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030話『雄浸-禍乱は亡霊の脚を喰らう』(9)


 一夜が明ける頃、雲が流れた空に薄明の兆しが見え始める。


 幹部達を主軸に夜を徹して奮闘を続けた『ベルガンクス』であったが、相応の被害を出しながらも、どうにか『バルバロイ』達の粉砕ないしは動きを封じるという偉業を成し遂げていた。


 ショウジョウヒやグプタが協力して巨体を削り続け、バランガロンが凍結させ、他の冒険者達が一丸となって氷漬けになった『バルバロイ』を砕いて回る。

 未だに全ての個体を粉砕できてはいないものの、凍結により無力化しているので後は休憩を挟みながら完全に打ち砕いてやれば良い。


 

 二体を同時に相手取ったクロッカスに至っては、巨体の繰り出す全ての攻撃を躱しながら十肢を削ぎ落し、再生する端から肉を斬り裂き、時間を掛けて着実に存在核の在処(ありか)を暴いて貫いてみせた。


 ともあれ対処に時間が掛かってしまったのは事実であり、結果として彼等は大いに足止めされた形となる。防衛部隊の生き残りも逃してしまった。




「はっ! してやられたぜ、まったくよぅ。これだから戦は愉しいんだけどな!

 おいグプタ、どれくらい殺られちまったよ?」



「へい、お頭! こっちは冒険者崩れを中心に、ざっと二百名ってとこですわ。

 相手方は……あっしが視ていた限りだと七百名近くですかねぇ。

 あとはこのデカブツが六体でさぁ」



「がはははっ! 中々に手厳しい数になっちまったな。

 しょうがねぇ、こうなったら船で留守番させてた連中を呼ぶしかないぜ」



「船には百五十名くらいの正規の人員が残っていやすから、

 百名くらいは動かせるでしょうけど……この依頼、まだ続けるんですかい?」


 ギルドの運営を含む細々とした雑務も担うグプタとしては、既に依頼内容の継続は利に合わないと判断しつつあった。

 報酬金や戦闘手当を差っ引いたとしても、これだけ員数が減れば無理もない。

 今回、命を落としたのは臨時で雇った者が大半とはいえ、『ベルガンクス』の正規所属の冒険者も何名か喪われている。



「確かになぁ……損益で考えるなら引き下がるっつうのも一つの手だが、

 ここまで俺達を喰らいやがったエデルギウス家の根城を一度は拝んでおきてぇ。

 もし城攻めが無理だってんなら、その時に回れ右すりゃ良いだろ?」



「ま、お頭ならそう言うんじゃないかとは思っていやしたよ!

 依頼内容の要点はセオドラ卿の軍隊が進む侵攻経路の確保と

 城塞都市に突破口を開けること……の二つですからねぇ。

 一つ目だけでも熟しておけばギルドの面子が保たれるっていう利点はあります」


 一度受けた依頼を途中で放棄すれば冒険者としての名声や信頼を大きく損なう。

 特に『ベルガンクス』のような悪名高い組織ならば実力を示せなかった際の不利益は計り知れないものとなるのである。


 実利や名声など、諸々のことを天秤に架けた末にグプタはバランガロンの方針を肯定することにした。



「分かりました。お頭の言う通りにしやしょう。

 ただし今回の戦で時間的にはかなり厳しくなりましたぜ……。

 グラィエル地方からの援軍部隊がこの後やって来るでしょうからねぇ」


 戦死者の弔いや怪我人の手当もさることながら、失った員数の補充のために拠点である『ベルガロベリア号』から出向させるとなれば最低でも二日は掛かる。

 最初に立てた予定では、城攻めの時間を切り詰めて進軍には余裕を持たせる方針だったので辛うじて継続は可能だが、日数が厳しくなるのは確実だ。



「ま、迎撃に関しちゃなんとかするしかないわな!

 よーし……そうと決まれば氷漬けにした奴の処理を再開しようじゃねえか!

 おい、お前等! そろそろ休憩は終わりだ! 立ち上がって俺様に付いて来い」


 それぞれ仮眠を採ったり、軽食を口にしたり、傷の手当をしていた冒険者達に発破を掛けて中断していた『バルバロイ』の処理に取り掛かろうとした、その時。

 全ての手足を()がれて封じられた筈の生体兵器に異変が生じ始めたのである。



「た、大変ですバランガロンさん! あのデカブツ達の身体が急に!」

「息の根を止めた奴もです、皆 一斉に……」



「おうおう、どうしたってんだよ? そろって血相抱えてよう」


 配下達の慌てた様子を見て現場に急行する。

 流石にただ事ではなさそうな異変を察したグプタも彼等に付いていった。






 バランガロン達が足を運んだ頃には氷漬けにした巨体達は、より悍ましい姿へと成り果てていた。



「あら、ボス。休憩はもういいの?」


「丁度、今 呼びに行こうかと思っていたところだよ」


 現場に留まっていたクロッカスとショウジョウヒがそれぞれ言葉を掛けて来た。




「何か大変なことになったと聞いてなぁ……それで、何があった?」


 他の冒険者達を押し除けて『バルバロイ』の慣れ果て達に近寄って検めると、なんと肉塊の各部が膨張した上で次々に溶解し始めたのである。

 じゅくじゅくと歪な音を立てながら霧散していくが、臭いなどは感じられない。



「何だこりゃあ? 肉だけならともかく脚の先端の硬い部位まで溶けてやがる」



「それだけじゃないわぁ……このデカブツ達が最初に纏っていた

 隠形用の魔具も勝手に溶けて無くなっちゃってたの」



「ははぁ、こいつは自壊用の呪詛でやすねぇ。暗殺者達が口内に仕込む

 自害用の猛毒みたいなもんですが、より取扱いが大変な代物ですぜ。

 ……ああ、離れておいたほうが良い。コイツは感染性が高い呪詛だぁ」


 呪詛にも一定以上の理解があるグプタが眉を(ひそ)めながら所感を口にする。

 彼にしてはかなり慌てた素振りを見せ、仲間達に警戒を促した。



「通称、『エギューテの毒林檎』……こんな呪詛まで搭載していたなんて

 あっしはこの土地がほとほと恐ろしくなってきやしたよ。

 エーデルダリアなんかでも別の呪詛が蔓延していましたしねぇ」



「ほぅ、そいつは具体的にどんな代物なんだよ? 感染条件は?」



「簡単に言えば対象に定めた者の生命反応が途絶えてから一定時間が経つと

 肉体と所持物が低温で溶解して消えて無くなります。

 溶解中に接触しなければ基本的には大丈夫ですが、万が一にでも触れちまうと

 後から解呪する時間的な余裕はありません。オシマイですな」



「ひゅう! そいつは凄ぇな」


「呆れるね。悪徳貴族はセオドラだと思っていたけど……こっちも中々だよ」



「最初に対象の脳髄を溶かし、次に魔力、最後に肉と所持物の順番に溶かすんで

 仮に途中で解呪したところでもう二度と、意識が元に戻りませんわな。

 昔はたまーに自決用に使われていたそうですが、今となっちゃあ……ねぇ?」


 証拠隠滅や情報漏洩の防止が目的なら、もっと容易な方法が幾らでも存在する

 ただし肉体を速やかに完全消滅させるという一点に於いて、この呪詛は現代の基準と照らし合わせたとしても非常に優れていた。


 いずれにせよ、この戦場で『ベルガンクス』が『バルバロイ』と交戦した痕跡は永遠に失われた。

 元より悪名高い冒険者ギルドの証言では、他の権力者達にエデルギウス家が生体兵器を運用していたと告げたところで信用されることはないだろう。



「『エギューテの毒林檎』の呪詛痕も、時間経過で完全に消失しやす。

 このデカブツ達を人知れず運用したいという意図が伺えますなぁ」


 他の幹部や配下の冒険者達を『バルバロイ』から遠ざけて観察していると、見る間に全ての個体はその存在を抹消されていった……。

 バランガロンが施した氷塊のみが、此度の戦果を物語る唯一の跡となる。



「ふん、どうあれこれで決着だな!

 予想外の顛末で前菜どころじゃなくなっちまったが俺様達の行動は変わらんぜ」



「ってことは、ヴィートボルグ攻めは継続するんだね?」



「おうよ! また近くの村でも占拠して一服しながら計画を練り直す心算(つもり)だ。

 二日くらい停まっちまうが、まあ仕方ねえわな」



「ふぅん……じゃあ前々から言ってたけど、アタシだけ先行しても良いかしら。

 グプタちゃん的には援軍部隊を万全の状態で迎え撃ちたいでしょうけど

 この状況なら先にヴィートボルグ付近の様子を探っておいたほうがよくない?」


 二日の遅延と員数の減少を被ってしまったからには、仮に当初の計画通りに援軍部隊を撃退してヴィートボルグに向かったとしても攻略できるとは限らない。

 であればクロッカスを差し向けて偵察させておくのも一つの手であった。



「そうでやすねぇ、あっしの手勢に調べさせた時は城塞都市の外からでしたし

 いっそクロッカス姐さんには都市内を探ってもらうのが良いかもしれません。

 あっし等より土地勘がありそうですしね」



「俺様は別にかまわないぜ? やりたいようにやりな!」



「んふふ♥ ありがとね。じゃあアッシュちゃん達を連れて行くから

 ヴィートボルグでまた合流しましょ♪」


 そうして幹部の中でただ一人、クロッカスだけは数名の冒険者を連れて本隊より離れて先行することとなる。




 その後、『ベルガンクス』は戦場となった平原よりやや東に進んだ先にひっそりと暮らす者達の村落を発見して、此処を臨時の拠点とするのであった。



 後に計上される防衛部隊側の戦死者は七百六名。

 『ベルガンクス』側の戦死者は百九十三名。

 『亡霊蜘蛛(ネクロアラクネロ)』は出撃させた『バルバロイ』六体を全て喪った……。


 多くの犠牲を払いながらも防衛部隊の目的はどうにか達成された形となる。

 しかし重症を負ったペルガメント卿や『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』第二部隊の騎士達、各貴族領から派遣された常備兵の損失、そして『亡霊蜘蛛(ネクロアラクネロ)』の人造生体兵器を衆目に晒した上で一部を損耗したことは、後々の展開に確実に影響を及ぼすことだろう。


 ノイシュリーベが治めるグレミィル半島の危難は今後、更に深刻さを増しながら継続していくのである。






【Result】

挿絵(By みてみん)

・第30話の9節目をお読みくださり、ありがとうございました!

・対『ベルガンクス』の防衛戦の第1幕はこれにて一区切りとなりますが

 あと1節だけ添えさせていただきます。

・彼等の侵攻はまだまだ続きますので、次なる登場の機会を

 ご期待いただければ幸いでございます!


・次回投稿は11/15を予定しています。

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