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029話『招かれざる隣人』(4)


 ギルガロイアの位置より東側にエバンス、北側に白馬を駆るノイシュリーベ。

 それぞれに左右の得物を傾けると、先ずは凄まじい速度で突撃する後者への対応を迫られた。



「此処でその首を貰い受ける!」


 彼我の距離が十メッテほどに縮まった瞬間、白馬が大きく跳躍して頭上を取る。

 前回の一騎打ちの際に繰り出した吶喊をギルガロイアに躱されたことを踏まえた一手であった。



「チッ、やるじゃねぇかよ……!」


 落下と共に繰り出される斧槍の大斬撃。如何にノイシュリーベが矮躯で軽標だとはいえ、全身甲冑と騎馬の重量を加えたならば看過できぬ威力へと昇華される。


 流石のギルガロイアといえど、真っ当に打ち合えば容易く圧し折られると察したのか、反射的に斜め後方へと退いてやり過ごそうとした……だが!




「『――来たれ、尖風(ディア・ヴィンタル)』」


 腰部の草刷り(タセット)を斜め後方へ傾けて豪風を噴射。

 すると落下中の軌道を強引に捻じ変えて退避しようとしたギルガロイアに追い縋る形で前進したのである。



「『――来たれ、尖風(ディア・ヴィンタル)』!」


 更に肩の草刷り(ガルドブレイス)噴射口(スラスターノズル)を真上に傾けて、間髪入れずに豪風を噴出。

 急激に下方向への推力を得たことにより落下中の白馬とノイシュリーベの総体が急激に加速した。



「こ、こいつ……出鱈目(デタラメ)過ぎんだろぉ!?」


 咄嗟に構えを変えて二つの得物を十字に交差させる。竜骨刀を上側に添えて、分厚い刀身の義手刃は下側に敷く。そうして辛うじて防御姿勢を採ったのである。

 ギルガロイアの面貌が焦燥で歪む。覚悟を決めて両脚で踏ん張るしかなかった。



「(耐えきれるか? いいや、耐えてみせる!)」


 総体ごと加速させた大斬撃が襲い掛かる。凄まじき轟音と奮迅を撒き散らしながら、斧槍の刀身が降り注ぎ、バギィィン! ……と竜骨刀を容易く圧し折った。

 また義手刃の方も折れるまでは至らなかったものの刀身の半ば程より、ぐにゃりと(ひしゃ)げてしまっていた。



「ぐがぁぁ! く、クソがッ!!」


 腕に痛烈な痺れが広がり、思わず倒れそうになったのを堪えながら、よろよろと後退(あとずさ)った。しかし彼女達が攻撃の手を緩めることは無い。




 ヒュンッ  ……ドガッ!!


 ギルガロイアの死角より何かが迫り、腹部に痛烈な一撃を与える。




「……ごべぇっ!」



「竜鱗の無い箇所も結構 硬いな」


 ギルガロイアの視界に、飛び後ろ回し横蹴りを放ったエバンスの姿が映る。

 彼は追撃する素振りは見せずに即座に蹴り足を引っ込めて、そのまま後方へ短く跳躍して間合いを取っていった。


 ノイシュリーベの大斬撃の直後に放つことで、彼女の攻撃の隙を補いつつギルガロイアが反撃に出る(タイミング)を潰す絶妙な立ち回り。

 事実として、その頃には急速落下による反動から立ち直った白馬が再稼働を始めていたのである。



「(阿吽の呼吸ってやつかい……コイツ等、相当に()り慣れてやがる!)

 (今の状態で、この二匹を同時に相手取るのは厳しいぜぇ)」



「…………」



「…………」


 白馬を駆るノイシュリーベが旋回機動で距離を詰めつつ斧槍を振るい、エバンスもまた言葉を発することなく動き回ってギルガロイアに足払いを仕掛けてきた。


 上半身を大きく逸らして際どい所で斧槍を避け、足払いに対しては相手の蹴り足が着弾する瞬間に自身の(あし)を浮かせることで、巧みに衝撃を逃してみせた。



「言葉は不要、目配せや合図すらも不要……ってか?

 お互いに相当理解し合ってねぇと、ここまでの動きは出来んぜ」


 今度はギルガロイアの額より脂汗が零れ落ちる。

 完全に自身が狩られる側に立ってしまったことを本能で理解したのだ。




 フォォオン……  ボッ ヒュゥゥゥ… !!


 白馬が前進すると同時に、『白夜(ナハト・)の甲冑(ダュアンジーヌ)』の噴射口(スラスターノズル)より再度 豪風を噴射。

 そのままギルガロイアの左脇へ。彼から見れば右方向へと跳び込むような挙動を見せながら擦れ違い様に斧槍の刀身を奔らせた。



「ぐっ……!!」


 咄嗟に身を捻って躱そうとするも、それすら織り込み済みとばかりに途中で斧槍の軌道を変えていた。敵が一度見せた防御や回避の手管は、次の攻撃の際には着実に潰して退路を断ってくるのである。



 …… ガィィン!!


 避けきれないと悟ったギルガロイアは、咄嗟に折れた竜骨刀で斧槍を打ち据えて太刀筋を強引に逸らそうとするも、完全には凌げずに右肩を幾らか斬り裂かれる。


 竜人種(ドラゴニア)特有の、黄金色の血液が傷口より滴り落ちる。



「(流石に、やべぇな……!)」


 受け太刀のために両脚を大地に着けて右腕を振るわされた直後、再びエバンスが足払いを放ち、今度は捌き切れずに軸足を刈られて無様に転倒してしまう。


 間髪入れず。転倒したギルガロイアの脳天目掛けて、斧槍が断頭台の刃の如く振り降ろされる。



「クソォォ! クソッ! クソォォ!!」


 これに対して芋虫の如く地面を転がって難を避けることには成功したが、あまりにも生き延びることに必死だったために、途中で竜骨刀を手放してしまった。



「はぁ……はぁ……」


 泥塗れになりながらも何とか立ち上がってみせる。

 そんなギルガロイアに残された武器は、もう折れ曲がった義手刃のみであった。




「……随分と粘るわね」


「余所からイェルズール地方に流れ着いた身で

 "黄昏の氏族"達の支持を得ているのは伊達じゃないってことだねぇ」


 それぞれに所感を零しながら並び立つノイシュリーベとエバンス。

 優勢に傾きつつある彼女達の面貌には、しかし一切の余裕は見受けられない。




「……くくく、こいつはいよいよ(ハラ)を括るしかねぇな」


 逆境にて双眸を炯々と輝かせながら、懐より小瓶を取り出す。

 小瓶の内には濃密な真紅の液体で満たされており、一目見ただけで真っ当な代物ではないことは誰の目にも明らかだ。



制霊薬(エリクシール)? ……にしては随分と禍々しい感じだ。

 魔制霊薬(デミ・エリクシール)とも違うようだけど」


 制霊薬(エリクシール)とは、ヒトの身体を構築する素子を直接刺激することで、惑星の息吹である魔力を取り込む器官を一時的に活性化させる劇薬の一種である。

 戦場に於いては強力な魔力活性剤として用いられるが、戦闘後に凄まじい反動を被ってしまうという欠陥を抱えていた。


 そして魔制霊薬(デミ・エリクシール)とは、制霊薬(エリクシール)を精製する過程で産まれる失敗品の総称であり、上記の魔力活性剤としての効果を得られないばかりか身体組織に致命的な悪影響のみを及ぼすため、主に拷問などの際に用いられるのである。




「もう誰も、俺を停められねぇぞ……うおおおおおおおおおお!!!」


 小瓶に封じられた液体を一挙に飲み干すと、瞬く間にギルガロイアの身体に異変が生じ始めた。


 凄まじい魔力が彼の身体の裡から溢れ出し、体表を覆っている竜鱗が肥大化。

 牙と爪も鋭利に伸び、臀部からは長大な竜の尾が生えて伸びる。そして……。




 バッ……!  バッ……!


 上半身に着用していた金属製の部分鎧を突き破る形にて、背より左右一対の竜の翼が生えて羽搏(はばた)き始めたのである。

 ()の姿は、より竜種に近い特色を発露していたが、一つの生命体としては何処か歪さを拭えない、怪人……或いは魔人(クラドゲネシス)に近しい存在へと成り果てていた。



「薬の力で竜の因子を無理やり呼び覚ましたか!」


「うへぇ……差し詰め、竜魔人(ドラコクラドゲネシス)ってところだね」



「御託はいい、全部まとめて灼き払ってやるぜ!」


 翼を羽搏(はばた)かせて空中へと飛び上がり、上半身を仰け反らしながら大きく息を吸い込んだ。すると口元を中心に、真紅色に発光する気体が漏れ始めたのである。




「……ッ!? あれはまさか、紅竜(ルブルムドラゴン)収束火雷哮(ドラゴンブレス)!」


 強大な一撃の予兆を察したエバンスは驚愕しながらも即座にラキリエルより預かった短剣を取り出して、隣に立つノイシュリーベへと差し出した。



「ノイシュ! 急いでこれに防護魔法を刻封するんだ!

 それから連続で同じ魔法を前方に向けて唱えて!」


「分かったわ」


 必死の形相のエバンスを垣間見て、短剣を受け取り言われた通りに実施する。

 詳しい理由を訊く必要などない。この悪友が言うのだから、信じて行動するのは当然のことなのである。




「グレミィルの空を巡る、大いなる原初の風の精霊達に希う。

 我が身、我が領、我が(かいな)! 巡りて(めぐ)る、()にして(その)と成れ!


 『――風域を統べし戴冠圏(ウリュトング)』!」




 短剣型の魔具の裡へ向けて豪風の膜を形成する防護魔法を行使。

 続けて自身の前方、飛翔するギルガロイアとの間に豪風を迸らせた。



「間に合ってくれよ……『風域を統べし戴冠圏(ウリュトング)』」


 ノイシュリーベから短剣を返還されると同時に、エバンスも同種の魔法の鍵語を発することにより、疑似的に彼女の魔法を行使してみせた。

 即ち、防護魔法の二重構築というわけである。




「しゃらくせぇぇ!! 吹っ飛びやがれえええええ!!」


 二重の豪風の膜が形成されるのとほぼ同時。大きく顎門(あぎと)を開いたギルガロイアの口内より、真紅に輝く凄まじい光が吐き出された。



 これぞキーリメルベス大山脈の奥地に棲息するという紅竜(ルブルムドラゴン)収束火雷哮(ドラゴンブレス)

 超高温の紅炎気(ネオンガス)により形成される火雷(プラズマ)を束ねて撃ち出す砲撃。


 奇しくもその輝きは、ラキリエルの放つ音子振動による蒼光(フォノメノンレーザー)とは対極的であった。




 シュォォォオオオオ……――――   ゴ ァ ァ !!


 収束された真紅の火雷が二重の豪風の膜と激突。容易く一枚目の膜を突き破る。



「うぅぅ………」


「なんて威力……範囲は狭いけど破壊力はエアドラゴンの荷電粒子哮(ドラゴンブレス)並ね」


 幸い、原理が紅炎気(ネオンガス)に由来するために豪風の膜の性質により幾分か照射中に減衰させる見込みはあった。

 ……それでも完全に防ぎ切ることは出来ないのだが。


 斯くして二枚目の膜へと着弾。火雷による浸食が始まるものの徐々にその暴威を削ぎ落される。

 ノイシューべ達に到達するころには本来の十分の一程度にまで、破壊力を削がれていたのであった。




()ぅぅッ……エバンス、無事?!」


「………へへ、まだどうにか生きてるみたいだけど……ちょっと、これは……」


 真紅の光が霧散した後に、全身の皮膚を焼け爛れさせたエバンスが片膝を突く。

減衰させたとはいえ、まともな防具を着用していない彼にとっては致命傷である。


 一方、甲冑を纏っていたノイシュリーベと白馬フロッティは、そこまでの痛痒には至らないものの確実に火雷の熱が伝播しており、幾らか火傷を負っていた。




「エバンス……! おのれ、ギルガロイア!!」


 その場で斧槍を横薙ぎに振るって滞留する火雷の残滓を吹き飛ばす。

 主人の意図を汲み取った白馬が短い助走から大地を蹴り、頭上に浮かぶ竜魔人(ドラコクラドゲネシス)を叩き斬るべく大きく跳躍したのである。



「まさか奥の手まで凌がれるとは……この! 化け物め!」



 ―― ガッ ギィィィン!!


 同じ高さまで跳び上がった白馬の騎士が斧槍を振り降ろし、竜魔人(ドラコクラドゲネシス)もまた渾身の力で義手刃を振るって打ち弾く。

 刃と刃が交わり、金属同士の光沢が月光を反射させて鈍い輝きを閃かせた。


 秘薬によって解放された竜の因子により膂力も飛躍的に向上しているのか、激突による剣戟はギルガロイア側が優勢を掴み取った。

 弾かれたノイシュリーべと白馬は、そのまま大地へ降り立つこととなる。



「ヒィィン……!」


「フロッティ、脚は無事?」


 やや苦悶の表情を浮かべた愛馬を一瞥して気遣い、即座に頭上を見上げた。




「ぉぉぉおおおお!!」


 此処が勝負所だと云わんばかりに、空中で総身を縦方向に反転させたギルガロイアは頭から大地に突っ込むかの如くノイシュリーベに反撃を試みたのである。



「……まだだ、まだ動く!」


 必死に斧槍を振り上げようとした。



 だが……遅かった。




「獲ったぞぉ!」


 折れ曲がった義手刃が、ノイシュリーベの肉体を甲冑越しに食い破る。



 バギィィィ……!!


「あっ……ああ!? ぅああァァッ!」


 刃が達したのは甲冑の左腕部。咄嗟に上半身を捻ったがために首筋への到達だけは避け得たものの、それでも凶刃は彼女の身体を捉えて離さなかった。


 左腕部の装甲が砕け、裡に着込んでいた鎖帷子や布服を喰い破り……そしてノイシュリーベの細い左腕を、肘から先の二の腕を斬り裂いたのである。



 夥しい量の鮮血が零れる。


 灼けるような痛痒が襲い掛かる。


 腕を失った現実に頭が追い付かず、混乱の極みに達しつつあった。


 悲鳴を挙げなかったのは騎士としての悲しい矜持か。或いは誉なのか……。



 いずれにせよ深刻な損傷を被った彼女は思わず右掌で握る斧槍を零し、激しい痛みに耐えることしか出来なかった。



「……ヒィィン!!」


 腕を失った主人の危機を察し、賢い白馬は即座に敵から距離を取り始める。




「くく……お前こそ、粘るじゃねぇかよ。だが意趣返しとしちゃ悪くねぇ。

 本当はお前の弟の左腕を刈り獲ってやりたがったが……な」


 血に塗れた己の義手刃を一瞥して満足そうな笑みを浮かべつつ緩慢な動作で立ち上がる。

 激戦の疲労に加えて秘薬の反動が出始めているのか、ギルガロイア側もまた満身創痍につき動きの精彩さを著しく欠いていた。



「よくもノイシュを! 貴様ァ……!!」


 収束火雷哮(ドラゴンブレス)による火傷の痛みからようやく立ち直ったエバンスが吠える。

 総身の痛みは、恩人(ノイシュリーベ)が致命傷を負わされた怒りによって掻き消える。


 普段の彼からは考えられない程の怒りに満ちた形相にて駆け出し、ノイシュリーベの掌から零れた斧槍を拾い上げながらギルガロイアへと肉薄した。



「こ、この狸人(ラクート)風情が、まだ動けるのかよ!」


「もういい……黙って死ねッ」


 諸手で斧槍を握り締め、袈裟懸けに振り降ろす。続けて刺突、横薙ぎ……と確かな修練によって積み上げた武芸の冴えを垣間見せた。

 然れど、ギルガロイア側も只ではやられぬとばかりに懸命に義手刃を振るって相手の斬撃を打ち弾き、刺突を避け、或いは後方へ跳んで逃げ延びようとした。



「すぅぅぅ………コヒュゥゥ」


 …… ダ ン ッ !!


 ギルガロイアが跳んだ瞬間、エバンスは右脚で大きく一歩踏み込んで鋭い刺突を繰り出した。

 脚部から腹へ、腹から丹田へ、そして丹田から肩を経由して右腕へ……恰も大地から意思(チカラ)を吸い上げるかの如き所作。吸い上げた意思(チカラ)に、己の魔力と闘気を練り込んで穂先を発射口代わりとして一挙に解き放ったのである。


 果たして斧槍の刀身は、ギルガロイアには届かなかった。


 しかし撃ち出された絶技の波濤は、一直線に敵の総体へと着弾した。




「ぐぉっ がああぁぁ……!!」


 盛大に吹き飛ばされるギルガロイア。

 その衝撃は凄まじく、彼の背後に建っていた漁村の家屋にまで激突……それでも勢いは止まらずに家屋を突き破って大穴を空けた末に、隣の家屋の壁まで到達したところで、ようやく身体が停止したのである。




「はぁ……はぁ……誰か! 誰か居ないか!?

 侯爵様が負傷された! 誰でもいい、治癒術が使える者は居ないか!!」


 乱れる息を必死に御し、(あた)う限りの大声を張り上げて付近の味方に呼び掛ける。

 ギルガロイアの義手刃に毒が塗っていないとは限らないし、そうでなくとも早期に止血しなければ血を流し過ぎれば死に至る。


 本当はエバンスこそ真っ先に彼女の治療に取り掛りたかった。


 しかし未だにギルガロイアの肉体は微かに動いている。

 構えを解くわけにはいかない。斧槍の穂先を傾けたまま、付近の味方が駆け付けてくれることに賭けるしか出来なかったのだ!




 そんなエバンスの悲痛な叫び声は、果たして最上の形で届くこととなる。




「……ッ! 侯爵様!!」


「ノイシュリーベ様! 今、向かいます!」


 二人の女性の声がした。片方はノイシュリーベ専属の女性の従騎士。

 もう一人は、従騎士が駆る騎馬に相乗りしていたラキリエルであった。


 吸血種(ヴァンパイア)の奇襲や、ギルガロイアの強襲を受けた際に深手を負った味方を立て直すために、従騎士の馬にラキリエルを乗せて戦場を駆け巡らせることにより怪我人達の治療に専念させていたのである。


 現在は堀と土塁を破壊して総攻撃を仕掛けている途中であり、乱戦の最中にて運良く付近まで迫っていた……といった具合なのだろう。




「ああ……ノイシュリーベ様、腕が!?」


 傍まで近寄り、騎馬から降りたラキリエルの目が驚愕によって見開かれた。同行している従騎士も同様に言葉を失っている。



「カルロッタ様、この斬り落とされた左腕……の甲冑を剥がして下さい!」


「……ッ! わかった、お任せあれ」


 女性の従騎士カルロッタは、時としてノイシュリーベが『白夜(ナハト・)の甲冑(ダュアンジーヌ)』を着用する手伝いを担うことがある。故に剥がすのもお手のものであった。

 瞬時に金属製の腕甲(ガントレット)を全て外し、その下に着込んでいる鎖帷子と布服は短剣で切り裂いて強引に外してみせた。



「ありがとうございます! ノイシュリーベ様、どうかご辛抱ください……」


「うぅ……」


 露わとなった左腕を両掌で受け取り、ラキリエルは彼女の傍へと更に近寄った。


 斬り落とされたノイシュリーベの左腕は、騎士とは思えないほどに細い。

 然れど、(てのひら)の皮はとても分厚く、岩のように硬かった。


 十数年に渡って、何度も何度も皮が破れるほどに武器を握って振るい続けた。

 弛まぬ努力と研鑽の果てに獲得した、武芸者の()だった。





「……楚々たる大海の赤誠。空漠の招請賜りし蒼角の龍に希う。

 過日の業にして哀惜の賛歌。御身が齎す慈悲を擁きて、曙光の如く躙り給え。


 『――叡理の蒼角よ(ラクリ)詩顎を開け(モーサ)』!」




 ノイシュリーベの左肘の近くに斬り落とされた左腕を寄せ、懸命に詠唱句を唄い挙げた。そして鍵語を発すると、古代魔法の効力が作用し始めたのである。




 ――――…………


 眩き蒼光が一帯を照らし尽くした。


 其は儚き泡細工の如し。損壊したノイシュリーベの肉体を一時的に分解させた後に再構築させていく。恰も、怪我を負う前の状態へと時間が捲き戻るかのように。




 そうして蒼光が収束し、再び深夜の暗闇が周囲を支配し始める。

 一つ明確な変容を確認することが出来たとすれば、斬り落とされた筈のノイシュリーベの左腕が見事に繋がっていたことである。傷痕すら見受けられない。



「こうして体験してみると、改めて貴方の治癒魔法の凄まじさを実感するわね」


 すっかり痛みの引いた左腕で拳を握っては開いてを繰り返し、具合を検める。

 ついでに収束火雷哮(ドラゴンブレス)によって生じた火傷も完治しているばかりか、白馬フロッティとエバンスの火傷まで治療されていたという。



「ありがとう、ラキリエル……よく駆け付けてくれたわ。カルロッタもね」



「お役に立てて……よかったです!」


「勿体ないお言葉です、ですが心臓が止まるかと思いましたよ!」


 涙を浮かべながら返事をするラキリエルと従騎士を労いつつ、問題なく稼働することを確かめた左掌で手綱を操り、エバンスの隣まで移動した。


 そして徒手となった右掌で、腰に帯びている副武装……妖精結晶の細剣の柄を握り締めて一挙に抜剣してみせた。




「久しぶりに見たわ、あんたが『太陽(ゾンネンシ)狩り(ュラーゲン)』を放つところ」



「へへっ……おいらもベルナルド様にはみっちりと仕込まれてるからね!」


 戦線に復帰した恩人(ノイシュリーベ)に喜びつつ、油断なく斧槍の穂先を傾け続けていた。






 重症を負った者が瞬く間に復帰するという奇跡の所業。敵対者からすれば悪夢の光景を垣間見ることになったギルガロイアは異様なまでに瞠目していた。


 否、歓喜に打ち震えていたのである。



「見つけた……見つけたぞぉぉぉ!!」


 隣の家屋に突っ込んだままになっていた肉体を無理やり稼働させる。

 起き上がり、千切れかかった翼を広げて飛翔した。火事場の馬鹿力である。


 激しい興奮によって双眸は充血し、歯の欠けた顎門(あぎと)からは唾液が垂れ流され続けている。

 異様な形相で家屋を飛び越え、対峙するノイシュリーベとエバンスをも飛び越えて一直線にラキリエルの傍まで近寄り、地上へと降立ったのである。



「急にッ!! どうしたってんだよ」


「……ラキリエル、逃げなさい!」




「くくく、お前だな? 土塁をぶっ壊した竜語魔法の遣い手は!

 お前だよなぁ、俺と同じ……竜人種(ドラゴニア)の生き残りは!!!」



「ひ、ひィィ!」


 正気とは思えない面貌のギルガロイアに迫られて、ラキリエルは思わず身を竦めて怯えることしか出来なかった。




「俺と同じ、竜人種(ドラゴニア)! しかも女!!

 何たる僥倖! これぞ竜啓! 数奇ここに極まれり!」



「あ、貴方は……?」



「く、くくく……女よ、竜人種(ドラゴニア)の女よ!

 俺と共に来い! そして……亡び逝く我等の運命を、変えてくれ!!」


 竜鱗を纏った右腕と、その先の大きな()が、ラキリエルの眼前に差し出された。






【Result】

挿絵(By みてみん)

・第29話の4節目をお読みくださり、ありがとうございました。

・本文中に出て来た紅竜(ルブルムドラゴン)というのは、主に火山地帯に棲息する竜種で

 ギルガロイアはその祖先を信奉しています。

・そしてエバンスが放った『太陽(ゾンネンシ)狩り(ュラーゲン)』というのは、

 第24話の過去編にて三人の子供達に武芸を教えることになったベルナルドが

 最初に披露した槍の大技でして、三人とも自分なりの形で習得しています。


・次回更新は10/29を予定しています。

 とうとう出会ってしまったギルガロイアとラキリエルの行く末にこうご期待ください!

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