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029話『招かれざる隣人』(3)


「くく……血の臭いと戦の旋律が風に舞ってやがるぜ。

 中々に派手に燃え盛り始めたじゃねぇかよ!

 フィグリス家のシドラ、精々 俺達を楽しませてくれよな」


 ガシュラ村の広場に設けられたギルガロイア軍の本陣にて、将であるギルガロイアは木製の机に腰掛けて肉を貪りながら前線の喧噪に聞き惚れていた。

 適当に焼いただけのヒトの肉なれど、戦場で食べるのならば格別の味わいだ。



 数日前まで、この小さな漁村の住人だった肉塊の在庫は既に尽きかけている。

 村人の三分の二は呪詛に罹患させて結晶化。残りの三分の一をギルガロイア達が食料として得るという取り分であったために、致し方ないことなのだが……。


 しかしながら、彼等を包囲している『人の民』を討ち破ってしまえば当面の間は食い扶持には困らない。ついでに騎馬や武器も手に入るのだ。

 そうして拠点を拡充させる傍らで、時間を掛けてイェルズール地方で燻る同志達を更に募り、渡航させ、勢力を肥やしていく。

 地力を蓄えた後に、やがてはウープ地方を完全に掌握していく戦略だった。



 ウープ地方さえ切り獲ってしまえば、隣接するヴェルムス地方で野心を燻らせる獣人種達を焚きつけて味方に引き込むことも出来るだろう。

 また今回 密約を結んだ皇国海洋軍第四艦隊との連携もより効率的に進めていける筈だ。




「ここ数年はあのクソガキ(エヌウィグス)に邪魔されてばかりだったが

 ようやく俺にもツキが回って来やがった……派手に喰い荒らしてやるぜ」


 故郷であるキーリメルベス大山脈の奥地に踏み込んで来た冒険者との激しい闘争の日々の中で大敗を喫し、彼は全てを喪って虚ろとなった

 再起を誓って大山脈を降り、流れ着いたグレミィル半島の最果てで客将の身分を得たものの、結局は自分の力で全てを揃えていかなければならなかった。


 "黄昏の氏族"の若者達を焚き付け、扇動し、己だけの軍勢を興してグラナーシュ大森林の征服を試みるも、その(ことごと)くをエヌウィグス……エデルギウス家のサダューインなる若造に邪魔され続けて来たのである。



 ギルガロイアの目的は大きく別けて二つ存在する。


 一つは、己だけの絶対的な支配領域を確立すること。

 もう一つは、亡ぼされた竜人種(ドラゴニア)の郷を新たに創り、種の再興と繁栄を成すこと。


 全てを喪った男が成し遂げるには如何に無謀であるかなどは承知している。

 そもそも この大陸に彼以外の竜人種(ドラゴニア)が現存しているのかすら怪しいのだ。


 だとしても! 諦観に屈するわけにはいかなかった。

 この生命が尽き果てる その瞬間まで抗い続けると誓ったのだ。




 眼前で繰り広げられる戦火と怒号、悲鳴に破砕音。正に彼の門出を祝うための大合唱の如く映り、実に心地良く耳朶に響いて仕方ないのである。

 そんな風に悦に浸っていた最中のギルガロイアの元に、伝令役の魔眼人(ドゥームズ)の若者が近付いて来た。

 特徴的な大きな一つ目を白黒させて、相当に慌てた様子が伺える。



「どうした、何か起こったのかよ?」



「はい、大変 言い難いのですが……ランブリックさんが戦死しました。

 他の吸血種(ヴァンパイア)も全滅です」



「ああ? なんだって!?」



「ひ、ひィィ!?」


 青天の霹靂にも等しき凶報を耳にして、思わずを怒気を孕んだ声色で返答してしまった。

 盛大に委縮する魔眼人(ドゥームズ)の若者を後目に、名前の挙がった吸血種(ヴァンパイア)の古い貴族家の末裔の顔を思い起こしていた。



「どういうことだ? 吸血種(ヴァンパイア)ってのは"黄昏の氏族"の中でも

 そこそこには強ぇ種族じゃなかったのかよ? しかも今は夜だしよぉ」



「奇襲を仕掛けて敵兵を百匹以上は狩り獲ったところまでは良かったのですが

 敵将が一騎打ちでランブリックさんを倒し、同族達も次々に……」



「はっ、大領主のガキにやられちまったのかよ! みっともねぇ連中だぜ。

 どうしても一族を復興させたいって言って泣き付いて来やがったから

 俺の軍勢に加えてやったのによ!」


 ギルガロイアとランブリックは性格や価値観からして異なり、趣味趣向に至るまでの何一つとして反りが合わなかったが現状を変えたいという想いの一点に於いては共通しており、故に手を組んだのである。


 ランブリック含む吸血種(ヴァンパイア)達は遊撃隊として参画しており、要所で戦場に投じて敵を一掃する役割を担っていた。

 彼等が出撃すれば須らく敵軍は壊滅し、血肉を得られる筈だったのだが……まさか緒戦で討ち取られるとは流石のギルガロイアでも想定していなかったのである。




「それで? 彼我の戦死者はどれくらいだ?」



「ランブリックさん達を含めて此方は十人です!

 バルノーダとグレイトフ家の奴等がやられました……。

 相手側は、掴みで百五十匹といったところですね」



「話にならねぇな……吸血種(ヴァンパイア)全員を討ち取られて、その程度かよ。

 せめてその三倍くらいの数は減らして欲しかったぜ」


 盛大に溜息を吐きながら、机の上から飛び降りる。



「他の連中にランブリック達の穴埋めをさせたところで時間が掛かるだろうし、

 俺が直々に出撃()るしかないようだな……行くぞ、お前等!」



「応!」

「了解……イタシタ」

「やれやれ、大半が純人種(ノービス)の軍勢如きに何たるザマだ」


 本陣に残っていた側近の岩窟人(モンストル)食鬼(ピシャーチャ)達を引き連れて、ギルガロイアは前線に赴くのであった。

 報告をしにやって来た魔眼人(ドゥームズ)も、慌てて彼の後を追う。






 [ ウープ地方 ~ デルテミアン領 ガシュラ村 正面 ]


 漁村を囲む土塁と堀の中でも一際 厚く補強されている東側には、二百名近くの純人種の歩兵や樹人(ドリュアス)の騎兵が群がっている。

 北側と南側には、それぞれ五十名。西側は海に面しているために敵影無し。



 戦場に於いてギルガロイアは、敵軍の中で最も危険な戦力……即ち、図抜けた威圧感を放つ存在を鋭敏に嗅ぎ取る感性に優れていた。

 故に、敵将ノイシュリーベは東側の正面入り口に布陣する部隊の指揮を採っていると睨み、北側や南側で穿たれた土塁は無視して此処まで足を運んだのである。



「正面ハ幾ラカ保チ堪エラレソウダガ、此方ニ来テ良カッタノカ?」



「当然だ、ランブリックを殺りやがった女の(ツラ)を見ておきたいからな。

 それに奴が居ない部隊なら他の連中でも余裕で喰い止められるだろ?

 むしろ土塁の穴から入り次第、一匹ずつ狩れば良いじゃねえか」



「ソレモ……ソウカ」


 前線に赴いて辺りを見渡しつつ側近の岩窟人(モンストル)と意見を交わしていると、現場で指揮を採っていた鬼人(デモネア)の剣士……ギルガロイア軍の副官が近寄って来た。



「ギルガロイア! 本陣を空けて来たのか!?」



「ああ、ランブリックが死んだって聞いたもんでな。

 大領主のガキも中々にやるようだし、あまり敵を調子付かせるのも拙いだろ?」



「まあ……確かに、思った以上に手を焼いているのは事実だ……」


 遊撃隊を投入しても敵軍を殲滅できなかったことに対し、この生真面目な副官は忸怩たる思いでいるらしく言葉を濁らせながら己の不甲斐なさに震えていた。



「そう気にするな。吸血種(ヴァンパイア)なんざ所詮は(かび)の生えた古い種族だ。 

 若いお前等は精々 踏み台として切り捨ててやれば良い。

 勿論、もっと古い種族の竜人種(ドラゴニア)である俺のこともな!」


 若者の失態の笑って流し、次いでギルガロイアは度重なる攻撃で徐々に破損箇所が拡大している正面の土塁を睨み据えた。



「それじゃあ、一丁やってやるかねぇ!」


 腰に帯びた刀剣、祖先の巨竜の遺骸を削り出した竜骨刀を抜き放つ。



 …… ダ ン ッ !


 その場で大きく跳躍。余裕を以て土塁を飛び越え、堀を越え、単身で敵陣へと乗り込むと土塁の内側に陣取る魔眼人(ドゥームズ)の援護射撃が始まった。

 先刻の吸血種(ヴァンパイア)達が行った奇襲の焼き直しではあるが、それ故に敵軍に与える心理的影響は大きい。


 更に彼の後を追うように、側近の岩窟人(モンストル)食鬼(ピシャーチャ)の混成隊 九名が土塁を攀じ登ってから一足飛びに堀を越えて見せた。

 純人種からすれば、末端の兵ですら考えられないほどの身体能力の高さである。




「な、なんだ……今度は何が出て来たんだ!」

蜥蜴人(リザードマン)? いいや、何かが違う!」

「それに遅れて出て来たあいつはまさか……魔境の岩窟人(モンストル)か?!」



「はっはっはぁ!  精々、断末魔の叫びくらいは景気良く絞り出せよな!」


 ギルガロイアが竜骨刀を振るう度に血風が巻き起こり、完全武装した盾持ちの騎士ですら容易く狩られていく。


 縦横無尽さや派手さでいえば先刻の吸血種(ヴァンパイア)達のほうが無法な振舞を垣間見せたが、彼の場合は動きの一つ一つに隙が見当たらない。

 種族としての能力の高さ、確かな戦闘技巧に豊富な実戦経験。部下達と連携し、なるべく味方を活かそうとする立ち回り。正に一騎当千の傑物であった。


 しかも彼の背後には全身を巨岩で覆った岩窟人(モンストル)や、巨大な口と牙を備えた食鬼(ピシャーチャ)が控えている上に、魔眼人(ドゥームズ)の援護も絶え間なく敢行された。



 吸血種(ヴァンパイア)達の強襲を凌いで以降、弓矢や魔法の応酬ばかりが続いていた戦場が再び湧き立ち、惨劇による怒号と悲鳴と絶望が瞬く間に伝播する。

 大胆不敵にして限りなく隙の無いギルガロイアの攻勢により着実にノイシュリーベ軍が擦り潰されていく最中、やや遅れて馬蹄が鳴り響く音が木霊して来た。



「貴様がギルガロイアか!」



「……ようやく大将のおでましか!

 ランブリックを殺ったにしては駆け付けるのが遅いじゃねぇか」


 凄まじい速度で白馬を駆りながら斧槍を構えて吶喊して来る甲冑騎士を見咎め、ギルガロイアは不敵な笑みと共に殺戮の対象を眼前の雑兵から切り替える。


 両者の激突まで あと三十メッテの距離まで迫った所で、ノイシュリーベは左掌で握る手綱を手放し、水平に振るうことで随伴する七名の騎兵に密集形態を解いて散開するように指示を出した。


 ギルガロイアは己が相手をする。彼の側近達を抑えておけ、という意味である。



「……おおおお!!」


 肩の草刷り(ガルドブレイス)を後方に傾け、豪風を噴射させて急加速。

 動体視力が良い者ほど初見では、彼女のこの急激な吶喊を前に感覚を狂わされてしまうのだがギルガロイアは一味違った。



「あらよっと!」


 ノイシュリーベの纏う甲冑より豪風が吐き出される気配を察するや否や、両脚の筋力を最大限に活用してその場で大跳躍。

 なんと斧槍の穂先が届く寸前にて、地上より十メッテもの高さにまで飛び上がり容易く避けてみせたのである。



「噂通り、面白い鎧を着てやがる!

 あのクソガキ(エヌウィグス)と違って、猪武者型ってわけかい」


 空中で縦に一回転。眼下の岩窟人(モンストル)が片腕を掲げ、その巨大な拳の上へと着地した後に、即座に地上へと降立った。



「……切り返しも相当の(はや)さだな」


 白馬を駆る甲冑騎士が過ぎ去った方角を見やると、既に転進して第二撃を加えようとしている最中であった。正に人馬一体による自由自在な立ち回りである。




「凶賊め、縛に着けとは言わない! 速やかに此処で討ち滅ぼされよ」


 再び急接近。ただし先程のように躱されることを警戒してか白馬と共に短い跳躍を織り交ぜた、斧槍による斬撃と刺突で攻め立てて来た。

 攻撃の瞬間に鋭い豪風を放ち、刺突の勢いを増したり斬撃の速度を底上げする。


 かと思えば斧槍を振るう寸前で腰部の草刷り(タセット)を真横もしくは前方に傾けて急制動をかけ、巧みにフェイントを仕掛けてギルガロイアの隙を引き出そうとしてくる。



「(……ふん、随分と器用に動くもんだ。突撃だけじゃないってことか)

 (こりゃ一瞬でも立ち回りを見誤れば、竜巻に呑まれたみたいに)

 (ズタズタに斬り裂かれた挙句、首を撥ね飛ばされそうだな!)」


 ノイシュリーベの猛攻に対して左腕の義手の先端に設えた分厚い刃で打ち弾き、或いは後方へ跳んで避ける。折を見て竜骨刀で反撃に転じようとするも、絶え間なく繰り返される技の数々により完全に機を奪われつつあった。




「邪魔だ!」



 …… ガ ォォン !!


 将の苦戦を見かねた側近の岩窟人(モンストル)の一人が両者の間に割って入り援護しようとしたものの、斧槍に豪風を収斂させたノイシュリーベの鋭い刺突が容赦なく突き穿ち、岩石に覆われた左半身が飴細工の如く粉砕された。



「グァァァ……! バ、馬鹿ナ。いぇるずむノ岩ガ……」


 粉砕された岩石の裡にて、黒くて細い何かが垣間見える。

 これぞ岩窟人(モンストル)の本体とも云うべき姿であり、この種族は本体を晒すことを何よりもの恥であると考えているのである。



「チッ、コイツも岩窟人(モンストル)の礫纏鎧を一撃で砕くかよ。

 姉弟揃って堪らねぇな! まあ弟のほうはタダの馬鹿力だったがよ」



「……"あいつ"と比べられると不愉快極まりないわ」


 多少の苛立ちを滲ませながら、露わとなった岩窟人(モンストル)の本体に斧槍の刀身を叩き込み着実に息の根を止めてみせた。


 周囲を見渡せば、ノイシュリーベが連れて来た騎兵の突撃をギルガロイアの側近達は上手く捌いているようではあったが、攻勢の機会は着実に押さえ付けられつつあるようであった。


 このまま敵陣で立ち回り続ければ、如何に一人一人の兵の身体能力に明確な格差が存在するとはいえ、人数差により摺り潰される結末が待ち受けるのみ。




「ふん、思っていたより数を減らせなかったが……まあ良い。

 最低限は斬り捲ったし、一旦 引き上げてやるか」


 それでも尚、余裕を見せるギルガロイア。


 敵将が予想を上回る手練れであったために想定していた戦果には至らなかったが所詮は誤差。

 彼我の兵の損失具合で云えば、ノイシュリーベ軍側が遥かに被害を被っている。



「くく、俺達は三日三晩 戦い続けられる体力があるが、お前等は違うよな?

 このまま少しずつ時間を掛けて喰らってやるから、精々 足掻いてみせろよ」


 五割は真実、五割は虚言。

 確かに種族としての体力や持久力でいえば、"黄昏の氏族"達にはそれだけの素養があった。しかし彼等の食糧……屠殺した村人達の血肉は底が見えているのだ。


 新たな食糧を確保するには戦死した敵兵の遺骸を回収しなければならないのだが敵将であるノイシュリーベの動きが余りにも迅速であるために、その余裕を見出せずにいるのが現状であった。


 そこでギルガロイアは、ノイシュリーベ軍に短期決戦を挑ませるように煽ることにした。彼女達が積極的に土塁に突撃してくれれば、回収も容易となる。




「待て! 将が背を向けて逃げるのか?」



「生憎とな、俺はお前みたいな猪武者じゃあないんだよ。

 この首が欲しけりゃ突っ込んで来いよ、歓迎してやるぜ……盛大にな!」


 挑発しながら後方へ跳び退き、生き残っている岩窟人(モンストル)の巨体に飛び乗ると義手の左腕を掲げて側近達に退却の指示を出す。

 すると周囲の亜人種達が即応し、巨体を機敏に稼働させて堀を歩いて渡り、土塁を飛び越えて漁村内へと戻っていった。

 勿論、彼等が退却している間は魔眼人(ドゥームズ)達が徹底的に援護射撃をするものだから、流石のノイシュリーベであっても容易に追撃することは適わない。




「あれがフィグリス家のシドラか。……母親に似て、嫌な風を放ちやがる」


 土塁の内側へと戻って来たギルガロイアは間近で垣間見たノイシュリーベに対する所感を零した。


 互いの得物で剣戟を交えた感触でいえば、彼女の膂力は騎士にあるまじき非力さではあったが、母親譲りの強大な魔力に加えて人馬一体の騎士の手管。

 更に魔法によって稼働する特殊な全身甲冑を合わせた総合力で欠点を完全に補っていた。百戦錬磨のギルガロイアといえど決して侮ることは出来ないと実感した。



「……単騎での実力はあのクソガキ(エヌウィグス)と同じくらいかぁ?

 正面から削り合う分には相当に厄介だ、ランブリックじゃ手に負えんわけだぜ」


 自身の左腕を斬り落とした宿敵の面貌を思い出して思わず渋面を浮かべる。




「……ん、何だ?」



 キィン……――

 

 突如、ギルガロイアを含む土塁の内に陣取って居た者達全員が不快な耳鳴りのような違和感を感じ取り、得体の知れぬ悪寒が総体を掛け巡った。




「この感触、何処かで……」


 辺りを見渡し、謎の既視感を感じていた矢先に後方で異変が起こったのだ。




 ゴゴゴゴ……  ド バ ァァァ !!


 なんと堀に張っていた海水が独りでに浮遊し始めたかと思うと、ギルガロイア軍の本陣の辺りへ目掛けて吸い上げられていったのである。


 そうして海水が一箇所に蓄えられ、巨大な水塊が宙に築かれた次の瞬間。

 途方もない勢いの放水が始まり北側の土塁から東の正面側に向けて薙ぎ払った。

 補強された土塁は辛うじて持ち堪えこそしたものの、随所で罅が入り今にも砕けそうな有様だ。



「いったい、何が!?」

「オオオ……我ガ岩纏ガ、剥ガサレル……」

「敵の儀式魔法か? だが、そんな人数が村内に入り込んだなど聞いていないぞ」


 各所で混乱が巻き起こる。無理もない、魔法戦に滅法秀でた魔眼人(ドゥームズ)達の目を搔い潜って、背後でこれほどの魔法を発動させることなど絶対に不可能なのだから。


 しかし異変はこれだけに留まらなかった。




 キィィィィン………――


 不快な耳鳴りが更に激しく鳴り響き、それが限界に達すると同時。眩き蒼光が放水の軌跡をなぞるようにして迸ったのである。




 ――――――…………。


 深夜にも関わらず、ガシュラ村一帯はまるで昼間の如く照らされた。

 然れど、その蒼き祈りの光には陽光の如き優しさが一欠片も存在しない。


 無慈悲な焼却を以て万物を灰燼に帰し、魂の循環を以て救済を成す破滅の光であったのだ。




「こいつはまさか……竜語魔法、なのか!?」


 驚愕に支配されたギルガロイアの眼前に映るのは、蒼光の射線によって溶断され尽くし無惨な残骸と成り果てた土塁だった代物。

 如何に補強しようとも、内側から灼かれては一堪りもなかった。



 堀に張った海水は強奪され、守りの要であった土塁も一瞬にして焼却される。


 常軌を逸した強大な攻撃魔法。

 しかしながら彼にとって、それはとても懐かしいものであった。

 何故ならば、ギルガロイアもまた類似した古代魔法……彼等が云うところの『竜語魔法』または『秘法』を会得しているのだから。



「居やがる! 同族が近くに居やがるってことか!」


 一変して絶望的な状況に陥ったにも関わらず、ギルガロイアは牙を剥き出しにして獰猛な笑みを浮かべ始めるのであった。






 [ ウープ地方 ~ デルテミアン領 ガシュラ村 中央広場 ]


  ギルガロイア軍の本陣跡に佇む一つの人影。狸人(ラクート)の旅芸人エバンスである。

 彼は右掌で握る短剣型の魔具を見詰め、信じられないような面持ちで自らが起こした現象に目を白黒させていた。


 序戦に試みた衝角(ラム)の突撃により北側の土塁に僅かに空いた穴から潜入した彼は、敵本陣近くでラキリエルより預かった短剣を構えて、封刻された古代魔法の鍵語を唱えたのである。



 この短剣はダュアンジーヌ製の特殊な魔具。ラキリエルが会得している『叡理の蒼角よ、(ディエス)海鳴に()煌き給え(イレ)』を封じた籠めたと説明されていたが、ここまで常軌を逸する破壊力を発揮するとは完全に予想の埒外であったのだ。


 最初の放水の時点で非常に強力だが、"黄昏の氏族"の強靭な肉体ならば即死には至らなかった。

 しかし真打である音子振動による蒼光(フォノメノンレーザー)の火力は尋常ではなく、昏倒した敵兵を避けて土塁だけを溶断するのは誠に苦労した。むしろぶっつけ本番でよくやったと後で自画自賛したいくらいである。



「(ラキリエルは覚悟の上でこの魔具を渡してくれたけどさ)

 (やっぱり彼女の魔法で大量虐殺をするのは、いただけないよねぇ)」


 故郷と同胞達を滅ぼされた彼女の魔法が、別の種族達を皆殺しにする……。

 たとえ今の難所を乗り越えるための有効な手段であったとしても、後々に確実にラキリエルの精神を蝕んでいくことは容易に想像できたので、何としてもそれだけは避けたかったのである。



「ま、堀と土塁さえ壊せれば後はノイシュ達なら上手くやるでしょ」


 短剣型の魔具を鞘に納め、再び魔奏を駆使して気配を断ちながら敵本陣より立ち去ろうとした……が、時 既に遅し。




「お前かぁぁぁ!! さっきの派手な竜語魔法をぶっ放した奴はよぉ?!」


 怒りと歓喜が入り混じり、興奮の極みに達したギルガロイアが凄まじい勢いでエバンスに接近して来たのである。



「うわ、もう気付いたのか……」


 撤退の機会を潰されたエバンスは額より脂汗を垂れ流す。

 単独で敵陣に潜入するために、今の彼は武器どころか短剣型の魔具と筒状の体鳴楽器(レインスティック)以外の道具を何も身に付けていないのである。


 せめて剣の一本でもあれば話は別だが、丸腰同然の状態でギルガロイアを相手にするには無謀が過ぎた。



「……あぁん? 狸人(ラクート)が一匹だけだと? どうなってやがる。

 なんで竜人種(ドラゴニア)じゃない奴が竜語魔法を扱えるんだ」


 本陣で破壊工作を行った下手人の姿を見咎め、しかしながら思っていた存在ではないことに疑問と不快感を露わにするギルガロイア。



「まあ良い、適当に手足を捥いで吐かせれば済む話だろう。

 ……土塁がこうなっちゃあ、どうせ長居は出来ないだろうしな!」


 右掌で握る竜骨刀を天空に傾け、左腕の義手刃を大地に傾け、恰も竜の顎門(あぎと)の如き天地の構えを採りながらエバンスへと襲い掛かって来たのである。




「拙いなぁ……けど、やるだけやるしかないよねぇ?!」


 頭上より振り降ろされる竜骨刀に対して後方に跳躍することで辛うじて避けてみせると、間髪入れずに義手刃が蛇の如く下段より這い昇る。




  ザシュゥ !


「ぐぅぅぅ……」


「はっ! やるじゃねえかよ、狸人(ラクート)のガキ!」


 筒状の体鳴楽器(レインスティック)を盾代わり使うものの流石に楽器では分厚い義手刃を受け停めるには至らず。

 木製の構造物を容易く貫き、更にエバンスの左腕は幾分か斬り裂かれた。幸い、腱は無事であり骨までには刃は届いていない。


 鮮血が零れ、焼けるような痛痒に見舞われるものの、まだ左腕は動いてくれそうではあった。



「まともな武器さえ持っていれば俺とも良い勝負が出来たかもしれねぇが……」


 再び天地の構えを採りながら、歩を詰める。



「単独で忍び込んだ度胸に免じて、お前の死骸は喰わずに葬ってやるよ。

 その前に、竜語魔法をぶっ放せた秘密を洗い浚い吐いて貰うがな!」


 迫るギルガロイアを前にしてエバンスは傷を負った左腕を前方に突き出し、右腕を引いて腰溜めに拳を構えた。

 この竜人種(ドラゴニア)は常軌を逸した機敏な動きを垣間見せている。なれば逃げたところで無意味であると覚悟してのことだった。



「(中々 サマになってやがる……それに大した威圧感だ)」


 エバンスの奥底に抱え込んでいる意思と可能性を鋭敏に嗅ぎ取るも、この局面でそれを十全に発揮させることは出来ないと悟り、前進のままに竜骨刀を逆袈裟に振り降ろそうとした……その時。



 ド ド ド ド ド ……。


 灼き払われた北側の堀と土塁を越えて、騎兵の一団が砂塵と泥を巻き上げて雪崩れ込んで来たのだ。瞬時に押し寄せ、昏倒から立ち直り始めていたギルガロイア兵を次々と討ち取っていく。


 そうして、騎兵達の中でも一際 疾く、一際 縦横無尽に駆け抜ける者がギルガロイアとエバンスの居る本陣へと突撃した。




「見つけたぞ、ギルガロイア!」


 ノイシュリーベだった。既に斧槍の刀身には魔法によって収斂させた豪風を纏っており、数々の鎧人(アーマメント)岩窟人(モンストル)を破って来た後であることを伺わせた。



「ふん、正面には手堅い数を残して順当に攻め込ませる一方で

 一番強力な手札である自分自身は北側から少数精鋭で突っ込んで来たって所か。

 ……どうやら俺達の負け、みてぇだな」


 周囲を見渡す。漁村の各所では『人の民』達の怒号と足音が着実に支配を進めていた。まだ生き残っているギルガロイア兵も抵抗を続けているが、やはり先刻の放水撃からの蒼光による被害は甚大で、この分ではそう長くは保たないだろう。



「派手に歓迎してくれるのでしょう? 今度は逃がさない」


「……吹かしやがるぜ、この(アマ)ァ! だがタダで負けてやる気は無ぇよ」


 自身と対峙していた狸人(ラクート)の方を一瞥し、竜骨刀の穂先を傾ける。

 もう片方の義手刃をノイシュリーベの方角に傾けて二つの武器と肉体と魂の全てを賭して両者を一挙に相手取る構えを見せるのであった。






【Result】

挿絵(By みてみん)

・第29話の3節目をお読みくださり、ありがとうございました!

・今回、エバンスが上手いこと潜入して効果的に破壊工作を行えましたのは

 戦局の変化に伴いギルガロイアが本陣を空けて前線に出ていったからですね!

 ランブリックがあっさりやられていなかったら、こうはならなかった……と考えています。


・次回更新は10/27を予定しております!

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