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021話『巡り往く季節の中で』(4)


 陽が沈んでから幾分かの時が経ち、港湾都市にも一日の終わりが訪れる。

 出航する船舶の数は劇的に減り、多く者達は夜の街に繰り出して余暇を満喫していることだろう。街灯りが途絶えない艶やかな都市の真骨頂である。


 埠頭に聳え立つ灯台が照らす魔具の灯火が、恰も帰り人を出迎える玄関灯の如く未だに海原を進む船乗り達のために優しく輝いていた。

 そんなエーデルダリアの夜の顔を後目に一人の男性が、街外れの林の中を走り抜けようとしている。



 彼は、先刻までベルガロベリア号の甲板に集められた新入りの傭兵であった。

 ツェルナーが説いた大規模な冒険依頼を最前列で聞き遂げた後に、一人で密かに下船して離脱しようとしていたのだ。


 他の新入り達は前金を手にして上機嫌で夜の街に繰り出していったり、甲板上で行われる酒盛りを楽しんでいるのに対し、彼は静かに焦りの相を浮かべていた。




「…………ッ!?」


 林の中を駆ける最中、何かに気付いて目を見開き、咄嗟に真横へと跳び退く。


 その直後であった――




 …… ゴォッ  ォォォオオ!!


 彼が直進した先の地面より、天すら焦がす勢いで巨大な火柱が昇った。



「へぇ、よく避けたじゃないのさ。

 他のボンクラどもとは毛並みが違うとは思っていたけど、大したもんだよ」


 虚空より真紅のトンガリ帽を被った女性……ショウジョウヒが飛来する。短距離の跳躍魔法を唱えて追い付いて来たのだろう。

 称賛の言葉とは裏腹に、瞳は聊かも笑ってはいなかった。



「…………」


 火柱を避けた小柄な男性は周囲を見渡しつつ、ショウジョウヒと相対した。

 男性の背丈よりも、頭一つ分くらい彼女ほうが体格が勝っている。



「だんまりかい。面白くない男だねぇ……いいや、違うか」


 ショウジョウヒの瞳が魔力を帯び、品定めをするように男性を見詰めた。



「『幻換(チェンジリング)』で姿を換えているね。この魔力波長は女が男に化けている感じ?

 それに、その外套型の魔具……高度な『姿隠し(タルンカッペ)』が刻印されている」


 そう、この間者(スパイ)は己の姿形を幾重にも隠蔽していた。

 更に魔具を用いて完全に宵闇に溶け込ませながら船からの離脱を図っていた。

 にも関わらず、ショウジョウヒは全てを看破した上で追跡してきたのだ。



「ただの破落戸(ごろつき)じゃあ考えられない手管と装備じゃないか。

 うちらのアジトに潜り込める間者(スパイ)だったら、それくらいは出来て当然だけどさ」



「……流石は"屍都の残火"ショウジョウヒ。一発で見破られたのは初めてだ」



「よく知ってるじゃないのさ、私のことも調査済ってわけね。

 だったら益々 消し炭にしてやる甲斐があるってもんさ!」



「…………」


 『姿隠し(タルンカッペ)』は意味を為さないと悟った間者(スパイ)は魔具の効力を解除して姿を晒し、数歩 後退った後に意を決して再び駆け出し始めた。 

 まともに交戦して勝てる相手ではないと理解しているからだ。




「エフラドーラの(いさお)! 封牢の(くびき)()(くう)(ルフート)を閉じて希う。

 蟲毒の壺にて、夜宴を織り成す燦然世界。螺旋の九匹(くびき)が払暁の如く盛るだろう。


 『――宵闇を暴く、(フラメトラ・)火迅の太刀(ホムスビニス)』」




 全力で逃走を図る間者(スパイ)へ向けてショウジョウヒの唄声が林間に響き渡る。

 然れど、その詠唱句は常人の可聴域で聞き取ることは出来ない。

 凄まじい速度で発せられ、瞬く間に魔法が編み上がるが故に、天焦がす火柱が突如 昇っていくようにしか見えないのだ。



「……ッ!!」


 足元の大地が瞬時に超高熱に達したことを察知するや否や、間者(スパイ)は再び横っ飛びに跳躍を打って躱そうとした。



「甘いよ!」



 …… ゴォッ !!  …… ゴ ゴォッ  ォォォオオ!!


 間者(スパイ)が駆け抜けるであろう進行方向上で火柱が昇り、更に一拍遅れて左右それぞれからも同様の火柱が立て続けに昇る。初撃を避けられることを前提とした上で、予想し得る退避先にも予め魔法を放っておいたのだ。



「……うぅ」


 左方向へと跳躍した先に火柱が噴出。完全に狙い撃たれた形となる。

 ショウジョウヒの唱える魔法は一発一発が高位の攻撃魔法であり、直撃すれば即死は免れない。消し炭にすると言われたが、炭すら遺ることはないのだろう。


 そんな絶体絶命な状況なればこそ、流石の間者(スパイ)も己の最期を覚悟した。

 しかし、彼? の命運は今宵 尽きることはなかった。


 林の隙間を縫う形で金属製の(おもり)を備えたロープが伸びてきたのだ。

 ロープはあっという間に間者(スパイ)の身体に巻き付き、途方もない力で引っ張ることで火柱による直撃を強引に避けさせたのである。



「チッ、仕留め損なったかい! 誰だか知らないけど邪魔するんじゃないよ!」


 ロープが伸びてきた方角を睨み据えるショウジョウヒ。すると、気配を断って人知れず接近して来たのであろう大柄な人影が林の合間より姿を現した。



「……『ベルガンクス』の幹部、ショウジョウヒか。

 噂には聞いていたが、恐ろしく練り込まれたスイゼン式の焼却魔法だな。

 思わずスカウトしたくなってしまうよ」


 ロープを用いて救出した間者(スパイ)の身柄を大地へと降ろしながら所感を零す。

 外套と同じ漆黒のフードを目深に被った井出立ちながらも、時折フードの奥より真珠の如き銀輝の髪が見え隠れしていた。



「感謝します、サダューイン。助かりました……」



「君にしては少しばかり焦り過ぎたな、ラスフィシア。

 まあ相手が相手だ、間に合わせることが出来て良かったよ」


 大柄な人影……サダューインはロープを懐に仕舞い込み、代わりに鋼鉄の大剣を抜き放って右掌のみで軽々と構えてみせた。

 彼が愛用していた魔具杖は先日の儀式(ゲネラル・プローベ)にて叩き折られてしまったので、修復を終えるまでの代わりの武器というわけである。



「ふぅん、いいタイミングで出て来るじゃないか。

 さては入念に打ち合わせをして、うちらのアジトに探りを入れてきたね」



「可愛い部下を一人で潜り込ませるのは心が痛むからね。

 主君としては、出来る限りのことをしてやりたいと思うのは当然の心理だよ」



「ふふっ、そんなことを言う奴ってのは大抵は早死にするものさ」


 サダューインと対峙し、この新手が只者ではないことを一目で看破したショウジョウヒは興味深そうな視線を傾けた。



「(掴み処のなさそうな男だねぇ……実力的には、私と同じくらいか?)

 (まあ、試してみれば直ぐに判ることだろう)」


 大陸を渡って転戦し続けてきたショウジョウヒは、己の戦闘勘に絶対的な自信を持っていた。初めて対峙する相手であれ纏う雰囲気から凡その実力を測れるのだ。



「エフラドーラの(いさお)! 封牢の(くびき)()(くう)(ルフート)を……」



「……させるか!!」


 高速詠唱で再び焼却魔法を唄い始めると、それを知覚したサダューインは逸早く大地を蹴って跳躍しながら距離を詰めてきた。

 迷わず大剣の先端を繰り出し、ショウジョウヒの喉首を貫くべく突き入れる。



「私の詠唱を聞き取れるのかい! 良い耳をしているね。

 只の騎士じゃないってことは理解したよ」


 詠唱を中断し、咄嗟に首を捻って剣先を躱す。

 凄まじい膂力で刺突が繰り出されたが故に突風が巻き起こり、腰まで届くショウジョウヒの長い髪が激しくはためいていた。



「……俺が、騎士などであって堪るか」


 吐き捨てるように言い放ちつつ、外套の裡より"腕"を四本 出現させる。

互いの実力が拮抗していそうなことは、今の攻防の最中にサダューインも察した。

故に、この魔法使い(ドルイド)はノイシュリーベ級の難敵と捉えて対処する必要があると判断したのだ。



「『――凍針よ、穿て(ブラオ・シュテルン)』」



「おっと、随分と奇妙な腕を生やしてるじゃないのさ……気色悪っ!」


 "腕"を駆使して氷針を合計三十本ほど精製すると、散弾の要領で一斉に唱射。

 しかしショウジョウヒは慌てることなく左掌を振り被って炎を産み出し、正面から全ての氷針を迎撃しながら悠々と後退してみせたのだ。



「……やれ! ラスフィシア」



「了解。……求めるは母胎への回帰、捧げるは叡智と史蹟の鑽架(さんか)(ページ)

 白紙を以て薄志すら剥ぎ取る、剥落(はくらく)拍羅(はくら)(はく)すべし」


 サダューインの号令に合わせて、間者(スパイ)の男性が短杖を取り出して何やら詠唱句を紡ぎ始めていた。



「『――回暦する惑星の息吹(ゾル・マナシオン)』!」


 鍵語の宣言を成し、魔術による術式が完成した瞬間。術者である間者(スパイ)を中心として円形の波濤が林の間を駆け巡っていった。

 直後、付近一帯に滞留していた筈の魔力が須らく減衰していったのだ。




「これはまさか……広域の封魔結界!? やってくれるじゃないのさ!」


 先程までの余裕の表情が一瞬で消え失せ、明らかに狼狽するショウジョウヒ。

 如何に二つ名持ちの高位の冒険者であったとしても魔法主体で戦う彼女にとっては最悪の一手を打たれてしまったのだ。


 封魔結界の中では魔力そのものが著しく減衰するために、領域外へ抜け出さなければ真っ当に魔法を扱うことが出来なくなってしまう。

 術者本人もまた、これ以降は新たに魔術や魔法が使えなくなってしまうのだが。


 なお余談だがノイシュリーベの纏う『白夜(ナハト・)の甲冑(ダュアンジーヌ)』は、それ自体が一種の守護結界ともなっているので、仮に封魔結界内に足を踏み入れたとしても魔力減衰の影響を受けないという無法な代物であった。



 然れど、斯様な特殊装備は極めて稀な代物でありショウジョウヒに対しては絶大なる影響を及ぼした。

 そうして彼女の主戦力は封じられてしまったのだが、そこは歴戦の冒険者なだけのことはあり即座にベルトに納めていた杭のような得物を取り出して構えていた。

 自慢の魔法に頼らずとも戦う術の一つや二つは心得ているのだろう。



「……できれば退いてもらいたいところなのだがね。

 こうなっては其方に勝ち目がないことくらいは理解できているだろう?」



「ふふっ、そうでもないさ」


 サダューインに大剣の穂先を向けられて尚も不敵な笑みを再び浮かべた。余裕こそ失い、一瞬なれど狼狽の貌こそ見せたものの勝機はまだ己に在ることを確信しているようだ。



「勝ち目がないのはアンタ達のほうだ。

 私の魔法を見て封魔結界を張ったのは、悪手だったねぇ……」


 その言葉が真実であることを裏付けるかの如く、彼女の背後より足音が響いてくる。それも一人ではなく、二人分の。



「あらやだぁ、なんだか楽しそうなことになってるじゃないの~」



「ぐわっははは! 派手な火柱が上がってたからよう。

 なんかあったんじゃねえかと覗きにきてみりゃコレだ!」


 現れたのは長身の剣士と巨漢の男……同じく『ベルガンクス』の幹部であるクロッカスとバランガロンであった。



「モグラが紛れ込んでいやがったのさ。

 甲板で話を聞いていた新入り達の中の、最前列に居たあのチビだよ」



「うふふ♥ 見所はありそうかな~って思ってはいたけど、

 まさか間者(スパイ)ちゃんだったなんて思わなかったわぁ」


 クロッカスが目を細めながら間者(スパイ)の男……ラスフィシアを見定める。

 意外そうな表情と声色だが、何処となく最初から全て見透かしていたような気配をも滲ませていた。



「……増援か、厄介な連中が出てきたものだ」



「"海王斧"バランガロン、"紫影双刃"クロッカス、どちらも第一級の冒険者です。

 どうするの、サダューイン?」


 バランガロンのほうは、かなり酒が入っているらしく赤ら顔をしている。足取りからして精彩を欠いているようであったが、クロッカスのほうは至って健常だ。

 

 彼等は魔法や魔術を用いずとも一騎当千の猛者なのである。

 二対三……雑兵相手ならまだしも、最上位の冒険者を相手に数で劣っている状況では聊か以上に分が悪いと云えた。



「仕方がない……第四プランに移行しよう。

 どうにか粘りながら、少しずつ後退するしかないだろうな」



「ん、分かった」



「君は封魔結界の維持に注力してくれ。

 あの焼却魔法が飛んでくるか来ないかでは、生存率が劇的に変わるからな!」


 フードを外して素顔を晒し、全ての"樹腕"を解放する。出し惜しみなどしていられる状況ではないからだ。

 更に外套の裏地に忍ばせていた格闘用ナイフを取り出し、蟲人(グリルシアン)の腕を除く他十本の腕の掌にて、それぞれを握り締める。

 右掌の大剣と合わせて、合計十一本もの得物を同時に構えている状態だ。



「ほ~~~ぅ! こいつぁスゲーもん仕込んでんじゃねえかよ!!

 手前ぇも真っ当そうなニンゲンじゃなさそうだな!」



「……そのお顔、まさか あの人の?」


 素顔と"樹腕"を晒したサダューインを前にして、それぞれの反応が返って来る。

 バランガロンは化け物を見るかのような目付きで、クロッカスは己と関わりの深い知人を思い出したかのような複雑な表情だ。



「うふ♥ 面白いわぁ……ちょっと様子を見るだけの予定だったけど?

 もし、あの人の血縁者だっていうのなら、是非ともお手合わせしなくっちゃ!」


 腰に佩いた二振りの刀剣のうちの片方を右掌で抜き放ち、半身に構える。

 同じくバランガロンも愛用の大戦斧を豪快に構えて臨戦態勢に入っていた。


・第21話の4節目をお読みくださり、ありがとうございました!

 サダューインの部下達は特定の能力に秀でた者が多いのですが、ラスフィシアは搦め手や補助を主体とした魔術や魔法を得意としています。治癒術も扱えます。

 その分、直接的な戦闘は不得手なので他の仲間と組んで行動することが多くなっています。

・姉のエシャルトロッテはその真逆となります。

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