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034話『忘れ貝は御伽噺の虹を見る』(5)


「ここまで乗せていただき ありがとうございます、リジルさん」


「今日はもう外出することはないだろう、ゆっくり休んでくれ」



「ヒヒィン!」


 丘上の家屋まで戻って来た二人は、黒馬の頭を撫でながら労いの言葉を掛けた後に馬舎の柵内へと繋いで休息を採らせることにした。

 そしてサダューインが自室で素早く着替えを済ませ、見慣れた黒尽くめの装束を再び纏う頃には、少しずつ空の色合いが橙色に染まり始めていた。




 [ 城塞都市ヴィートボルグ ~ 城館一階 ]


 なるべく常備兵や騎士達に姿を見られないようにしたかったので使用人達が利用する勝手口から城館内に入ると、そのまま地下へと続く階段を目指す。



「そういえば君は、城の地下室のことはどこまで知っている?」



「軽く説明を受けたことはありますが、実際に足を運んだことはありません。

 地下一階が食糧庫や使用人の皆さんの居住空間で、

 地下二階には武器庫や宝物庫があると聞いております」



「ご名答、それだけ理解していればこの城で暮らしていく分には不足はない」


 以前、"五本角"のエアドラゴンが襲来した際にラキリエルを地下室に避難させるという案が出ていたものの、自ら戦場である壁上へと向かったために頓挫した。

 それ以降は特に用事もなかったので自然と近寄る機会を逸していたのである。



「それとエバンスさんが語ってくださった昔話の中で

 ダュアンジーヌ様は地下十階の研究所に籠っていらしたと聞きました」



「ほう、エバンスがそこまで話してくれているとなると

 彼や姉上から、君はかなり信用と期待をされているのだろう。

 では このまま階段を降りて一先ず地下三階まで案内する」


 夕暮れ時ということで城館で働く者達は皆、晩餐の支度などに追われている。

 通路で擦れ違った女性の侍従達に愛想よく微笑みながら何食わぬ顔で突き進み、件の階段の前まで辿り着く。

 そんなサダューインの左斜め後方より付いていくことを意識しながら、ラキリエルは粛々と後に続いた。



「地下三階には何があるのですか?

 使用人の方々も詳しいことをご存じなかったようでしたので……」


 地下二階までとは違って具体的な設備の説明がされていなかったので漠然と罪人達を収監する牢屋か何かだろうと考えていたのだが、どうやら異なるらしい。



「滅多に立ち寄る者が居ないので無理も無い話だな。

 簡単に言えば、地下四階より先に降りるための昇降機が存在する階層で

 他には大部屋が幾つか設けてあり、万が一の時のための避難所として機能する」


 石造りの階段を一段ずつ降りて行く。

 地上の階層と同じく壁際には照明と空調を兼ねた魔具が埋め込まれており、松明に頼らない灯りによって足元が明確に照らされていた。



「ちなみに、この城館内に牢屋は存在しない。

 城館の北西に建っている塔があるだろう? そこに纏めて収監するのさ」



「そうだったのですね! 少し変わった建物だとは思っていました」


 ラキリエルが寝泊まりする貴賓室の窓からは見えない位置だったものの、城館に出入りする度に何度か目にしてはいた。

 どの建造物よりも簡素で無骨。地上付近には入口らしきものが見当たらないにも関わらず、二階より上の階層には幾つもの小さな窓が並んでいたので不自然だとは感じていたのだ。



「『大戦期』以前より存在する古い建物で、監獄塔などと呼ばれている。

 罪人は地下よりも高い場所に留めておいたほうが脱獄され難いのでね」



「確かに、あの塔から飛び降りたら兵士の皆さんが気付かない筈がありません」


 ヴィンターブロット丘陵の地勢を活用した城塞都市ヴィートボルグは、ただでさえ高所にあり丘上の城館ともなれば地上から百五十メッテの高さとなる。

 そこに塔を建てて牢屋を設けたのだから、収監された罪人達が誰にも目撃されることなく脱獄できる可能性は万に一つも有り得ない。



 などと話している間に二人は地下三階へと辿り着き、そのまま一直線に通路を突き進んだ先に鋼鉄の箱のようものが現れた。

 成人男性が四~五人くらい同時に入ることが出来るくらいの大きさだ。



「これが……昇降機というものですか?」



「ああ、地下十階まで直通している。

 一応は階段でも降りられるが、何せ地下四階以降は一階層辺りが広くてね」


 地下一階から三階までの天井の高さは地上階と同じく約五メッテほど。

 しかし地下四階からの天井の高さは二十五メッテ以上となり普通に階段で降りるとなれば途方も無い時間と労力を要することになるのである。



「百聞は一見にしかず、さあ乗ってみたまえ」



「は、はい!」


 鋼鉄の箱の側面に設えた操作盤を手際よく操るとガコン! と大きな音と振動が鳴り響き、下層から何かが飛び上がって来るかのような鈍い音が続いた。



「市街地の街灯や、城館の設備も物凄い技術でしたけど

 この昇降機というものは更に途方もない代物のように感じます」



「ふっ、確かにな。ここまで機械と魔具を融合させた建造物を築いているのは

 大陸中を見渡しても限られた都市だけだと思う」


 未だに石造りの城や砦、昔ながらの木造家屋が大半を占めるラナリキリュート大陸に於いて、ヴィートボルグの設備に用いられている魔具技術は突出していた。




 ゴゴゴ…… プシュゥゥ。


 扉のような形状をしていた鋼鉄の箱の前面が左右に開閉し、僅かな蒸気を噴き出しながら内部の空洞が露わとなる。

 サダューインは迷わず内部へと歩を進め、戸惑いながらもラキリエルは彼を信じて付き従う。



「これも魔具を応用した設備で、魔力を用いて鉄綱を巻き取る機構により

 地底まで数分でヒトや物を運搬することが出来る。

 一直線に降りることになるので耳鳴りがしてきたら両手で耳を押さえるといい」



「わかりました」



「組み込んでいる鉄網も、魔鋼材を入念に編んだ素材だから安心してほしい。

 構造強化と自動修復の術式を刻印しているので、そう簡単には千切れない」


 サダューインの言っていることは半分くらいしか理解できていなかったものの、これまで問題なく使用されてきた実績があることだけはラキリエルにも伝わった。




 ガ ゴン…… ゴゴゴゴ。


 扉が閉じて振動と共に二人が立っている床が地底へと沈んでいく。

 そこまで特筆すべき速度ではないが、さりとて普通に地下に潜るよりは遥かに速く降下していく感覚に、ラキリエルは不思議な境地に至っていた。



「(まるで……大きな生き物のお腹の中に入っていくような感じです)」


 純粋な高度でいえば、ラキリエルの故郷であった海底都市ハルモレシアのほうが遥かに深い場所に存在していた。しかし暗き深海とはいえ開かれた空間と、大地の底とでは大きく勝手が異なるのだ。



「地下四階からは都市機能を支える重要な設備が連なっている。

 シーリア湖から汲み上げた飲料用水の貯水槽や、都市の上下水道、濾過装置。

 魔具設備を稼働させるための魔力炉や循環路などもだな」



「見たこともない建物ばかりです」


 降下する床から時折見える設備の数々にラキリエルは目を見開いて驚き続ける。

 そして前もって言われていた通り途中から、ぐわんぐわんと耳鳴りが響き始めたので慌てて自身の両耳を押さえ込むのであった。



「これを全て、サダューイン様のお母様が造られたのですか?」



「ああ、地底へと続く回廊自体は古くから掘られ続けてきたそうだが

 各設備に関しては母上がヴィートボルグに来てから急速に築かれていった。

 まあ俺も多少の資金提供はさせてもらったがな。

 構想と基礎設計自体は、百年近く前から地道に練り続けておられたそうだ」



「そ、そんなに昔からですか」


 長命のエルフ種であるダュアンジーヌだからこそ練り上げることが出来た技術。

 だが閉塞的な"妖精の氏族"の社会では、彼女の類稀なる才能を発揮することは適わず、長きに渡り机上のみで描かれるに過ぎなかった。



「大領主の座に就いて権力を得た父上と結ばれたことにより

 我が母、ダュアンジーヌはその可能性を余さず発揮することが可能となった。

 尤も、その果てが俺や姉上という存在でもあるのだが」



「サダューイン様は、お母様のことを恨まれているのですか?

 以前にお話を伺った時は、心より尊敬していると仰っておられましたけど」



「いいや、恨みなど懐く筈もないさ。どのような手段を用いたとしても

 この身が"魔導師"ダュアンジーヌより産まれたことに違いはなく、誇りに思う。

 そして母上のグレミィル半島を影ながら護るという理念への尊敬は変わらない」


 吐き出す言葉に偽りはなかった。然れど、ラキリエルはこの時 何処か深淵に沈むような諦観を彼から感じ取っていた。

 そうして一つ、また一つと階層を降っていき、やがて二人を乗せた昇降機の床は終着点である地下十階へと到達する。


 




 [ 城塞都市ヴィートボルグ ~ 城館地下 十階 魔導研究所 ]


「これがダュアンジーヌ様が遺された場所なのですね」


 一面に広がる無機質な鋼鉄の空間を目にしてラキリエルは思わず言葉を失った。

設備の一部だけではなく床や壁に天井と、あらゆるものが金属で築かれており堪えず魔力が巡回し続けている気配が感じ取れた。


 昇降機を降りて、向かって前方に一直線に通路が伸びており、その左右に枝分かれするかのようにして大小様々な部屋が連なる構造となっている。



「用途に応じた実験部屋と加工所、書斎に加えて仮眠所が設けてある。

 普段は『亡霊蜘蛛(ネクロアラクネロ)』のルシアノンという吸血種(ヴァンパイア)が管理してくれているが

 生憎と今は都市外へと出払っている」



吸血種(ヴァンパイア)……」


 真っ先にラキリエルの脳裏に浮かんだのは、数日前のガシュラ村包囲戦で目にしたランブリック率いる強襲部隊の猛威。

 ノイシュリーベの奮戦によって早期に打破されたものの、その凄まじい突破力により百人以上の味方の兵士があっという間に犠牲となった事実は記憶に新しい。



「ルシアノンは"黄昏の氏族"のやり方に異を唱えて離反した碩学者だ。

 少々、性格に難はあるが頼りになる俺の部下だよ」


 ラキリエルを安心させるために補足を加えてから通路を歩き出そうとした時、部屋の扉の一つが開いて侍従の衣服を着た女性が姿を現した。スターシャナだった。




「サダューイン様、お戻りになられたのですか。

 今日はレイテル家のご息女達の部屋で過ごすご予定だった筈では……」


 ルシアノンに代理として魔導研究所の管理を行っていたスターシャナは、主君の背後に随伴する者の姿を目にして、珍しく驚愕の表情を浮かべた。



「何故、ラキリエル様がこのような場所に?」



「俺の意思で彼女を連れて来た。

 このまま『バルバロイ』達も紹介するつもりをしている」



「いったい何があったというのです。

 確かに、私やドニルセン姉妹も彼女のことを受け容れはしましたが

 だからといって此処に連れて来るのは早過ぎるでしょう」


 二人のやり取りを黙って聴いていることしか出来ないラキリエルだったが、沈着冷静なスターシャナの慌てようからして、この魔導研究所が如何に重要な場所であるのかを改めて理解させられていた。




「ふっ、あまりにも晴天に架かる虹が綺麗だったので幾分か気が変わったのさ。

 スターシャナ、君も付いて来てくれ」



「……分かりました。

 此処まで通しておいて、今更 お帰りいただいても意味はありませんから」


 釈然としない様子ながらもサダューインの僅かな変化を敏感に嗅ぎ取ったスターシャナはラキリエルの隣に並ぶ形で合流することにした。

 或いは、遠からずこのような日が訪れるのではないかと予期していたのだろう。



「何だか、すみません」



「貴方がこれ程までに早くサダューイン様の御心を動かすとは驚きました。

 ですが、これもまた一つの新たな分岐路なのかもしれませんね」


 申し訳なさそうに見詰めてくるラキリエルの視線を受け留めてから一礼し、主君の決定に従うべく貞淑な振舞いにて歩み出した。

 そうして直線の通路を突き進むと、更に下層へと続く階段が三人の視界に映る。




「まだ先があるというのですか」



「ああ、俺の出生のことを話す上で、避けては通れないモノが眠っている。

 昇降機で直接 降りることが出来ないのは、極一部の者にしか

 この場所の存在を明かすことが出来ないからだな」


 その途方も無い重要性を実感し、ラキリエルは思わず息を呑んだ。

 一歩ずつ降っていく階段もまた全てが鋼鉄製であり、丘上の城館とは全てが異なる建造物。まるで別世界に迷い込んだかのような錯覚を覚えた。






 [ 城塞都市ヴィートボルグ ~ 城館地下 十一階 魔導研究所 最深部 ]


 地下十一階の無機質で虚無な空間に降り立ったサダューインは、その場で何やら黙祷を捧げた後に最奥まで進み、壁の隅に隠されていた操作盤を開いた。

 盤面には幾つかのボタンや調節螺子があり手慣れた様子で静かに動かしていく。


 その間、ラキリエルはこの空間に堆積する重苦しい雰囲気を感じ取っていた。

 立っているだけで脚が震え、息が詰まるような圧迫感。まるで死の世界の入口に踏み込んだような錯覚すら覚える。



「(ここは恐らくエバンスさんが過去の御話で語っておられた)

 (ベルナルド様とダュアンジーヌ様が最期に焼却された場所なのですね)」


 そのことに気付いて思わず哀悼の意を表すべく両掌を重ね、二人の冥福と魂が無事に循環することを心より祈るのであった。


 そうこうしている間にサダューインは必要な操作を全て済ませたのか、背後を振り返ってラキリエルを直視する。

 

 

「この先は姉上やエバンスですら立ち寄ったことはない。

 そもそも、存在すら知らない筈だ」



「……なっ! 大領主であらせられるノイシュリーベ様ですらも?!」



「更に言っておくならば俺が造られた生命であることも二人は知らないよ。

 俺と『亡霊蜘蛛(ネクロアラクネロ)』の者達と、あともう一人だけ知っている子が居るくらいだ。

 だから、此処で目にした一切については他言しないでほしい」


 穏やかに告げる主君に代わり、スターシャナから鋭い視線がラキリエルに向けられる。

 万が一にでもノイシュリーベ達に告げようとした場合は、容赦なく処断すると言わんばかりであったが、ラキリエルは動じる様子を見せなかった。



「それほどまでに秘匿された禁域だったとは……。

 ですが、退く気はありません! 勿論、誰にも言わないと誓います」



「君の決意を、信じさせてもらうよ」




 ガ ゴ  ン ……     ゴ ゴ ゴ ゴ ………。


 最奥の壁が地鳴りを起こして、真っ二つに割れるかの如く左右に開いていく。

 厚さにして五メッテはあるだろうか、途方もない質量であるが、ラキリエルを真に驚かせたのはその先に広がる、更なる空間だった。



「まあ! なんて美しい場所なのでしょう」


 地底とは思えぬほど広く、煌びやかな世界。


 鋼鉄が張り巡らされた無機質な空間とは雲泥の差となる緑が生い茂り、中央には澄水を溜めた小さな湖が設けられている。

 湖面の直中には飛島があり、優雅なアーチ状の橋が架けられている光景を周囲の魔具製の照明によって余さず照らし出されていた。


 正に御伽噺(ユメ)の中のような楽園だった。




「ここは母上が夢見た世界。

 母上の理想と理念、そして幻創を体現した空間と云えるだろう。

 だが、その実態は……」


 言葉を濁して歩き出したサダューインは楽園の隅に等間隔で佇立する巨大な柱のような物体に近付いて行く。慌ててラキリエルも彼の後に付いていく。




「え、これって? まさか、これがアルビトラさんが仰っていた……」


 硝子のような、或いは水晶のような巨大な柱の中は液体で満たされており、途轍もなく大きな生き物が(うごめ)いていた。

 蜘蛛のような脚部の上にヒトガタの何かがくっ付いている。巨大蜘蛛(スキュラ)と見間違われるのも無理はなかった。


 しかし問題はそこではない。彼女達は産まれて間もない胎児のようであり、この巨大な柱がいわば胎盤。それでいて何処か試験管を彷彿とさせる。

 一本の柱につき生命体が一体。空っぽの柱も見受けられたが、ざっと見渡すだけでも十体以上は存在しており恰も生産工場のような印象を与えることだろう。


 その悍ましさにラキリエルは身震いし、急速に表情が青褪めていった。



「そう、これが話に挙がっていた魔導兵器(ホムンクルス)だよ。

 太古の蜘蛛人(アラクネア)や英雄の因子を復刻し、組み合わせて設計された生命。

 母上の研究を受け継ぎ、俺とルシアノンによって完成させた」



「これではまるで工房で造られる魔具じゃないですか!」


 初めて丘上の家屋を訪れた際に、己の工房で試験管型の魔具を制作していたサダューインの姿がラキリエルの脳裏に浮かんだのだ。



「こんな……こんなことが許されるというのですか!?」



「既に何度も言ってきていることだが、

 俺はこのグレミィル半島を護るためならば手段を選ぶ気はない。

 誰かに許しを請う心算(つもり)もない」


 少し悲しそうな瞳をしながら、サダューインは言葉を紡ぎ続けた。




「この魔導兵器(ホムンクルス)達……生体兵器『バルバロイ』は俺の切り札だ。

 我等の領土を脅かす外敵に抗う盾といったところかな。

 それと同時に、彼女達は俺や姉上の遠い親戚ということにもなる」



「…………っ!!」


 漆黒の外套を翻し、サダューインは楽園の最奥を目指して歩み出した。

 湖面に架けられた橋を渡り、一つだけ置かれた玉座らしき物体の前まで移動すると我が物顔で深々と座り込む。

 そんな彼の左隣にはスターシャナが静かに佇んだ。


 余りにも堂々と、此処が己の居るべき場所だと言わんばかりに振舞うサダューインと対面する形で向かい合ったラキリエルは、まるで御伽噺(ユメ)の本に登場する迷宮の最奥に居座る魔王のようだと感じた。


 


「サダューイン様、貴方の……貴方達のことを教えてください!」


 震える声で、楽園の玉座の主に言葉を傾ける。

 足を踏み入れてはならない場所、容易く触れてはならぬ事情であることは承知した上で、彼女は自らの意思で前へ進もうとした。



「有難う。君の勇気に心より敬意を表したい」


 一度目を瞑り、数秒を要して意思を整え、再び開眼してラキリエルを見据えた。

 彼にとっても本来ならば容易には語ることが出来ない事情なのである。




「アルビトラ殿が少し話していたが、我が父ベルナルドは『大戦期』の最中に

 下半身に大怪我を負って子供を作れぬ身体となった。

 また母上も長年に渡り呪詛や伝説の武具の研究を続けるうちに

 身体を蝕まれて子を産めぬ身体となってしまっていた……」


 後者はともかく、前者は決して珍しいことではない。

 『大戦期』とはそれほどまでに苛烈を極めた時代であり、ベルナルド以外の騎士達の中にも同様の状況に陥った者も居た。


 しかしグレミィル半島を治める立場に就いたエデルギウス家が実子を望めないとなると話は別。養子を迎えるにしても並々ならぬ政治的駆け引きが生じてしまう。

 何故ならば"妖精の氏族"のフィグリス家と婚族となることで、『人の民』と『森の民』の軋轢を鎮める架け橋になろうとしていた時期なのだから。


 更に言えば、純人種として最高峰の騎士と謡われたベルナルドと、"魔導師(トライン)"の称号を持つダュアンジーヌの血が後世に受け継がれないのは大いなる損失でもある。




「そこで母上は、あの男(ベルナルド)に一つの提案を持ち掛けた。

 英雄の遺伝子を素にした魔導兵器(ホムンクルス)を作り出して自分達の子供として育てる、と」



「それは、まさか……」



「ああ、先程 君に見せた『バルバロイ』達のように

 俺達は、あの男(ベルナルド)の遺伝子を用いて肉塊を培養し、人工的に象られた生命体。

 母上が遺した研究記録によれば、複製構造体という概念らしい」


 事実を告げられてラキリエルは絶句するより他なかった。

 それと同時に、サダューインの髪と瞳の色以外の身体的特徴は、全て父親であるベルナルドと瓜二つだと誰かが言っていたことを思い出していた。



「厳密には、あの男(ベルナルド)を素体にして母上の遺伝子情報も付け加えたというべきか。

 雄型と雌型で五体ずつ製造され、それぞれで最も優秀な個体以外は剪定された。

 色々と比率を弄り、より高い能力を宿した次世代の英雄を造ろうとしたわけだ」



「せ、剪定? それではまるで!」


 人工的に育てられる樹木、或いは実験動物のような言い方ではないか。

 それに剪定がなされたということは、それ以外の者達の行方は……。



「ふっ、相変わらず君は察しが良くて助かるよ。

 合計十体の複製構造体のうち、特に優秀そうだった俺と姉上だけが生かされた。

 他の兄弟……になるかもしれなかった個体達は全員、闇に葬られた。

 そうして俺達だけがエデルギウス家の嫡子として認められたのさ」



「…………!!?」


 流石に十人も同時に実子として育てるわけにはいかなかったのだろうし、中には遺伝子的に不安定な個体も居た筈である。

 故に双子として世間に喧伝され、他は事実の露呈を防ぐためにも殺処分となる。



「俺は魔力をほぼ貯蔵できない個体だったが、身体機能はあの男(ベルナルド)以上の素質。

 姉上は、母上の幼少期と同等の魔力量の上に両目には三重輪の『妖精眼』。

 そういった部分を評価されたのだと考えている」


 英雄と"魔導師(トライン)"の優れた部分を掛け合わせるという試みは十全ではないにしろ、ある程度は達成された形となり、エデルギウス家は無事に跡取りを確保した。



 グレミィル半島という争乱の火種が絶えぬ領土に安寧を(もたら)すために。


 より優れた次世代の英雄を産み出すために。


 子を望めない身体となった者達の切望を具現化するために。



 この楽園のような悍ましき深淵にて、姉弟は双子として誕生したのだ――






【Result】

挿絵(By みてみん)

・第34話の5節目をお読みくださり、ありがとうございました。

・というわけで、主人公姉弟はこのようにして産まれたきたわけですね。

 もしエデルギウス家が、グレミィル半島の大領主になることなく

 普通の子爵家相当として自領の運営のみを行う家柄のままでしたら

 この様な手段を採ることはなく、懇意にしている他の貴族家ないしは

 『大戦期』の間にベルナルドが見出して自軍に引き入れたクロッカス辺りを

 養子にしていたのかもしれませんね……。


・次回投稿予定は、どうにか12/31に間に合わせて

 年内に34話を締めて新年を迎えたいなと思っております!!

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