021話『巡り往く季節の中で』(2)
[ 港湾都市エーデルダリア ~ ベルガロベリア号 ]
様々な船舶が入出港を繰り返すエーデルダリアの埠頭の外端、大型船用に設けられた区画に一際巨大な船が停泊している。
その威容はラナリア皇国が誇る海の雄、通称バルト級主力戦闘艦すらも上回っており、各艦隊の旗艦に匹敵するほどであった。正に海に浮かぶ城の如き有様。
これほど巨大な船が入港することは珍しく、当初は興味本位から間近で見物しようと試みた住民達が後を絶たなかったが、時間の経過とともに船の持ち主が真っ当な人物ではないことが知れ渡る否や、人集りは自然と解消していった。
大陸を股に掛けて活躍する悪名高き冒険者ギルド『ベルガンクス』の拠点にして勢力としての強さの象徴、其れこそがこの『ベルガロベリア号』なのである。
最大乗員可能数は千名を超え、小さな街くらいの規模を誇る船体には、一通りの生活基盤を賄えるだけの設備が備わっていた。
無論、海戦に耐え得るだけの兵装も入念に積まれている。
船を所持している冒険者ギルドは幾つか存在しているが、この規模となれば他に類を見ない。『ベルガンクス』はそれだけの無法が許されているのだ。
この日、ベルガロベリア号の甲板にはギルド長であるバランガロンの要請により『ベルガンクス』の古参達と、新たに雇用された悪漢達が勢揃いしていた。
夕刻を目前に控えた午後の水面は安定しており、夏の陽射しがやや眩しく感じるものの、穏やかな漣の音が甲板に佇む者達を心地良くさせてくれていた。
そもそも冒険者とは『冒険者統括機構』の正式な認定を受けた者の総称であり、過去の悪行や不祥事によって認定を拒まれた者や資格を剥奪された者達は冒険者ではなく、傭兵や破落戸と呼ばれている。
しかし、その様な者達でも実力さえ伴っていれば尖兵として現役の冒険者が雇用することがあるのだ。勿論、雇い入れる冒険者側の風評は悪くなるのだが……。
ガラの悪い傭兵や破落戸……いわゆる悪漢達を雇用する利点としては単純に戦力の補強が挙げられる。己のギルドを強大に見せるための頭数を揃える目的や、難解な依頼を達成するための便利な使い捨ての駒として活用するのだ。
風評を気にしない『ベルガンクス』は、そんな悪漢達を多用する傾向にあった。
『ベルガンクス』に所属する正規の冒険者は約八十名、対して雇われた悪漢達は五百名近くにも至り、エペ街道での乱戦で喪った員数は既に補われていた。
他にはベルガロベリア号の各設備の維持のために雇われた奉公人も乗船しており、現在の乗員数は八百名ほどとなっている。
「ぃよーーーーし、ようやく集まりやがったなァ!
俺様がこの『ベルガンクス』の長、バ ラ ン ガ ロ ン 様だ。
新しく雇ってやった野郎どもは絶対に覚えておけよ!!」
二メッテを超える巨漢に粗野で豪快な白髭、海の上で赤く焼けた皮膚が特徴的な如何にも悪辣者といった風情のギルド長が、よく徹る声を張り上げた。
総員を甲板上に集結させた目的は大別して二つ。
一つは新規雇用した悪漢達に、正規メンバーや幹部陣の顔を覚えさせるため。
もう一つは、これから着手する大規模な依頼内容を周知させるためであった。
新人達の顔触れは様々で、喰い詰めた乞食も同然の者も居れば歴戦の傭兵といった武人肌な者も居る。背丈の順で適当に一塊にされており、最前列に佇んでいる者などは一メッテと五十トルメッテほどしかなかった。
「お頭ぁ……初っ端から、そんなに怒鳴りつけちゃあ最前列に居る奴等が
ビビり散らかしていやすぜ? もっとこう手心というか、なんというか……」
「がはははっ! そんなチキン野郎は、うちじゃ生きていけねぇからよ!
最初にガツンと言っておいてやるのが、俺様の優しさってやつよ」
「はぁ……まあ、お頭なりの優しさってことで……分かり易くて良いですけどね。
そんじゃあ、あっしから順番に自己紹介を進めていきますわ」
巨漢を前にしても一切、臆する素振りを見せない矮躯の中年男性、グプタが甲板上に設けられた壇上へと昇っていく。
彼を初めて目にした新入り達は一様に動揺し、一部の者は舐めきった視線を彼に浴びせていた。
「えーあー……あんまり長々と話しても仕方ないと思うんで簡潔に言いやすけど、
あっしはこのギルドの副長をやってるグプタってもんでさぁ。
デルク同盟の国々の出身者なら、ちったぁ知ってますかねぇ?」
その自己紹介を耳にした新入りの一部、彼の言う「デルク同盟の国々の出身者」に該当する者達が、驚愕の面貌を浮かべた。
「グプタだって……まさかあの"灰煙卿"かよ?!」
「嘘だろ……ロンデルバルク王国の聖槍騎士団を一人で壊滅させたっていう……」
「いやいや、その前にエスブルト共和国だろ!
俺はあの"アルビルニオンの乱"で共和国軍側で雇われてたんだ……」
「…………確かに、身体的特徴は一致している」
「そんな奴が副長だって……こりゃ、やべぇところに来てしまったかもしれん」
"灰煙卿"の悪名を知る者達が次々に驚嘆の声を挙げ、知らぬ者はその雰囲気から壇上に立つ中年男性が相当の悪辣者であることを理解した。
無法の世界に生きる者とはいえ……否、生きてきた者だからこそ危険を察知する嗅覚や関心は、日の当たる世界で生きる者達よりも優れているのだ。
「ぐわはははは! 相変わらず隠れた有名人だな、お前ぇはよ。
見てみろよ、あの連中! 最初はお前のことを舐め腐った目で見てたのに
今じゃあ、すっかり顔面蒼白になってやがらぁ!」
「いや~、あっしとしてはあんまり名が広まるのは嬉しくないんですけどねぇ。
まあ、ともかく……そんな感じなんで、適当に宜しくして下さいな」
豪快に笑うバランガロンの言葉を受け流しつつ、頭を掻きながら ぺこりとお辞儀をした後に、副ギルド長グプタは壇上よりコソコソと降りていった。
「んふふ、じゃあ次はアタシかしらね?」
バランガロンとグプタの傍には二名の人物が控えていた。
彼女達こそが『ベルガンクス』の残りの上級幹部であり、実戦での戦術的判断を任されることもある人材なのである。
「はぁ~い♥ 皆さん、こんにちわ~。初めまして!」
笑顔で愛想よく手を振りながら、長身の剣士が壇上に登った。
北方人特有の青紫の色を束ねた風貌、総身に密着するように設えた革鎧を纏い、腰には二本一対の双剣を佩いている。
身長は一メッテとハ十五トルメッテほどの、すらりとした容姿ながらも必要な筋肉はしっかりと鍛えてあることが一目で判る……奇抜な男性。
整った顔立ちながら唇には鮮やかな紫色の口紅で塗りたくられており、目元や頬にも貴婦人が嗜むような洗練された化粧が施されている。
その佇まいは洗練された優雅さを醸し出しており、ただ歩いているだけで絵になるような気品さと妖艶さを周囲に感じさせることだろう。
同時に、人生を戦に捧げてきた者 特有の凄烈な雰囲気を奥底より滲ませている。
一言で"彼女"を言い表すならば虚空より得物を見定める猛禽類といった具合か。
「アタシはぁ~ クロッカスって名乗っている者よ。よろしくね!
縁あってバランガロンちゃんに手を貸してるってワケ。
悩みごとがあったら、お姐さんにいつでも相談して頂戴ね~♥」
「がっはっは! こんなナリしてやがるがよぉ。
コイツはうちで一番強ぇんだ。云わば、とっておきの用心棒って奴だぜ!」
「あらやだ♥ 新入りちゃん達をあんまり驚かせないで欲しいわね。
折角かわいらしい子も何人か入ってきたのに~」
クロッカスの独特の雰囲気に戸惑っていた矢先に、バランガロンによる補足が加わって新入りの悪漢達は困惑を隠せずにいた。
そんな中にあって比較的表情を変えることがなかった背の低い人物……最前列で佇む若者に対して、壇上のクロッカスは怪しい笑みを浮かべて一瞥していた。
「じゃ、最後はショウジョウヒちゃんね~」
再び手を振りながら壇上より降りるクロッカスとは入れ違いに、もう一人の上級幹部が壇上に登っていく。
真紅のトンガリ帽に真紅のローブ、如何にもな魔法使い然とした井出立ちながらローブの下の衣服は異国情緒溢れる着流しのような形状。
白藤色と紅藤色の中間のような色合いの長い髪は、どこか寂寥さを感じさせた。
「……ふん。うだつの上がらない野郎ばっかりね」
壇上に立つと同時に鼻を鳴らして、整列する悪漢達を見下した。
すると血の気の多い一部の新入り達は、早くも不満の貌を露わにし始める。
「……ショウジョウヒだ。別に覚えなくて良い。
その代わり仕事以外で私に関わらないで。近寄ったら消し炭にするから」
払暁の刃の如く燃え盛る眼光を新入り達に傾けながら毅然として言い放つ。
先程のクロッカスとは対照的とばかりに一切の愛想を振り撒くことなく、最低限の自己紹介だけを済ませて早急に壇上より降りていった。
「ああ? なんだこの女」
「幹部だかなんだか知らないが、こんな奴の下でなんて働けるかよ――」
…… ゴォッ ォォォオオ!!
その瞬間、野次を発した二人の新入りの総身が火柱に包まれ、見る間に炭屑へと変わり果てるた後には海風に吹き飛ばされて何処かへと流されていった。
「う、うわ……うわあああ!!」
「……何が起こったっていうんだ?!」
「ぎゃああああ!」
「……」
垂直に迸る火柱の周囲に佇んでいた他の新入り達が驚愕とともに悲鳴を挙げる。これから共に同じ職場で働こうとした者が一瞬で処分されたのだから無理もない。
ただ唯一、最前列の小柄な若者だけは瞠目することはあれど、驚愕の言葉を発するまでには至らなかった。体格の割に度胸の強さは一丁前といったところか。
「おいおいおい、ショウジョウヒよぉ!
折角 グプタが搔き集めてきた駒をいきなり燃やしてんじゃねぇよ」
「そりゃ悪かったねぇ、船長。
だけど、ごちゃごちゃ喚くだけの男ってのは私は一番キライなのさ。
この程度で不満を零すようじゃ、どうせ大した役には立たなかっただろうよ」
「けっ! しゃあねぇな。
目的地に到着するまでに適当な街に寄って補充しとくか」
「はぁ、念のために少し多めに再募集をかけときやすかねぇ……」
ヒトを二人処分しておいて員数の損失しか気にしない幹部達を見て、新入り達の多くは今更ながらに自分達がとんでもない連中に雇われたことを理解した。
「……もう良いかな? いい加減に依頼内容を伝えさせてほしい。
君達が、手間を省くために仲間を一箇所に集めるというから待っていたのだ」
と、ここでバランガロン達から少し離れた場所に佇んでいた男性が声を発した。
悪漢でもなければ『ベルガンクス』所属の冒険者といった風情でもない。ましてや彼等を率いる幹部というわけでもなさそうだ。
その男性は金髪碧眼で、角眼鏡を掛けた面貌は如何にも生真面目そうな雰囲気を醸し出している。更にラナリア皇国海洋軍の軍服を身に纏っており、この場に居合わせる者としてはあまりにも場違いな人種であった。
「がはは! 悪ぃな兄ちゃん。
新入りに顔を覚えさせるには、こういうやり方が一番だからよ!
今し方 終わったところだから遠慮なくやってくんな!」
「……やれやれ」
軍服を纏った男性……ツェルナーが、溜息を吐きながら壇上へと登った。