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030話『雄浸-禍乱は亡霊の脚を喰らう』(7)

・東征の刻=午後3時くらいです。


 [ グラニアム地方 ~ ノールエペ街道 ペルガメント軍 第二の陣 ]


「……随分と喰われちまったなぁ」


 第一の陣より生き延びた兵数は約百五十名。

 第二の陣には二百名を配置しているので、合わせれば三百五十名となるだろう。



「はい、まさかあのような手札を持っていようとは……」


「冒険者風情が当然のように大魔法(スペリオルエピック)を使い熟すなんて……」

「あれが世界最強の冒険者ギルド、『ベルガンクス』だというのか」


 至る箇所に切り傷や火傷を負った部下達が口々に呟く。

 戦意喪失までには至らないが、かなり参っている様子であった。



「連中はどうやら、この陣の手前で集結する算段のようだな。

 まあ向こうもニンゲンだ、息継ぎは必要だろうよ」


 戦士としても、将としても実に苦々しい結果といえるだろう。開戦前から分かっていたこととはいえ厳しい現実である。

 流石のペルガメント卿といえど、悪態を吐く余裕すら失っていた。

 

 彼等が第二の陣に辿り着いたのは開戦より凡そ一刻半が経過した時分、東征の刻に至っていた。日没まではあともう一刻半といったところだろうか。



「(拙いな、この戦力だと保ってあと一日……いや下手すりゃ今夜には壊滅だ)

 (今の内に第三の陣まで退()がって総力で防ぎに入るべきか?)」


 第三の陣にも同じく二百名を配置している。

 全てを合わせれば五百五十名となるが、これを突破されるとお仕舞である。


 それに防衛部隊の総員を一箇所に集結させている間に、敵側が別動隊を編成して別路でヴィートボルグに向かえば対処が出来なくなってしまうことだろう。




「せめてグラィエル地方からの援軍が到着するまでは保ち堪えたいんだがな」


 地面に座り込みながら携行食料……オルデラ牛を加工した干し肉を齧り、眼前に広げた地図を睨み据える。

 入念に乾燥させた牛肉はかなりの堅さであったが狼人(ウェアウルフ)の歯であれば問題無い、むしろ少しばかり歯応えが足りないとすら感じた。


 とはいえナジア領から輸入された香辛料が程よく効いており、味付けは十二分。戦場で片手間に食する代物としては中々の逸品と云えるだろう。

 それもこれも今日(こんにち)のグレミィル半島の繁栄あってこそのものなのだ。



「奴等は夜間も攻めて来るのでしょうか?」


「昼夜問わずとなると我々"獣人の氏族"はともかく純人種には厳しいでしょう」


 獣人種の中には夜目が利く者や、むしろ夜間行動の方が本領を発揮できる種族も少なくない。

 狼人(ウェアウルフ)のペルガメント卿など、正にその典型例と云えるだろう。

 しかし部下達が言うように此度の防衛部隊の大半は各貴族領から招集された『人の民』の常備兵達であり、"獣人の氏族"のやり方を強いても意味がない。

 敵味方共に、行軍の条件はほぼ同じであると捉えるべきだ。



「ノイシュリーベやジェーモスの爺の話だと奴等はエペ街道を封鎖していた時も

 全員に魔具製の提燈(ランタン)を持たせていたって話だ。

 だったら普通に夜も攻めて来ると考えておくべきだろうよ……」


 バリィッ……と干し肉を噛み千切りながら忌々し気に答えた。



「儀式魔法の補填だけは最優先で済ませておけよ?

 イカれた敵将の突撃も問題だが、一番厄介なのは遠距離から飛んでくる炎塊だ。

 あれを防げなくなっちまったら成す(すべ)なく蹂躙されるだけだからな」



「はい、支援部隊より出向している魔法使い(ドルイド)達に徹底させます」


「前線に"海王斧"、後方に"屍都の残火"と"灰煙卿"……実に厄介なものです」


「然様、二つ名持ちの冒険者をこれ程までに抱えているとは……。

 これ以上の戦力を隠していないことを祈りたいものだ」



「泣き言を吐いたところで、どうにもなりゃしねぇよ。

 今やれることを、やり尽くすしかないぜ! ……ぼちぼち行くか」


 立ち上がって軽く屈伸を行ってから、再編成を終えた小隊が整列する現場へと赴いた。南方より迫る『ベルガンクス』側も集結と再編を整え終えたようである。



「さあ、来やがれ……イカれ野郎共!」


 侵す者達と守る者達の攻防が、再開された。






 東征の刻に始まった第二幕は、実に三刻もの時間に跨って戦が続いた。

 再編された防衛部隊は相変わらず小隊単位で兵士を整えており、今回は合計十二の小隊から成る三列縦隊の陣形を組んでいた。


 最初から徐々に後退しながら敵を受け停めるためのもので、最前列の小隊が消耗し始めたら後方に回り、次に控える小隊が代わりを務める……という作戦である。

 敵軍を掃討することは出来ないが、自軍の被害も最小限度に抑えられる。


 消極的な時間稼ぎに他ならないが、緒戦で垣間見た『ベルガンクス』の強さと異質な特攻戦術が相手となれば致し方ないことである。



 だが『ベルガンクス』の勢いは削がれるどころか更に増していった。

 徐々に後退する防衛部隊に容赦なく喰らい付き、容易く第三の陣にまで退()がらせることに成功したのである。




 [ グラニアム地方 ~ ノールエペ街道 ペルガメント軍 第三の陣 ]


「チッ……生き残ったのは二百、この陣に置いておいた兵士と併せても四百か」


 すっかり陽が落ち、宵闇を越えて深夜帯に差し掛かろうという時分。

 陣内に焚かれた篝火が轟々と燃え盛り、光と火の粉が舞い踊る。


 炎に照らされた騎士や兵士達の顔は皆、暗く沈んでいた。

 この半日の間に約半数の味方を喪い、生き残った者達も傷だらけ。

 そして何よりも、狂気の侵攻を繰り返す『ベルガンクス』に畏怖してしまったのである。



「……無理もねぇか。むしろ純人種の常備兵にしてはよく粘ってる方だぜ」


 水瓶ごと持ち上げて豪快に飲料用水を飲み干し、口元を拭う。

 大将でありながら常に最前線に出張って来るバランガロンと辛うじて渡り合えるのがペルガメント卿しか存在しないため、彼も出撃し続けなければならず流石に心身ともに疲労の極みに達しつつあった。



「ですが戦力を小分けにしておいて正解でしたね。

 もし一箇所に集中させていたら速やかな後退は出来ませんでしたし、

 何よりも敵の焼却魔法や『灰煙(ワールドエクリプス)』で一網打尽になっていたところです」


「それに支援部隊の魔法使い(ドルイド)達を温存しておいたのも功を奏しました。

 敵が放つ焼却魔法もどうにか防ぎ切ることに成功しています」


「あれだけ何度も撃ち続けていれば"屍都の残火"もそろそろ魔力切れでしょうな。

 こちらも儀式魔法の備えをほぼ使い果たしてしまいましたけども」



「……だと良いんだがな」


 部下の騎士達が零す所感の一つ一つに耳を傾けながら適度に相槌を返した。

 幸いにも『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』に所属する者達は未だに心が折れる様子を見せていなかった。



「ミィギル領やワッテンバル領の手前に配置した別動隊を戻しますか?

 合わせれば百八十名、小隊六つ分の戦力となります」



「今からじゃ間に合わねぇよ。こっちに向かわせるにしても

 援軍部隊と合流させてからにしたほうが何かと都合が良いだろ」


 『ベルガンクス』の背後を突く援軍部隊は今回の作戦に於ける反撃の要。

 百八十名を投入するのであれば、一転攻勢の機会に注力させた方が良い。



「確かに……」


「ですが援軍到着まで果たして保つのでしょうか?」



「保たせるように踏ん張るしかねぇだろ!

 半刻ほどこの陣に留まって敵を喰い止めたら、もう少し退()がるからな。

 だが、それで平原地帯の端に着いちまう……最終防衛線ってわけだ」


 開けた場所でなければ突風を起こす風魔法は充分な効果を発揮できず、そうなれば問答無用で『灰煙(ワールドエクリプス)』の餌食となるのである。



「此処まで来たからには最後までお供しますよ」


「俺もです。それにどうやら『人の民』の連中も隊長の戦いぶりを見て

 逃げ出さずに踏ん張ると言っていましたよ」



「呵々ッ! そいつは何よりだぜ。

 よーし……そんなら、もう一踏ん張りやってやろうじゃねぇか!」



「はいっ!」


「我らが矜持を示してやりますよ」


 戦力が半壊しり、自軍の士気も低下しているが戦意だけは失われていない。

 気力を振り絞る部下達に気を良くしたペルガメント卿は本日三度目の最前線に立つべく歩を進め始めた……が、そこで彼は異変の予兆を察する。



「…………嘘だろ?」


 遥か虚空を見上げた狼人(ウェアウルフ)の将達は驚愕の面貌を浮かべる。

 何故ならば、彼等の視界に映ったのは天より降り注ぐ巨大な岩塊。或いは隕石だったのだから。






 [ グラニアム地方 ~ ノールエペ街道 『ベルガンクス』本陣 ]


「思った以上に粘りやがるぜ! 

 あの狼頭の若造め、ここ一番って時には的確に退きやがる」



「ん~、新参者の部隊長ってところかしらぁ?

 少なくともアタシがヴィートボルグで戦ってた頃は、そんな子は居なかったわ。

 こういう防衛戦なら、てっきりオズヴァルドちゃんが出て来ると思ってたのに」

 


「ほう? じゃあノイシュリーベの奴も中々に良い人材を仕入れたってことか。

 おかげで城攻め前の準備運動としちゃあ結構 盛り上がったよな」


 第三の陣に迫った『ベルガンクス』の面々も続々と集結を果たしていた。

 夜戦に備えて各々が軽食を口にしながら一息着き、防衛部隊のこれまでの戦いぶりについて彼等なりの称賛と討議を交えていた。



「ですが、お頭ぁ……ソラス村でも話させていただきやしたが、

 あんまりチンタラやるのはお勧めできませんぜ?

 目の前の連中にかまけて背後から援軍部隊に刺されたら洒落にならない」



「ふん、まあメインディッシュはあくまでヴィートボルグだからな。

 こんな小戦を夜通しやるってのも締まらねぇか」


 羊の腿肉を適当に焼いただけの肉塊……彼にとっては軽食に当たる食糧を豪快に貪りながら、老年の偉丈夫は件の城塞都市が聳え立つ丘陵地帯の方角を見据えた。



「私も今日は そろそろ店仕舞いにしたいかな。

 昼から魔法を撃ち続けていたせいで、残りの魔力は二割くらいってとこだね」



「んふふ、ショウジョウヒちゃんの焼却魔法をあんなに防がれちゃったのは

 本当に久しぶりだったわね♥ お相手の狼人(ウェアウルフ)の子はかなりの用意周到さよ」

 


「この分なら、まだ何か仕掛けを用意していたとしても不思議じゃないわな。 

 ……よーし、そんならグプタ! 次はお前がぶち噛ましてやれや!」



「えぇ……ですが敵さんは低位の風魔法で常に突風を起こしてますぜ?

 開戦直後にも言いやしたけど『灰煙(ワールエクリプス)』は有効打にはならんでしょう」


 ショウジョウヒの焼却魔法に対処するための防護魔法とは異なり、突風を起こす風魔法は非常に短い詠唱と祈祷で発動できる。

 平原のような障害物が皆無な場所であれば、ほぼ無制限に突風を維持し続けられるのである。正に"灰煙卿"殺しの戦場選びであった。


 だがバランガロンは、そのことを踏まえた上で己の右腕に戦場働きを要求した。



「がははっ! お前にはもう一つあるだろ? 奥の手がよぅ。

 こんな戦場で披露するのは勿体無ぇかもしれないが

 今日 一日、立派に戦い抜いた敵軍に対する褒美として披露してやってくれや」



「あら♥ それは妙案ね!

 アタシも久しぶりにグプタちゃんの大きいやつを観たいわ~」


「まあ、いいんじゃないかい? 

 耐火型の防護魔法を準備している連中には有効だと思うよ」



「うぇぇ……」


 幹部三名は肯定的に捉えた。こうなってしまってはグプタは動かざるを得ない。そもそも防衛部隊の掃討を急ぐよう提案したのは彼自身なのだから。



「はぁ~~~~~、仕方ないっすねぇ」


 溜息を吐きながら、癖毛を放置したままの頭を無作為に掻き毟る。

 そして上着の内側に仕込んである雑嚢鞄を開き、一際 大事そうに仕舞ってあった黄金造りの短杖を取り出した。



「じゃあ 今から軽く一発撃ち込みますんで、後はよしなに。

 ショウジョウヒさんは あっしの分も怪我人を看てやってくださいね。

 お頭の大魔法(スペリオルエピック)は、細かい傷の治療には向いてませんから」



「分かってるよ。残り二割の魔力でも治癒魔法くらいなら保つ筈さ」


「んふふ、じゃあグプタちゃんが仕掛けた後にアタシも出撃しようかしら。

 ここまで粘りに粘った子の顔を最後に見ておきたいしね♪」


 普段よりも少し深めの草臥(くたび)れた表情を浮かべながら、副ギルド長グプタが歩き始める。敵陣の前で集結中の冒険者達から少し離れ……高らかに得物を掲げた。




「面倒臭いことは一発で片付けて、さっさと眠っちまうのが人生のコツでさぁ。

 ……そうでしょう? 『泥塗れの黄金郷(ボロルハザード)』さんや」


 眩き黄金造りの短杖に語り掛け、自身の魔力の波長を合わせ始めた。

 もしこの場に明晰な鑑定眼を持つ者や大陸史に詳しい碩学者が居合わせたとしたら、この光景を目にした瞬間に大いに腰を抜かすことだろう……。






 斯くして黄金の短杖を触媒とする、もう一つのグプタの大魔術(グランドスペル)が行使された。



 天より降り注ぐ三つの隕石が防衛部隊の陣に突き刺さり、各小隊に甚大なる被害を(もたら)したのである。


 ショウジョウヒの焼却魔法に備えて用意していた防護魔法は耐火に特化させた代物であったので、質量と落下エネルギーで圧し潰す隕石の前では無力だった。


 もし防衛部隊が万全の状態であれば、咄嗟に被害を抑える手管を実施できた可能性はあった。しかし昼過ぎより戦い続けて疲労困憊の上に、多くの兵を喪った後ではどうすることも出来なかったのだ。

 遥か頭上より降り注ぐ鉄槌は、兵士達の士気を完全に挫くには充分過ぎた……。






「……クソがぁぁぁ!!

 生き残ってる奴は今直ぐに立て! 立って北へ向かって走りやがれ!

 支援部隊の魔法使い(ドルイド)は兵士共の撤退を援護しろ、俺の部下は殿軍だ!」


 目を覆いたくなる惨状に陥り怒号と悲鳴が飛び交う陣中で、俯せの状態から起き上がったペルガメント卿が絶叫を響き渡らせた。

 降り注いだ隕石自体はそこまでの大きさではない。精々が直径二メッテ程であろうか。


 しかし地面に激突した際の衝撃波によって、残存する防衛部隊の全員が甚大なる被害を受けたのである。

 ペルガメント卿自身も大いに吹き飛ばされ、数秒間 意識を失ってしまった。



「流石に終わり、か……だが、只じゃ敗けてやらねぇよ」


 未だに耳鳴りと頭痛が収まらない頭を必死に押さえ付けて立ち上がる。

 吹き飛ばされた際の痛痒が響いているのだ、身体の随所より焼けるような痛みが広がっていた。


 それでも一人でも多くの兵を生き延びさせるために決死の覚悟を固める彼の下に『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』第二部隊の部下達が集結し始める。

 こうなってしまっては陣形も何も無い。全ては御破算というやつだ。



「いいか、お前等! 雪崩れ込んでくる奴等を死ぬ気で防ぐが、

 これ以上 お前等が死ぬことは許さねぇからな!

 此処を突破されたら次の戦場はヴィートボルグだ!

 そしてヴィートボルグも抜かれたら、ヴェルムスも終わりだと思っておけよ!」



「勿論ですとも。後の決戦に備えるためにも我々は生き延びなければならない」

「上級戦牙の誉、今こそ照明してみせましょう」

「ペルガメント卿! 我等の命をお使いください!」



「だから死ぬなって言ってんだろうが! だがよく言った。

 それでこそ"獣人の氏族"の上級戦牙だぜ……往くぞ、走れ!!!」


 兵士達を北の方角へと逃がし、自分達は押し寄せる『ベルガンクス』の冒険者達に抗うべく突撃していった。




「ぐわははははっ! 見上げた根性だぜ、コイツ等!

 こういう連中は俺様は大好きだぁ!」


「今の子達も中々熱いわねぇ、特に隊長のあの狼人(ウェアウルフ)ちゃん♥

 あの子がボスと克ち合って生き延びた子かしら?」


「おうよ! ノイシュリーベほどじゃねぇが、すばしっこくて活きが良かったぜ」



「んふ♥ じゃあ、アタシもちょっと味見しにいっちゃおうかしら」


 潰走する防衛部隊の殿軍に向けて雪崩れ込んだ冒険者達の先頭。

 並び立つバランガロンとクロッカスの間で短い会話が交され、長身の二刀流剣士は一挙に速力を上げて接近して来たのである。




 戦場に一陣の 紫の風が吹いた――



「な、なんだ!?」

「何か影のようなものが……ぐわああ!」

「隊長、前方から何かがッ! うぐぅっ!」


 瞬き一つの間にペルガメント卿の部下である騎士三名の肉体が甲冑ごと斬り裂かれていた。即死だった。



「クソったれ、まだこんな手練れが居やがるのかよ!」


 全身の毛が逆立ち、生物的な本能が明確な危機を告げる。


 優れた動体視力を持つ彼だけは辛うじて眼前で起こった出来事を理解していた。

 途方もない速度で駆け抜けて来た何者かが騎士達と擦れ違い様に刀剣を抜き放ち、三回……或いは四回ほど連続で斬撃を放っていたことを。



「んふふ……貴方には視えていたようね♥

 凄いじゃなぁい! 流石は現役の部隊長さんということかしら」


 ペルガメント卿の前で紫の風が停まり、刀剣を構えてみせた。




「(……やべぇ、コイツは本当にやべぇ!)」


 額から脂汗が滝のように流れる。総身の震えが収まらない。

 (それ)は絶対的な力の隔たりを持つ者を相手にした時の、恐怖の洗礼であった。


 それでも強者であるペルガメント卿は無理やり恐怖を押さえ付けた。

 咄嗟に腰に帯びていた片手剣を左掌で抜き放ち、逆手に構えたのである。



「『ベルガンクス』のクロッカスよ。楽しませて頂戴ね♪」


 再び、紫の風が吹き荒れた。




「……ッ!!」


 片手剣を構えたまま後方へ大きく跳躍。それまでペルガメント卿が立っていた位置に三重の剣閃が奔り、空間が断ち切られた。



 ……ギャリリリィィ!


 余りの剣速によって大気摩擦から来る異様な怪音が鳴り響く。



「こんな奴と、いったいどう戦えって言うんだ……がはっ?!」


 跳躍して難を避けたにも関わらず、右肩から胸部に掛けて深い傷を負っていた。鋼鉄製の甲冑など粘土細工も同然のように断ち斬られており、狼人(ウェアウルフ)の毛ごと肉体諸共に斬軌が奔っていた。

 先刻の三重の剣閃を放った際に生じた剣圧、つまり衝撃波が到達していたのだ。



「……触れてもねぇのに、この有様かよ!」


 盛大に噴き出す鮮血と、焼けるような痛痒を懸命に堪えて立ち回り続ける。

 半瞬後には紫の風が眼前に迫っており、新たに放たれる斬撃の太刀筋を予測して逆手に構えた片手剣を振り上げた。


 ガッ ギィィン! ……と、刃と刃が打ち重なる音が鳴り響かせて直撃を免れることには成功したが、またしても剣圧によって肉体の一部を斬り裂かれてしまった。


 つまるところ、この二刀流剣士を相手に防備は無意味なのである。

 尤も、彼女は未だに片方の刀剣しか抜いていないのだが……。




「くっそぉぉぉ!!」


 その後、三合程に渡ってペルガメント卿は渾身の力で抗い続けた。

 片手剣で受け太刀を続け、その刀身をも断ち斬られた後は腕甲や脚甲の備え付けられている刃で懸命に受けようとした。その抵抗は長くは続かなかった……。



「ん~……中々 見所はあったけどぉ?

 これだったら、まだ あの子(サダューイン)のほうが粘り強かったわよねぇ。

 何せアタシの斬撃を受け停めて五体満足で生き延びてみせたんですもの♥」


 ボロボロになった狼人(ウェアウルフ)の将に、更なる無慈悲な剣閃が刻まれた。



「………ぐっ、おおおぉぉ!!」


 既に血塗れの右肩の骨ごと斬り裂かれ、ぼとっ……と剛腕が地に落ちた。

 次いで押し寄せる剣圧によって首筋や胴体にも深刻な傷痕が刻まれ、遂にペルガメント卿はその場で膝を突いて俯せに(くずお)れたのである。


 己の体内より零れたのであろう血溜まりの中に顔面を突っ伏しながら、死が迫って来ている感覚を享受する。



「(コイツは……正真正銘の化け物だ……ノイシュリーベやサダューイン……)

 (昼過ぎに戦ったバランガロンって奴よりも強ぇ……いや、むしろ)」


 彼がこれまで視て来た人物達と比較しても眼前の剣士の強さは突出していた。

 少なくともペルガメント卿は、これ以上の武芸者に出会ったことはない。


 即ち、このクロッカスという剣士は……。



「……全盛期の英雄ベルナルドより……上、か」


 薄れる意識の中、掠れるような声を絞り出しながらそう呟いた。



 幼少の頃、彼は一度だけ英雄ベルナルドが戦場で槍を振るう姿を目にしたことがあった。


 当時のペルガメント家は新時代の大領主(ベルナルド)に反抗する側であったために、幼き日の彼にとってさぞ恐ろしい存在として記憶に刻まれたものである。

 だが成長を遂げ、武人として、上級戦牙の一員として、戦場に出るようになってからはベルナルドという男の偉大さと熱さ、そして強さに畏敬の念を懐くようになり、いつか彼に打ち勝てるだけの存在になると誓いを立てて目標とした。


 だからこそ明確に判る。判ってしまうのだ。


 二刀流でありながら片方の刀剣を温存して圧勝してみせるこの剣士の実力を。


 


「あら! 嬉しいこと言ってくれるじゃないの♪

 ……だったら良いのだけれどねぇ、今となっては確かめようがないわぁ」


 一瞬だけ、ぱぁっと明るい表情を浮かべたものの直ぐに普段通りの冷笑に戻る。

そして虫の息のペルガメント卿を介錯すべく、近寄りながら刀剣を振り上げた。




「産まれる時代がもう少し早かったら、幾らかは名を馳せたでしょうにね。

 ……せめて安らかに おやすみなさい」


 一息に首を撥ねようと(おもむろ)に振り降ろそうとした……その時。




「あら、割り込みのお客さんかしらぁ?」


 刀剣を空中で静止させながら、その場より半歩 退()がる。


 すると何も無い空間より三本の短刀が出現し、先刻まで彼女が立っていた場所に向けて飛翔していったのである。



「……気配は完全に断っていた筈なんだがねぇ」


 短刀が出現したと思しき空間に(もや)が生じ、かと思えばヒトガタの輪郭が顕れる。

 必中必倒の投擲刃を容易く避けてみせるほどの手練れであるのなら、隠形を続けていても無意味だと判断したのだろう。思い切りの良い手合いであった。




「手前ぇは……サダューインのところの……」


 霞み始めた視界でペルガメント卿が目にしたのは、黒尽くめの装束を纏った矮躯の隠密。頭部を被衣(フード)で覆い隠しているがヴィートボルグの城館内で何度か言葉を交わす機会があったので彼女の正体について察したようだ。



「いったい何を……しに来やがった……?

 此処は……手前ぇ等みたいな雌が……混ざれる場所じゃない……ぜ」



「私だって来たくはなかったさ。でも主君(サダューイン)の指示なら仕方ないだろう?

 あんたが自分の飼い主に尻尾を振って従うようなもんさね」



「…………吹かしやがる」


 姿を現した隠密、『亡霊蜘蛛(ネクロアラクネロ)』のテジレアは無駄の無い洗練された動きでペルガメント卿とクロッカスの間に割って入るように移動した。




「子供……じゃないわよねぇ。半人種(ハーフフット)かドワーフ辺りかしら。

 グレミィル半島だと、かなり珍しいんじゃないのぉ?」



「悪いけど、知らない奴に素性は明かさない主義なんでね」


 脚を停めて物珍しそうに検分し始めるクロッカスの視線を受け流しつつ、装束の裡より短刀を取り出して右掌で構え、左掌では布型の魔具を取り出していた。



「コイツは手前が勝てる相手じゃねえ……無駄死にする……だけ、だ」


 『亡霊蜘蛛(ネクロアラクネロ)』はサダューインが直接 組閣した精鋭部隊に間違いはないが、本領はあくまで隠密であり人知れず暗躍するための機関である。

 直接的な戦闘能力は『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』の部隊長達に及ぶ筈もない。唯一 覇王鷲に騎乗したエシャルトロッテだけは例外なれど、それも空中戦に限定される。


 『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』の部隊長の中で最も強いペルガメント卿ですら容易く切り刻まれたというのに、テジレアがこの化け物とまともに戦えるわけがないのだ。



「そんなことは分かりきった話さね……『極夜の装束(ナハト・エヌウィグス)』解除!

 ジューレ! ルシアノン! やっちまいな!!」 


 テジレアが叫ぶと同時、ズズズズ……と何かが垂れ落ちるような衣擦れ音が複数鳴り響いた。

 すると彼女が姿を晒した時と同じような(もや)が幾重にも戦場で発生し、闇に潜んでた者達が篝火や提燈(ランタン)の灯りによって照らされ始めたのでる。




「ひゅぅ~~! あら、やだぁ♥ 何これ、すっごぉい!」


 異変の後に出現した者達を目にしたクロッカスが光悦の入り混じった表情で喜々とした声を挙げる。



「うおぉっ!? なんだ、なんだ急に」

「魔獣だとぉ? いったい何処から出て来やがった」

「こいつは巨妖蜘蛛(スキュラ)か? ……いや、それにしては脚が何か変だぜ」

「バランガロンさん! 大変です、化け物が! 化け物がいきなり!!」


 同じく少し離れた場所で進軍を続けていた冒険者達もその威容を見咎めて、大いに動揺しながら口々に驚愕の声を漏らしていた。




「……まさか、これを手前等が……?」


 血溜まりに倒れ伏したままのペルガメント卿も思わず目を見開きながら呻った。 無理もない、彼等が目にしたものとは全長十五メッテ程の大きな蜘蛛人(アラクネア)に似た巨獣であり、それが一度に六体も出現したのである。


 通常の蜘蛛人(アラクネア)と異なる点は、体躯の大きさに加えて脚部の形状。

 彼女達の脚は全て瑠璃色の鉱石を研磨したかのような、鋭い鎌状を成している。


 戦うために意図的に造られた生命。即ち、巨大な生体兵器。




「あぅぉぉ………」


「あぉぉ、うぁおぅ」


「……ぃおおお」


「あぃ……あぁぁ」


 六体の巨大な赤子達は、それぞれ不気味な鳴き声を発しながら一斉の鎌状の脚部を振り上げ……足元の冒険者達に向けて横薙ぎに振るい、無造作に刈り獲る。



「ぎゃあああああ!!」

「こんな、こんなバカげたものが……」

「誰か助けてくれぇぇぇ!!」


 潰走する防衛部隊に追い縋る最中に、不意を突かれる形で側面より奇襲を受けたのだから一溜りもない。

 冒険者崩れの破落戸(ごろつき)集団を中心に『ベルガンクス』本隊の何割かが紙屑同然に吹き飛ばされてしまった。




「これは流石にちょっと予想外♥ 

 グプタちゃんも今頃 頭を抱えているでしょうね~……って、また乱入?」


 ただ一人、余裕を損なうことなく他人事のように呟くクロッカスであったが、背面より真紅の爪のようなものが去来したことに気付いて咄嗟に身を伏せた。



「これは血唱魔法かしら? ということは……まさか吸血種(ヴァンパイア)?」


 背後を振り返ると、冒険者達を蹂躙し始めた生体兵器を縮小化(スケールダウン)したような蜘蛛人(アラクネア)と、彼女の背に乗る色白の女性の姿が垣間見えた。

 いずれもテジレアと似たような黒尽くめの装束を身に纏っている。



「くふふ、こうも軽々と翼爪を避けてくれるとはのぅ。

 『ベルガンクス』とは誠に恐ろしい者達じゃて……」



「ママは私が護るから安心して!」


 生態兵器の管轄者であるルシアノンと、彼女の護衛を務めるジューレであった。


 壊滅寸前の防衛部隊。追走する『ベルガンクス』本隊。突如 出現した『亡霊蜘蛛(ネクロアラクネロ)』の者達と、彼女達が連れて来た巨大な生態兵器。

 劇的に様変わりし始めた戦場は、深夜の闇の渦中にて混乱の坩堝と化していく。






【Result】

挿絵(By みてみん)

・第30話の7節目をお読みくださり、ありがとうございました!

・いよいよ投入された『亡霊蜘蛛(ネクロアラクネロ)』の生体兵器達……。

 いったい如何なる結末を迎えるのか、どうぞ見守ってあげてくださいませ。


・次回更新は11/11を予定しております!

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