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016話『"春風"の足跡』(4)


「……こんな感じで、あの二人組と遭遇したのさ。

 ウォーラフ商会長はただの付き添いというか、"春風"を見張っているだけみたいだったねえ」



「凶暴化した魔物を、たったお一人で全滅させるなんて……」



「ああ、噂以上の実力を備えた冒険者ではあるようだ」


 テジレアの回想を聞き遂げたラキリエルとサダューインは、それぞれの所感を零しながら感嘆とした面持ちとなっていた。



「ですが、それほど お強い御方が活躍されているのなら安心できますね!

 坑道内で亡くなられた方々は、とても残念なことですけども……」



「ウォーラフ殿達が遺体ないしは遺品を回収してくれていると良いのだがね。

 既に一時封鎖されているのなら、今から向かうことはできないだろうし」


 話を聞く限り二人組の行動速度からして、とっくに討伐を終えて引き上げている頃合いである。遺体が届けられたかどうかを管轄家へ確認しに行くこともできたが、そこまで深入りすると幾らかの日数を費やしてしまうだろう。



「瘴気の正体が『負界』ってやつなのなら、坑道を浄化して採掘事業を再開するまでに結構な時間が掛かるだろうねえ」



「そうだな、手痛い損失になりそうだ……ブレキア地方の隠者衆を招集して

 計画的に第二級火葬術式を組んで対処していく必要があるか」



「坑道内に火を放って焼き払うってのも馬鹿げた行為だけどねえ。

 ……そうだ、魔物のサンプルを採っておいたから渡しておくよ」


 黒尽くめの装束の奥より厳重に封を施された箱を取り出すと、テジレアはそのまま己の主君へと手渡した。



「流石だな。相変わらず良い仕事ぶりだ、ありがとう。

 工房に戻ったら、焼却以外にも対処法がないかどうか模索していこう」


 受け取った箱を革鞄に仕舞い込み、改めて街の様子を一望するサダューイン。

 未だに騒動への対応に追われる者は多かったが、それでも宿場街の秩序は保たれている。

 銀鉱山が閉鎖された後の炭鉱夫達の働き口が気掛かりではあるが、この分であればベルダ家をはじめとした管轄家が上手くやってくれることだろう。



「改めてウォーラフ殿達には感謝しなくてはならないな。

 しかし"春風"のアルビトラか……君がそこまで畏怖するとは思わなかったよ」



「サダューイン殿……はっきりと言っても良いかい?」



「ん? 伝えておきたいことがあるのなら、なんでも聞くさ」


 己が最も信頼する部下が僅かに逡巡しながら言葉を選ぶ素振りを見せている。

関わってきた期間が長いサダューインは、少しばかり嫌な予感がしていた。



「私が視た……いや正確には視えたように感じた限りの話だけどね。

 "春風"の戦闘機動は、グレミィル侯爵殿の速度を完全に上回っていたよ。

 そりゃあ、開けた場所での直線方向への疾走なら侯爵殿に分があるけどさ」



「ほう……?」



「ついでにエルドクロウラーの外殻を一太刀で両断する剣の腕前もある。

 『負界』とやらを浴びて更に大きく、硬くなっていただろうにねぇ」



「姉上以上の速度を出した上で、『過剰(オーヴァード)吶喊槍(・グリーヴァ)』並みの破砕力も持ち合わせているということか……確かに、それは畏怖して当然だな」


 サダューインが知る限り、この大陸で最も速く動き回って戦う者は双子の姉であるノイシュリーベであった。それはテジレアとて同じ認識であった筈だ。

 にも関わらず、はっきり断言されてしまったのだから内心では動揺を隠せずにはいられない。



「今回は魔物退治に手を貸してくれたから良かったけどさ。

 もしも、あんなのが敵に回っちまったら堪ったもんじゃないよ」


 冒険者と破落戸(ごろつき)を隔てるものは紙一重。とは使い古された言い草である。


 身分を担保しているのは冒険者管理機構(マスカラード)が発行した証明書のみ。あとは精々、階級に応じて配布される識別紋くらいのものであろうか。

 つまるところ依頼者の指示内容ないしは冒険者の意思一つで、街で暮らす人々に害を与える存在にも成り得るというわけだ。


 実際に、エペ街道に陣取っていたバランガロン達みたいな事例もある。



「冒険者は自由身分だ。それを侵害する権利は如何なる権力者だって持ち合わせていない……というのがこの大陸の不文律であり(トーラー)"の意向だからね。

 とはいえ君が言うように無碍には出来ない存在であることも確かだな」


 顎に右掌の人差し指と親指を添えて少し考え込んだ後に、再び口を開く。



「テジレア、もし可能ならそれとなく"春風"の動向を見張っておいてほしい。

 ウォーラフ殿とて永遠に彼女の依頼主というわけではないだろうしね」



「仕方ないねえ、ラスフィ達に任せるには荷が勝ちすぎるだろうし」



「いつも貧乏くじを引かせてしまって、済まないな」



「もう慣れっこさ。じゃあ報告すべきことは全部話し終えたから

 私は持ち場に戻るとしようかねえ。あんた達が山道に置いてきたっていう

 ラナリア兵の処理も、ついでにこっちで受け持っておくとするよ」


 黒尽くめの外套を翻して己の総身を包み込むと、姿を現した時と同じくテジレアの周囲に黒い靄のようなものが漂い始め、徐々に姿が暈けていく。



「(サダューイン様と同じような外套を纏っていらっしゃいますが、これも一種の魔具なのでしょうね)」


 おそらく姿隠しの魔術かなにかが刻印されているのではないか、とラキリエルは推測を立てた。




「俺としては大いに助かるが……そんなに抱えさせてしまって大丈夫なのか?」



「まあ、ラナリア兵を見過ごしていたのは私の落ち度だからねえ。

 尻拭いを他の娘にやらせるわけにはいかないさ。

 あんた達は一泊して休んだら、早いとこヴィートボルグに向かいなよ」



「君も大した働き者だな。礼を言う、そうさせてもらおう」



「ありがとうございます! テジレア様……いえ、テジレアさん」


 数秒前までテジレアの姿が在った空間に向けてサダューインとラキリエルが御礼の言葉を傾けると、「あいよー」という返事とともに微かに漂っていた人の気配が完全に消失していった。




 その後、二人は街中の救護院に立ち寄って患者達の様子を検めることにした。

 しかし『負界』を浴びた者のうち、グレキ村に運ばれた者以外は残念ながら息を引き取ってしまっていたらしく、既に隔離された区画へ遺体を埋葬した後であったという。


 他の怪我人や魔物に襲われて辛くも逃げ延びた者達は無事に介抱されて、現在は安静にしているようであった。



「わたくし達が今この場でできることはなさそうですね……」



「ああ、だが君の負担がこれ以上増えなくて良かったとも思っている」



「いえ、わたくしはまだ……」


 なにか手伝えることを探したい……などと言い出す前に、サダューインが言葉を挟んで遮った。



「このまま俺達が救護院に留まっていては治療師達の邪魔になるな!

 テジレアに言われた通り、今日の宿を探すとしようか」



「……そうですね」


 話題を逸らしつつ、ラキリエルを促して救護院を後にする。

 まだなにか言いた気な彼女であったが、患者達から離れるにつれて徐々に落ち着きを取り戻していった。




「それにしてもテジレアが動いてくれていたとは嬉しい誤算だった。

 彼女であればなんの憂いもなく後始末を任せられる」



「……既に街の人達の暮らしが平穏に向かっているのなら、なによりですよ。

 ところでサダューイン様、『亡霊蜘蛛(ネクロアラクネロ)』の方々はテジレアさんのように御一人で行動されておられるのが常なのですか?」



「ふむ、一部の例外はいるが基本的にはその通りだよ。

 暗部の精鋭として俺が創設した部隊だが、姉上が率いる『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』に比べれば遥かに人数は少ないからね。

 現在の員数は十名ほど。全員揃っても分隊くらいの規模といったところかな」



「ふむふむ」



「一応、員数をカバーする手段は講じているがね。

 だから普段は単独ないしは二人一組で活動させていることが多いかな」



「そうなりますと、一人一人がさぞや腕の立つ人達なのでしょうね」



「ふふっ、純粋な戦闘能力なら『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』の中核を担う魔法騎士達のほうが幾分か上回るかな。

 『亡霊蜘蛛(ネクロアラクネロ)』は隠密行動と、各々の得意分野で突出した能力を持っているのが強みでね、例えばテジレアなら鍛冶や魔具造りの技術に秀でていている」



「もしかして、サダューイン様達が纏っておられる外套も……?」


 姿隠しの効果を持つ外套を駆使するテジレアの姿を思い出しながら尋ねた。

 魔具を操る所作には一切の淀みがなく、明らかに魔具の特性を完璧に理解していると感じたからだ。



「ほう、よく分かったね。この『極夜の装束(ナハト・エヌウィグス)』は彼女の力作の一つなんだ。

 刻印されている『姿隠し(タルンカッペ)』の術式は『亡霊蜘蛛(ネクロアラクネロ)』の活動の根幹を担っている」


 己の外套をバサッと翻してみせると、一瞬だけサダューインの姿に靄が掛かって視認が困難となった……ような気がした。



「……尤も、俺の魔力量ではほんの一瞬だけ姿を晦ますのが関の山さ。

 君を救出しに戦場に飛び込んだ際も、土壇場まで草木の茂みで伏せていたくらいだからね」


 肩を竦める素振りを見せながら自嘲気味に語る。彼の言う通り、常に姿を隠していられるのなら山道でラナリア兵達をやり過ごすことも出来た筈である。



「そうだったのですね……。

 ですが、あの時はとても鮮やかな手際だったと思います!」



「ありがとう。そう言ってもらえるなら奮起した甲斐があったよ。

 『亡霊蜘蛛(ネクロアラクネロ)』は皆、この外套を羽織っているから分かり易い筈だ。

 機会があればテジレア以外の者も順次 紹介しよう」



「是非お願いします。サダューイン様が組織された部隊なら、

 どんな方々が所属されておられるのか、とても気になります」

 


「ではヴィートボルグを目指すためにも今日のところは宿を採って

 ゆっくりと休むとしようか。リジルにも無理をさせてしまったからね」



「はい……サダューイン様もどうか、安静になさってくださいね。

 御自身で処置されたとはいえ、決して傷は浅くないのですから!」



「ああ、肝に銘じておくよ」


 もし次に傷を負おうものなら無理やりにでも治療魔法を唱えかねない勢いである彼女に過分な負担を掛けさせないためにも、サダューインは素直に頷いておいた。



 丁度、夕日が街を橙色に染め始めた時刻。二人は宿場街の本分でもある宿泊施設が密集する区画まで足を運ぶことにした。


 『負界』の噴出や、山道を封鎖していたラナリア兵の影響で街に留まらざるを得なくなっていた冒険者や商人達は大勢いたのだが、辛うじて二人が一拍できる部屋が空いており、快適な寝具で睡眠を採ることが適いそうであった。


 正午過ぎの登山に始まり、ラナリア兵達との交戦、テジレアとの再会と情報交換を経て、すっかり消耗していたサダューインは泥のように眠りに着く。



 そうして無事に翌朝を迎えた二人は食堂で軽い朝食を口にしてから宿場街を発ち、目的地である城塞都市ヴィートボルグへの路を再び歩み出した。


・第16話の4節目をお読み下さり、ありがとうございました!

・アルビトラ達が銀鉱山の魔物退治を請け負った詳しい経緯なども、いつか外伝のほうで綴って行ければ良いなと考えている次第ございます

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