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020話『オーバーチュア・ロスト』(3)


 カッ…!  ゴロゴロゴロ……       カッ…  カ カッ…!



 五百の剣群を従えて虚空に浮かぶ甲冑騎士の像が、幾度目かの稲光に照らされて大地を這う者に対して威容を示す。



 サダューインは、もはや数えることすら放棄してしまうほどに絶望的な格差を見せ付けられていた。


 不出来な己は魔眼を移植して、なけなしの魔力を獲得して、それでも低位の魔術を扱うのが精一杯。貧弱な魔術しか行使できないからこそ、数を揃えて補うという苦肉の策を講じているのだ。


 魔具を駆使して、背中に移植した"樹腕"を駆使して、それでも氷針を五十本

揃えるのが精々。その涙ぐましい努力の成果を、更に小細工だと嗤われるような工夫を凝らして、どうにか魔術師(ウィザード)の真似事をしているというのに……。


 姉のノイシュリーベときたら、産まれ持った莫大なる魔力と『妖精眼』による精緻な解析能力に術式理解。そして魔力操作を駆使して唄い上げる詠唱句は、舞台俳優の如き優雅さすら醸し出しているではないか。




 そもそもに於いて、魔法をここまで柔軟に扱えること自体が異常なのだ。



 魔術と魔法はその性質を大きく違える。例えるならば魔術(スペルアーツ)は短弓のようなもの。修練次第では走り回りながら射かけることも可能となるだろう。


 それに対して魔法(スペリオル)とは弩砲(バリスタ)投石機(カタパルト)のようなもので、必ず足を停めての詠唱が必要となる。精霊に祈りと魔力を捧げて様々な現象を引き起こしてもらうという性質上、精霊の機嫌を損ねてはならないからだ。


 誰だって、片手間で適当にお願いをされては不機嫌になるというもの。

 故に、本来であれば魔法を行使する際には他の一切の行動を中断して詠唱に専念しなくてはならない。純粋に祈りを捧げなければならない。



 然れど、ノイシュリーベにその道理は通用しなかった。全身甲冑で身を包み、斧槍を振るいながら……騎士の真似事をしながら、祈りを捧げているのだ。

 両目に宿した三重輪の『妖精眼』に加えて、精霊に愛されし天賦の才の合算により、むしろ精霊のほうから喜んで彼女に力を貸してくれるという始末。




 同じ血を別けた姉弟だというのに……こんなことが有り得るというのか?



 姉を前にして魔術と魔法で競う時、サダューインは心の底から己の惨めさを噛み締めることになる。こちらは一滴の雨水としたら、向こうは海原より去来する大津波のようなものなのだ。次元が違う……などという言葉では生温い!


 更に、ここまでの闘いを振り返ってみても惨めさが増していくばかり。

 曲がりなりにも"魔導師"ダュアンジーヌを目指した身でありながら、魔術による遠距離攻撃の一切は軽くあしらわれ、結局は自分から距離を詰めて膂力と力業で対抗するしか有効手段がないのだ……嗚呼、なんたる無常。



「とはいえ、怖気づいて逃げ出すことも許されない……か」


 五百本の対軍攻撃魔法……否、城一つくらいなら滅ぼせるかもしれないほどに強化された剣群を見上げて、逆に冷静に呟くことが適った。

 全力で魔法を行使する姉を相手に、逃げ場など最初から何処にも無いのだ。


 意を決して両腕と十一本の"樹腕"の全てで魔具杖の柄を握り締めると、深く重心を落としながら上半身を捻り、総身にチカラを蓄え始めた。






 上空に浮滞しながら全ての剣群を発射段階まで移行させたノイシュリーベはその圧倒的有利な状況に在りながらも、己の才能の不足ぶりに絶望していた。


 兜で隠された素顔、輝く双眸には涙が滲み始めている。不甲斐なさに対して、弟と比較した時の惨めさに対して、忸怩たる想いに呑まれていたのだ。



 正式に叙勲を受けた騎士が! 近接戦闘では全く手も足も出ないという為体(ていたらく)を晒している。恥以外のなにものでもないではないか。

 挙句の果てに魔術師ですらない魔具術士(サダューイン)の振るう魔具杖から必死に逃げるようにして距離を取り、安全が約束された上空から唄うしかないという。





 こんなものは……"偉大なる騎士"の戦い方ではない!



 何者に対しても怯まず、常に堂々と正面から立ち向かう。真っ向勝負で相手の全てを受け停め、そして己の全てを吐き出して迎え撃つ。

 そんな英雄ベルナルドの姿に憧れて、走り続けてきた筈なのに……。



「(……とはいえ、"あいつ"が白状するまで矛を収める気はないわ)」


 右掌で握る斧槍を高らかに掲げ、その場で振り降ろす。さすらば周囲の剣群が矛先を眼下の魔人へと定め、次々に射出されていくことだろう。



 今、正に剣群が解き放たれようとする最中、地上では異変が起こっていた。

 全ての腕で魔具杖を握り締めた魔人は、得物を横方向に振り回し、その場で何度も何度も回転させて大渦を描き出そうとしていたのだ。



「……なにをしようっていうの?」


 その異様で不可解な行動を見咎めて、思わず声が零れ出た。




「ぉぉおおッ……」


 途方もない膂力を総動員させて、魔人は廻った。

 凄まじい渦を力業で描き……何度も何度も何度も廻り狂う。



         ギ   ギギギギ ギギギギィィィ……


 何度目かの回転を成した時、周囲の空間が異様な怪音を鳴らし始めた。

 其は条理の埒外のチカラが蠢いた際に至る、物理法則が悲鳴を挙げる怪現象……魔術でも魔法でもなく、純粋な膂力によって(もたら)される、限りなく馬鹿馬鹿しい莫迦力。




「……うおおおおおおおおお!!」


 魔人(サダューイン)が吠える。回転が臨界点に至る。莫迦力が解き放たれる。




  ゴォォ   ゥゥゥゥゥン!!


 水平真一文字に振るわれた魔具杖より途方もない衝撃波が産まれ、上空へと目掛けて一直線に射出されたのだ。



「う、噓でしょ……!?」


 降り注ぐ剣群と衝撃波が激突し、なんと剣群のほうが圧し負けたのである。超高密度魔力収束刃が粉砕される。元の暴風に戻った末に霧散していく。


 凄絶なる五百の『白輝の剣(クレイヴソリッシュ)』のうちの実に九割が蹂躙されたのだ。魔術でも魔法でも何でもない、ただの莫迦力による暴力によって!

 ノイシュリーベの貧弱な膂力では到底、考えらない現実を叩き付けられる。



 同じ血を別けた姉弟だというのに……こんなことが有り得るというのか?




「……サダューイン!!」


 認めない。認められない! どうしてこの弟だけが"偉大なる騎士"を超えるほどの素質を与えられたのだ? 不可能を可能にしてみせるのだ?!

 どうして私には最前線で闘い続けられる肉体が与えられなかったのだ?


 これまでの人生の中で幾度となく自問自答した心の慟哭を、弟の名を叫ぶことで撒き散らしながら、全ての噴射口より豪風を吐き出して急降下していった。




「はぁ……はぁ……」


 一方、渾身の力で起死回生の薙ぎ払いを披露した魔人は肩で息をしながら、撃ち落としきれなった剣群を見据えていた。

 九割は迎撃に成功したとはいえ、残る一割……約五十本は残っていたのだ。流石に二度目の薙ぎ払いを放つ余裕も、時間もなく。ただただ地面に着弾する『白輝の剣(クレイヴソリッシュ)』の爆風に耐え凌ぐことしかできなかった。



 …ドォォン!!   …ドォォン!!   …ド ド ド ドォォン!!


 立て続けに木霊す爆音と爆風。常人であれば一発で約三十人が消し飛ぶほどの破壊の嵐が、精緻な操作の元で演習所の地面目掛けて降り注ぐ。



「ぐおおおおお……!!」


 両脚で大地を踏み締め、両腕と"樹腕"の全てで防御姿勢を採って耐え忍ぶ。

回避など不可能。逃れる場所など有り得ない。耐えるしかないのだ。無慈悲な暴力に、耐え切るしか活路はないのだ!


 幸いにも魔人の肉体の屈強さは常軌を逸していた……。

 ボロボロになりながらも破壊の嵐が収まるまで耐え抜く偉業を成し遂げた。




 それでも甲冑騎士(ノイシュリーベ)は攻撃の手を緩めなかった。


 魔人の強靭さであれば必ず耐えると誰よりも信じていた。故に急降下からの頭部狙いの大斬撃を敢行したのだ。もはや模擬戦でもなんでもない。

 ただ互いの武力を、姉弟の信念を打ち重ね合う決闘の様相を呈していた。

 


 断頭台の刃の如く『グリュングリント』の刀身が降り注ぐ。満身創痍の魔人は、しかし此処にきて尚も冷静に愛用の魔具杖を握り締めて迎撃を試みる。



 サダューインの持つ魔具杖(アルス・マギア)、銘を『サーペントスタッフ・改』と云った。


 キーリメルベス連邦に属する軍事大国マッキリーで開発された魔女兵器(ヴァルプルギス)達の専用武装として創られた『サーペントスタッフ』をデチューンした代物であり初期状態よりも性能を抑えられた代わりに扱い易さが各段に向上されている。


 先端部には"生きた金属(オレイカルコス)"と呼ばれる複層魔鋼材(マキリアダイト)が仕込まれており、所持者の脳波や魔力と接続することにより、意のままに動く硬質な触手と化すのだ。 

 


「わざわざ自分から優勢を捨てて飛び込んでくるとは……。

 "偉大なる騎士"とは、本当に愚かな生き様だ!」


 魔具杖を掲げ、数秒先の未来の光景を思い描くと、先端部の"生きた金属(オレイカルコス)"が所持者の意思に応じで触手を伸ばし始めた。

 鋭く、長く、しなやかに伸びる金属製の触手が急降下する甲冑騎士の総体に纏わり付いて絡め捕り、空中で静止させたのである。




「こ、こんなもので……!」



「姉上の膂力では、(ほど)けない」


 魔具杖の柄を諸手で握り締め、力任せに振り回す。すると触手と化した先端部がその動きに呼応して大きな渦を描くように回り続けた。

 絡め捕られた甲冑騎士は、さながら遊具の如く弄ばれる。


 充分に遠心力が加わったことを確認すると、魔人はより一層の大振りで魔具杖を振り回した後に……地面に叩き付けようとした。

 これだけの力が作用したならば、如何に見事な甲冑に身を包んだ者であれ、致命的な痛痒を被ることは免れない。



「このっ……な、舐めるなァァ!!」


 必死に抵抗する甲冑騎士。然れど、触手は聊かも揺るがず……むしろ激しく振り回されているにも関わらず意識を保っていることに瞠目するべきか。




「『――更に来たれ、尖風グラディア・ヴィンタル』!」



  フォォ… ォン ―― ビュ ゴォォォォ ……ォォォオオオオオオオ !!


 叩き付けられる直前、地面へ噴射口(スラスターノズル)を傾けて全魔力を注ぎ込んだ豪風を一挙に噴射させる。途方もない風量によって可視光すら捻じ曲がり、周囲の雨水に乱反射した光が虹の如く拡散されていった。


 そうした渾身の抵抗により触手の勢いは徐々に削がれ始め、地面に落着するころには、激突の衝撃をほぼ感じない程度には相殺してみせたのだ。



「はぁ……はぁ……『纏え、尖風(フェル・ヴィンタル)』!」


 残り僅かな魔力を動員して斧槍の刀身に豪風を纏わせると、未だに己が身に絡み付いたままの金属製の触手目掛けて激しく打ち据え、ようやく束縛を脱することに成功したのであった。




「……出鱈目が過ぎる」



「それは……こちらの台詞、よ……」


 肩で息をしながら立ち上がる甲冑騎士を魔人は忌々し気に睨み据えていた。

瞬間的に全魔力を放出したというのに、彼女が大きく息を吸い込む度に、もう新たな魔力が補填されていくのだ。


 右目の魔眼の機能で計量すると、彼女が一息ごとに補填されていく魔力は、魔人の総魔力量を容易く上回るほどであった。




「(……そろそろ終わらせなければ、切りが無い)」


 触手を引き戻しながら魔具杖を右掌のみで構え直し、左掌はベルトのホルダーに納めてあった試験管型の魔具に添えて四本同時に引き抜く。

 そうして儀式(ゲネラル・プローベ)を終わらせる算段を整えていると、甲冑騎士もまた諸手で斧槍を握り締めて刺突の構えを採っていた。


 奇しくも互いに想いは同じ。肉体の稼働限界が近付いていると悟っていた。

 故に動き出すのは、(はや)さこそ己の真髄とする甲冑騎士の両脚だ。



 …… ダ ン ッ !!


 数歩の疾走の後に、大地を蹴って前方へ大きく跳躍。

 同時に、肩と腰の(ガルドブレイス)草摺り(とタセット)噴射口(スラスターノズル)を後方へと集約させていた――





「『――来たれ、尖風(ディア・ヴィンタル)』」


 豪風を収束させて噴射。甲冑騎士の総体が、際限なく加速する。



 加速する。



 加速する……。



 加速する…………!!




「研ぎ澄ませ、グリュングリント! 嵐を纏い蹂躙せよ……」


 さあ、垣間見よ。此れより放つは"貴き白夜"が編み出した傑戦奥義。

 限りなく常勝に近しい、世界を変える風(ジャイアントキリング)(いさお)





「『――過剰(オーヴァード)吶喊槍(・グリーヴァ)』! 突撃(アングリフ)!!」



 (はや)さの(きわ)み。極限に至るまで加速した果てに一条の彗星と化した甲冑騎士が悍ましき魔人を正面から穿つべく、吶喊(とっかん)したのだ。



  ――――…… ボ フ ッ


 雨水を含んだ大気の障壁を突き破る。即ち音速を凌駕した偉業の証左。

 完全に音を置き去りに。限りなく光速に近しい、世界を変えた幻創(ファンタズマゴリア)の嵐!





「『――燃え盛れ(ヒッツェ)』!」


 『過剰(オーヴァード)吶喊槍(・グリーヴァ)』の暴威に晒されても魔人は一切、狼狽する気配を見せない。

 逃げ場など何処にもないことを熟知しているからこそ、左掌の指と指の間で掴んでいた四本の試験管型の魔具を前方へ投じて着火魔術を唱えたのだ。



 ドォォン! …ド ドォォン!    ドォォン!


 四重の爆炎が壁を成すが、この程度で甲冑騎士の吶喊(とっかん)を阻めるわけもなし。

 然れど、僅かでも暴威を削いでおくことに越したことはないのだ。

 抗う心が残っていれば、須らく生存に至る奇跡を掴める可能性は残される。



「うぅぅ……ぅぁぁああああ!!」


 爆炎の壁すら貫き越えて、斧槍の刀身を突き入れる。



「……同胞達から託された結束を、今こそお見せしよう!」


 右掌に加えて、背中の十一本の"樹腕"の全てで魔具杖の柄を握り締め、両脚でグレミィル半島の大地を踏み締めて、受け停める。




  ガ  ン  ッ !!   ガギギギギギギギィィィィィ……―――


 斧槍(ハルバード)の刀身と、盾代わりの魔具杖(アルス・マギア)の柄が激突する。



 『グリュングリント』と『サーペントスタッフ・改』が鎬を削る。



 "貴き白夜(ノイシュリーベ)"と"堅き極夜(サダューイン)"が、信念を競い合う。暴くか……護るか……!!



 吶喊を受け停めた際に生じた衝撃は尋常の埒外。両者の足元が陥没し、爆心地となり、周囲に存在するあらゆるモノを吹き飛ばした。

 攻め手も受け手も一歩も譲る素振りを見せず……じりじりと競い合う。


 両者の意識が拡張される。時間感覚が捻じ狂い、瞬が永へと延びていく――



 やがて変調を来したのは、受け手の側であった。

 盾代わりとした魔具杖の柄に……ミシミシと罅が入り出したのだ!




「『――爆ぜろ、尖風(リベル・ヴィンタル)』!!」 


 此処が勝機であると察した甲冑騎士が叫ぶ。それまで噴射口(スラスターノズル)より噴き出し続けていた豪風や、先刻の対軍攻撃魔法で放った風の残滓を搔き集めて、刀身に収斂させた後に意図的に大爆風を巻き起こしてみせたのだ。


 本来であれば刀身を獲物に突き刺し、相手の体内に風を注ぎ込んで裡側より爆散させる大技なのだが、今回は魔具杖の破壊を優先したのだ。



 ――――――…………


 斯くして、音すら吹き飛ばすほどの衝撃が練兵所内に轟いた。既に罅の入っていた魔具杖の柄を叩き割り、魔人の総体を貫かんと更に刃を進めたのだ。



「……ぐっ、ぬぅぅぅ!!」


 折れた魔具杖を掌から零し、反動で右掌と"樹腕"も弾かれる。

 苦悶の呻き声を挙げ、最後に残された左掌で……迫り来る刀身を掴んだ。



「…………があああ!!」


 左掌に暴風の渦が殺到する。漆黒の手袋と装束の袖を切り刻む。

 そうまでして辛うじて刀身を停めることが適った代償として、サダューインが秘匿していた身体が暴かれたのだ。




「何よ、これ……?」


 露わとなったサダューインの左腕を視たノイシュリーベは絶句した。



 ヒトのものではなかったからだ。



 其処に在ったのは、真紅の鱗で覆われた地上の竜人種の掌。手首には縫合痕が刻まれており、二の腕の至る箇所には……濁った翡翠で覆われていたのだ。




「明らかに『灰礬呪(かいばんじゅ)』に罹患しているじゃない。

 その上、この掌……あんた、本当になにやってんのよ!!」


 悲鳴のような絶叫を挙げる姉を、サダューインは醒めた眼で見降ろした。



「はぁ……はぁ……はぁ……貴方には、一生……分からないことだ」


 竜人種の左掌で掴んだ刀身を放し、後退りながら苦し紛れに言葉を零した。



「まあ、ご覧の通りです。

 呪詛を解析する過程で左掌が結晶化し、使い物にならなくなりました。

 そこで『火の民』の腕を義手の代わりとして移植した……これで満足ですか?」


 普段は呪詛封じの布状の魔具を撒き付け、更に擬態の術式が刻印された魔具を併用することで健常な純人種の腕に見せ掛けていた。しかし先刻の攻防によって魔具の一切が破砕されてしまい、こうして左腕の惨状が暴かれたのだ。


 しかしながら時期的に彼が『灰礬呪(かいばんじゅ)』に罹患した時は、『負界』と接触する前であった筈なのだ。にも拘らず腕が結晶化したのだから相当に無茶な方法で呪詛の解析を行っていたことは、容易に想像できるだろう。



「……私に謀りは通用しないと理解しているでしょ。

 それに竜人種はグレミィル半島にもほとんど居ない筈よ」



「全てが真実ではないが、嘘は付いていませんよ。

 移植したこの掌の出処は……貴方は知らないほうが良い。

 これで、もう良いでしょう? この下らない審問劇は貴方の勝ちです」


 秘匿したかったことを暴かれてしまったのだ。

 なればこれ以上、儀式(ゲネラル・プローベ)を続ける意味などはない。



「私は! ノイシュリーベ・ファル・シドラ・エデルギウス・グレミィルだ!

 このグレミィル半島で知らないことがあって良い筈がない!!」




「……知れば貴方の精神は、きっと壊れてしまう。

 だから俺は、独りでこれを背負う。貴方には譲れない!」




 カッ…!   ゴロゴロゴロ……


 稲光の影に呑まれて漆黒に染まったサダューインの双眸だけが炯々と輝く。

 此れだけは絶対に曲げられないという強き意思の輝き……。双子の弟が見せる気迫を目の当たりとして、ノイシュリーベは思わずを息を呑んだ。




 …と、その時だった。

 二人だけの練兵所(せかい)だった筈の場所に何者かが侵入する足音が木霊したのだ。




「サダューイン様! ご無事ですか!!!」


 今まで聞いたこともないような声量で、ラキリエルの叫び声が響いてきた。足音が着実に近付いてきた。御伽噺(ユメ)の終わりが、最後にやってきた。




「……ら、ラキリエル?」


 背後から聞こえてきた叫び声に反応し、思わず振り向いてしまった。



「…………ッ!!?」


 目と目が合ってしまった。無垢な貴人の瞳に、真実が映されていく。

 魔人の本性が……雷雨の空の下で露わになっていく。




「どうして、ここに来たんだ……?」


 硬直するラキリエルに向けて、呆けたような声色で疑問を呟いた。

 ノイシュリーベとの激闘を演じた疲労からか、聡明である筈の頭脳が正常に働いてくれないのだ。



「……ひ、ひィィ!!」


 ラキリエルは思わず悲鳴を挙げた。悍ましき姿の化け物を目の当たりとし、本能が拒んだのだ。此れは自分とは違う世界の生き物だと、認識したのだ。


 当然だろう? 背中に無数の亜人種の腕を生やし、左腕は結晶化。更に手首から先は真紅の鱗が生えた竜人の掌……己の遠い親戚かもしれないのだ。

 こんな歪な生き物が、常世に存在して良い筈がない!!



「ラキリエル……落ち着いてくれ」


 無意識のうちに左掌を伸ばし、彼女の頭を撫でようとした。

 これまでの旅路の中で不安や恐怖に駆られたラキリエルを安堵させるために幾度となくそうしてきたように……。しかし彼女は明確に拒絶を示した。



「……貴方は、誰なの?」


 悍ましき化け物から伸びてきた腕を全力で振り払う。

 頭では理解していた。首から上は想い焦がれた美丈夫(サダューイン)そのものなのだから。




 真実を垣間見たラキリエルの意識は、混沌の淵に陥った。




 輝いて見えた美丈夫(サダューイン)の姿が、闇に呑まれて恐ろしいものに成り果てた。




 幼き少女(ラキリエル)が視ていた 御伽噺(ユメ) が、静かに ()めていった――


・第20話の3節目をお読み下さり、ありがとうございました。

・1回目の姉弟対決もこれにて一区切りとなり、後は第1章の締めに突入させていただきます!


・サダューインとラキリエルには幸せに結ばれてほしいと考えております。

 2章以降で、必ず這い上がってまいりますので、どうか二人の仲を応援していただければ幸いです!

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