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016話『"春風"の足跡』(5)


 [ グラニアム地方 上空 ]


 サダューインとラキリエルの二人が銀鉱山に辿り着くのと時を同じくするころ、グラニアム地方の上空を飛ぶ一つの大きな影が在った。



 ナゴルラゴプスのような一般的な鳥種でもなければ、エルドグリフォンのような魔物でもない。

 この地ではあまり見掛けることのない空の王者……エアドラゴンであった。しかも専用の鞍と手綱が設けてあることから野生種ではなく騎乗するために躾けられた飼い竜である。



 そもそもエアドラゴンなどの飛竜種の多くはキーリメルベス大山脈に棲息しているため、ラナリア皇国に属する勢力圏では、まず目にする機会がない。

 稀に彷徨い込んで来る野生の個体はあれど、少なくとも飼い竜を維持できるような環境ではなかったのだ。


 もし飼い竜を見掛けたとしたら、それはキーリメルベス連邦からやって来た奇特な旅人か富豪、もしくは没落した竜騎士崩れであろう。




「フォルスちゃんの気球に乗るのも楽しいけど、こういうドラゴンに乗るのも新鮮で良いねぃ!」



「……こんな場所で宴会をやろうだなんて、どうかしてるぜ」



 飼い竜の背に乗っていたのは、銀鉱山に出没した魔獣を一掃した冒険者と、その依頼主による二人組。

 使い古した防風・防雪用ゴーグルを装着し、先頭で手綱を操るヴィルツの後ろの席では宿場街で買い込んだと思しき様々な食べ物……特産品のライ麦パンのサンドウィッチやセルボワーズなどの入った木編み箱を広げるアルビトラの姿があった。


 他にも様々な果物や上質な干し肉、干し豆、乾燥イェルフィンバなどなど。旅の道中で口にするには中々に豪勢な内容となっている上に、軽く見積もっても五~六人分の腹を満たすくらいの量があった。



「ヴィルツくんも食べていいよ! おいしいよ!」



「要らねぇよ! ……というか、手綱を握ってる奴に酒を飲まそうとするんじゃあない!」



「ふーん、だったらいいよ。一人でぜんぶ食べちゃうもーん」


 そう言って本当に、見るだけで満腹になりそうなほどの量を一人で、ぱくぱくと食べ始めたのであった。

 魔獣を斬り伏せた時のような尋常ならざる速度で、山と積まれた食べ物が彼女の胃の中に消えていく……。


 優れた身体能力を持つことで知られる獣人に類する種族達は、相応に新陳代謝が高く、求められる食事量も桁違いに多いのだが、この狐人(フォクシアン)の冒険者に至っては更に常軌を逸していた。




「……何度見ても恐ろしい食いっぷりだな。

 流石は食費を稼ぐためにハイリスクハイリターンな依頼ばかり受けるしかなくなっただけのことはあるぜ」


 背後をちらっと伺いながら呆れた表情を浮かべるヴィルツだったが、お構いなしとばかりにアルビトラは手と口を動かして平らげていった。

 そうして暫し、空からの景色を楽しみながら食事を進めつつ、ふと頭に浮かんだ疑問を呟こうとする。



「ほーひへば、こえかあどほへひふのー?」



「ちゃんと呑み込んでから喋れ!」




「ん……そういえば、これからどこへ行くの?」


 ザンディナム銀鉱山の近くを飛んでいる最中に、たまたま紫紺色の瘴気が昇っていく異常現象を見咎めたので現地に降りてみたところ、成り行きで坑道内の魔物退治を請け負うことになったのだが、本来の目的地は別であったのだ。



「ああ、予定していたヴィートボルグという都市へ向かっている。

 そこで今度うちの商会の支部を出そうと思っていて、

 商館を建てる候補地の下見と、大領主殿への挨拶のために僕が自ら出向く必要があったのさ」


 グレミィル半島内に於いてウォーラフ商会は、既に南西端のグライェル地方の主要都市……湖都バステナルに支部を設けていた。

 しかし現状での販路は『人の民』の領域のみに限定されており、今後『森の民』達との取引を見越すのであれば、半島の中枢であるヴィートボルグにも拠点を構えることは必須であった。



「ほへー……いろいろ考えてるんだー」



「お前が、なにも考えずに好き勝手に生きているだけだろう!

 ま、そんなわけで予想外に道草を食ったからな……少し急がないと拙そうだ」



「ヴィルツくんは見た目の割に、相当なお人好しだからねぃ」



「見た目は余計だ! ……まったく。

 このためにエデルギウス家のお坊ちゃんとは、地道に交流を重ねて信頼を勝ち取ってきたんだからな」


 とはいえ、ヴィルツの目から見てもエデルギウス家の長男……サダューインは傑物と成り得る素質を秘めていると踏んでいたので、商館の件を抜きにしても接触することは大いに意義のあるものと捉えていた。



 と、その時。ヴィルツの視界の端に不審な影が映り、思わず眉を顰めた。

 ここは高度 三千メッテの上空。しかも飼い竜とはいえエアドラゴンと同じ速度で飛ぶ物体など真っ当な生き物である筈がないのだ。


 懐より小型の望遠鏡を取り出し、ゴーグル越しに見咎めた不審な影を検める。

 背後では、同じく変事に気付いたアルビトラが素早く木編み箱を片付けて、その場で立ち上がりながら粋然刀(カタナ)の鞘を左掌で掴み、右掌を柄に添えていた。



「待て、アレは敵じゃあない……エルブルスが放った伝令用の石塊像(ガーゴイル)だろう」


 不審な影が青と白に輝く光を放ちながら接近しようとしてきたが、ヴィルツにはその独特の合図に心当たりがあったのだ。

 彼に静止されたアルビトラは、一先ず警戒を解いて再び着席することにした。



「こんなところにまで飛ばしてくるなんて、よっぽどの急用だろうねぃ」



「ああ、マッキリーのほうでなにかトラブルでも起こったか? どれどれ……」


 不審な影、改め石塊像(ガーゴイル)を手招きして己の膝の上に着地させた。

 石塊像(ガーゴイル)とは、魔術(スペルアーツ)による刻印を施された石像ないしは無機物の像の総称であり、高位の魔術師(ウィザード)が使い魔として運用することで知られている。


 魔具像(ゴリアテ)が兵器や工業製品といった趣であるのに対し、こちらは制作者である魔術師(ウィザード)の趣向や矜持が色濃く顕れる。



 ヴィルツの膝に乗る石塊像(ガーゴイル)は約三十トルメッテほどの小人に翼を生やしたかのような造形をしており、両腕で筒のようなものを抱えていた。

 なお、このサイズでここまでの速度を出して飛行できるようにするには類稀なる魔術(スペルアーツ)(わざ)を必要とする。



「伝書鳩みたいなものかな? 便利だねぃ!」



「エルブルスは昔から、こういうのが得意だったからな~。

 筒の中身は伝文か……って、う げ ぇ !!」


 筒の蓋を捻って外し、納められていた小さな羊皮紙を目にした瞬間、ヴィルツは絶叫とともに大きく面貌を歪めることになる。

 そこに(したた)められていた文章の内容を要約すると、下記の通りとなる。

 



『いつまで家を空けりゃ気が済むんだ!』

『とっとと帰って来い、でなきゃアンタのコレクションは全部燃やすからね!』




 達筆だが、異常な筆圧の強さを感じさせる文字の羅列であった。筆を採った者の怒気が如実に伝わってくるかのようである。



「これ書いたのはヴィルツくんの奥さん……ユングちゃんだよね? ね?」



「……マジかよ。たしかに帰宅すると言っておいた日を越えちまったけどさ。

 バステナル支部だけじゃなく、バルテナ湖の湖賊のアジトだとか銀鉱山に立ち寄ったのが響いてきたかねぇ」


 名前の挙がっていたエルブルスとユング……正確にはユングフラウとは、嘗てヴィルツが所属していた冒険者パーティの一員であり、昔の仲間であった。


 現在でも両者は気軽に連絡を取り合えるくらいには仲の良い戦友といった間柄であり、今回は緊急の連絡を伝える手段として類稀な魔術(スペルアーツ)の遣い手であるエルブルスに力を借りたというわけだ。



「ユングちゃんは怒ると怖いよぅ? どうするの?」


 手綱を操りながら、器用に頭を抱えるヴィルツ。数分の間「あー……」だの「うぅー……」だのと呻り声を撒き散らした後に、決断を下した。



「商館の件は大事だが、僕の大切なコレクションはもっと重要だ!

 あいつなら本当に燃やしかねないからな」


 手綱を諸手で目一杯 引くと訓練を積ませた飼い竜は、そのまま空中で停止するかのように両翼を激しく上下に羽搏かせて滞空(ホバリング)状態に入った。



「最速で一時帰宅して、またこっちに戻ってくるしかないな」


 蒐集家(アイテムマニア)のヴィルツにとって、長年に渡って搔き集めてきた珍品や歴史的価値のある出土品は、それほどまでに死守すべき産物なのである。




「それがいいよぅ。奥さんは大切にしなきゃねぃ!

 守ろう、仕事と家庭の両方を!!」



「なぜ、お前がそんな分かったような面してんだよ……」


 特に意味もなく、したり顔で語るアルビトラを適当に流しつつ、伝文が綴られていた羊皮紙の裏面に素早く返事を(したた)める。

 そして筒の蓋を閉めて石塊像(ガーゴイル)に持たせ、発信者であるエルブルスの元へと送り返してやった。こういったやり取りは冒険者時代に散々 熟してきたので、お手の物である。



「……これで良し、一先ずは言い訳をする猶予くらいは与えてもらえるだろう。

 悪いな、アルビトラ。そういうわけで今から引き返すことになった」



「んー……またこっちに飛んでくるのなら、私は暫くこの辺りを散策しているよ」



「良いのか? 下手をしたら僕が戻ってくるまで五十日以上は掛かるかもしれないんだぞ?」



「いいよ、いいよー。今は他に抱えてる依頼もないしねぃ。

 ラナリア皇国まで行くことは滅多になかったし、この土地のおいしい食べ物を発掘するのも楽しそうかも!」



「そうかい。じゃあ一旦このままヴィートボルグに向かって、そこで降ろしてやる。

 僕が戻ってくるまでの間に暇を持て余すようなら、別の奴から割り込みで依頼を受けてくれてかまわないぞ」


 グレミィル半島の各主要都市にも冒険者管理機構(マスカラード)の支部は存在する。その情報網は非常に優れており、登録済の冒険者であれば、どの支部の窓口からでも仕事を斡旋してもらえるのだ。



「じゃあ決まりだねぃ! あ、でも都市まで行かなくても、ここで降りて自分の足で色々と見て回るよ!」


 いつの間やら空になっていた木編み箱の取っ手を掴み、その場ですっと立ち上がる。

 意図を察したヴィルツは軽くドン引きしてしまった。



「おいおいおい、普通なら死ぬぞ……?」



「じゃあね、ヴィルツくん! ちゃんと奥さんにお詫びの御土産を買って帰るんだよー! よー! よー!」



「うおおぉぉいい!!? 本気で飛び降りやがった!

 本気で飛び降りやがったよ、この莫迦!!」


 なんと高度 三千メッテ上空より、そのまま大地へ向かって飛び降りていったのである。

 急速に下方向へと遠ざかる狐人(フォクシアン)の冒険者。最後の言葉尻が強風の影響を受けて何度も木霊しながら耳朶に響いた。


 そんな常軌を逸した彼女の姿を見降ろしながら、再びヴィルツは頭を抱えたくなったという。




「……まあ自信満々に飛び降りていったんだから、自力でどうにか出来る算段はあるんだろうけどよ。

 この破天荒ぶりはテルミオンの奴を思い出すぜ」


 どっと疲れた表情を浮かばせながら、手綱を小刻みに引いて飼い竜に細かい指示を与えてやる。

 すると方角を北西へと違え、次いで力強く翼を羽搏かせて飛翔していった。




「あいつ、なにか余計な問題を起こさなきゃ良いんだがな……」


 そんなヴィルツの祈りは、遠くない将来に於いて適わぬこととなるのである。


・第16話の5節目をお読み下さり、ありがとうございました!

・当初は予定になかったのですが、アルビトラがヴィルツと別行動を取る描写を入れておきたくなったので急遽1話分書かせていただきました。


 次にアルビトラが登場するのは、第2章の中盤以降となる予定をしております。

 果たして主人公達とどのように絡んでいくことになるのか、こうご期待ください!!


・途中で名前が挙がっていたエルブルス、ユングフラウ、テルミオンは昔のヴィルツの仲間で、一緒にパーティを組んでいました。

 他には幼馴染のレギ、屈強な竜人のベスビオルグという仲間もいて現在も大陸のどこかで活躍しているのだと思います。


・10年くらい前のヴィルツとその仲間達のラフイメージになります

挿絵(By みてみん)

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