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034話『忘れ貝は御伽噺の虹を見る』(1)


 [ 城塞都市ヴィートボルグ ~ 城館二階 ]


 明朝より開かれた会議が一段落したのは、正午を過ぎて間もない時分であった。

 ノイシュリーベを筆頭に各部隊長、兵士長、紋章官達、そしてサダューインも参席した場では"五本角"への対処、『ベルガンクス』とセオドラ軍に対する中長期的な戦略、他の属領との連携についてなど白熱した議論が交わされたのである。


 雨の勢いは徐々に収まっているとはいえ、頭上を覆う雨雲は健在。

 地上からでは陽光が確認できないが、きっと雲の上では真上に差し掛かっている頃だろう。




「凡そは想定通りの結果に落着してくれたな。

 "春風"の扱いについて俺の意見がそのまま通ったのは、少しだけ意外だった」



「強力過ぎる手札はかえって使い処が限られる。それは何処の国でも同じ」



「ふっ、隣の大陸から渡って来た君が言うと説得力が違うな」


 大会議室を後にしたサダューインは、同伴させていたラスフィシアを連れて二階の廊下を歩んでいた。

 なお姉のエシャルトロッテは明け方からベルガズゥを駆ってボレンターナの町へと向かい、テジレアやペルガメント卿達の様子を確認しに行った。

 スターシャナは、不在のルシアノンに代わり魔導研究所の管理を担っている。



「どうあれ"春風"や第一部隊が居なくとも対"五本角"での戦力は足りている。

 襲来は明後日だ、それまでに俺達も入念に準備を整えておこう」


 会議の結果、特定の冒険者を名指しで起用するような依頼を出すことはせずに、あくまで都市内に竜種や魔鳥が侵入した際に討伐を行うという旨の依頼を不特定多数の者に向けて発布する程度に留まった。


 また図書学院から連れて来た魔法使い(ドルイド)達は"五本角"を含む五頭のエアドラゴンが到達する前にザンディナムの宿場街に向かわせることになった。即ち、『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』第一部隊の先導で明日の朝にはヴィートボルグを出立する。



「仮に"春風"の力を借りるとすれば都市から離れた場所での戦いが望ましい。

 それこそ、対『ベルガンクス』のような戦場で」



「その場合は、冒険者同士の代理戦争として見られてしまう危険性があるかな。

 冒険者の自由主義を推奨する"(トーラー)"や、コーデリオ教から反感を買ってしまう」



「それは確かに。最上位の冒険者ギルド同士の激突となれば

 『冒険者統括機構(マスカラード)』を通じて大陸中から注目の的になることは避けられない」


 つまり余程の大義名分や周到な喧伝がなければ『ベルガンクス』への対処にアルビトラを雇用するのは対外的な印象の悪化を招くため難しいということである。

 無論、彼女が自主的に強力してくれるというのなら話は別なのだが……。



「『ベルガンクス』やセオドラ軍に対して俺達が動くことがあるとしたら

 姉上が招聘した援軍部隊の働き次第になるだろうな」


 援軍部隊とはグラィエル地方の顔役であるルバフォルク子爵達のことである。

 ツェルナーの暗躍によりビョルナークごと壊滅した事実を彼等が知ることになるのは、もう数日 先のこととなる。




 歩を進める最中、二階の廊下の窓より空模様を検める。

 午前中は小雨だったが、今はすっかり雨が止んで曇天へと至っている。


「……上手い具合に止んでくれたか。

 ならば、この都市で暮らす令嬢方へ挨拶回りでもしておくとしよう。

 立て続けの襲来で不安を懐き始める頃合いだろうからね」



「ん、お勤めご苦労様。じゃあ明後日まで私達は何をすればいい?

 姉様は今日の夕方には戻って来ると言っていた」



「特には何も。強いて言うなら今のうちにゆっくりと身体を休めていてほしい。

 君とエシャルトロッテとベルガズゥには次の戦いでも頼らせて貰うからね」



「了解」



「何か火急の報せがあれば使い魔を飛ばしてくれてかまわない。

 ヴィートボルグから出ることはないだろうからな」



「あっ……待って。言い忘れていたことがある」


 ラスフィシアとは別行動を採るべく一階へと続く階段を一人で降りようとした矢先に呼び止められた。

 背後を振り返りながら彼女の様子を伺うと、やや逡巡している姿が見て取れた。説明のための言葉を選んでいるのだろうか。



「……昨日、ラキリエルに会いに行った。私と姉様とスターシャナの三人で」



「ほう? 俺が姉上の執務室に赴いていた頃かな。

 君達が親睦を深める分には、俺も姉上も特に気にはしない」


 僅か二懐いた動揺を抑えつつ、努めて平静を装って言葉を返した。

 付き合いの長いラスフィシアは、そんな主君(サダューイン)の小さな変化を瞬時に察しつつも、畳みかけるようにして本題を切り出してく。



「ラキリエルは『樹腕の幹扉(バルンストック)』の写本を解読しようとしている」



「なん……だと?」



「でも彼女は古グラナ語にはまだまだ疎く、苦戦していた。

 だから私が介添え役を申し出た……勝手なことをして、ごめんなさい」


 その場で軽く頭を下げて謝罪の意を示す。

 主君(サダューイン)がラキリエルと距離を置くことを勘案している最中だと知りながらの独断に対して少なからず負い目を感じているようだった。



「……そうか」



「禁書を持ち出した理由は勿論、貴方を深く知ろうとするため。

 貴方が背負った業について本気で向き合う覚悟だった」


 つまりラキリエルはサダューインのことを完全に拒絶したわけではない。

 覚束ない足取りながらも少しずつ歩み寄ろうとしている。

 そしてラスフィシア達はそんな彼女を認め、協力しても良いと判断した。



「君の誠実なる報告に感謝する。

 先刻も言ったが、君達が個人的に親睦を深めることは全く問題ない。

 ただ、やはり俺は暫く離れていた方が良いと思っている……」


 左掌に視線を落としながら、自戒の言葉として絞り出した。



「貴方にとって、あの女はそこまで特別なの?

 今までの貴方なら、迷うことなく自陣に引き込んでいる頃合いだと思う」



「……それは俺にも分からない。だが必ず答えを出してみせる。

 少なくとも彼女をどう扱っていくにせよ、君達に対する信頼と誠意が

 崩れることはない……それだけは、この生命を懸けてでも保証する」


 更に絞り出すようにして言葉を紡いだ。

 自分よりも聡明なラスフィシアを相手に嘘は誤魔化しを通用しないだろうし、そもそも苦楽を共にしてきた仲間に対していい加減な返答など言語道断である。



「ん、貴方にとっても、今が分岐路なのだと理解した。

 姉様達を軽んじないのなら、私はそれでいい」


 自分よりも年上であり、遥かに上背のあるサダューインをじっと見詰め続けた後にラスフィシアは納得した素振りで自ら視線を外した。

 そうして二階の資料室のある方角へと歩み出していくのであった。




「……いつもながら、彼女達には助けられてばかりだな」


 全て見透かされているような境地に至り、その事実を大いに恥じる。

 同時に、そんな自分に変わらず尽くそうとしてくれているラスフィシアには今一度の感謝の念を懐きつつ、都市内で暮らす令嬢達へ挨拶回りを行うために一階へと向かうのであった。






 [ 城塞都市ヴィートボルグ ~ 丘上の家屋 ]


 ヴィートボルグ内に居を構える貴族家の邸宅や市街地の住居を巡るのであれば、己の愛馬であるリジルに乗って移動したほうが良い。そう判断したサダューインは自宅に立ち寄り、併設する馬舎へと足を運ぼうとした。



「(誰か居る……のか?)」


 馬舎の手前に差し掛かったところで先客と思しき人影に気付く。

 しかも何やら親し気に黒馬へ話し掛けている様子であり、思わず怪訝な顔を浮かべてしまった。


 この家屋は基本的に『亡霊蜘蛛(ネクロアラクネロ)』の関係者しか立ち寄ることはない。

 そしてスターシャナ達はそれぞれ別の場所で作業をしている筈なのだ。




「……ラスフィシアさんから古グラナ語について教わる機会を得られました」


 不安と希望が入り混じった声色。背を向けているので表情は分からない。

 総身に纏う装束は群青色を基調とした生地に、白の刺し色と金糸による装飾が印象的なグラニアム地方の伝統衣装。そして半透明状の布を帯びている。



「一歩ずつですが前に進めていると思います……だから、きっと大丈夫……」


 まるで夜明け前の薄明の路を恐る恐る歩んでいるかのような独白を黒馬に効かせながら、優しい手付きで(たてがみ)をそっと梳いていた。


 一方の黒馬の方は特に警戒する素振りを見せず、むしろ弛緩した様子で己に接する人物の言葉と掌を受け容れている。ある程度 懐いているようだ。




「ラキリエル、何故ここに?」



「……えっ?」


 普段の癖で無意識のうちに足音と気配を断ちながら近付いてしまった。

 そうしていきなり声を掛けたものだから、件の人物……ラキリエルは盛大に驚いた様子で慌てて背後を振り返る。



「さ、ささ……サダューイン様!!?」


 裏返った声で反射的に相手の名を呼び、目を白黒させながら驚愕するばかり。

 一先ず、彼女が落ち着きを取り戻すまでの数十秒間をじっと待つことにした。



「……驚かせてしまって申し訳ない」



「いえ、わたくしが……その、勝手にお邪魔していただけなので……」



「…………」


「…………」


 先月の一件から、ここ数日の出来事に至るまでの諸々により両者の間には気不味い空気が流れ、思わず言葉を詰まらせてしまう。


 数十秒、或いは数分が経過したかのような錯覚を覚え始めた頃、ぎこちない口調ながらサダューインの方から言葉を発した。




「……随分と、リジルと仲良くなったようだね」



「すみません、実は……。

 サダューイン様がご不在だった時に街中まで乗せてもらっていました」


 そういえばラキリエルを乗せるために追加した補助用の鞍(サイドサドル)を取り付けたままになっていたことを思い出す。

 


「恐らくはスターシャナ辺りが許可したのだろう? ならば問題はない。

 ずっと馬舎に繋ぎ止めておくよりは、リジルにとっても良いことだ」



「寛大なる御心に痛み入ります……」




「…………」


「…………」


 再び沈黙が両者の間を支配した。


 いよいよ掛ける言葉に困窮している間にも時間は流れ続け、それまで頭上を覆っていた雨雲もまた強風によって急速に何処(いずこ)かへと流れていく。

 然れど、両者の視線は互いを見詰めるのみ。雲の切れ間より眩き陽光が差し込み始めたことなど些末な変化であった。




「あ、あの……! サダューイン様はこれからどちらに?」


 震える声で言葉を紡いぎ、今度はラキリエルの方から問い掛けた。

 建物内に入らず馬舎の方に来たからには外出するのだろうと察して。



「少々、町中を出歩いて散策しようとだけ……考えていた」


 令嬢達や信奉者への挨拶回りのため、そして業務の一環として褥を共にするために市街地に出掛ける……という事由は伏せて答える。

 明かさぬほうが良い気がした。明かして更に失望されることを、無意識のうちに避けてしまったのだ。

 したがってラキリエルは額面通りのただの外出だと受け取ってしまう。

 


「そう、ですか……でしたら!」


 更に声を震わせながら意を決して、肚の奥から絞り出すように……。



「もし ご迷惑でなければ、わたくしも連れて行ってくださいませんか?

 サダューイン様と……もう一度、町中を歩んでみたい……です」


 勇を鼓舞し、能う限りの自制心を動員して胸中の想いの一端を告げる。


 そんな彼女の心意に呼応したのだろうか?

 頭上より丁度 陽光の柱が降り注ぎ、恰も主演を彩るかの如く二人と黒馬を照らしだしていた――






【Result】

挿絵(By みてみん)

・第34話の1節目をお読みくださり、ありがとうございました。

・出来れば今話で二人の関係を軌道修正しておきたいと願いつつ

 次なる大きな戦いに繋げていきたいと考えています!


・次回投稿は12/11もしくは12日を予定しております! こうご期待ください。

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