031話『天空のインテルメッツォ』(4)
大領主不在の城塞都市ヴィートボルグの城館内は一際 緊迫した雰囲気に包まれていた。
『翠聖騎士団』の支援部隊に所属する魔法使い達は北イングレスにも使い魔を放って情報の収集を行っており、その使い魔が火急の報せを告げた。
また城館内に勤務する紋章官達も外交筋から同様の情報を受け取ったのである。
[ 城塞都市ヴィートボルグ ~ 城館二階 大会議室 ]
「何だと! とうとう"五本角"が動き出したというのか……。
しかも通常種とはいえエアドラゴンを他に四頭も従えて!」
「はい。北イングレスのアンプラング地方より飛び発ったそうですわね。
現在はアルシナミオス地方の上空に差し迫っているとのこと」
「ふぅむ、アルシナミオス地方といえば
北イングレスの港湾都市ティジリウムで有名な土地であったな。
……グレミィル半島まではあと どれくらいだ?」
「"五本角"は腕部を失っているためか不安定な飛行を余儀なくされています。
ナグファルルス海峡越えで日数を費やすでしょうし、目算では六日から八日」
「成程、ならば幾らか迎撃態勢を整える猶予はありそうだ」
現在、大会議室に集って対策を論じているのは『翠聖騎士団』の第一部隊長のジェーモス、第四部隊長のハンマルグレン卿、支援部隊長のバリエンダール女史。
筆頭多面騎士のエゼキエル、常備兵の頭であるルディラ兵士長、そして外交担当の紋章官数名と彼等を率いるエドヴァルドであった。
都市の防衛に深く関係することなので、守将であるハンマルグレン卿がノイシュリーベに代わって会議を取り仕切っている。
「しかしながら、対『ベルガンクス』戦に出陣したペルガメント卿が
重症を負ってしまったことは手痛い状況ですな。
第二部隊を含む防衛部隊の兵達も壊滅状態だと聞いておりますぞ」
「然様。だが奴も覚悟の上で戦に赴いた筈……。
今は容体の安定を優先させておくしかあるまい」
"五本角"の件と時を同じくして、ノールエペ街道に陣取った防衛部隊の顛末についても報告が届いていた。
ペルガメント卿は役目を完遂し、見事に『ベルガンクス』の勢いを削いで時を稼ぐことに成功したもののヴィートボルグの戦力低下は免れない。
「ペルガメント卿を含む防衛部隊の生き残りは『亡霊蜘蛛』の方々と合流して
ボレンターナの町に留まっていますわ……暫くは動けないとのこと」
「そうか、此方の件が片付いたら労いの言葉を掛けに行ってやらねばな」
先日のバリエンダール女史との会話を思い出し、ハンマルグレン卿は目を瞑って立派に作戦を成し遂げた若き同僚に対して心の裡で称賛を送った。
「それでは、対"五本角"との戦いでは第二部隊は参戦しないものとして扱う。
……アッペルバーリ殿、貴殿達の意見も聞きたい」
「凡そは貴卿と同程度しか掴んでおらぬよ。
"大樹の氏族"の方でも、急いで防衛隊を組ませて備えると言っておった」
筆頭紋章官エドヴァルドの生家となるアッペルバーリ家は『森の民』の名家であり、"大樹の氏族"が治めるベルシンガ地方の顔役でもあった。
故に、多方面で広く太い交流を持ち、流入する情報はいずれも確度の高いものであるのだが、その彼を以てしても現状以上の情報は無いと告げた。
「北イングレスに駐在させている紋章官は大いに慌てていたとも。
なるべく あちらの為政者……特に旧王家に与する者達を刺激しないように
取り繕うよう善処するが、余り長くは保たぬと思っていただきたいな」
「分かり申した。能う限り早期に"五本角"を討つよう心掛けましょう」
グレミィル半島で討ち漏らした竜種が北イングレスの一地方まで逃れて潜伏していたという状況なので、場合によっては外交問題に発展する可能性があった。
嘗ては同じ王国に属していた土地なれど、現在のグレミィル半島はラナリア皇国の一部として組み込まれているのだから……。
「私は武人ではないので詳しい戦の作法は分からぬが
"五本角"を討伐するならグレミィル侯爵のご出陣は必須であろう。
……予定では十日程の遠征であった筈だが、未だご帰還なされていないのか?」
「ええ、アッペルバーリ殿なら既にご存じかと思いますが、
ノイシュリーベ様は遠征の途中で、ウープ地方の漁村を占拠して蜂起したという
"黄昏の氏族"の情報を掴み、そちらへ対応されておられる」
「既に反乱軍を鎮圧したという報せは届いていますわ。
ただ、漁村に赴いた分だけ遠征の日程が延びてしまわれました。
恐らく、ヴィートボルグにお戻りになられるのは三日から四日後でしょう」
「ぬぅ……"黄昏の氏族"のギルガロイアが興した若人衆か。
何処までも災厄を振り撒いてくれるものだ」
氏族は違えど同じ『森の民』が引き起こした問題であるので、エドヴァルドとしても頭の痛い話であり、それ以上の追求は出来なかった。
「ノイシュリーベ様には無理を承知で急いでもらうとして、
問題は他にもありますわ」
「……と言うと?」
「"五本角"を含む五体の竜種の接近に伴って、その進路上に棲息していた
魔鳥や飛行型の魔物が、怯えながら棲み処を捨てて南下しています。
少し前の、六十羽からなる魔鳥の群れの時と同じですわね」
「生物的な本能によって新天地を目指す習性というやつだな。
して、その数は?」
「それが……使い魔の視界を介して把握した限りでは、掴みで五百。
勿論、全てがこのヴィートボルグに流れ着くわけではないでしょうけど」
「五百だと……」
「馬鹿な! いや、しかし五頭のエアドラゴンが齎す影響力を考えれば
決して不自然な状況というわけでもないのか?」
「然様。特に手負いの"五本角"は普段以上に怒りを撒き散らしているでしょう。
通常の魔物や魔鳥が恐怖を感じて我先にと逃げ出すのは有り得る話ですな」
部隊長達と兵士長が驚愕の表情を浮かべながら顔を見合わせる一方、竜種の生態に明るいエゼキエルは緊迫しながらも冷静に言葉を紡いだ。
「目算では、魔鳥達は二日後にはヴィートボルグ付近に迫るそうですわ」
「二日か……早いな、恐怖から逃れる本能が成せる速度か」
「侯爵様達が三日から四日後のご帰還となると、間に合いそうにありませんね」
「今回も冒険者達に緊急の依頼を発布して、力を借りるしかないだろう……。
それで宜しいですかな、アッペルバーリ殿?」
「打倒な措置だな、前回と同じく特別予算からの支出ならこの場で承認しよう」
為政者が公的な立場で依頼を出す場合は、大領主ないしは紋章官の承認が必要となる。緊急事態に付き、諸々の稟議は省略された。
返答を聞き遂げたハンマルグレン卿は静かに頷き、傍で待機させていた己の従者に目配せすると、従者は一礼して大会議室を後にした。
「とはいえ流石に冒険者どもを加えたくらいで五百弱の魔鳥を防ぐのは難しい。
『太陽の槍』の使用も検討しなくてはな」
「ノイシュリーベ様に対して事後承諾となってしまいますが、仕方ありますまい。
小生からも『太陽の槍』の早めの備えを推奨しますぞ」
「暫し苦難が続いてしまいそうだな……。
我が第一部隊はウープ地方の魔法使い達をザンディナムへ送り届けるために
戦力を温存させてもらう手筈だったが、そうも言ってはいられない。
ハンマルグレン卿、魔鳥討伐の際には遠慮なく我等を使い潰されよ」
「かたじけない、ベルダ卿。
五百羽からどれだけ減るかにもよるが、いざという時はよろしく頼む」
そうして緊急で開かれた会議によって纏められた事項は、使い魔を介して帰路の途中にあるノイシュリーベや、ザンディナムの宿場街に逗留するサダューインへと伝達されるのであった。
[ グラニアム地方 ~ ザンディナム銀鉱山 宿場街 ]
「……『負界』を完全に焼却する事が出来ない、だと?
お歴々がその気になれば、第一級火葬術式とて実行可能な筈ではないのか」
隠者衆の魔術師達と共に火葬術式の段取りを組んでいたサダューインは突如 告げられた予想外の報告に思わず眉を顰めた。
ヴィートボルグで対魔鳥、対"五本角"の対策に取り掛かり始めた翌日頃。
彼は銀鉱山の奥部より噴出した『負界』除去の段取りを整えるべく、宿場街の議事堂を借りて部下のラスフィシアや隠者衆の長と打ち合わせをしていた。
「正確には、坑道内の八割は浄化可能。
しかし残り二割、最も深く掘削された縦穴構造が並ぶ区画が難しい……」
長机の上に広げられた銀鉱山の仔細な地図を用いて、ラスフィシアがその小さな手を懸命に動かしながら問題となる箇所を指し示す。
其処は近年の坑道拡張計画の一環で掘削された区画であり、従来よりも遥かに地底深くまで掘り進められているようであった。
「"徒花"殿の言う通りだ、儂等も繰り返し術式の計算を行ったが
その縦穴の底まで焼却し尽くすには、仮に第一級火葬術式でも不足する」
「この地図では深さは四百メッテと記載されているが、製図記録は二年前。
つまり現在ではより深く掘られている可能性は高そうじゃのう」
「ふむ……ではどうすれば良い? あと半月以内には浄化作業を終えて
鉱山事業を再開させる目途を立てなければザンディナムは衰退してしまう」
隠者衆の補足説明が入り、事態を把握したサダューインは次善の策を求めた。
彼も魔術師として充分な知識を持っているが、素直に年の功を頼ることにした。
「無難なところでは術式を補強する触媒を大量に投入することでしょうな」
「……そうなると『焔水晶』辺り、か」
『焔水晶』とは大陸北方のキーリメルベス大山脈内の鉱山地帯で多く産出される魔晶材の代表格であり、その名の通り高密度の炎の魔力を含有している。
また素材して活用すれば浄化作用を付与することでも有名であり、病魔や呪詛に侵された肉体を灼き祓う際にも重用されていた。
しかし隠者衆は静かに首を横に振るい、隣に座るラスフィシアが言い難そうに口を開いた。
「『焔水晶』を用いるなら最高純度のものでなくてはならない。それに数も必要。
……残りの日数を考えると現実的とは言えない」
産出地が大陸北方に偏っているため、取り寄せるには相当の日数を要する上に最高純度の素材ともなれば、その価格は計り知れない金額となるだろう。
サダューインの資金力であれば後者は大きな問題ではないが、運搬に要する時間だけはどうにもならないのだ。
「では他に有用な触媒は?」
「……一つだけ、ある」
「うむ、古来より炎術や雷術の効果を飛躍的に高めるのであれば
竜種の胃袋を用いるのが最良だと伝えられておる」
「竜種の胃袋、即ち竜語魔法を放つための要となる器官ですからな。
触媒に用いれば確実に全ての坑道に火葬術式を行き渡らせられるでしょう」
「成程……決して入手は容易ではないが、高純度の『焔水晶』に比べれば
幾らか融通して貰える可能性はありそうだ」
能う限りの伝手を頼れば一つや二つくらいは手に入るだろう……とサダューインが目算を付け始めた時、勢いよく部屋の扉が開かれて慌てた様子のエシャルトロッテが入室して来たのである。
「大変よ、サダューイン! スターシャナから緊急の伝令が届いたわ」
「……何か、予想外の事態でも起こったのか?」
努めて冷静に応じる。主君である己が慌ててしまっては、悪戯に不安を広めてしまうだけだと理解しているが故に。
「ええ、私達が居ない時にヴィートボルグを襲撃したっていう
"五本角"のエアドラゴンが手下を連れて舞い戻って来るそうよ。
しかも、その影響で五百羽を超える魔鳥が先行しているんだとか!」
「五百だと……? 到着まではどれくらい掛かる?」
「魔鳥は明後日! "五本角"は五日から七日だそうよ」
「そうか、既にハンマルグレン卿達が対策を講じている頃合いだとは思うが
彼等だけでは危うい。此方からも介添えをする必要がありそうだな」
ノイシュリーベを含む半数以上の騎士を欠いた状態で五百の魔鳥を迎撃するとなれば、不可能ではないにしろ相当に厳しいと捉えるのは妥当な判断であった。
「……サダューイン、魔鳥はともかく"五本角"は渡りに船。
上手く討ち獲ることが出来れば、こちらの問題も一緒に解決できる」
「おお、確かに! エアドラゴンの胃袋ともなれば最上級の触媒じゃのう」
「どちらかと言えば雷術への適正の方が高いと思われるが
『竜弾郷』より飛来した強力な個体ならば関係なかろうな」
ラスフィシアの見解に隠者衆もそれぞれ同意を示した。
「よし、我々は直ぐに戦支度をして飛び発つとしよう。
ラスフィシア、この会議は一時中断する。君も付いて来てほしい。
エシャルトロッテ、済まないがベルガズゥを頼む」
「了解」
「そう言うんじゃないかと思って、既に準備は出来ているわ!」
快く承諾してくれたドニルセン姉妹に向けて笑みを傾けながら頷き、続いて宿場街に残すこととなる隠者衆へと視線を向けた。
「ご老人方、そういう訳ですので暫く街を空けさせていただきます。
最初に提案した期日にはお歴々をカルス・ファルススに送り届けますので……」
「心得ておるよ。貴殿達が無事に危難を乗り越えることを願うとしよう。
ジグモッドの奴からも固く希われたことだしのぅ」
「貴殿達が触媒を入手されて、ウープの魔法使いが到着したら
直ぐにでも火葬術式を展開できるよう備えを進めておきますぞ」
「痛み入る! エデルギウス家の家紋に誓って、
外敵を退けた上で必ず竜種の胃袋を持ち帰ってみせましょう」
席より立ち上がり、黒尽くめの装束の上に漆黒の外套を羽織りながら議事堂を後にする。
最速で飛べばヴィートボルグに到達する魔鳥を側面から叩ける算段であった。
【Result】
・第31話の4節目をお読みくださり、ありがとうございました!
・北イングレスの地方名がちょろっと出ておりますが、本編ではそう何度も
関わることはありませんので「そういう場所もあるんだ」くらいの感覚で読み流していただければ幸いです。
・次回投稿は11/24を予定しています!




