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030話『雄浸-禍乱は亡霊の脚を喰らう』(6)


「おうおう、ド派手でいいじゃねえか! そうこなくっちゃなあ!」


 諸手で大戦斧を握り締め、重心を落として力を蓄える。

 瞬き一つの合間にて頭上より断頭台の刃が降り注ぐが、偉丈夫は慌てることなく冷気を発する己の得物を渾身の力で振り上げた。



 ギギギギギィィィィィ!!


 魔法で産み出された巨大な断頭台の刃と、偉丈夫の大戦斧が激突する。

 刃と刃が重なり合った瞬間に空間が凍て付き、魔力と魔力が凌ぎを削る。

 思わず耳を塞ぎたくなるような、生物が本能的に拒む怪音を十数秒に渡って鳴り響かせた果てに競り勝ったのは……。



「どっ せぇぇぇい!!」


 大戦斧の刀身が断頭台の刃を砕き、霧散した魔法の余波が周囲に飛び散った。

 後に残るは無惨に舞い散る草と風の残滓のみ。



「ただの力業じゃなさそうだが……巫山戯(ふざけ)やがって」


 必殺の攻撃魔法を防がれたペルガメント卿の面貌が渋面に染まる。

 同時に、視線だけを素早く左右に動かして周囲の状況把握に努めていた。



「悪くはなかったがな……ちぃっとばかし足りねえのよ。

 これならノイシュリーベが俺様にぶちかました大技の方がまだ良かったぜぇ」


 左肩に刻まれた比較的 新しい傷痕を指差してみせる。彼女の大技とは、全ての推進力を一点に集約させて繰り出す『過剰(オーヴァード)吶喊槍(・グリーヴァ)』のことを言っているのだろう。



「呵々ッ! あいつの奥義を喰らって生き延びたんなら、そうだろうよ。

 だが手前が幾ら化け物じみた耐久力だったとしても手下はそうは行かないよな」


 大将同士の一騎打ち勝負の周りでは、バランガロンに付き従って迫って来た冒険者達が左右から挟み込まれるようにして摺り潰されている真っ最中であった。

 両翼に展開させていた小隊の一部を顎門(あぎと)の如く閉じたことによる成果である。


 数の上では『ベルガンクス』のほうが勝るが、矢弾と風刃によって損傷を与えておいた成果が存分に現れ始めたのであった。

 バランガロンを含め無傷の者は一人として存在しない。

 ペルガメント卿が居座る前線指令所及び第一小隊の眼前まで迫った者達などは、既に満身創痍の虫の息状態であった。死んでいないのが不思議な程である。



「手前以外はご覧の有様だ。

 『ベルガンクス』ってのも噂程には大したことなかったな!

 このまま俺と踊り続けている間に手下共は全員 狩り尽くしておいてやるぜ」


 改めて周囲を見渡しながら左腕を掲げると、ぐるぐると小さな円を描くようにして振り回した。即ち、「全軍緩やかに後退せよ」という指示である。


 相手を嘲るような言葉を吐き、如何にも此処で『ベルガンクス』を叩き潰そうという素振りを演じてはいるが、ペルガメント卿は既に退却の判断を下していた。

 明らかにおかしい、何か罠がある……そんな気がしてならないのだ。




「若造が吠えやがるぜ! ならトコトン 俺様に付き合ってくれよな。

 強ぇ奴、戦が上手ぇ奴は、いつでもどこでも大歓迎だッ!!」


 大戦斧を大地に突き刺すように降ろし、(おもむろ)に両腕を広げてみせた。

 するとバランガロンの足元より凄まじい吹雪が巻き起こり、彼を囲むようにして螺旋状に天高く昇り始めたである。


 螺旋の吹雪は一種の防壁。乱戦の最中に飛び交う矢弾や風刃による流れ弾が迫っても、吹雪に触れた瞬間には凍結して空中で静止してしまうのだ。



「……何をやらかす心算(つもり)だ?」


 訝しみながらも全軍の後退を急がせる。

 此処が退き時であると狼人(ウェアウルフ)特有の野生の勘が告げているのだ。


 斯くして彼の判断は正しかった。だが(いささ)か、遅かった。





「遥か古贄(いにしえ)の理想郷。海原を征したバルロウォーズの礎に我は希う。

 航海亡き禍乱(からん)。後悔無き総攬(そうらん)。血潮を燃やして挽歌を(ひさ)ぎ、未踏に挑むべし」



 螺旋吹雪の壁の裡にて発せられた野太い声が響き渡った。




魔法(スペリオル)……いいや、この活性化した魔力の規模なら大魔法(スペリオルエピック)か!?」


 ペルガメント卿の双眸が驚愕によって見開かれた。

 無理もない。悪名高き冒険者にして海賊であるバランガロンが詠唱句を口遊(くちずさ)むなど夢にも思わなかった。想像だにしなかったのだ。



 魔法(スペリオル)とは、精霊ないしはそれに準ずる者に祈りと魔力を捧げる祈祷の所作……の筈であるというのに。


 自由気ままに、好き勝手に生きる、この老年の偉丈夫は堂々と唄い始めた。

 祈りを捧げているのだ。祈るべき対象が存在していたのだ。





「グレミィルの草原を駆ける大いなる原初の風の精霊達に希う。

 風薙ぎに載せるは深緑の斬軌。夏草よ、息吹よ、天地の顎門(あぎと)を閉ざせ」



 相手が大魔法(スペリオルエピック)を完遂する前に、磨き上げた攻撃魔法を速攻で放つ。

 この魔法に関してだけは、彼の構築速度は本職の魔法使い(ドルイド)をも凌駕するのだ。





「『……鳴動する聖歌の剣(グレスカリーベル)』!」



 再び断頭台の刃を振り降ろし、螺旋吹雪の壁を霧散させながら諸共に偉丈夫を斬り裂こうとしたが大きく威力を削がれてしまった。

 僅かに肩口を裂くことには成功したが、それだけだ……敵の詠唱は阻めない。



「クソ……耳障りな唄声だぜ!

 総員、防御姿勢! デカイ一撃が来るぞ!!」


 忌々し気に悪態を吐くことしか出来なかった。

 焼石に水だと分かり切っているが、それでも味方の騎士や兵に向けて緊急の指示を飛ばし、自身もまた耐魔力効果が施された布型の携行魔具を取り出した。



 そして無慈悲な鍵語の宣言が完遂される――




「『舟歌よ、海風(ガンヘルト)の戦輩を導き給え(・バルカローレ)』」



 (それ)は遥か太古の時代に成された、一つの宣言を基に産まれし大魔法(スペリオルエピック)

 常世の全てを踏破してみせると、未開を暴き尽くすと、志した冒険者達の唄。

 旧き船乗り達の想いを汲んだ、中央世海を制した者達の物語の一端――


 何故(なにゆえ)にバランガロンがこの大魔法を修得できたのかは定かではない。

 だが現実として彼は一切の淀みなく行使してみせた。相当の熟達ぶりだ。




「(……グレミィル式は勿論、イングレスの魔法様式とも全く違ぇぞ)

 (本国(ラナリア)はとっくに魔法は廃れてる……じゃあ、これはいったい?)」


 偉丈夫の総身より凄まじい光が放たれ、咄嗟に魔具を纏ってその場に伏せたペルガメント卿は死を覚悟しつつも、相手が放った手管の正体を探ろうとした。

 だが彼の知る魔法学や様式のいずれにも該当する詠唱は存在しない未知だった。




 コ ォォォォ……――――


 戦場全域を照らした光より一拍遅れて、凄まじい熱波が渦を描いて迸る。

 やがて光と熱が過ぎ去り、視界が明瞭になってくると……バランガロンが(もたら)した恐るべき効果が顕れ始めたのであった。 



「なん、だ……これは?」


 驚愕するペルガメント卿。彼だけではない、防衛部隊の全員が信じられない光景を目の当たりとした。

 そう、防衛部隊は誰一人として大魔法(スペリオルエピック)によって失われてはいなかったのだ。

 変化が生じていたのは、『ベルガンクス』側だった。



「ふい~~、生き返った」

「流石はお頭だ! やっぱコレだよコレ、元気爆発ってな」

「へへっ、奴等の唖然とした顔! 間抜けなアホ面晒してやがる」

「これがバランガロンさんの……初めて体験したが、凄いな……」


 それまで矢弾や風刃によって重症を負っていた冒険者達の肉体が完全に癒えていたのである。

 彼等だけではない、戦闘不能に陥り後方へ送られていた者達までも五体満足の状態にまで復活しているではないか。

 流石に死者の蘇生までは至らないようだが、それでも通常の治癒魔法とは段違いの効力である。加えて効果範囲も常軌を逸していた。



「ぐわっははは!! どうでぃ? ざっとこんなもんよ!」


 当然ながら自身の肉体も治療し終えたバランガロンが得意気に語り掛ける。

 否、むしろ開戦前よりも活き活きとしていた。


 一方でペルガメント卿が率いる防衛部隊側は絶望の淵に立たされる。

 あれだけ矢弾を撃ち尽くし、魔力の消耗を度外視して風魔法を唱え続けていたというのに、全てが水の泡となったのだから……。



「じゃあ、おっ始めるか!! 此処からが本当の戦の始まりだぜぇ?」


 不可能を可能にし、時には凶悪な魔物を討伐し、困難を乗り越えることを生業とする冒険者達が一斉に襲い掛かって来た――




「馬鹿な! あれだけ傷を負わせた筈なのに……」

「どうなっている、矢も魔法も一切受け付けなくなったぞ!」

「くそっ……こっちはもう、矢弾が残ってないっていうのに」


 防衛部隊の各小隊で混乱が起こり、消耗と相俟って著しく統率が乱れた。

 突出して来た『ベルガンクス』の戦闘集団を包囲していた第三、第四、第九、第十小隊などは特に、敵の攻勢を受けて早くも瓦解し始めている。



「……これが奴の隠し玉か」


 冷淡な声色で呻るように呟きながら周囲を一望するペルガメント卿。


 バランガロンの放った大魔法(スペリオルエピック)により、彼が率いる冒険者達は一様にして薄い光の膜に包まれていた。快癒に加えて精神高揚、更に筋力強化といった複数の作用が成されており、光膜が発生している間は傷を負っても即座に肉体が修復される。



 防衛部隊は、一方的に狩られるだけの存在へと成り果てた。

 ペルガメント卿が早期の退却を指示していたので一瞬で喰い破られるという事態には至らないが、それも時間の問題だろう。



「最後に名前くらいは聞いておいてやっても良いぜ?」

 

 したり顔で大戦斧を構えるバランガロンが、改めてペルガメント卿と対峙する。どうやら彼の戦歴の末端に加えても良いと判断されたようだ。



「馬鹿か、誰がこんなところでくたばるかよ!」


 吐き捨てるように言い放ち、その場で渾身の力を込めて足元の地面を蹴り上げる

と盛大に草地が捲れて土塊が散弾の如く飛び散っていく。



「がははっ! 諦めの悪い奴は嫌いじゃないぜ……って、逃げんのかよ!?」


 大戦斧を振り回して飛来する土塊を打ち弾いた頃には、狼人(ウェアウルフ)の将は踵を返して速やかに退却していた。




「チッ……第一、第二小隊は敵軍を防げ! 手筈通り殿軍を務めろ!

 第三、第四、第九、第十小隊の生き残りは合流して さっさと退()がりやがれ。

 第七、第十四小隊は防護魔法の用意だ! ぐずぐずしてると消し炭だぞ!」


 大将同士の一騎打ち勝負から降りるなど戦士の矜持に関わる行いだが、今の彼は防衛部隊を率いる将という立場に在ると弁えていた。

 予め想定していた退却案に微調整を加えて指示を飛ばすと、付近に控えていた伝令役が直ぐに全小隊へ向けて通達する。



 その直後、曇天の空を突き破って巨大な炎塊が去来する……。


 

「もう撃って来やがったのか!? クソったれ……防げ、絶対に防げぇぇ!!」



 ……ゴォッ  ォォォオオ!!


 ショウジョウヒの『宵闇を暴く、(フラメトラ・)火迅の太刀(ホムスビニス)』が炸裂した。


 敵軍の遥か後方より放たれた炎塊が、主戦場に着弾すると同時に天焦がす火柱が立ち昇る。頭上を覆う雲を突き破り、其処だけ穴が開いて陽光が差し込んだ。



「うぎゃああああ!!」

「うおおお、熱ぃぃぃ!」

「でも直ぐに治るから平気ってもんよ」


 敵味方が入り混じる最前線に容赦なく撃ち込んだのだから、当然ながら味方である筈の冒険者達も火柱に呑まれる。

 しかし直前でバランガロンが付与した光膜の効果により炭化した肉体は瞬時に再生されるため、壊滅的被害を被るのは防衛部隊の兵士のみとなった。



「……無茶苦茶だぜ、コイツら。

 第七、第十四小隊! 防護魔法はまだか? 二発目が来たら終わるぞ!」


 先程の火柱を受けて第一小隊はほぼ壊滅してしまった。

 後ろに控える第二小隊が即座に壁役を買って出るが長くは保たないだろう。


 ペルガメント卿自身もある程度後退してから退却中の第三小隊達と合流し、そこで一旦 足を停めて突風を起こす風魔法を唱え始めた。

 絶えず突風を起こさなければ『灰煙(ワールドエクリプス)』に呑まれるからである



 其処から先は、一秒の重さが極限まで拡張される撤退劇であった。


 殿軍が決死の覚悟で意気を増した敵軍を阻み、両翼に展開していた小隊達が用意していた儀式級の防護魔法を順番に行使しつつ退却し始める。

 ペルガメント卿は大いに数を減らした複数の小隊を束ねて適度に退がり、時にはバランガロンの足停めに入り、風魔法による援護を試み、そして殿軍に加勢した。



 例えるならば大海原で(フカ)に襲われているような境地であろうか。


 生き延びるために懸命に泳ぎ回り。相手の牙が届いたならば身体の一部を切り捨てて差し出し、それを喰わっている間に少しでも遠くまで逃げ延びる行為。

 苦渋の決断を繰り返して殿軍を差し出し、他の味方を一人でも多く生還させる。



 冷酷な決断の果て、第一の陣に配置されていた防衛部隊は実に三分の二の兵数を喪いながら辛くも第二の陣に逃げ延びたのであった。






【Result】

挿絵(By みてみん)

・第30話の6節目をお読みくださり、ありがとうございました!

・今回バランガロンが行使した超広範囲の治癒魔法についての補足となりますが

 治癒効果自体はラキリエルの古代魔法には及ばない代わりに一定時間、

 継続治癒効果が付与されるという特徴があったりします。

 他にも様々な身体能力強化が付いてくるなど、かなり高性能ですね。

・第1話の時は最初からノイシュリーベと激しい一騎打ち勝負を演じて、

 彼女の傑戦奥義を受けて戦闘不能になったので行使する隙がなかったそうです。


・それでは次回更新は11/9を予定していますので、こうご期待ください!

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