030話『雄浸-禍乱は亡霊の脚を喰らう』(2)
[ エルディア地方 ~ セオドラ子爵領 ソラス村 ]
エルディア地方の北端に位置する何の変哲もない農村部では、昨日より総勢五百名近い武装した集団が押し寄せて来たために異様な雰囲気に包まれていた。
即ち、エーデルダリアを発った冒険者集団『ベルガンクス』が立ち寄ったのだ。
彼等は一晩の宿を求め、抵抗する術を持たぬ村人達は震えながら家屋を空けて要求を吞むことしか出来なかったのである。
更に村で唯一の酒場には集団の中でも一際ガラの悪い者達によって占拠され、夜が明けるまで飲めや騒げやの下卑た宴会が繰り広げられる有様であった。
「ふああああ~~~~~、よく寝たぜ!」
「おはようございやす、お頭! 寝心地はどうでしたかい?」
「ふん、まあ船の甲板で雑魚寝していた頃に比べりゃ幾らかマシだったな。
……にしても、あいつらまだ騒いでやがんのかよ」
早朝、民家の扉を開けて姿を現した老年の偉丈夫……バランガロンの起床を見咎めたグプタがすかさず挨拶に伺うと、彼は酒場が建っている方角を見据えて訝し気な視線を傾けるのであった。
「ああ、奴等は現地で雇った数合わせの冒険者崩れですからねぇ……。
所詮はその程度の輩なんでしょうな、破落戸と変わりゃしませんぜ。
その分、気軽に使い捨てられるんで便利なんですがね」
「これからデカイ戦をやらかしに行こうって時に呑気なもんだぜ!
冒険者なら、こういう時はきっちり休んでおくのが鉄則だろうによ」
夜を徹してのバカ騒ぎ……もとい宴会自体はバランガロンも大いに好むところではあるのだが、それは成すべきことを成し終えた後の話である。
一流の冒険者であり海賊である彼だからこそ、分別を弁えていた。
「連中にそんな殊勝なことを求めても仕方ないですぜ。
うちの正規所属の冒険者達は全員、交代で休息を採らせたので万全でさぁ」
「がっはっは! そうでなくっちゃなあ。
そんじゃあ、朝メシ食ったら作戦会議でもしていくか。
偵察させていた奴等はもう戻って来てるんだろ?」
「へっへっ、つい先刻 報告を受け取ったばかりですわ。
戻ってきた連中は、とりあえず今の内に眠っておくよう言いつけてあります。
それから、お頭達の分の朝食は村の広場で炊き出しをさせてますぜ」
「流石に抜かりはねぇようだな。いつもながら大した手際だぜ!
それなら昼前には発てそうだ………って、なんだぁ?」
無気力そうに見えて細かいところまで気の利く副ギルド長の手腕を称えつつ食事が用意されているという広場に向けて歩き出そうとした時、酒場の方から何者かの悲鳴が挙がった。
「きゃああああ!! 誰か、誰か……助けて!」
「馬鹿な奴だぜ、無駄な抵抗をするからこうなんだよ」
「そうだそうだ、俺達は天下の『ベルンガンクス』様だぜ?
逆らったらどうなるのかなんて猿でも分かるだろうが!」
「あ~、新入りの連中 やりやがったよ……。
しかも『ベルンガンクス』じゃなくて『ベルガンクス』だっての!」
草臥れた表情に戻ったグプタが思わず溜め息を吐いた。
「チッ、しゃあねぇな。ちょいと顔出しておくか。ついて来い、グプタ」
「へい、勿論ですぜ!」
他にも悲鳴を聞き遂げた『ベルガンクス』に所属する正規の冒険者達が、次々に民家から姿を現し始める。中には既に武装している者達も散見された。
[ エルディア地方 ~ セオドラ子爵領 ソラス村 酒場前 ]
バランガロンとグプタが酒場まで足を運ぶと、そこには刃物で斬られて絶命している青年と、彼に寄り添う若い女性と年老いた男性が見受けられた。
傍には下手人と思しき冒険者崩れの悪漢達が血の付いた蛮刀を握り締めている。
「おい! こいつは何の騒ぎだぁ!?」
「あっ……バランガロン、さん」
「いやぁ、そこで死に腐ってる馬鹿がイキりやがったんで、つい……ね」
二人組の下手人達は後からやって来た偉丈夫を見咎めて思わず言葉を詰まらせるものの、直ぐにへらへら笑いながら説明をし始めた。
「俺達が気持ちよく酒盛りをしていたところに、
そこの娘が店に追加の食材を届けにやって来ましてね……結構な上玉でしょう?
だから、ちょっくら追加のサービスでもして貰おうかと思ったんです」
「そしたら酒場で働いていた、その男が止めに入ってきましてね?
何だかんだ文句を言って娘を遠ざけようとして鬱陶しかったんで
ばっさりと斬り捨ててやったってわけっす! あはは……」
「はぁ……」
心底見下げ果てた視線を傾けながら溜息を吐いたバランガロンは、何も無い空間に右掌を翳してみせた。
「へい、お頭!」
すると古参の冒険者達が三人掛かりで大戦斧を運び込み、彼の手元に差し出すと、老年の偉丈夫は類稀なる膂力にものを言わせて主武装を掴み取った。
「朝っぱらから頭の痛くなる話だなぁ、おい!」
一歩踏み込み、蛮刀を握り締める下手人 目掛けて大戦斧を振り降ろす。
脳天から股に掛けて垂直に閃く斬撃の軌跡に沿うかのようにしてヒトの肉体が容易く両断された。
後に続くのは盛大なる血飛沫と臓物が飛び出る悍ましき光景……と、誰もが予測するような結末には至らない。
ピシ……ピシピシ……と、まるで硝子に罅が奔る音が響いたかと思うと、両断された下手人の肉体が瞬時に凍て付き、氷像と化したのであった。
周囲の気温が急激に低下して息がし辛く感じるのは、決してこの偉丈夫が放つ威圧感によるものだけではなかった。
「な、なんで……」
突然の事態に、もう一人の下手人はその場で尻餅をついて震えあがっていた。
「『ベルガンクス』は何でもやらかす自由な実力者集団だって話だろ?
殺しや略奪、村娘を嬲るのなんて日常茶飯事じゃないのかよ??
この程度のことで何で処分されるんだよッ! 誰でもやってることじゃねえか」
「確かに俺達は、何者にも縛られねぇ生き方を第一に掲げてる」
凄まじい冷気を放つ大戦斧を肩に担ぎながら、バランガロンは言葉を紡いだ。
「好きに戦い、好きに奪い、好きに犯し、好きに死ぬ……それが俺達の大原則。
秩序だの、規律だの、正義だのってのは聞いただけで蕁麻疹が出るってもんだ」
「だったら、どうして……」
「だがな! それは戦場での話だぜ? 戦う力もねぇ奴から奪っても意味が無い。
力のある奴と争って、ぶっ倒して、そんで全部を奪うから愉しいんだろが!!」
「……ひィ!」
凄味を利かせる偉丈夫の怒鳴り声は凄まじく、下手人や村人はおろか古参の冒険者ですら思わず緊迫した面持ちで総身が震えあがっていた。
唯一、平然としているのは彼の後ろに控えるグプタくらいのものである。
「それによぉ、何の変哲もない村人を殺すのは一番やっちゃあいけない事だ。
……何でか分かるか?」
「……ひ、ヒト殺しは罪だから……ですか?」
「違ぇよ、馬鹿! いいか、村ってのは"畑"なんだぜ?
こういう何の変哲もない村や町があるからこそ、ヒトが産まれて育っていく。
そして夢を懐いて村を飛び出した若ぇ奴は、冒険者になるだろう?」
「……??」
バランガロンの言いたいことが皆目見当も付かない下手人はただただ困惑するばかり。それに対して古参の冒険者達はそれぞれ得心のいった顔で頷いていた。
「冒険者になった奴は世界を旅して、実績を積み上げる。
まあ大半は夢半ばでおっ死ぬか、お前みたいな破落戸になるんだがな。
だが……たまーに、とんでもない偉業を成し遂げて大成する奴が現れる」
獰猛な笑みを浮かべながら、喜々とした声色へと移り変わった。
「俺達はよぅ、そんな大成した化け物と闘り合いてーんだよ!
敵は強ければ強いほど善い。挑んで、犯して、奪う価値がある!
そうだろ? お前等!!」
「その通りです!」
「流石はお頭!」
「戦いは良い、俺達にはそれが必要だー!」
偉丈夫が背後を振り返り、古参の冒険者達が口々に賛同の声を挙げる。
またしても唯一、グプタだけが少し引いた表情で喧噪を眺めていた。
「そういうわけでな、お前がやったことは俺達にとっても最低最悪ってことだ。
村人を殺しちまったらよぅ……化け物が産まれる可能性が減るよなぁ?」
「…………」
最早、下手人にとって彼等が何を言っているのか理解できなくなっていた。
「そりゃ『大戦期』の頃は、俺様も面白半分で村を潰した事もあったもんよ。
見込みのありそうなガキを一人だけ生かして、後は皆殺しにしてやった。
そうしたら復讐に燃えたガキは見事に成長を果たして俺様を殺しに来た!」
全身に刻まれた無数の傷痕のうち、首元の傷を指差しながら悦に浸ったかのような表情で熱く語り出す。
「この傷痕はそいつに付けられたんだが、あれは善い闘いだったぜぇ。
流石の俺様も九割方は死を覚悟した……まあ結局は勝ったんだけどな!
がはははははっ!」
周囲の冒険者達も盛大に笑い声を挙げる。
一方、下手人は何が面白いのか、さっぱり分からないという面持ちだった。
「だが、今はもうそういう時代じゃなくなっちまった。
今時の若い奴等は軟弱だからなぁ……大切に生かしてやらないといけねぇ」
彼は齢にして六十を越えている。様々な時代の変遷を垣間見て来たのだろう。
「大切に生かしてやれば、化け物が出て来る芽は必ず有る!
十年くらい前にキーリメルベス連邦で一世風靡した"北方の勇者"とかな!
あいつも、こういう何の変哲もない村の出身だってぇ話だ。
だからよぅ……無意味に村人を殺すのは御法度ってことだ、理解できたか?」
「……く、狂ってやがる!」
「がははっ! 狂人で結構! 戦に狂って何が悪い?
所詮、冒険者なんざ半端者の成り上がりだぜ、世間様の常識の埒外よ!
だが……信念だけは、がっつり固める。それが俺達『ベルガンクス』だッ!!」
再び大戦斧を振り降ろし、もう一人の下手人も同じように両断してから氷像へと変えてみせる。これにて『ベルガンクス』のギルド長による沙汰が下された。
「はんっ、次からはもうちっと兵の質を選ばねぇとな」
「今回は員数の補充を最優先で募集を掛けましたからねぇ。
実力はそこそこある冒険者崩れだったんですが……すいやせん」
「まあ、どっかで新入り共に対する見せ締めはやっておこうと思っていたからな。
丁度良いからこの馬鹿共を利用してやる。後は任せたぜ、グプタ」
「あいあいさー!」
早速、氷像と化した下手人達を村の入口まで運ぶように指示を出すグプタを後目に、バランガロンは犠牲者の男性に庇われていたという村娘へと向き合った。
「……済まねぇな、うちの馬鹿がやらかしちまったわ。
殺されたのは、お前等の家族か何かかよ?」
「は、はい……彼は私の婚約者でした……。
隣に居るのは彼の父親で、この酒場の店主でございます」
一連の流れを目の当たりとして すっかり萎縮してはいるものの、村娘は声を震わせながら気丈にも男性達との関係を説明していった。
「そうか、そいつは気の毒にな……って俺様が言うのもおかしな話だが
コイツはせめてもの詫びだ。黙って受け取ってくれや。
そいつの墓を建てるなり、村の発展に使うなり、自由にしてくれ」
その場で左掌を軽く掲げると、背後に控えていた古参の冒険者の一人が頑丈な封が施された雑嚢を持って来た。
そして雑嚢の中より黄金に輝く物体……いわゆる金塊を差し出したのである。
「こ、これは……」
「ヒトの命には代えられねぇが、まあこれから生きていく上で足しにはなるだろ。
早めに新しい旦那を見つけて元気な子供を産んでくれや、なるべく大量にな!」
ニカっと笑い、言葉を締める。皺と傷痕だらけの歴戦の悪漢といった風貌ながら笑顔だけは大海原で垣間見る朝日の如き、堂に入った輝きであった。
「…………」
無理やり金塊を手渡された村娘は、偉丈夫の迫力と常軌を逸した価値観から来る言動に対して、それ以上は何も言い返すことが出来なくなっていた。
「死んでいった連中の魂が、順当に巡っていくことを祈るぜぇ。
……じゃあ朝メシでも食いに行くかな! がはははっ!」
形だけとはいえ、彼なりの流儀に則って短い祈りを捧げると、一段落したとばかりに頭を切り替えて村の広場の方角へと歩いて行くのであった。
「(そう、ヒトが増えさえすれば俺様達を愉しませてくれる化け物も増える)
(この半島を治めるエデルギウス家みてぇな連中も出て来るわけだ)
(姉のノイシュリーベに、弟のサダューイン……再戦が楽しみだぜ)」
【Result】
・第30話の2節目をお読みくださり、ありがとうございました。
・バランガロンはだいたいこんな感じの人物でございます。
彼に付き従う『ベルガンクス』の正規メンバー達も、グプタを除いて
基本的に戦闘狂集団なので世間一般の常識は通用いたしません。
・『大戦期』、もしくはその後の紛争で脳を灼かれた者達という感じですね!
・次回更新は11/3を予定しています。
引き続き『ベルガンクス』を様子をご堪能いただければ幸いでございます。




