021話『巡り往く季節の中で』(5)
「…………」
サダューインの額より汗が滴る。規格外の強者を同時に複数名相手取らなければならないのだから当然か。
「ぅおおおらぁ!!」
最初に動いたのはバランガロンだった。エペ街道でノイシュリーベと斬り結んだ時のような勢いではなかったものの、それでもヒト一人を叩き割るには十二分。
豪快に振り降ろした大戦斧が直撃すれば、常人であれば一溜りもないだろう。
ガッ ィィン !!
右掌で握る大剣を振るい、大戦斧の刀身に重ねるように這わして打ち据える。
剛力に対して剛力で抗いつつも、正面から馬鹿正直に激突することは避け、適格に往なすことに専心した。
「あぁん? やる気あるんのかよ、手前ぇ!」
「……ふん、酔っ払いに言われたくはないな」
大戦斧を盛大に弾かれて悪態を着くバランガロンを後目に、視界の端では長身の剣士の立ち位置を常に把握しようと努めていた。
そんなサダューインの堅実さが功を奏したのか、巨漢の影より忍び寄る刃に対しても即座に対応することが適った。
ヒュ ン ―――
其は宵闇を奔る一筋の剣跡。
漆黒の刀身、故に月明りを反射することはなく、ただ静かに風切り音が響く。
瞬き一つの間に距離を詰め、己の首筋へと放たれた斬撃に対してサダューインは辛うじて首を捻ることで即死を免れた。
然れど、完全に躱すことが出来なかったらしく、一筋の鮮血が宙に舞っていた。
「……疾い!」
「なかなか悪くない反応ね♪ これは期待できそうだわ」
ノイシュリーベの攻勢すら防いでみせたサダューインに、受け太刀すら許さない速剣の極。勿論、彼が愛用する魔具杖が手元にあれば状況は違った筈なのだが。
返す刀で二太刀目を放とうするクロッカスに向けて、"樹腕"の各掌で握るナイフを次々に振るっていく。といっても深く斬り込むような真似はせず、あくまで相手の動きを牽制して縫い留めることが目的であった。
「あらやだ、器用なことするじゃなぁい」
十本のナイフに四方八方から斬り付けられながらも、長身の剣士は余裕綽々といった風情で適度に避け、或いは己の刀剣を打ち重ねて捌いてみせた。
その僅かに稼いだ時間の中でサダューインは右掌の大剣を横薙ぎに振るい、眼前の長身の剣士と巨漢の男をまとめて薙ぎ払わんと試みる。
真円を描いて振るわれた斬撃の波濤が、周囲の林を激しく揺さ振った。
「どわぁっ! 危ねぇな!」
「んふふ♥」
巨漢の男は盛大なリアクションとともに後退しながら躱し、長身の剣士は完全に刃圏を見切って僅かに身を逸らすだけで容易く躱してみせた。
「だったら、コイツはどうだい!」
大剣を振り抜いた直後、入れ違いとなる形で真紅の杭を握り締めたショウジョウヒが距離を詰め、恰も短槍の要領で先端部を突き入れようとしてきたのであった。
「("燦熔の庭園"の『ウェポン』……の原型か)」
真紅の杭の正体を類推し、空いていた左掌でその先端部を掴んで刺突を防ぐ。
その直後、サダューインが左掌に着けていた手袋に途方もない熱が伝播して瞬く間に融解していた。
「何という熱量! ……魔法を封じても全く油断できないな」
堪らずに掌を放し、後方へ大きく跳躍を打って距離を取る。真紅の杭に触れていた時間は一秒にも満たなかったが、左掌の手袋はドロドロに灼け爛れていた。
幸いにもサダューインは地上の竜人種より移植した左掌を備えている。故に耐熱性に優れた竜鱗によって肉体が爛れるまでには至らなかったのだ。
「よく言うよ、この杭に触れて身体が燃え尽きないなんてね。
背中の気色悪い"腕"といい、とんだ化け物と出喰わしたもんだよ!」
「そうよねぇ……お顔はあの人に似てイケメンなのに!」
旋風の如く、旋回機動で素早くサダューインの側面に回り込んで来たクロッカスが刀剣を躍らせる。
袈裟斬り、刺突、垂直真一文字に斬り断つ唐竹割り……と片手半身の構えから繰り出される技の数々は重さこそ感じないものの、それだけに凄まじい剣速だ。
「……くっ」
呻き声を漏らしながらも、どうにか相手の太刀筋に対応していく。
袈裟斬りは上半身を逸らして躱し、刺突は"樹腕"の各掌で握るナイフを割り込ませて強引に軌道を逸らし、唐竹割りは大剣の刀身を盾にして凌ぐことに成功。
しかし、クロッカスへの対応のために完全に脚を停められてしまっていた。
「ぐははは! よくやってくれたぜ、クロッカスよぅ!!」
一拍遅れて間合いを詰めて来たバランガロンが、先程の返礼とばかりに大戦斧を横薙ぎに振るってサダューインの身体を真っ二つ叩き割ろうとする。
…… ドォ ォォォォン!!
巨漢に恥じぬ、見た目通りの膂力で大質量の大戦斧が叩き付けられた。
咄嗟に大剣の刀身を傾けて防御姿勢を採ることは適ったものの、凄まじい轟音を周囲に撒き散らしながらサダューインの総体が派手に吹き飛ばされていく。
"樹腕"を解放したサダューインの体重は、一般的な成人男性の五倍近くとなる。そこへ更に装備の重量が加わっているにも関わらず、吹き飛ばされたのだ。
「サダューイン……!」
「大丈夫、だ……受ける時に斬撃の芯は外した。この腕もまだ動いてくれる」
「これ以上の無理は良くない。貴方の身体はまだ完治していないんだよ!?」
蹌踉めきながらも己の脚で立ち上がってみせると、封魔結界を維持するラスフィシアが心配そうな声を挙げながら駆け寄ってきた。
「流石は船長、馬鹿力は衰えちゃいないね」
「はんっ! それで仕留め損なってちゃあ、嫌味にしか聞こえねぇのよ。
それよりも畳み掛けるぜぇ! コイツは生かしておくと必ず障害になりそうだ」
「んー、もうちょっと試してみたかったいところなんだけど?
まあボスがそう言うなら、そろそろ狩り獲っちゃいましょうか♥
ここで死ぬようなイケメンなら、その程度ってことだから」
ショウジョウヒ、バランガロン、クロッカスが三方向よりサダューイン達に詰め寄る。三者ともに優勢な状況に奢る様子はなく、油断なく間合いを詰めて確実に仕留めるべく息の合った動きで、それぞれの得物を振るってきたのだ。
「……サダューイン」
「ああ! 此処でやるしかないだろうな、頼んだよ」
左掌をラスフィシアの腰に回して抱え上げ、"樹腕"のナイフを迫り来る三者へ向けて一斉に投擲した。
この程度の抵抗などは予期していたのか、歴戦の冒険者達は特に驚く様子もなく前進ながら容易くナイフを弾いてのける。
その一瞬の隙を利用して、ラスフィシアは懐より取り出した笛を口に咥えて勢いよく吹き鳴らしたのだ。
「ピィィィィィィィィィィ……!!」
宵闇の林の渦中より、遥か虚空の彼方へ向けて甲高い音色が鳴り響く。
「あぁん? この期に及んで何をやらかそうってんだぁ?」
「この音色、何処かで聞き覚えがあるね」
「……ボス! ショウジョウヒちゃん! 上よ!」
逸早く何かに気付いたクロッカスが仲間に警戒を促した。すると数秒の後に、付近一帯へと突如 広範囲に影が覆い被さった。
僅かな月明りに灯されていた林間の輪郭が完全に闇へと染まり尽くし、虚空より舞い降りた巨いなる翼が各人の双眸に刻み込まれることとなる。
其は嘗て"燦熔の庭園"を席巻していたという旧き空の王者の末裔。覇王鷲とも称されし、地上世界に於いて屈指の巨体を誇る鳥種であった。
途方もない速度で急降下し、地表付近まで至ったところで一対の翼を大きく羽搏かせて急停止。その際に生じた衝撃波によって高位の冒険者達は思わず脚を停めてしまった。
むしろ三名とも吹き飛ばされることなく、その場に踏み留まれているのだから、彼等が如何に常人とは掛け離れた力量を持ち合わせているのかが伺える。
「まったく、合図を出すのが遅いわよ!!
危なくなったら すぐに私を呼びなさいって予め言っておいたでしょ」
覇王鷲の背に跨り、手綱を操る女性が眼下のサダューインとラスフィシアに対して怒鳴り付けるように声を発した。
黄金の長い髪に宝石のような碧眼、背丈は一メッテと六十トルメッテほど。容姿だけで例えるのであればラキリエルに酷似していると云えるだろう。
ただし双眸が宿す眼光の鋭さや気の強そう面貌は、彼女とは似ても似つかない。
「姉様!」
「助かったよ、エシャルトロッテ。
……なるべくベルガズゥの姿を奴等には見られたくなかったが、まあ仕方ない」
「話は後! さっさと跳び乗りなさい。何も準備できていないような状態で
『ベルガンクス』の幹部達を相手に競り勝つ算段なんて、ほとんどないでしょ」
「御尤もだな。少々、詰めが甘かったと猛省するよ」
敵対者が体勢を立て直すよりも早く、ラスフィシアを抱えたまま覇王鷲の背の上へと渡ると、阿吽の呼吸の如く金髪碧眼の女性は素早く手綱を振るった。
「んふふ……覇王鷲を使役するヒトなんて、この辺じゃ一人しか居ないわよねぇ。
『亡霊蜘蛛』を率いるエデルギウス家の長男さん♪」
再び巨大な翼を羽搏かせて浮上しようとする空の王者の末裔を検めたクロッカスが、不敵な笑みとともに熱い眼差しを傾けていた。
「貴方がサダューイン・エヌウィグス・エデルギウスなのなら、よく聞きなさい!
アタシの名はクロッカス。昔、貴方の御父上にとてもお世話になっていたわ。
あの人の子供がどれくらい強く育っているのか、ずっと興味を持っていたの。
だ・か・ら……近いうちに改めて挨拶にお伺いするから、覚悟して頂戴ね♥」
急速に飛び発ち、瞬く間に夜空を駆ける礫と化した覇王鷲に乗る者達へ向けて、宣戦布告とも取れるような言葉を投げ掛けるのであった。
・第21話の5節目をお読み下さり、ありがとうございました!
作中の台詞の中でもありましたがクロッカスは少々、英雄ベルナルド達との関わりがある人物ですので、今後の絡み方などに着目していただければ幸いでございます。




