030話『雄浸-禍乱は亡霊の脚を喰らう』(5)
[ グラニアム地方 ~ ノールエペ街道 ]
街道近くに設けられた第一の陣を主軸とした、侵す者達と守る者達による戦いの火蓋が切って落とされた。
前者は『翠聖騎士団』第二部隊長のペルガメント卿が率いる防衛部隊。
後者はバランガロン率いる『ベルガンクス』の冒険者部隊。
正午を僅かに過ぎた時刻。曇天のためやや暗く感じる戦場は雑草が生え渡る平地であり、伏せれば身を隠せる茂みも無くはないが、伏兵には適さない。
「へっへっ……どうして中々、あっしらのことを調べ上げているみたいですね」
開戦と同時に防衛部隊が行使した風魔法により産み出された向かい風を目の当たりにして『ベルガンクス』の副ギルド長、グプタが感心したように嘯いた。
悪名高い中年の冒険者ではなく、一人の魔術師としての観点から純粋に評価している様子である。
「まったくだよ、私の『宵闇を暴く、火迅の太刀』」も凌がれちまった!
まあ何度か撃ち込めば、そのうち徹るようにはなるだろうけどさ」
ノールエペ街道に陣取っていた為政者側の防衛部隊を発見した『ベルガンクス』の面々は、肩慣らしも兼ねて正面からの突破を試みることにした。
幹部であるショウジョウヒが先制攻撃で一網打尽にしてやろうと高位の焼却魔法を撃ち込んだのだが、なんと防衛部隊は予め用意していた儀式級の防護魔法を展開して防いでみせたのだ。
この時点で只の寄せ集めの部隊ではないことは察したが、更に上述の風魔法で北側から南側へと吹く、凄まじい突風を起こしたのである。
「こんだけ風が強くっちゃあ、あっしの『灰煙』の効果も激減しやすぜ。
なんせ濃霧を媒体としてるんで、後ろの方に流れて行ってしまいまさぁ。
……奴さん達、魔法の腕前はそこそこだが使い処を弁えてやがる」
障害物の少ない平地に陣を築いたのも、グプタの存在を警戒してのことだろう。
「がはははっ! 上等だ、あのノイシュリーベの手下だけのことはあるぜ!
ちったぁ噛み応えがありそうな敵で良かったじゃねぇかよ」
「突風はともかく、儀式級の防護魔法はそう何度も行使できないでしょうしぃ?
ここはショウジョウヒちゃんに連続で頑張ってもらうほうが良いのかしら♥」
「私は別に構わないよ。守りを固めた奴を無理やりぶっ潰すのは悪くないね」
やる気に満ちたショウジョウヒが、口端を釣り上げる嗜虐的な笑みを浮かべる。
そんな彼女の周囲には、ラナリキリュート大陸には棲息していない炎の大精霊……の更に上位に位置する守護霊獣なる存在が憑いていた。
「いいや? それじゃあ面白くないぜ。俺様が突っ込む!
どんな奴が指揮を採ってやがるのか、ちょっくら挨拶しに行かねぇとな」
クロッカスの提案にギルド長であるバランガロンが待ったを掛け、自身の得物である大戦斧を握り締めた。
彼等は軍隊ではなく、好き勝手に生きているだけの冒険者集団なのだ。
故に、効率的な戦術よりも己の興味と好奇心を満たすことが最優先。
それでいて困難を打破し、未開の地を踏破して来たのだから始末に負えない。
「取り合えず、グプタとショウジョウヒは後方で怪我人の面倒でも見ててくれや。
俺様の挨拶が済んだら、適当に喰い散らかして良いからよ!」
「了解しやした! お頭が前線指令所を潰してくれりゃ幾らか混乱も起きます。
そうなれば、このウザったい突風も収まって万々歳ですぜ」
「ふん、まあトドメの一撃を叩き込むって役割も嫌いじゃないさ」
ギルド長の方策に、幹部二人は特に反対意見を述べることなく承諾した。
何だかんだで長い付き合いなので、こういったやり取りは既に定例なのだろう。
「ん~~、アタシはどうしておけば良いのかしらん?」
「俺様達と敵陣に突っ込みたけりゃ付いて来れば良いし、
気が乗らなけりゃ後方で遊んでりゃ良い。いつも通り お前ぇの好きにしな」
長身の二刀流剣士クロッカスは『ベルガンクス』最強の武芸者。
バランガロンとしても適当な指示を出すよりも、彼女の好きに動いてもらうほうが何かと面白いことが起こるのではないかと考えているのであった。
「んふふ♥ じゃあ暫くのんびりと観戦しちゃおうかしら。
ボスの取り分を獲っちゃうのも忍びないしね」
「がははっ! 言うじゃねぇかよ。
そんじゃあ……一丁 やってやるぜ。往くぞ、お前ぇ等!!!」
「うおおおお!!」
「バランガロンさんに続け―!」
「合戦じゃあ! 首狩りの時間じゃあ!」
大戦斧を振り上げて一帯に響き渡る声量で号令を発すると、配下の冒険者や冒険者崩れの破落戸達は釣られるように大きな叫び声を挙げた。
そうしてバランガロンを筆頭とした一団は敵軍へと突っ込んで行くのであった。
彼等に陣形の概念はない。
各自がそれぞれの脚で、只管に前進するだけの稚拙な攻勢に過ぎなかった。
一人一人が腕利きの冒険者だからこそ可能となる、破壊的な愚者の行進である。
[ グラニアム地方 ~ ノールエペ街道 ペルガメント軍 第一の陣 ]
「隊長、奴等が動き出しました!」
「五百人のうちの八割ほどがそのまま前進して来ます」
「所詮は破落戸か……戦の作法も何もあったもんじゃないな」
ペルガメント卿が構築した防御陣地の中枢、前線指令所にて配下の騎士達による戦況報告が次々に届く。
彼は二個小隊のみを残し、他の兵員は然るべき位置に既に展開を終えていた。
ノイシュリーベより与えられた防衛部隊の総兵力は 一千名。
そのうちの百八十名を別の場所に派遣して、残りの八百二十名はノールエペ街道付近に設けた三つの陣地にそれぞれ振り分けていた。
現在、ペルガメント卿本人が居座る第一陣には四百二十名の兵力を抱えており、それぞれ約三十名から成る小隊に別けて、陣形を築いて配置している。
つまるところ十四の小隊を編成して展開し、指揮しているのである。
『ベルガンクス』の総兵力は五百名弱、ペルガメント軍の第一陣は四百二十名。数の上ではやや不利だが戦術と陣形次第では充分に対応可能な範疇であろう。
「力圧しが好みってわけかい。脳筋もここまで来れば清々しいぜ!
普通なら考えられねぇが……まあ相手は『ベルガンクス』だ、入念に潰すぞ」
目を細めて訝しむもペルガメント卿が採る方策は一切揺るがない。
普段は粗野な態度と言葉で周囲からの顰蹙を買いがちな彼ではあるが武芸者として、軍勢を率いる将としての実力と感性は本物なのだ。
「ま、正面から突っ込んで来てくれるんなら願ってもない。
あの特大の焼却魔法をぶっ込まれ続けるよりは遥かにマシだぜ」
「ええ、雲を突き破って迸るあの火柱には度肝を抜かされましたからね」
「"屍都の残火"ショウジョウヒ……なんと恐ろしい魔法の遣い手だ……」
「ビビってんじゃねぇよ! 左右の魔法騎士共にはこのまま突風を維持させろ。
イゼルマとガリアンの部隊は五十メッテ前進! ジョス隊は移動弩砲を撃て!
追い風を吹かせてる間は、並大抵の盾じゃ防げねぇからな」
「はっ! 直ぐに伝えて参ります」
「奴等を針鼠にしてやりましょう!」
怖気付いた素振りを見せ始めた部下達を発破しつつ、必要な指示を出していく。
用意周到なペルガメント卿は、限られた兵力で最大限の戦果を挙げる算段を入念に整えているのである、
「……グラニアム地方の貴族家から差し出された『人の民』の常備兵だからなぁ。
練度も劣るし俺の言うことを絶対に聞くとは限らねぇが、まあ使い道次第だ。
魔物の群れを相手にする時みたいに『咬搾の陣』で着実に摺り潰してやる!」
狼そのものといった頭部を持つ狼人が獰猛な笑みを浮かべた。
決して舌舐めずりなどはしない。むしろ格上の敵を相手にする時 特有の緊迫感と、強者に挑戦する気概を存分に滲ませている。
なお『咬搾の陣』とは、ペルガメント卿達の故郷であるヴェルムス地方の獣人種が好んで採用する陣形の一つであり、彼等のにとって集団戦術の基礎。
小分けにした小隊を二重もしくは三重の備えで鶴翼に配置させるのである。
前衛を務める小隊が敵軍を迎え撃っている間に後衛の小隊が遠距離攻撃で確実に敵兵を減らす。前衛の被害が拡大してきたら小隊の位置を入れ替える。
敵軍に徹底的に抗うための戦術ではなく、適度に迎え入れて、折を見て退がる。
むしろ本命である鶴翼の中枢に徐々に誘因していくことが肝要となるのだ。
そして本命には最も強力な精兵のみで構成された小隊を置き、誘い込まれた敵兵を喰い潰す牙役を担わせるのである。
即ち、賢く退がりながら獲物を顎門の裡へと誘い込む捕食者の戦いだ。
ちなみに風魔法による突風もこの陣を構成する要素の一つ。
突風の角度を微調整させることで進軍する敵兵の進路を自然な形で中枢へと誘導する一助となっていた。
「(『人の民』との混成部隊では、故郷での戦いのようには行かないだろう)
(それでも限られた時間ながら、ヴィートボルグの練兵所で調練を施して来た)
(あとは将である俺が判断をしくじらなければ……)」
これまでの人生で彼が指揮してきた部隊よりも幾分かぎこちないが、どうにか指示通りに動き始めた各小隊を前線指令所より見守る。
敵軍は愚直にも正面からの突撃を試み、左右に別たれた小隊より矢の雨を浴びせられているが各々が手にした得物を駆使して弾いているようであった。
迂闊にも盾を構えた冒険者崩れなどは、突風によって強化された矢弾によって盾ごと貫通されてはいるが、それでも即死は免れていた。
「……移動式とはいえ弩砲の矢弾を直接 弾くかよ。
世界最強の冒険者集団ってのも、法螺じゃあなさそうだな」
「ですが敵軍の勢いは確実に削いでおります」
「然様、このまま早期にイゼルマ隊達で挟み込みに掛かっても良いのでは?」
「慌てるんじゃねぇよ、先ずは矢弾を有るだけ撃ち尽くちまえ!
陣ごと後退するのが前提なんだから無理に顎門を閉じようとしなくて良い。
まあ此処で決着が着きそうだったら、そのまま喰らってやるがな」
その後も執拗なまでに矢弾を放たせ続けた。
『ベルガンクス』の冒険者達は矢を浴びても、突き刺さった鏃ごとその場で強引に抜き放ちながら只管に前進を続けて来る。正に狂気の行進。
自力で歩けない程の損傷を受けた者のみが後方へと運び込まれ、グプタやショウジョウヒなど治癒術を修めた者による治療を受けているようであった。
防衛部隊側が絶えず突風を起こしているために、満足に飛び道具を放てない彼等は愚直に進み続けるしかないのである。
「敵軍が各小隊と接触するまで、あと五十メッテ程です!」
「よし、突風と防御魔法は支援部隊の魔法使い達に任せて
第二部隊の魔法騎士どもは攻撃魔法をぶち噛ましやがれ!」
「はっ! 合図を送れ! 風の刃で刈り取るべし!」
「『斬り裂け、尖風』!」
「『斬り裂け、尖風』!」
「『斬り裂け、尖風』!」
各小隊に一名か二名ずつ配属されている魔法騎士が別々の位置から同時に、短詠唱の風魔法を放ち始めた。
短詠唱の魔法は発動速度が優れている反面、威力と有効射程が大きく落ちる。
加えて第二部隊の魔法騎士達は、ボグルンド卿が率いる第三部隊ほどの魔法の練度がなく、複数人で協力して大魔法を放つような芸当は出来なかった。
そこで素早い展開力で陣を構築し、矢弾で削った敵兵に向けて速度重視の攻撃魔法をあらゆる角度から連続で浴びせるなど、追撃の一手として特化させたのだ。
「低位の風魔法とはいえ、矢弾を防ぐのとは勝手が違うだろ?
精々、存分に味わいな……」
今のところ優勢を築いている筈なのに、ペルガメント卿の表情は晴れない。
『ベルガンクス』の噂と実績を鑑みれば、この程度の愚直な攻勢しか採らないというのはどうにも府に落ちないのである。
勿論、突風の策や移動弩砲が効力を発揮しているのは事実なのだが……。
「(何か企んでいやがるのか? どっちにしろ不気味な連中だぜ)」
胸中のみで吐露し、表向きは平静を装ったまま迎撃を続けさせた。
[ グラニアム地方 ~ ノールエペ街道 『ベルガンクス』本隊 ]
「ぐあああ……!」
「く、くそ……矢だけじゃなく魔法まで!?」
「ぐへへ、なーに直撃を受けてんだよ」
「こんな微風で死んじまったら、冒険者としても戦士としても不名誉ってもんだ!」
無謀な直進を続ける『ベルガンクス』の冒険者達が一人、また一人と倒れる。
ある者は全身を矢で射られ、ある者は風魔法で何度も何度も刻まれた。無傷の者など極一握りしか居なかった。
先頭を往くバランガロンですら、矢こそ浴びていないが風刃によって至る箇所より血を流している有様だ。
これ程までに一方的に、苛烈な歓迎を受けているにも関わらず『ベルガンクス』側の死者は一人として出ていない。
「お前ぇ等! あと少しの辛抱だぜぇぇぇ!
こういう向かい風ってのはなぁ、逆らい甲斐があるってもんよ。
これを乗り越えた時、俺様達はまた一段と高みに登れる!」
「その通りだー!」
「田舎騎士の矢や魔法なんて嵐の大海原に比べたら可愛いもんだぜ」
「げへへ、連中の顔を見てみろよ! お頭が近付くごとにブルってやがるぜ」
正規の冒険者達は意気揚々と巨漢のギルド長の後に続く。
それに対し、エーデルダリアで一時的に雇われた数合わせの冒険者崩れ達は涙目になっていた。高額な報酬や手当に釣られて依頼を受けたものの、これ程までの狂人の集団だとは露にも思わなかったのである。
「こいつらイカれてやがる」
「……やっぱり、とんでもない連中に雇われちまったな」
「くそっ、こんなことならホイホイ付いていくんじゃなかった……」
とはいえ、この状況で背を向けて逃げ出そうものなら、矢弾と風刃が背後より降り注ぐのは目に見えている。前を向いて走り抜けること以外に活路は無い。
防衛部隊が敷いたこの陣を攻略する最も堅実な手段こそ、今 バランガロンが実行している正面突撃なのであった。
[ グラニアム地方 ~ ノールエペ街道 ペルガメント軍 第一陣 ]
「敵軍、突破して来ます!」
「隊長! 噛み殺すなら絶好の機だ」
矢弾を浴び、風刃で刻まれ、尚も前進を続ける冒険者達がついに眼前まで迫る。
突破してきた『ベルガンクス』本隊は残り三百名弱。他は途中で脱落したり最初から後方支援に徹していた。
『咬搾の陣』の真価を発揮して一網打尽にするにはお誂え向きと云える。
「……顎門を閉じるのは第三、第四、第九、第十小隊だけだ。
俺の居る第一小隊と後ろの第二小隊は現状の位置で迎え撃つ。
その他の小隊は突風と防護魔法を維持しながら退がり始めろ!」
彼が指示を下した四つの小隊は鶴翼の中心から最も近い場所に配置された者達。ペルガメント卿が居座る第一小隊と、その後方に位置する第二小隊と併せて二百名弱で包囲するという目論見であった。
「しかし隊長、この数で奴等を殲滅することは……」
「馬鹿野郎! 全員で一箇所に固まったら最初にぶち込まれた火柱が飛んで来る!
敵兵を削れるだけ削ったら直ぐに俺達も退がるぞ、いいな?」
この戦いは侵攻する『ベルガンクス』を殲滅するためのものではなく、なるべく被害を抑えつつ敵の足止めをする作戦なのだ。
ペルガメント卿としても本意ではないが課せられた責務の重さは理解している。部下を叱咤した後に役割を遂行するべく自らも参戦しに向かおうとした、その時。
「お前さんが指揮官か~?」
突如、前線指令所に圧倒的存在感を放つ 二メッテを超える偉丈夫が迫る。
全身を風刃で斬り刻まれて出血しているが、その面貌からは苦痛に喘ぐ素振りは一切見受けられず、むしろ芯から戦を愉しんでいる様子であった。
「……ッ!! るぉぉおおおおお!」
偉丈夫を見咎めた瞬間、ペルガメント卿は咆哮を挙げながら駆け出していた。
一目で理解したからだ。コレは常理の埒外を生きる逸脱者であると。
「おっ! 随分と活きがいい若造じゃねぇか」
即決即断にして疾風怒濤の勢いで鋭い跳び蹴りを繰り出して来た狼人の将に対して感心しつつも大戦斧の刀身を盾にして確りと受け停める。
……ドガッ ィィィン!!
鋼鉄製の脚甲と大戦斧が激突し、凄まじい重音と衝撃波を周囲一帯に響かせる。
その時になってようやく前線指令所に詰めていた配下の騎士達も何等かの反応や行動を見せ始めた。
「な、なんだこの大男は!?」
「第三小隊第十小隊はどうした? まさか抜かれたというのか!?」
「く、くそっ……応戦しろ、隊長に続けぇ!」
「愚図どもが! 手前ぇ等はコイツの仲間の相手をしていろ!
首魁が一人だけで突破してきたわけじゃねぇだろうからな」
浮足立つ部下達を制しつつ、自身は眼前の偉丈夫……バランガロン本人を抑えるべく素早く距離を取りつつ第二撃を叩き込んだ。
刃付きの脚甲による上段後ろ回し蹴りをフェイントに使い、途中で腹部狙いの中段後ろ回し蹴りに切り替える。
「お前さん、あのノイシュリーベの部下なんだよな?
それにしては名乗りもせずに殺しに来るなんざ本当に騎士サマか……よ!」
言いながら大戦斧を横薙ぎに振るって相手の蹴り脚を弾いてみせる。
大型の魔物すら一撃で斬り断つペルガメント卿の必殺の蹴撃を容易く凌ぐほどの手管。ただ単に体力と膂力に任せて突っ込んで来た狂人というわけではないのだ。
「………シャラアァァァ!!」
バランガロンの言葉には一切答えず、ペルガメント卿は攻撃の手を……否、脚を停めることはしなかった。
右脚の直蹴りでバランガロンの大戦斧を僅かに打ち飛ばし、瞬間的に開いた隙間に右拳を捻じ込む。本命は拳打ではなく腕甲に備え付けられている刃による首筋狙いの斬撃だ。
接敵してから悠長に語り合うなど、戦場に立つ戦士の行いではない。
彼は『翠聖騎士団』に加わったことで騎士身分こそ手にしていたが、あくまで騎士ではなくヴェルムス地方の誇り高き戦士なのである。
優先すべきは騎士の作法や名誉などではなく、戦士の矜持と戦果なのだ。
「中々 悪くねぇ動きだな!」
余裕のある笑みを見せながら上半身を僅かに逸らして腕甲を躱す。
相手の身体の可動域や筋肉の伸縮、繰り出された技の性質すらも瞬時に見極めて必要最小限の動きで難を避けてみせたのだ。
お返しとばかりにバランガロンも右脚による膝蹴りを繰り出す、狙いは脇腹。
これをペルガメント卿は、右方向に一歩移りながら左腕の腕甲で一瞬だけ受け停めた後に、即座に大外へと弾くことで衝撃の浸透を免れた。
そのまま半歩踏み込みながら伸ばした右腕を一旦引き、鋭い短突きを繰り出す。
ダ ダダンッ! と瞬き一つの間に三連射。全てバランガロンの顔面を捉えたが腰の入っていない拳打ではこの偉丈夫を崩すには至らない。
「……チィィッ!」
短突きの後に本命である右腕の鉤突き……正確には腕甲の刃で斬り裂く零距離斬撃を叩き込もうとした時、足元より急激な冷気が漂い始めた。
直感的に危機を察したペルガメント卿は舌打ちをしながら躊躇なく後方へ跳躍!
偉丈夫を中心とした半径 三メッテ範囲の地面より槍の如き氷柱が何本も突き出したのである。
「(魔具術か? 鍵語の詠唱すら必要ないとは出鱈目過ぎんだろ)」
「がはははっ! 初見でこいつを避けてくれるのかよ!」
ますます喜々とした声色で愉快そうに嗤う。
「チッ……このクソ狂人がよォォ!
グレミィルの草原を駆ける大いなる原初の風の精霊達に希う。
風薙ぎに載せるは深緑の斬軌。夏草よ、息吹よ、天地の顎門を閉ざしやがれ」
両脚で着地すると同時に魔法の詠唱を開始。其はペルガメント卿が最も得意としている風魔法だった。
ノイシュリーベのように動き回りながら祈りを捧げるような真似は出来ないので完全に無防備となってしまうが、弛まぬ研鑽によってこの魔法だけは祈祷と詠唱に要する時間を限りなく削ぎ落していた。
「『鳴動する』……――――」
精霊に祈りを捧げ、魔力を供し、鍵語を宣言すると同時に右腕を振り上げる。
ペルガメント卿の所作に応じて一陣の風が吹き荒び、足元の数多の雑草を刈り取ると草の一本一本に風を纏わせながら頭上へと昇っていった。
「……『聖歌の剣』!!」
静かに、しなやかに、その場で右腕を振り降ろす。
風を纏って舞い上がる草達は、上空で渦を描きながら一つの塊へと収斂された後に祈りを捧げた者の挙措に応じて解き放たれる。
即ち、草と風を媒体として編み上げられた巨大な断頭台の刃。上空より一挙に降り注ぐ絶狩の一撃を以て害獣を狩り尽くすのである。
【Result】
・第30話の5節目をお読みくださり、ありがとうございました!
・今回の一戦を経て『ベルガンクス』の面々の能力を描いておきたいと考えております。
主役不在の戦場ではございますが、後々の大きな戦いに繋がる一幕と成り得るよう
尽力いたしますので、僅かでもペルガメント卿を応援していただければ幸いです。
・次回更新は11/8を予定しています!




