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031話『天空のインテルメッツォ』(3)


 ピシッ……! ピシッ……!!


 鋭く研ぎ澄まされた気迫の激突に晒された大気が、悲鳴を挙げる。

 恰も氷河に罅が(はし)るかの如き怪音が鳴り響いた。



「ぐぅ……な、何なんだ……この女は」


「はぁ……はぁ……息が……」


 先に根負けしたのは三名の冒険者側の内の、後方の二人。

 冒険者ギルド『ベルガンクス』に所属するアッシュという名の純人種と、彼の友人でもある犬人(デミ・クーシー)


 二人は呼吸することすら困難となっており、全身からは夥しい量の汗を垂らしながら震えていた。最早、得物を構える力すら残されていない有様だ。



 その一方で二人を率いて此処までやって来た『ベルガンクス』の幹部、クロッカスは緊迫した面持ちながらも二振りの刀剣を堂々と構えている。

 常に漂々とした態度を崩さぬ彼女の姿を知る者達からすれば、一切の余裕を感じられない今の姿は信じ難いものに映ることだろう。


 数日前に交戦した巨大な生体兵器『バルバロイ』 二体を同時に相手取った時でさえ、此処まで緊迫した姿を見せることはなかったのだから、この壁上で遭遇した狐人(フォクシアン)の冒険者が如何に常軌を逸した存在であるのかを物語っていた。




「(このヒトは……かなり強いねぃ)

 (少なくともグレミィル半島で出会ったヒトの中だとダントツだよぅ)」


 クロッカス達と対峙するアルビトラもまた普段の天真爛漫な表情は消えていた。 油断していたり、不意の一撃を貰えば敗れる可能性がある程度には強敵だと瞬時に察した。

 故に、やや身を沈めて居合貫きの構えを採り続けているのである。



「…………」



「…………」



 ピシッ! ピッ……  ガィィン!!


 両者が放つ気迫は(いささ)かも衰えず激しさを増し、とうとう一縷(いちる)の均衡を保っていた空間が砕ける異様な音が木霊した……その瞬間。



「うぐぅぅぅ……!」


「はゅぅぅ、はひゅぅぅ!」


 後方の二人は遂に息が出来なくなり、肌が土気色になって泡を吹いて壁上の床に倒れてしまった。このままでは戦わずして廃人化、或いは生きた屍と化すだろう。

 部下達の意識が途絶え掛ける気配を察したクロッカスは、静かに構えを解いた。




「んふっ♥ これはちょっと無理そうね~、今日のところは出直すわぁ」


 二振りの刀剣を鞘に納め、両掌を軽く挙げて降参の意を示す。



「ん……」


 構えを解いて得物と戦意を収めた相手に倣い、アルビトラ側も得物の柄より掌を離して構えを解いた。その途端、破裂した空間が徐々に平穏を取り戻し始める。




「アタシは『ベルガンクス』所属の冒険者、クロッカスよん♪

 だいたい察しは付いちゃったけどぉ、貴方のお名前を伺ってもいいかしら?」



「……アルビトラ。特定のギルドには所属してないよ」



「やっぱり! そうじゃないかと思っていたけれど、本物の"春風"だったとはね。

 この都市に足を踏み入れた瞬間に出会ったのは何かの運命かしら?

 ま、いいわぁ……素敵な番人さんに免じて今日は引き下がっちゃう」


 普段通りの雰囲気と喋り方に、早くも戻っている。

 呆れるほどの切り替えっぷりであったが、それはアルビトラも同じであった。



「おにーさん? それとも、おねーさん? は何をしにやって来たの?

 この都市に住んでるヒト達に悪さするつもりなら、見逃せないよ!」


 わざわざ結界魔法が張られている城壁を、宵闇に紛れて登攀して侵入しようとしたのだ、真っ当な理由とは到底思えない。



「んふふ……性別はヒミツ♥ 目的は、いわゆる偵察ってやつかしらぁ?

 でもアタシ達はちょ~っと警戒されちゃってて正面からじゃ中に入れないの。

 だから一念発起して壁を登ってみたけれど、この有様ってワケ」


 現在、正規の出入り口では都市に入る者達に対して厳重な検査が行われていた。

 大領主であるノイシュリーベや『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』の半数近くが出撃している上に、サダューインや『亡霊蜘蛛(ネクロアラクネロ)』の大半も拠点を空けている。


 多方面に同時に人員を割いているため、ヴィートボルグの守りが手薄になってしまっているので警備を厚くせざるを得ない。

 ヴィートボルグまで最速で駆け抜けたクロッカス達は、そういった盤石な備えに直面してしまった。



「二十年ぶりくらいにこの都市に戻って来たけど……すごく発展したわねぇ」


 懐かしそうな声色で、壁上より街灯が燈り始めた市街地を一望してみせた。



「昔に比べて沢山のお店が建って、ヒトも増えて、道行く人達もみーんな笑顔。

 魔鳥の襲来の直後なのに、一日の仕事終わりに酒場に寄って楽しんでる♪」



「……そうだねぃ」



「アルビトラちゃんは、今のヴィートボルグは気に入ってくれた?」



「ん、すごくいい都市だとは思うよ!

 食べ物もおいしいし、私みたいな冒険者や旅人への待遇も結構いいし!」



「んふふ♥ それは何よりなことねぇ~。

 それもこれも、先代の大領主であるベルナルド様が礎となられたからこそ!

 そして今は彼の子供達が、この都市だけでなく半島の全てを牛耳ってる」


 目を瞑り、深呼吸をしてから言葉を紡ぎ続けた。

 その口調は何処か芝居がかっていたが、同時に在りし日の過去を思い返しているようでもあった。



「一見すると清廉潔白で模範的な城塞都市! 豊富な食糧、行き届いた治世。

 優れた魔具設備の恩恵で清潔さも保たれている。

 だ・け・ど……その裏では、どんな悍ましきものを抱えているのかしらね?」


 丘上の城館を見上げ、次いで垂直に視線を落として遥か地底を見据えた。

 奇しくもアルビトラが違和感を感じた場所と同じである。



「……アルビトラちゃんだったら、もう気付いているんじゃない?

 あの辺りから危険な香りが、ぷんぷん漂ってる♪」



「それは……まあ、そうだね」



「んふっ♥ アタシねぇ、見ちゃったのよ。そして戦っちゃったの。

 この都市から放たれたかもしれない化け物達とね……すごかったわぁ」


 両掌を己の頬に当て、うっとりとした光悦の表情を浮かべる。

 つい先日、悍ましき化け物達と斬り合った高揚感を思い出しているのだが、そんな事情を知らぬアルビトラは若干ながら引いていた……。



「アタシ達『ベルガンクス』が受けた依頼は、この都市に攻め込むお手伝い。

 ここの大領主達に深い恨みを懐いている困ったヒトに雇われているの」


 あっさりと白状する。

 先んじて自らの目的を開示することで相手の懐に潜り込む算段なのだろうか。

 いずれにせよアルビトラは、もう少しこの二刀流剣士の出方を伺うことにした。



「だけど今は、この都市に隠された真実を暴いてみたいと考えているの。

 ……だってそうでしょう? 幾ら住人が笑顔を浮かべて暮らしていたとしても

 為政者が変なことをしていたら、途端に不幸になっちゃうもの」



「んー……ここの大領主さんが、実は悪者ってことかな? かな?」



「それはまだ分からないわぁ? そういう可能性もあるってだけの話ね♪

 大領主のノイシュリーベちゃんは真面目に仕事をしていたとしても

 周りのヒト達が悪さをしている可能性だってあるもの」



「うん、そういう国を見たこともあったよ。

 ……すごく いい土地だったけど、最後は残念な結末だったねぃ」


 五百年間、冒険者として旅を続けたアルビトラの人生ならばこそ、思い当たる節が幾つかあった。


 彼女が想起したのは、正義感が強く真っ直ぐな性格の王が治める国……然れど、腐りきった奸臣達が国の節々で巧妙な搾取を続けたがために、限界に達した民衆が反乱を起こして王を含む善良な為政者まで根絶やしにされたという事例である。

 その後、反乱に成功した民衆達も内部分裂を繰り返し、多くの死者を出して最終的には国が一つ地図上から消えてしまったという。

 


「まあ、そういうわけだからぁ? この都市を少し調べてみたいと思っているの。

 ……今日はこのまま お(いとま)するけど、いずれまた会いましょうか。

 貴方ほどの武人となら、じっくりお茶会するのも楽しそうだわぁ♪」


 本人としては可愛らしい仕草のつもりでウィンクを送ってから、二人の部下達を叩き起こして城壁より飛び降りて行った。



「はぁ~……いろんなヒトが居るもんだねぃ」


 思わぬ強敵との遭遇を経て、真っ先に思い浮かんだ素直な所感を零す。

 どうあれヴィートボルグへの潜入を防いだのだから充分な成果であろう。


 アルビトラが受けた依頼内容はあくまで魔鳥の迎撃だけである。

 故に、クロッカス達が速やかに退くというのなら深追いをする道理は無かった。むしろ彼女達を追って持ち場を離れるほうが問題となる。


 その後は特に何事も起きず、農民達が無事に城壁内の家に帰宅したことにより、アルビトラは依頼を完遂して増額された報酬を受け取った。

 満面の笑みを浮かべながら市街地の飲食店、特に酒場を巡り大いに空腹を満たしたという。






 [ 北イングレス ~ アンプラング地方 ニケイル大空洞 ]


 グレミィル半島より幾許か北方に位置する北イングレスの更に北端にはアンプラングと呼ばれる地方が存在し、大陸中部から北部に跨って聳え立つキーリメルベス大山脈の麓を要していた。


 キーリメルベス大山脈の各所には精霊が好んで集う特別な場所が幾つか見受けられ、いずれも膨大なる魔力の源泉となっている。

 故に、魔力を浴びた魔晶材(マテリアル)が豊富に精製されているだけでなく、土地そのものが一種の特異点と化している可能性を秘めていた。



 『ニケイル大空洞』と呼ばれる場所も その一つ。


 常人では決して立ち寄ることが出来ないような深い洞穴の奥底には、魔力が溶け込んだ地底湖が存在するのだが、地熱の影響によって水気が蒸発することにより、絶えず湯気が漂う蒸し風呂(サウナ)状態となっていた。


 湯気は高濃度の魔力そのもの。純人種が無作為に足を踏み入れたならば、一瞬で魔力酔いの症状に陥ることだろう。

 長く留まれば脳髄を含む肉体に悪しき影響を及ぼすことになり、数時間でヒトガタの魔物へと成り果てる。

 



「グゥルルル………」


 斯様な危険地帯にて、率先して己の肉体を漬け込み傷を癒そうとする者が居た。当然ながらヒトではなく、付近に棲息する魔物や精霊の類でもない。



「グルォォ……」


 静かな唸り声を挙げて耐えているのは痛痒によるものか、或いは屈辱か。

 地底湖に浸された巨体には左腕の肘から先が喪われており、竜殺しの呪詛を受けた右腕は自ら喰い千切った。

 左脇腹の竜鱗は砕かれた上で深刻な刃傷を負った。右目、頭部、尻尾、脚部なども大戦鎚(グレートハンマー)による痛打を浴びた……正に満身創痍である。


 先日のヴィートボルグでの戦いでノイシュリーベ率いる『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』の猛反撃を受けて敗走を余儀なくされた"五本角"のエアドラゴンであった。



 濃厚な魔力が満ちる空間を本能的に探り当て、何日も留まり続けることで消耗した体力と魔力の補填を試みているのである。

 その甲斐あってか致命傷を受けた傷口はすっかり塞がっていた。

 欠損した腕部の再生こそ適わないものの、雪辱のための再戦を行える状態までには力を取り戻したといえるだろう。




「グルォォ!! ……グゥゥウオオオ!!」


 能う限りの回復を果たした"五本角"は直上に向けて顎門(あぎと)を開き、凄まじい咆哮を何度も何度も繰り返した。


 『ニケイル大空洞』の地底湖は、天井部が吹き抜け構造となっており、天空より降り注ぐ陽光に照らされている。

 つまるところ"五本角"の咆哮は内部で反響するだけでなく、外部に棲息する生物の耳にも届いた。恰も仲間を呼び寄せるかの如く……。




「グギュルル」

「グゲェ……?」

「ギュァァ! ギュゥグゥ」

「グゥゥ……フシュゥゥ……」


 数刻が経過した後に、呼び掛けに応じて大山脈の彼方より飛来した者達が悠然と地底湖に降りて来る。

 同じく竜種。"五本角"でこそなかったものの、いずれも立派な翼を持つ野生のエアドラゴンが四体 集ったのである。


 

「グゥゥッ……グォォオオ!!」


 同種のを見咎めた"五本角"は地底湖の湖水より這い出ると、未だ健在なる翼を広げて羽搏き始めた。今こそ雪辱に赴く時である、とばかりに。


 これは竜種にとって生涯を賭しての決意。己に敗北を刻んだ憎き敵を何が何でも亡ぼすために、同種の(たす)けを借りてでも成し遂げようとしているのだ。

 徐々に高度を上げながら飛び発つと野生のエアドラゴン達は、まるで従者の如く"五本角"を追随し始める。




「グォォォオオオオオオ!!」


 やがて雲すら飛び越えて天空へと至ると、今一度 全力で竜の咆哮(ドラゴン・ロア)を挙げて周囲一帯に轟かせた。

 剥き出しの憎悪を四方八方にぶちまける、絶対的な捕食者の全てを賭した誓い。

 大山脈の麓の大地が震え、地を這う生き物は大いに怯えて竦み上がっていた。


 そして……。



「……ッ! ギィゲェェ!!」

「ギィア! ギゲェィ……」

「ギッ ギュゲェ!」


 付近に棲息していた鳥類や魔鳥達も生命の危機を感じ取り、一斉に逃げるようにして樹木から飛び発ってしまったのである。その数は、百や二百ではなかった。

 怒れる"五本角"のエアドラゴンの凄まじさ、此処に極まれり……。






【Result】

挿絵(By みてみん)

・第31話の3節目をお読みくださり、ありがとうございました!

・2章で主人公と因縁を築いていた"五本角"の再始動でございます。

 如何なる影響を及ぼすのか、どうかご注目いただければ幸いです。


・次回投稿は11/23を予定しています! こうご期待ください!

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