021話『巡り往く季節の中で』(3)
「諸君、私は君達『ベルガンクス』の依頼主となるセオドラ子爵の伝令役を
務めさせていただている者だ。同時に、ラナリア皇国海洋軍の軍人でもある。
私の言葉は、依頼主達の言葉であると捉えてもらいたい」
角眼鏡の淵を親指で押し上げ、勢揃いした面々を見渡しながら言い放つ。
長きに渡る逃亡生活で窶れていた従者の面影は何処にもなく、己の職務を淡々と全うしようとする軍人もしくは職人のような雰囲気を醸し出していた。
ツェルナーの堂に入った所作と声色を見咎めた者達は、思わず押し黙って傾聴する姿勢を取らざるを得なかった。
また知恵の回る一部の者は、彼が皇国海洋軍に属する立場にあると明かしたことにより、この依頼が公的機関が絡む遠大な仕事であることを察した。
「セオドラ子爵は昨今のグレミィル半島の統治の腐敗ぶりに心を痛めておられる。
特に、大々的な『森の民』の高官登用などによって古くから培われてきた
半島の伝統が砕け、大いなる混乱が起きようとしていることを憂慮されている」
甲板中によく徹る声で、意図を伝えるための前振りから述べていく。
「聞けば先日、半島の主だった収入源であるザンディナム銀鉱山が閉鎖された上に
ここエーデルダリアを始めとする各地では謎の奇病や呪詛が蔓延し始めている。
未だ表面化こそしていないが、遠くない将来 必ず統治は破綻するだろう。
これ以上、『森の民』達を厚遇して伝統と秩序を蔑ろにし続ける現在の大領主、エデルギウス家のノイシュリーベには任せてはおけないと、セオドラ子爵は
ご判断された!」
実際には二つの民の長所を引き出し、順当な改革を進めて成果を挙げている。
だが『大戦期』以前の大領主であったセオドラ家としては全く以て面白くないことだろう。
「故に、半島の中枢である城塞都市ヴィートボルグを武力で攻め落とし、
伝統と秩序を在るべき形へと戻そうとご決断をなされたのだ!
つまるところ……現体制への反乱ということだな。
セオドラ子爵の私兵に加えて、彼を支援するラナリア皇国海洋軍が動いている。
そこで諸君等には、セオドラ子爵の軍勢が速やかに城塞都市へ進軍できるよう
道中および城塞都市の外壁の攻略までを担ってもらいたい。
世界に名を馳せる『ベルガンクス』の勇士達ならば不可能ではないだろう」
「がはははは! この間までは、お宝を持って逃げてきた女を追い回せだの
みみっちい依頼ばかり出してきやがると思ってたのによぅ。
いきなり、とんでもないことを言い始めるもんだぜ!!」
豪快に笑い飛ばしながらも、眼光だけは鋭く尖らせてツェルナーを睨み据える。
「……一応は訊いておいてやるぜ。
俺様達が露払いをしている間に、兄ちゃん達は何をやるんだ?」
「半島の各港および南イングレス領との境目に手勢を配置して圧力を掛ける。
エデルギウス家への援軍の芽を阻止するためだな。
君達が城壁に風穴を空けたことを確認次第、本隊を差し向ける算段だ。
いきなり本隊を動かせば、どうして相手方に警戒されてしまう。
その点、君達ならば冒険者の体裁で比較的自由に、且つ迅速に動けるだろう。
それでいて城塞都市に打撃を与えられるだけの戦力を保有している」
「お偉いさん方の軍隊は、領地と領地を渡るだけでも大義名分が必要ですからね。
あっし達が城塞都市に攻め入れば、エデルギウス家に救援を送るという名目で
堂々と自分達の軍隊を動かすことができるってことですかい」
「随分と回りくどいやり方しやがる。
これだから貴族絡みってのは面倒臭くて仕方ねぇぜ!」
「勿論、報酬に糸目は付けないと仰っておられる。
更に城塞都市に到着するまでに存在する町や村での略奪の自由も認めるそうだ。
諸君等にとっても、悪い話ではないと思うが?」
「はんっ! そいつは大層な大盤振る舞いじゃねえかよ。
どっちが統治を破綻させようとしてやがるのか、分かんねえよなぁ?」
「……既にセオドラ子爵と皇国海洋軍の将官の間で段取りは組まれている。
ヴィートボルグを陥落しさえすれば、後の問題は皇王府側で処理できるだろう。
君達が依頼を断るのであれば、他の有力な冒険者ギルドに掛け合うだけだ」
「へっ! こんなオイシイ話を拒む理由なんて考えちゃいねぇのよ。
城塞都市ヴィートボルグと云えば、この大陸でも五本の指に入る頑丈な城だ。
そいつをブチ破れたなら、俺様達の名が更に世界に轟くってもんだぜ!」
腕を鳴らしながら、巨漢のギルド長は獰猛な笑みを浮かべた。
「金払いも悪くねぇしな! 経費分を差っ引いても破格の額だ。
だからよぅ……精々、勝ち戦に乗っからせてもらうとするぜぇ!」
「セオドラ子爵にとっても一世一代の勝負だ。出し惜しみはしないとのこと。
諸君等は戦功と報酬のことだけを考えて戦ってくれれば良い。
それでは、具体的な進軍ルートと日時についての説明に移らせてもらおう――」
そうしてツェルナーは予め綿密に編まれた作戦内容の一部、城塞都市奪還計画の前哨戦とも呼べる内容を一つずつ説明していった。
・第21話の3節目をお読み下さり、ありがとうございました!
次回はぼちぼちサダューインにも動いていただきたいと思います。
・本日は七夕の日ですが、皆様は何か願い事などを短冊に書かれましたでしょうか。
私はやはり、一人でも多くの人にこの小説を読んでいただき、その読むために使っていただいた時間に相応しいだけの満足感を得ていただくことが最大の願いであるのだと思います。
皆様の願い事も、どうか叶いますように――
・ラナリキリュート大陸に七夕の文化はありませんが旧アルダイン魔導帝国(大陸南東部辺り)の跡地の遺構には、過去に惑星で起こった文明の姿を記録する機構があり、そこでは断片的ながら七夕の様子をホログラム映像的な感じで視ることが出来たりします。
ただし、その遺構の最奥部まで辿り着くには、"春風"のアルビトラくらいの戦闘能力が必須……という舞台設定があったりします。
その辺りの御話も、いつかアルビトラが主役となる幻創のグラナグラム外伝で描いてみたいですね!