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034話『忘れ貝は御伽噺の虹を見る』(3)


「サダューイン様……」


 ただならぬ様子であることを察したラキリエルが不安そうな声を零す。

 見上げた視線の先の美丈夫は、普段よりも鋭い目付きとなっており眉間に皺を寄せて緊迫した面持ちを浮かべ始めていた。

 



「あれ? そっちのお姉さんも少し前に見掛けたことある気がするねぃ。

 たしか、すごく上手に弦楽器(フィドル)を演奏していたヒトと一緒に居たよね!」



「え、あ……貴方は、もしかしてあの時の?」


 サダューインの背後より現れたラキリエルの存在を認識したアルビトラが視線と言葉を傾けると、彼女のほうもまた過去に一度 出会ったことがある人物ということに気付いたようだ。


 彼女達は互いに面識が有った。といってもエバンスに案内されて市街地の北西区を巡っていた際に、噴水広場で偶然声を掛けられたという程度なのだが。



「ほう、アルビトラ殿は彼女のことをご存じだったか」



「そうだよー、あの時 一緒にいた狸人(ラクート)の子の演奏も印象深かったけど

 そっちのお姉さんがおいしそうに頬張ってたご飯もばっちり記憶に残ってる!」



「うぅ、食べているところを見られていたとは……恥ずかしいです」



「あの後、お姉さんに影響されて この都市でずっと食べ歩きしてるんだよ。

 あ、私はアルビトラっていいます! 冒険者やってます!」



「ラキリエル・ミーレル・ファルシアムと申します。

 ふふ、エフメラスさんのお店以外にも おいしい食事を提供されている場所は

 区画ごとにいっぱいありますものね、よく分かります」



弦楽器(フィドル)を弾く狸人(ラクート)となれば、エバンスのことだろうな。

 そんな出会い方もあるとはね」


 二人のやり取りを聞いて得心がいった素振りを見せつつも警戒は崩さない。


 そんなサダューインとは対照的にアルビトラのほうは至極リラックスした様子で銀色の尻尾をゆらゆらと振りながら、注文したミルクティーを口に含み始めた。

 樹木を彷彿とさせる仄かな香りには薔薇科の風情も混じっており、如何にも飲み慣れているように見受けられる。

 そして時折、カップの隣に置かれている冊子を読み返しているようだった。



「(この香りはディーン種か、大陸中央東部の国々で人気の茶葉だな)

 (紅茶を飲みながら優雅に冒険日誌でも綴っていた最中……か)」


 漂ってくる香りだけでミルクティーに用いられている茶葉の種類や彼女の好みをを類推していると、突如 アルビトラがはっとした表情を浮かべ始めた。



「もしかして、お兄さん達は逢引中だったのかな? かな?

 お邪魔虫みたいだったら、すぐに出ていくよぅ」



「いえ、決してまだそんな関係では……!」



「小腹が空いたので、たまたまこの店に立ち寄っただけだ。

 こちらこそ、貴方の余暇の邪魔となるのなら速やかに立ち去ろう」



「んー、ぜんぜん大丈夫だよ。

 もう少ししたら次の冒険依頼に取り掛かるつもりだったし!」


 (しおり)代わりとばかりに四つ折りにして冊子に挟んでいた依頼書の写しを取り出し、二人の前でひらひらと振ってみせた。

 そこには二日間の市街地の警備を旨とする内容が記されていた。不特定多数の冒険者に向けて発布された公的な依頼である。



「そうか、ならこのまま遠慮なく居座らせていただこう」


 六人ほどが滞在するのが精々といった広さのカウンター席のうち、右端に陣取るアルビトラから一人分空けるようにして並んで佇んだ。

 椅子が無いために来店した客達は立ったまま飲食を済ますか、持ち帰りを前提として注文するというグレミィル半島では珍しい様式である。



「(装飾品も含めて、この辺りでは見慣れない造りです)」


 カウンター席の奥には ささやかな調理場が設けられており、その周囲には様々な茶葉や食材が置かれている。


 質素な木材のみで構成された内装は単調ながらもどこか優雅さを感じさせるが、店内を見渡すラキリエルはあまり居心地が良いとは感じなかった。

 或いは最初からそういう設計なのだろう。

 さっと立ち寄り、さっと食べる。または軽食を持ち帰るための店なのだ。



「マスター、紅茶と茶請けの一つでもいただこうか。

 茶葉はナルジムのストレートで、付け合わせはお勧めのものを頼む。

 ラキリエルはどうする?」


「えっと、わたくしもサダューイン様と同じものを……。

 できればミルクと砂糖がほしいです」



「かしこまりました、少々お待ちください」


 南方鈍りの供用語を発する店主と思しき男性が応対し、慣れた様子でカップに湯を当てて温めながら必要な茶葉を取り出し計量し始める。

 なおナルジムとは、ラナリア皇国に属するナジア領内の地方の一つであり有名な紅茶の産地でもある。転じてブレンドされた茶葉の名称ともなっていた。


 元々は大陸南東部に原生する植物を改良したもので、芳醇な香りと濃厚なコクが特徴的な大衆に愛される茶葉として広く輸出されている。




「いい香りですね、お城で飲ませていただいたどの お茶よりも芳醇に感じます」



「ああ、それがナルジムの特徴だな。渋みと深みが段違いなんだ。

 城館内ではまだまだ昔からのハーブティーやベリーティーを重用しているが

 市街地では少しずつ外部からの茶葉を取り扱う店が増えてきている」


 茶漉しを使って丁寧に紅茶を淹れ終えた店主が戻ってくると、そっとサダューイン達の眼前にカップを置いてくれた。

 続いてナッツやドライフルーツが練り込んであるライ麦パンの塊を取り出し、程好い大きさに切り別けてから小皿に盛り、カップの隣に添える。



「おまちどうさま、どうぞごゆっくり」



「礼を言う」


「ありがとうございます!」


 カップより漂う香気を楽しみながら、二人は付け合わせのライ麦パンに手を付け始めた。





「それにしても大変そうだねぃ。

 この前は魔鳥の大群だったし、二日後にもまた何か来ちゃうんでしょ?

 二日間 町の見回りをしろってことは、また一騒動起きるってことだよね」


 二人が紅茶と軽食を堪能し始めてから少し間を空け、アルビトラは依頼書の内容から予測される事態について為政者側に属するサダューインに質問を切り出した。



「……そうだな。

 だが今回はアルビトラ殿の御手を煩わせるまでもないでしょう」



「んー……本当に? 大丈夫そう?」



「ええ、少なくとも大領主であるグレミィル侯爵達はそう判断なされた。

 しかし万が一ということもあるので冒険者の方々には

 不安から暴徒化する者が現れないように、町人達の支えになってほしいのです」



「そっかー、そういうことなら市街地から観戦させてもらうよ! よ!」



「貴方達が巡回してくれるのなら騎士達も万全の状態で戦うことが出来る。

 今回はグレミィル侯爵ならびに主力である騎士達の七割が揃っている。

 如何なる外敵の襲来とて退けてくれるでしょうね」



「そうだと良いねぃ……で、お兄さんは その間に何をしているの?

 騎士さん達といっしょに頑張る? それとも隠れてコソコソやるのかな?」


 纏う雰囲気、発する声色は一見すると天真爛漫で無邪気な子供のよう。

 然れど、必要最小限の言葉で必要以上の情報を引き出そうとする会話運びからは彼女が年季を経た冒険者であることを伺わせた。



「(意図して話しているのか、それとも無意識のうちにやっているのか)

 (いずれにせよ流石は最上位の冒険者の一角……油断ならないな)」


 ただでさえ眼前の狐人(フォクシアン)の冒険者は、初対面でサダューインの正体を直感的に見抜いてしまうほどの傑物なのだ。

 その愛嬌を感じさせる容姿や天真爛漫な挙措は決して偽りではないのだろうが、だからこそ彼女は常人では成し得ない速度で懐に潜り込んで来る。



「……失礼、少しお待ちを」


 一瞬だけ視線をアルビトラから外し、カウンターの奥の調理場で食器類を洗っている最中の店主を一瞥する。

 第三者に見られていないことを検めたサダューインは掌に納まる程度の大きさの金属塊を懐より取り出して、上部に設えてあるボタンを カチッと押し込んだ。


 すると席に座る三人を囲うようにして薄い大気の膜のようなものが形成される。



「んー、話し声を広めないようにするための魔具かな?」



「ご名答、流石の見識の広さですね。

 これより先は軍事機密に関わることなので、その配慮だと思っていただきたい」


 それの意味することを理解したラキリエルは、密かに息を呑む。



「誰かに聞かれたくないことなら無理に教えてくれなくて良いんだよ? よ?」



「他の一般的な冒険者が相手なら、そうさせてもらっていたかな。

 だが貴方は違う、事前に話しておいたほうが良いということもある」


 アルビトラほどの常軌を逸した機動力を持つ存在ともなれば何かの拍子に予想外の行動を採り、サダューイン達の作戦行動に影響を及ぼす可能性がある。

 であれば事前に手の内を明かしておき、間接的に自重を促しておくほうが予期せぬ事態を避けられると判断したのだった。




「(サダューイン様はアルビトラさんのことを相当に強く警戒されておられます)

 (それほどまでの大人物ということなのでしょう……)

 (お二人の話が纏まるまで、あまり口を挟まないようにしたほうが良いですね)」


 まるで中立勢力の使者と取引を行うかのような慎重さだと感じた。

 一介の冒険者を相手に彼がそこまで気を遣うのだから、アルビトラという人物が如何に常軌を逸する存在であるのかラキリエルは朧気ながら察し、内心では穏やかではいられなかった。




「貴方が言った通り、二日後に再びこの都市を襲来する者達が現れる。

 今度はエアドラゴンが五頭、そのうち一頭は"五本角"だ」



「そうなんだー! 『竜弾郷(ドラゴンバレット)』の子に狙われるなんて中々ないことだよ。

 普通のエアドラゴンでも一頭で町一つが吹き飛んじゃうよねぃ」


 驚きつつも悲観する様子は見受けられなかった。

 彼女にとって竜種は大した脅威ではないのだろう。もしかしたら常人では踏破不可能と云われる『竜弾郷(ドラゴンバレット)』にも足を踏み込んだことがあるのかもしれない。



「……幸い、この都市には対竜戦闘の経験が豊富な騎士が在籍しているし

 "五本角"を打破する算段……対竜兵器も備えているので戦力的な不安はない。

 とはいえ、流石に五頭を同時に相手に出来る筈もないので

 俺は直属の部下を率いて出陣し、全力で竜種の攪乱を行う算段をしている」



「そ、そんな……それでは自ら死にに行かれるようなものです!

 幾らサダューイン様達がお強くても、あの竜が相手では……」


 ここで初めて知らされたラキリエルは大いに驚き、思わず悲鳴に近い声色を発しながら両手で抱えていたティーカップを強く握り締めていた。

 数日前、壁上にて間近で"五本角"のエアドラゴンの暴威を目の当たりにしたからこそ、彼がやろうとしている行動がどれほど無謀であるのかを察して余りある。



「んー、この前みたいに『姿隠し(タルンカッペ)』を使いながら飛んで行って

 ちくちく削っては退避する戦い方なら、五頭相手でもなんとかなるのかな?」


 一方、アルビトラのほうはサダューインの持つ手札から現実的に実行可能かどうかを冷静に想像していた。

 直接 目にしたわけではないだろうに、サダューインもしくは彼の部下が空飛ぶ騎獣を保有していることに気付いている様子であった。



「そんなところだ。決して無為に生命を散らすような真似はしない。

 俺達の役割はあくまで牽制と攪乱、あわよくば脇腹を突く程度になるだろう。

 それによって主力の騎士達が一頭ずつ迎え撃つことが出来る状況へと導く」


 ラキリエルを安心させるために、努めて余裕のある素振りで微笑みながら説明を続けていく。


 とはいえ正面から戦うわけではないにしろ最上位の危地に自ら飛び込むことに変わりはなく、言葉で述べるほど生易しい作戦ではない。

 芯よりこの都市と、そこで暮らす人々を護りたいという強固な意思がなければ率先して従事することは不可能だ。



「つまり、おいしいところは皆に譲るってことかな?

 竜退治を成し遂げれば、それだけで有名人になれるのに奇特だねぃ」



「ふっ、俺は名声などに興味はない。

 そんなものは面子を気にする俗物の騎士共にくれてやれば良い。

 ヴィートボルグを救えるのなら、迷わず効率的な手段を採るだけさ」


 その為なら己すらも駒として扱い、平然と危地へと赴く。

 本心から語っているであろうサダューインの一挙手一投足を検めたアルビトラは得心がいったとばかりに頷いた。



「お兄さんなりに、真剣に皆のことを考えてるってことは伝わってきたよ」



「そう感じて頂けたのなら、なによりだ」



「んー、でもちょっと意外だったかな?

 この前も言ったけど、お兄さんはあんまり良くない雰囲気を纏っているから

 てっきり悪巧みが得意な邪悪なヒトかと思ってたよぅ」


 特に悪気や意図などは無く、純粋な第一印象をそのまま言葉として放つ。




「……いや違う。お兄さんはもう、ヒトじゃなさそうだね」


 無為に告げられたその一言に、サダューインは密かに冷や汗を流した。


 どうやらアルビトラは、ヴィートボルグの地底深くに眠る人造生体兵器や呪詛の研究設備、そしてサダューインの"樹腕"などに対して直感的に察知することが出来るらしく、総じて邪悪な気配として捉えているようだった。




「(まったく、やり辛い相手だな)」


 アルビトラの感性の鋭さはサダューインにとって致命的な脅威であった。

 もし彼女が口の軽い人物なら、情報を与え過ぎて暴露されてしまえばサダューインの立場は非常に悪くなる。

 かといって中途半端に否定して彼女の知的好奇心を刺激しては元も子もない。


 アルビトラの実力を鑑みるならば、その気になれば単身で地底深くに踏み込んで真相を暴きに掛かることも容易な筈なのだから。




「……貴方が感じたものに対して、否定はしない。

 だが、この力はグレミィル半島に住む者達を護るために獲得したものだ」


 なるべく堂々と、後ろめたいものは何もないとばかりに言い放つ。

 それはアルビトラに対してだけでなく、隣に立つラキリエルに向けても説明するかのように……。


 如何なる邪法に手を染めようと、領民の暮らしを護りたいという想いに変わりはないのだ。ならば、その一点を叩き付けたほうが納得してもらえると判じた。



「真っ当なやり方だけでは、我らが領土を脅かす者達には対抗できない!

 先程も言ったが、俺は効率的な手段を選択し続けただけに過ぎない」



「だから自分からヒトを辞めたってことかな?

 それとも、お兄さんは元から半分くらいヒトじゃなかったりする?」



「そんなことまで、貴方は分かるというのか」



「うん、だってこの都市の地底から漂ってくる良くない感じの気配と

 お兄さんの身体の奥底から漂ってる気配はかなり似ているし!

 その背中の、かなり危険な力とはまた別物な気がするけどねぃ」


 ひたすらマイペースに、ミルクティーを飲み干しながら、ただ感じたことを日常会話と同じ要領でそのまま話している。

 そんなアルビトラの底知れなさに改めてサダューインは戦慄し、驚愕を露わにし掛けた表情筋を懸命に制御していた。






【Result】

挿絵(By みてみん)

・第34話の3節目をお読みくださり、ありがとうございました!

・アルビトラのように経験則+直感(+天然)で切り込んで来る実力者というのは

 サダューインが最も苦手とするタイプかもしれませんね。

・次節辺りから、そろそろサダューイン達の出生の秘密に触れていきたいと思います。


・次回投稿は12/29を予定しております!

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