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032話『鏡移しの交差路』(3)


 [ グラィエル地方 ~ ルバフォルク領 交易都市ビョルナーク ]


 グラィエル地方に於ける第二の都市とされるビョルナークにて、近隣の領地を治める貴族家より続々と兵が集結しつつあった。その数は、実に三千名。

 大領主であるノイシュリーベからの要請を受けて援軍部隊を送り込むべく着々と準備が進められていたのである。


 ビョルナークは交易路の途中に築かれた大きな都市だけのことはあり、軍勢を駐留させることが出来る場所や宿泊施設、豊富な物資などあらゆる面で適していた。

 またグラニアム地方、グラィエル地方、南イングレス領を結ぶエストエペ街道と隣接しているために一度(ひとたび) 集結した軍勢が解き放たれたならば凄まじい速度での行軍が可能となる。



「つまるところ、皇国海洋軍第四艦隊を指揮するボルトディクス提督は

 貴方達を味方に引き入れたいと願っておられるのです。

 勿論、鞍替えした暁には然るべき謝礼と皇国軍内での地位を約束いたします」


 ビョルナークを治めるルバフォルク子爵及び他領の領主達が居並ぶ場で、皇国海洋軍の軍服を纏った男性……ツェルナーが堂々と交渉を持ち掛けていた。

 彼はギルガロイアの肉体を改造した直後にグラィエル地方へと跳び、その足で領主達への面会に漕ぎ着けたのである。



「成程、この都市に集結した三千の兵力を

 そのままヴィートボルグを攻めるための軍勢に変えよと仰るのか」


「笑止! セオドラの如き矮小な男の軍門に(くだ)るなど悪い冗談だ」


「ベルナルド様への恩義を仇で返すわけにはいかぬ!」


 各領主達は真向からツェルナーの提案を突っ撥ねた。

 現在の大領主であるノイシュリーベに対してはともかく、彼等は先代の大領主に対して深い恩と忠誠を懐いているようである。



「……分かってはいたことだが武人の忠誠心とは頑固で、愚かなものだな」


 交渉が決裂したにも関わらずツェルナーは一切落胆する素振りを見せなかった。むしろ予定通りとばかりに不敵な笑みを浮かべている。



「交渉の余地すらないとあらば、後々のために此処で刈り獲らせていただく。

 この都市とエストエペ街道を封じてしまえば

 南イングレス領からの援軍も容易には望めなくなるだろうからな!」


 刹那、ツェルナーの総体より夥しい魔力と悍ましき気配が噴出した。

 居並ぶ大領主達は即座に腰に帯びた騎士剣を抜き放ち、彼等を守護する衛兵や騎士達も同様にそれぞれの得物を構えるが時 既に遅し。



「き、貴様! その姿はいったい……」


「何と凄まじい力だ」


「ぐぅぅ、見ているだけで頭が割れるッ!」


 ツェルナーが上着を(はだ)けさせ、心臓部分に埋め込まれた『原罪真臓(オリジネイト・コア)』を露出させると恰も毒を盛られたかの如く衛兵達は次々に床に倒れ伏した。

 完全に逃げ出す機会を失った領主達はその場に力無く(うずくま)るしかなく、一部の騎士のみが辛うじて堪えながら震える腕で剣を構え続けていた。



「ほう? 我が原罪を目にしても立っていられる者が居るとはな。

 腐っても『大戦期』を生き延びた武人ということか」


 感心したように呟きながら前方に向けて左掌を(かざ)した。

 すると、バリバリバリ……という歪な音が鳴り響くと同時に空間が裡側より捲れて一本の剣が姿を顕し始めた。



「ぬぅぅ……何が起こっているというのだ」


「駄目だ、立っていられぬ!」


 ツェルナーがその剣を手にした途端、周囲に途方も無い重力場が発生して辛うじて戦意を維持していた騎士達も(こうべ)を垂れるかのようにして床に倒れ伏してしまった。



「『魔剣アルド・カリス』……貴方達如きに披露するのは(いささ)か役不足だが

 丁度良い機会なので、此処で試し斬りをさせていただくとしよう。

 私と同じく、数千年以上に渡り封じられていたのものでな」


 空間の裡側より引き抜かれた刀身は魔剣と呼ぶには余りにも清らか。

 透き通った無垢な水晶をそのまま削り出して刃を付けたような形状で、柄の部分のみ包帯のような呪符が捲かれている非常にシンプルな造りであった。


 しかし、そのような形状とは裏腹に刀身から発せられる力は凄まじく、ツェルナー本人にも引けを取らぬ悍ましき気配を周囲に撒き散らしていた。



「斬り裂きたまえ」


 動けない騎士の傍に音も無く近寄り、魔剣を振り降ろす。

 さすらば鋼鉄製の全身甲冑すら紙細工の如く容易く両断し、肉と骨を諸共に断ち斬った。同様にして他の騎士達も一人ずつ仕留めて回る。



「……やれやれ、やはり切れ味が鈍っているな。

 動くことすら出来ない者達をこれ以上 斬っても得られるものはなさそうだ。

 もう纏めて消し飛ばしてしまった方が良いかもしれない」



「馬鹿な、グラィエル地方の精鋭達が、こんなにも容易く!」


「彼等は『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』にも勧誘されていた程の古強者だぞ……」


 最早、抗えぬ絶望を感じて力無く呻く領主達が更なる絶望に浸り始める。

 そんな彼等をツェルナーは虫を見るような目で睥睨しながら、今度は徒手の右掌を天高く掲げた。



 

「……故に我、常理を(ツェルナー)破潰する者(・ウェルゲネス)が汝等に告げる」


 古代魔法の詠唱。


 地を這うことしか出来なくなった者達の前で、悠然と旧き言葉を紡ぐ。

 旧イングレス語は勿論、古ノルド語とも全く異なる独特の発音が響き渡った。


 


 


 ――――……


 その日、交易都市ビョルナークは巨大な闇に呑まれた。


 半球形状に拡がる超重力場に拠って都市面積の大半が圧壊し、領主や援軍部隊、そして住人を含む大勢の者が犠牲となった。

 更に、奇跡的に生き残った者達には持前の呪詛を容赦なく浴びせることで濁った翡翠の如き結晶体へと変えていく。

 都市は死に絶え、後に残るは瓦礫の山と結晶体による悍ましき彫像の群れのみ。




「くっくっく……久方ぶりにチカラを振るうというのは、実に心地良い。

 しかし、この程度の破壊でここまで消耗するとは我ながら随分と衰えたものだ」


 爆心地にて独り 佇むツェルナーが、自嘲気味に(うそぶ)く。



「とはいえ、これで『ベルガンクス』に(けしか)けようとしていた援軍部隊は壊滅。

 都市ごと封鎖してしまえばエデルギウス家の奴等が事態を把握するまでに

 幾分かの時間を稼げることだろう」


 グレミィル半島内で形成されている情報網は非常に分厚い。特にサダューインが暗部として活動するようになってからは著しく強固と化した。

 ツェルナーの一手で一時的に封じることに成功したとしても、数日内には今回のビョルナークの惨劇が知れ渡るに違いない。



「(……念のため、もう幾つか この地方の町に『灰礬呪(かいばんじゅ)』を撒いておこう)

 (エデルギウス家の者達は決して侮ることは出来ない)

 (進められそうな時に、計画を前進させておいた方が良い)」


 この都市を訪れた時と同じ、完全転移を実現する古代魔法を行使して次なる目的地を目指すことにした。

 ツェルナーとて万能ではない、力を振るうには様々な制約があった。故に、動ける時に動いてしまわなければ何も成せないと自覚しているのである。



「我が呪詛は確実に蔓延していく。

 ボルトディクスという男の、醜い思惑と怨嗟に乗じてな。

 海底都市の竜の巫女、ラキリエルよ……貴方はこの事実をどう受け停める?」


 蒼光の泡に包まれて、肉体を量子単位で分解する最中。

 角眼鏡を掛けた生真面目そうな魔人(クラドゲネシス)は、遠く離れた城塞都市で暮らしているであろう、嘗て尽くした女性が何を思うかを想像しながら消失していった。






 [ 城塞都市ヴィートボルグ ~ 城館二階 貴賓室 ]


 雨雲によって覆われた空より、ぽつぽつと水滴が降り始めた頃。ラキリエルは自室で寛ぎつつ昼食を済ませていた。

 薄焼きのライ麦パン、山羊肉や豊富な野菜類がふんだんに用いられたシチュー。そして摺り潰した果実をゼラチンで固めたデザート……というよりはベリー類の酸味を強く利かせた口直しの一品が提供され、行軍中に食したどの料理よりも やはり格段に美味であった。


 この後は大領主の遠征に随伴した者達を労うための晩餐会が一階の大食堂で予定されており、ラキリエルも今宵は出席するように言われている。

 それまでの間は自室でゆっくりと羽を伸ばそうと考えていたのである。



「それでは、こちらの食器は全てお取下げいたしますね」



「ごちそうさまでした、とても美味しかったです。

 お忙しい中で食器類の回収までしていただいて

 本当にありがとうございます、アンネリーゼさん」



「いえいえ、大変な遠征をなされたばかりなのですから

 どうか細々としたことは我々に任せて、今は休息に専念して下さい」



「はい!」


 テキパキと食器を片付けて移動台に載せていく侍従頭に御礼の言葉を述べつつ、ラキリエルは食事と共に用意されていた、小指の指先ほどの大きさの固形物を口に含み入念に咀嚼を行った。


 グラナーシュ大森林に自生する樹木から採れる天然樹脂を素材とし、幾つかの薬草と澄水を混ぜて仕上げた代物で、主に食後の口内の清掃剤として活用される。

 噛めば噛むほど歯を含む口内全域に薬効が染み渡り、殺菌作用などを得られるためグレミィル半島で暮らす貴族階級の者達の間で昔から愛用されていた。



「私は午後からノイシュリーベ様のお傍に付かせていただきますので

 その間、別の侍従がラキリエルさんのお世話を担当することになります」



「わかりました」



「何かございましたら その者に遠慮なく仰ってください。……失礼いたします」


 一礼してから移動台を押して退室するアンネリーゼを見送ると、ラキリエルは図書学院より借りてきた数冊の本を取り出して(ページ)を捲り始めるのであった。






 時間にして凡そ一刻。


 備え付けの壁掛け時計の針が東角の刻を少し過ぎた頃、集中力が切れかけたのかラキリエルは一度、書物からを目を離してその場で軽い屈伸を行った。



「……これは覚悟していた以上の内容ですね」

 

 幼少の頃より巫女としての役目を全うするために育てられてきたラキリエルは、たとえ長時間の祈祷とて苦行には感じないほどの忍耐力を有している。

 にも関わらず僅か一刻で休憩の必要を感じるほど、彼女が現在 向き合っている書物……禁書『樹腕の幹扉(バルンストック)』の写本に書かれている内容が途方も無く難解であったのだ。


 なお他に借りてきた歴史書や御伽噺(ユメ)の本は、ウープ図書学院からの帰路で一通り読み終えてしまっている。



「かなり古い表現が多いせいか、辞書で調べても分かりません……」


 この禁書は全て古グラナ語で綴られているため、一緒に借りてきた辞書を併用しながら少しずつ読み進めていたことも、難航している要因の一つであった。

 ラキリエルは旧イングレス語の習得はほぼ完璧に済ませ、ラナリア皇国内で広く活用されている供用語も少しずつだが覚え始めている。


 しかし古グラナ語に関しては全く馴染みがない。何せグラナーシュ大森林に棲息する『森の民』ですら今となっては日常的に話す者は限られているのだ。

 ただでさえ忘れ去られつつある言語な上に、更に太古の時代特有の表現や単語がふんだんに使われているのだから始末に負えない。



「(サダューイン様は、このような書物を今よりずっとお若い時に……)」


 彼の場合は母方が『森の民』であり、多少は古グラナ語に触れる機会があったのかもしれないが、それを差し引いたとしても幼少の頃から難解な禁書を読み解けるだけの頭脳を有していた事実に、改めて尊敬と畏怖の念を懐くしかなかった。



「ふぅ……流石に独力でこれ以上、読み解くことは難しそうです」


 屈伸運動を行い、凝り固まり掛けていた身体と思考に柔軟さを取り戻した上で、禁書に向き合った正直な所感を吐露した。

 (ページ)数でいえば、まだ全体の二十分の一にも満たない。精々が概要を綴っている段階だというのにこの有様。全てを読み解くとなれば数ヶ月は必要だろう。


 常人場慣れした忍耐力に加え、古代魔法にも精通する知識と実践を積んできているラキリエルでさえこれなのだから通常の女学生が手を出して、直ぐに音を上げるのは無理からぬ話である。


 

 どうしたものかとラキリエルが悩み始めていた その時、コンコン……と部屋の扉をノックする音が響いた。東角の刻に振舞われる午後のお茶(フィーカ)の時間である。



「ラキリエル様、ベリーティーと珈琲をお持ちいたしました」


 アンネリーゼに代わり、お茶を届けに来たのはスターシャナであった。



「は、はい! いただきます。どうぞ、入って来てください」



「失礼いたします……」


 静かに扉を開く音が鳴り、次いで移動台を押しながらスターシャナが入室する。

移動台の上には加熱用の魔具と水の入った容器、二つのケトルに食器類、砂糖やミルクの入った小さな容器。そして茶請け菓子等が載っていた。



「……カップが四つ? それに、いつもより大きめなケトルですね」


 用意された茶請け菓子の量も、とても一人分とは思えなかった。



「素晴らしい洞察力ですわ。

 実は貴方と面会したいと申し出ている者がございまして

 もし良ければ、一緒に午後のお茶(フィーカ)を嗜まれてみませんか?」



「わたくしとですか……? 

 大丈夫です、丁度 読書で行き詰っていたところでしたので

 良い気分転換になるかもしれません!」



「承諾していただき ありがとうございます。

 僭越ながら私も同席させていただきますので……入って来ても良いですよ」


 軽くお辞儀をしながら感謝の言葉を告げた後に、部屋の外へ向けて声を掛ける。

 すると再び扉を開く音が鳴り、二人の女性が入室した。



「えっ……!?」


 来訪した者達の容姿を目にして、ラキリエルは思わず絶句してしまった。

 彼女達は揃って黒尽くめの衣装を身に纏っているだけでなく、年齢差から多少の違いはあれど目鼻立ちがよく似通っていた。同じ血を別けた姉妹なのだろう。


 思わず言葉を失ったのは、その容姿が凄く見慣れたものであったからである。

 特に背の高い方の女性はラキリエル本人と見紛うばかりに酷似していた。



「ふふっ、やっぱりね。

 その反応を見る限りだと、午前中にすれ違った時は気付いてなかったようね」


「…………」


 姉と思しき方は初対面にも関わらず気さくに話し掛けてきたのに対し、妹の方は無言でやや眉を(ひそ)めながら、ラキリエルを睨むように視線を傾けていた。


 まるで鏡に映った自分(ドッペルゲンガー)と遭遇したかのような境地に陥ったラキリエルは、只管に口をぱくぱくと動かすことしか出来なくなっていた。



「以前、離れの家屋で沐浴のお供をさせていただきました折に

 少しだけ話題に挙げたことがありましたが、覚えていらっしゃるでしょうか?

 彼女達はドニルセン姉妹、私と同じ『亡霊蜘蛛(ネクロアラクネロ)』の一員です」


 淡々とした口調で、スターシャナが説明に入る。




「そして……サダューイン様を心から愛し、

 深い関係となることを褒章に彼の理念を支えると誓った者達でございます」






【Result】

挿絵(By みてみん)

・第32話の3節目をお読みくださり、ありがとうございました。

・少し長くなってしまいそうなのでラキリエルのパートを3節目と4節目に

 跨る形で綴らせていただきます。

・移り変わる状況の中、そろそろラキリエルの立ち位置を明確にしておきたいと

 考えていますので、どうぞご期待くださいませ。


・次回投稿は12/2を予定しています。

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