立する丘陵地帯の方角へと視線を送りつつ、遠い日の記憶を想起していた。



「……観光がてらってわけかい。お気楽なもんだよ」



「だがクロッカスの実力と足の速さなら不足はねぇな。

 なんせコイツは敵地でも漂々と茶をしばくくらいにゃ心臓に毛が生えてやがる」



「あらやだ、これでも繊細な硝子のハートよん♥」



「がははっ! よく言うぜ、このカマ野郎が!!

 だが即座に打てる手としちゃあ悪くない、任せたぜ」



「かしこまりましたわぁ。じゃあ早速、出発しちゃうけど

 連絡役として正規の冒険者を二人くらい連れていってもいいかしら?」



「二人か……まあ、その程度ならグプタも文句は言わねぇだろうぜ」



「ありがと、ボス。じゃあアッシュちゃんとダンケンちゃんを連れて行くわぁ。

 その子達はアタシが直々に剣技を鍛えてあげていたんだけどぉ、

 この間、ノイシュリーベって子にボコボコにされちゃったみたいなのよ。

 だからぁ~雪辱を晴らす機会くらいは与えてあげたいのよね」


 名の挙がった二名は、数日前のエーデルダリアの貧民街での一件にてノイシュリーベと交戦した三人組の生き残り達である。



「そいつは良いな! 精々、頑張ってくれや。がははははっ!

 だがノイシュリーベは手強いぜぇ? なんせ俺様に手傷を負わせやがった輩だ」



「んふふ、戦って死ねるのなら あの子達も本望でしょう。

 それが武人の誉ってやつなのよ♥」



「はぁ、これだから脳筋連中は暑苦しくて嫌になるね……。

 無意味に死んじまったら何も残らないじゃないのさ」


 豪快に笑うバランガロン、妖しい笑みを浮かべるクロッカスを見咎めて呆れた表情を浮かべるショウジョウヒ。

 三者の短い会話の中でクロッカスの先行を決定し、この場は解散となった。





 [ エルディア地方 上空 ]


 エーデルダリア付近より飛び発った覇王鷲は、宵闇の雲を眼下に従えながらエルディア地方を南下していた。鳥種でありながら夜間飛行をものともしない旧き空の王者の背には、三名の人影が乗っている。

 サダューインと、その部下であるラスフィシアとエシャルトロッテである。



「怪我の具合はどうですか、サダューイン?」



「ああ、どうにか傷口が開くまでには至らなかった。流石に肝は冷えたがね」


 『幻換(チェンジリング)』を解いて本来の姿へと戻ったラスフィシアが心配そうな表情で主君の様子を伺っていた。

 姉と同じ黄金の髪は側頭部でそれぞれ束にして別けられており、一回り小さい体格と相俟って全体的に幼さが残る印象を周囲に与える容姿をしていた。



「やっぱり治癒術を施したほうが……」



「いいや、君は『幻換(チェンジリング)』に加えて封魔結界まで使ったからな。

 もうほとんど魔力は残っていないのだろう? これ以上、無理はするな」



「うん」



「今回は急な潜入任務であったにも関わらず、よく熟してくれた。

 『ベルガンクス』が増員の募集をしていたから何か動きがあると思っていたが

 まさかヴィートボルグへの侵攻を企てていたとはな……」



「んっ……」


 彼女の功績によって得られた情報は、既にサダューインやエシャルトロッテにも共有されている。これは今後の方針を検討していく上で大いに役立つことだろう。


 右掌をラスフィシアの頭に添えて優しく撫でながら労う様子は実に手馴れたものであり、撫でられる側の彼女もまた満更でもない表情で頬を朱色に染めて頷いた。



「ちょっと! 後ろで堂々とイチャついてんじゃないわよ」


 前方で手綱を操るエシャルトロッテが背後を振り返りながら不満を述べた。

 防寒用の革製のロングコートに防風ゴーグルを着用した井出立ちは、正しく空を駆ける騎獣乗りといった風情である。


 ラキリエルに似た容姿でありながら、意思の強そうな瞳は現役の騎士や傭兵と比べても遜色のない鋭さを感じさせた。



「ふっ、心配せずとも宿に着いたら君に対する労いも確りと果たしてみせるさ。

 君が天空に控えてくれているからこそ、俺は自由に動くことが出来るんだ」



「ば、莫迦じゃないの?! そんなことが言いたいんじゃないわよ。

 賊徒が攻めて来るのなら、さっさと侯爵に報告しないといけないでしょ!」


 貴公子然とした微笑みを傾けられて思わず赤面しながら慌てふためくエシャルトロッテの様子を楽しみつつ、サダューインは言葉を続ける。



「いいや、急遽 エーデルダリアに立ち寄ることにはなったが

 このまま予定通り隠者衆を連れ帰るためにブレキア地方へと向かってほしい。

 姉上への報告は、隠者衆の使い魔で済ませれば充分に間に合う筈さ」


 第一線から退いたとはいえ隠者衆は高位の魔術師の集団。当然ながらその使い魔の性能は軒並み高く、下手な伝達手段よりも確実に情報を送信することが出来る。



「なら、このまま今日はエルディア地方南端にあるロスカラントに降りるわよ!」



「そうしてくれ。君も、ベルガズゥも、飛びっ放しで疲れているだろうからね」


 言いながら、己が騎乗している覇王鷲……ベルガズゥの背を撫でてやる。

 覇王鷲はその巨体故に降り立つことが適う場所が限られており、必然的に遠征の際には入念に宿泊場所を選定しておかなければならないのだ。


 普段はヴィンターブロット丘陵の一角に設けられたベルガズゥ専用の鳥舎に留まっており、エシャルトロッテとともに城塞都市の上空警備を担ってくれている。

 彼女達が居るからこそ、城塞都市の対空防御は一際強固となっていたのだ。



「これくらい、どうってことないわよ。貴方のほうこそ、エーデルダリアでの

 情報収集や幹部連中との戦闘でくたくたになってるんじゃなくて?

 後でバテないように今は少し横になって休んでいなさい」


 鼻を鳴らしながら前方へと向き直り、再び手綱を操ることに専念する。

 一見すると怒っているような口調で話しているが、言葉の節々からはサダューインを気遣う素振りが滲み出ていた。



「ふふっ、そうさせてもらおうかな」


 その言葉に甘えるとばかりに、覇王鷲の背に寝転がった。

 視線の先、宵闇に輝く夏の星空は煌びやかで美しく……地上から見上げるよりも輝いて映った。




「…………」


 然れど、満天の星空とは裏腹にサダューインの心は少しばかり曇っていた。

 先刻の『ベルガンクス』の件や、ザンディナムの件もさることながら、その最たる原因は先日の儀式(ゲネラル・プローベ)の場に於ける最後の一幕……。



 明確に拒絶の態度と言葉を放ったラキリエルの姿が脳裏に灼き付いて離れない。

ともすれば彼女から嫌われても仕方ない存在であることは自覚してはいたものの、いざその事実を突き付けられると予想以上の痛痒を感じてしまっているのだ。


 理念のため数多のヒトを相手取り、時には拒絶されることも少なくはなかった。

 故に"堅き極夜(サダューイン)"の心は鋼鉄の如く鍛え上げられていた筈なのに……。


 無垢な貴人(ラキリエル)を今後どう扱っていけば良いのか、サダューインは戸惑っていた――




 移り変わる季節の流れと同じように、グレミィル半島の情勢と、この地に棲む者達の在り方もまた、不可逆の変化を遂げていくことだろう。


・第21話の6節目をお読み下さり、ありがとうございました。

・後々どこかで綴ることになると思いますが、エシャルトロッテは普段はヴィートボルグ上空の守りを担っていることが多いので滅多に他の地方へ遠征することはないそうです。

 今回は隠者衆の送迎という、彼女にしか出来ない仕事が回ってきたのでグラニアム地方外へ飛んでいった形となっております。


・さて、次回の投稿日は、少し日にちが空きまして【7/13(日)】を予定しております。

 暑さの増していく季節でございますが、どうか皆様も体調を崩されぬよう十二分に水分補給を行っていただければ幸いでございます。

 

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