031話『天空のインテルメッツォ』(1)
【第2章までのアルビトラのあらすじ】
狐人の冒険者アルビトラは、ウォーラフ商会の商会長であるヴィルツの護衛として彼の飼い竜に乗ってグレミィル半島にやって来ました。
湖都バステナルの湖賊や、ザンディナム銀鉱山の魔獣等を倒しながらヴィートボルグへ向かう途中で雇い主のヴィルツが一時帰国することになり、彼が戻って来るまでの間 アルビトラは一人でグラニアム地方を旅することになりました。
[ 城塞都市ヴィートボルグ ~ 市街地 冒険者統括機構支部 ]
「緊急の依頼が入りました!
手の空いている冒険者の方々はお集りくださーい!」
市街地の北西区、『冒険者統括機構』のヴィートボルグ支部の建物内では職員達が慌ただしく駆け回りながら声を張り上げ、人手を募っていた。
『冒険者統括機構』とは、地上世界に存在する全ての冒険者の管理を行っている組織であり、現代の冒険者達が各国で自由身分を担保されている背景には、この組織の存在が大きな影響を及ぼしている。
冒険者資格を発行し、功績を挙げた者には然るべき地位と特権を保証する。
世界各地の都市や大きめの町に支部を築き、迅速なる依頼の伝達や報酬の支払い、情報共有など多岐に渡って活動しており、時には現地の権力者からの緊急の依頼にも対応することで地域に根差している。
「皆さん、お偉いさんからの討伐依頼ですよー! 稼ぎ時でーす!
北東の方角からこの都市に魔鳥の群れが接近しています!」
「推奨されるのは第三等級以上の冒険者になりますが、
後方支援だけなら第五等級でも大丈夫です」
急いで用意されたのであろう依頼書の写しが、張り出し板に何枚も並べられることでより多くの者達の目に留まり易くなる仕組みであった。
「魔鳥ギィルフルバだって? そいつはこの前も飛んで来てたんじゃない?」
「そうそう、あの時は騎士や兵士が速攻で返り討ちにしてたじゃないか」
「知らないのか? 今はその騎士達の大半が出払ってるんだよ。
だから人手が足りなくて俺達に仕事が回ってきたんだろう」
その場に居合わせた冒険者達が口々に相談を行い、依頼を受けるかどうか検討していく。緊急の依頼ということで通常の討伐依頼の相場よりも何割か報酬額が多めに提示されているようだ。
「あっ! 私、受けるー! 丁度 手が空いたところだったんだよねぃ」
女性の冒険者が元気よく手を挙げて、職員が詰める窓口の前まで とことこ歩いていった。純人種ではなく獣人種と思しき風貌、それもこの辺りでは珍しい銀色の狐耳と尻尾を生やした狐人。
夏だというのに青い長羽織を纏い、腰には反りのある刀剣を佩いている。
「一番乗りですね! それでは冒険者証をお願いしまーす」
「はい、どうぞ!」
冒険者証とは、その名の通り冒険者の身分を示す代物で『冒険者統括機構』が一括して発行と管理を行っている。
個人情報だけでなく冒険者としての等級や実績なども事細かに記されていた。
この冒険者証を提示さえすれば依頼を受ける際の諸々の面倒なやり取りや、契約事項は全て職員の方でやってくれるのである。
そんな日常的な手続きが成されていたのだが、ふと職員の手が止まった。
「え、え……貴方、まさか! アルビトラ……さん!?」
「そうだよー、よろしくねぃ」
若い職員が驚愕に満ちた表情を浮かべ、窓口の前に立つ狐人の顔と冒険者証を交互に、何度も見返していた。
その名を聞き遂げた周囲の冒険者達の一部が ざわつき始める。
「あ、アルビトラだって……っていうと"春風"の二つ名持ちのか!?」
「誰だ、それ?」
「馬鹿、知らねぇのかよ! 大陸各地で物凄い数の依頼を熟して来た冒険者だ。
この前もザンディナムの魔獣を一人で全部片付けたって話だぜ!?」
「マジかよ……何でそんな凄ぇ奴が……」
そんな周囲の声など一切気にする素振りは見せず、アルビトラ本人は ぽへーっとした表情のまま職員が手続きを済ませてくれるのを待っていた。
なお二つ名持ちの冒険者というのは非常に限られた存在であり、一般的には第一等級と呼ばれる上位層の更に上に昇り詰めた者のみが冠する称号でもあった。
有名どころでは"海王斧"バランガロンや、"北方の勇者"レギ・ゼオなどが挙げられる。
「これは好機だぞ。"春風"のアルビトラも依頼を受けるっていうのなら
安全に大稼ぎが出来るかもしれない」
「ああ、想定外の魔物が来たとしても、あいつなら何とかしてくれる筈だぜ」
「……他人に頼って依頼を受けるようじゃあ冒険者として終わりだろ。
だけどまあ、俺も"春風"の戦い方には興味はある。間近で見る良い機会だな」
二つ名持ちの参画を確認した有象無象の冒険者達はこぞって湧き立ち、我先にと空いている窓口に殺到し始めるのであった。
「有名人の影響力って凄いですね~。
……あ、手続きは完了しましたよ」
「ありがとう! 早速、今日から魔鳥を撃退していくね!
実は ちょっとお財布が寂しくなっていたところだったんだよぅ」
「そうなのですか? アルビトラさんほどの冒険者でしたら
もっと莫大な報酬を得られる依頼を熟されていると思っていました」
「えへへー……私の場合、稼いでも稼いでも食費で消えちゃうんだよねぃ。
特にこの都市は、おいしい食べ物を売ってるお店が多いから!
あっという間にお金が無くなっちゃった……」
「あら、まあ! なんだか意外ですねー」
見た目の割にかなりの大食いなのだろう。そして臨時の討伐依頼を受けるというのに、この緊迫感の無さ……唯我独尊の上に天然ぶりが感じ取れた。
とはいえ、恥ずかしそうに頭を掻きながら申告するアルビトラの様子を見咎めた職員は意外そうな表情で驚きながらも、ここ数年のグレミィル半島に於ける豊富な食材の流通事情を思い出して、彼女の言わんとしていることに納得した。
ノイシュリ―ベが大領主を継いでから二つの民の交流がより盛んになった。
そしてサダューインが経営する交易会社の影響により他の属領から様々な品物が流入するようになったことも合わさり都市の賑わいが一層と増していた。
引き続き職員と幾らかのやり取りを交わした後、アルビトラは建物を出て城塞都市を囲む外側の壁へと向かった。
依頼内容は、この都市に襲来する魔鳥ギィルフルバの迎撃。
報酬額は日当で十五エディン。第二等級以上の冒険者なら二十五エディン。
更に、魔鳥を討伐した数によって増額される。
時期にもよるがグレナ金貨一枚が凡そ十五エディンに相当するので、この手の討伐依頼としては中々の好待遇だと云えるだろう。都市が栄えている証拠であった。
「えへへー、これが終わったら また北区のお店をいっぱい試してみよっと♪」
これから魔鳥の討伐に向かうというのに、まるで鼻歌でも歌い出しそうな足取りで白亜の壁を垂直に昇っていく。
数日前に北区の噴水広場で見掛けた瑠璃色の衣装を纏った綺麗な女性が、おいしそうに頬張っていた軽食を目にして以来、アルビトラはこの都市の市街地での食べ歩きにすっかりと嵌っていたのである。
[ 城塞都市ヴィートボルグ 外側の城壁 ~ 壁上 ]
「ほいっ……と」
四十メッテ程の高さを誇る城塞都市の第一の壁を登りきって、しゅたっ! と、壁上の床に着地してみせた。壁上の幅は十メッテ程といったところであろうか。
本来なら各所に等間隔で設けられている側防塔の内部の螺旋階段を一段ずつ登っていくのだが、"春風"のアルビトラにそのようなものは必要なかった。
「お、おい……あいつ、市街地側から直接 跳んで来なかった?!」
「はぁ? 馬鹿言うなよ、此処まで何メッテあると思ってるんだよ」
「見間違いじゃないか? この外壁の壁上近くには『環状風廊』が施されている。
魔法や魔術で飛び越えようとしても叩き落とされるだけだろ」
先に壁上に居合わせていた他の冒険者のうち、アルビトラの到着を目撃した者達が驚愕とともにヒソヒソと話していた。
『環状風廊』とは結界型の魔法の一種で、その名の通り循環する風の路を永続的に作り出すことで地上からの侵入者の接近を阻む効果があり、これにより外壁への登頂はより困難となっていた筈なのである。
「うわぁ、すごくいい眺めだよ!
ヴィルツくんの飼い竜に乗せてもらっていた時とは、また違った趣があるねぃ」
やはり周囲の声など一切気にする素振りを見せず、掌を水平に傾けて おでこに当てながら遥か遠方の山々を一望した。
北西の方角を見やれば都市に隣接するシーリア湖という風光明媚な景色が広がっており、更に北へと目を向ければ広大なるグラナーシュ大森林が生い茂る。
丘陵地帯の中腹とはいえ、四十メッテの壁上からの光景は中々のものであった。
この分なら丘上の城館や、その周囲を囲む第二の壁の上から眺める景色は更に素晴らしいものなのだろう。
「だけど……何か変なのも混ざってる」
急に声調を落とし、少し真面目な表情を浮かべながら丘上の城館を見上げた。
そして徐々に視線を落としていき、丘陵の遥か底……地底辺りを見据える。
其処はサダューイン達が管理する『魔導研究所』が存在する位置であった。
長年、冒険者として生き延びてきた彼女だからこそ感じる違和感。数々の修羅場や大冒険を潜り抜けるうちに、研ぎ澄まされていった直感とでも云うべきか。
この城塞都市は清く、立派で、皆が一生懸命に今を生きている……しかし地底部だけは悍ましき何かの気配を感じずにはいられなかったのだ。
表には出せないような何かを隠している、とアルビトラは漠然と察した。
「魔鳥だ! 魔鳥が近付いて来たぞ!」
他の冒険者の叫び声が耳朶に響き、アルビトラは視線を北東の空へと移した。
かなりの距離があるため壁上からでは黒い点々のようにしか見えないが、確かに何かの群れが近寄っている様子が伺える。
声を発した冒険者の方を見てみると、どうやら細長い筒……携行用の望遠鏡か何かを駆使して接近を把握したようであった。
「んー……だいたい二十羽ってところだねぃ」
大した数ではないが、それでも市街地に降下させてしまえば住人達に被害が及ぶことだろう。
アルビトラは長羽織の腰部に括り付けている丈夫な革紐の先……
粋然刀と呼ばれる得物の鞘を、左掌で掴んで握り締めた。
「ギィゲエエ!」
「ギェッ! ギギェッ!」
「ゲェェン!!
いよいよ城塞都市の上空にまで迫った魔鳥の群れは、概ね三通りに別れた。
丘陵の各所に設けられた果樹園を目指して降下する個体達。丘上の城館を目指した個体達。そして市街地を目指して外壁に近寄る個体達の三つである。
アルビトラの立つ外壁の真上でも正に今 六羽ほどが通り過ぎようとしていた。
「今だ、撃ち落とせ!」
「一羽 狩れば五エディンの追加報酬……ぼろい儲けだぜー」
弓を構えた冒険者が次々に射掛け、魔術の心得のある者達もそれぞれが得意としている手管を披露する。矢に炎弾、氷針、雷撃に風刃などが一斉に飛び交った。
「ギェェン! ギィゲッゲッ!」
しかし魔鳥の機動力は相当に高く、壁上より放たれた攻撃を見咎めた瞬間には両翼を斜め後方に広げて鋭く滑空し、大きく旋回することで容易く避けきった。
回避と同時に急降下。魔術を放っていた者に狙いを定めて鉤爪を突き出し、擦れ違い様に容赦なく切り裂いたのである。
他の個体達も同様にして次々と壁上に降下して冒険者達に襲い掛かった。
「……く、くそぉ! 全然当たらない」
「きゃああ! ち、血が!」
「伏せろ! 半端に盾を構えると腕ごと持って行かれるぞ」
魔鳥の体躯は両翼を広げても三メッテから四メッテ程、そこまでの大きさではないものの滑空時の速度は目を見張るものがあり、特に急降下の勢いを加味して繰り出される鉤爪は軽装の冒険者達には脅威であった。
冒険者と一口に言っても実に様々であり、その実力には大きな隔たりがある。
平均的には各貴族領の常備兵と同等か、やや下回るとされているが極一部の例外だけは常備兵どころか精鋭騎士すら上回る者も存在する。
「(今、壁の上に居る子達は第三等級くらいかな? かな?)
(あんまり連携が取れていないみたいだし、ちょっと荷が重いねぃ)」
反撃を受けて狼狽える同業者達を冷静に分析する。どうやら自分が率先して動かなければ、彼等は魔鳥を撃退するどころか生き残れるかどうかすら怪しいようだ。
「んっ……往くよ!」
急降下した後に、再び翼を羽搏かせて高度を稼ぐ一羽の魔鳥に狙いを定め、細く短く息を吸い込みながら右掌を突き出した」
「『――風紡』」
詠唱と同時にアルビトラの右掌に魔力で編まれた風が収斂される。
幾重にも折り重なって恰もロープの如く束ねられし風塊を、対象に定めた魔鳥に向けて射出した。
「ギィゲャア……!?」
着弾と同時に、風塊のロープが魔鳥の総体に絡み付いて固着する。
突然の事態に驚愕の表情を浮かべるが、幾ら翼を羽搏かせようとも魔術で編まれた風塊を振り解くことは出来なかった。
其はアルビトラが長い年月を掛けて編み出した独自魔術。
一節にも満たない詠唱ないしは鍵語のみで発動する、短さを窮めた術式。
徹底的に無駄を削ぎ落し、発動時間と戦術的効果のみを追い求めて研鑽を重ねた"春風"の真髄であり、四十メッテの壁を垂直に昇る際にも活用されていた。
壁上の床を蹴って跳躍し、風塊のロープを巻き取るようにして魔鳥へと急接近を果たすと、右掌を粋然刀の柄に添えて躊躇なく抜き放つ。
ズ バ ァァ !! ――キィン。
抜刀、一閃……そして納刀。
生命が散り、鍔と鞘が搗ち合う小気味良い金属音だけが残される。
彼女が独自魔術を放ってから一秒にも満たない早業であり、斬られた魔鳥は最期まで己の身に何が起こったのかすら理解できずに絶命していた。
「……まずは、一つ」
接敵と同時に魔鳥の首を撥ね飛ばし、返す刀で袈裟懸けに翼と胴体を両断し、そのまま刀身を鞘に納めたのである。
凄まじき剣速のせいか血脂が刀身に付着する暇もない。故に、この狐人の冒険者には血振りの所作など不要であった。
「二つ、三つ……四つ、かな」
空中にて再び右掌を突き出し、別の個体に向けて風塊のロープを射出。
同様の手順で急接近からの居合貫きを繰り返し、瞬き一つの間に更に三羽の魔鳥を狩り獲ってみせたのである。
「どうなってるんだ……いったい、何が起こってる?」
「あ、あいつ! あの狐人がやったんだ」
「でもどうやって? さっきまで少し離れた場所に立って陣取ってた筈だろ?」
壁上の冒険者達の困惑する声を後目に、アルビトラは肉体を稼働させ続けた。
「五つ」
斬り伏せた四羽目の魔鳥が落下するよりも早く その骸を蹴って跳躍することで更なる高度へと至ると、危機を察して急速に飛び発とうとしていた五羽目に向けて狙いを定めた。
「ギャヒィィィ!!?」
弧月を描くようにして斬り上げ、一刀両断に処した。
「……これで、オシマイ」
最後に残った魔鳥……壁上の冒険者に襲い掛かろうと降下し始めた個体に向けて風塊のロープを射出。
ただし今度はアルビトラ自身が移動するのではなく、ロープを巻き取ることで魔鳥の総体を自身の傍まで引き寄せた。
「ギィヤッ?!」
抜刀、一閃。双眸を大きく見開いたまま、首を撥ねられた生命が消えていく。
その後 アルビトラは空中で縦方向にくるくると身体を回転させて姿勢制御を行い、両脚を揃えて壁上の床に着地……と同時に膝を曲げて倒れ込み、壁上を僅かに転がって落下の衝撃をほぼ完全に相殺してのける。
僅か数秒の間に、外壁の直上を通過しようとした魔鳥の群れの討伐が成された。
「……よいしょっと!
この近くに寄って来た魔鳥はこれで全部かな? かな?」
立ち上がり、その場できょろきょろと周囲を観測した。
どうやら他に接近する外敵の姿は見当たらなかった。
「み、見たか今の! いや俺は全然見えなかったけどさ」
「あいつが凄い速さで飛んだと思ったら、次の瞬間には魔鳥が全て墜落してた。
いったい何が起きた? あいつが全部一人で殺りやがったっていうのかよ?」
「分からねぇ……けど、あれは正真正銘の化け物だぞ」
魔鳥の反撃を受けて阿鼻叫喚となっていた冒険者達がようやく事態を把握し始めたのか、アルビトラが垣間見せた尋常ならざる武芸の冴えに大いに畏怖していた。
「ねえ、だいじょうぶだったー?」
そんな他の冒険者達に歩み寄り、怪我などしていないかどうかを訊ねた。
今し方 戦いを終えた者とは思えないような能天気な口調。まるで町中で食事をする時にたまたま隣の席に座った者に一言挨拶するような気楽さだった。
「うおっ!? だ、大丈夫……ですぅぅ!」
「ちょっと引っ掻かれただけなんで! 命に別状はないんで!」
「救護院で看て貰いますから、おかまいなく……ひぃぃ!」
凄まじい暴威を披露したアルビトラの接近に、冒険者達は一様にして身を震わせて慄き、そそくさと壁上から退散していった。
恐怖で引き攣った表情。自分達とは違う生き物に怯える目付きであった……。
「んー……無事そうなら、なによりだねぃ」
逃げるようにして側防塔より地上へと降りていく者達を苦笑しながら見送った。
彼女にとって、こういったやり取りは慣れたものであり、いつものことなのだ。
大陸中央部の『グルダナ大草原』にて目覚めた時から約五百年もの間、冒険者として生き延び続ける過程で磨き上げた己の武芸は、既に常人離れしているという自覚はあった。
だから数十年前くらいから、もう細かいことは気にならないようになっていた。
魔鳥の襲来で命を落とした者は居なかった、それで良いではないか。
おいしいものをいっぱい食べて、ぐっすりと寝る。
旅先で素晴らしい町を心行くまで散策し、明媚な景色を堪能する。
時には失敗したり、思わぬトラブルに遭遇したり、外れの料理を引いてしまうこともあるけれど、それだって立派な旅の思い出だ。
冒険依頼を確実に熟せば困っている人達の助けとなれる。それで充分なのだ。
「よーし、じゃあ夕方まで ばっちりお勤めがんばろう!」
素早く意識を切り替えながら、アルビトラは拳をぐっと握り締めて依頼内容の継続を心掛けた。
壁上に陣取っていた他の冒険者達が退散してしまった以上は、交代の時間である日没まで一人でのんびりと持ち場を守らなくてはならない。
「遠目より見ておりましたが、何という素晴らしき剣技!
いやはや感服いたしましたぞ」
そんなアルビトラの傍へ、新たに近付いて来る者達が現れた。
振り返ると、質の良さそうな甲冑を纏った純人種の中年男性が壁上を歩いてやって来る。
どうやら魔鳥の襲来に際して各所を哨戒して回っている騎士隊のようだ。
「ほよ? 冒険者じゃなくて、ここの騎士さんかな?」
「然り。小生はエゼキエルと申す者で、この都市の守備を預かる多面騎士。
貴殿は……依頼を受けて馳せ参じた冒険者の御方とお見受けする。
この度は防備の不足を補うため、助太刀いただき感謝いたす」
「あっ、私はアルビトラって言いまーす」
「なんと、貴殿があの音に聞こえし"春風"のアルビトラ殿でござったか!
であれば先程の凄まじき動きも得心がいきましたぞ」
「えへへー、こっちも渡りに船な依頼だったからね!
助かってるのは、お互いさまって感じだよぅ」
騎士を前にして聊かも気負う素振りもなく、普段通りの口調で答えた。
同時にアルビトラはこの騎士がそれなりの実力者であることを一目で看破する。
右掌で保持している斧槍は如何にも使い込まれた業物のようで、石突の先には鎖と短刃がくっ付いている独特の形状。
このエゼキエルと名乗った騎士なりに武芸を窮めた果ての設計なのだろう。
「(このヒトは、まあまあ強そうだねぃ)」
アルビトラがヴィートボルグに着いてから出会った者の中で、最も優れた武芸者だと感じたのは北西区の噴水広場で楽器を演奏していた狸人の旅芸人であったが、眼前の騎士はそれに匹敵するだろうと見受けた。
「はっはっは! それは大いに結構なことですな。
然らば、互いに己が成すべきことを成し遂げましょうぞ。……それでは失敬」
朗らかに笑ながら軽く会釈してから、引き続き哨戒を続けるべくエゼキエルは部下達を率いて壁上を歩いて立ち去って行った。
「んー、ああいう騎士さんが居るのなら この都市は盤石そうだね」
外様の冒険者に対しても一廉の礼節を尽くし、尚且つアルビトラが戦う姿を目の当たりとしてなおも怖気付くことなく話し掛けて来たのだ。
武人としては元より、ヒトとして心身ともに完成された強さだと高く評価した。
彼のような騎士が忠節を尽くすのなら、この都市を……そしてこの半島を治めるグレミィル侯爵なる人物もまた相応に優れた者なのだろう。
「でも……」
だからこそ丘陵の地底部より感じる悍ましき気配に違和感を感じるのだ。
「ま、私なんかが考えても仕方ないことだよねぃ」
少し考えを巡らせた末に、どうせ詮無いことだと割り切って思考を浄化した。
そうしてアルビトラは暫しの間 真夏の空の下で都市を護るべく、依頼内容に沿って壁上に佇み続けるのであった。
【Result】




